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ビールのそばにいた女たち:episode1「メソポタミアのニンカシ」

さて、始まりました「ビールのそばにいた女たち」。ビールと女性の関わり合いの歴史を眺めてみようという試み、今回はその第1回です。

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さて、最初に取り上げるビールの歴史は、チグリス河とユーフラテス河に挟まれた「肥沃な三日月地帯」───現在のイラクのあたり───で栄え、歴史の教科書にも「最古の文明」として書かれることの多い、メソポタミア文明です。

その肥沃な大地には、紀元前5000年頃から農耕が始まり、紀元前3500年頃には文字や都市国家などの高度な文明があったと考えられています。人類が文明を手にしたとき、既にビールは人類の友人として存在していたのですね。

さて、そのメソポタミアで、ビールを作っていたのは誰でしょう?

「はじめに」でご紹介したマロリー・オメーラ著『女たちがつくってきたお酒の歴史』によると、古代ビール醸造の担い手は女性たちだったそうです。そして、ビールを司る神もまた、女神だったと。

その女神の名は「ニンカシ」といいました。ニンカシとは「口を満たす聖女」の意味でビールそのものを体現する存在とされ、ビールはニンカシから人間への贈り物であると考えられていたそうです。ビールを飲んで気持ちが高揚するとき、人々は女神とひとつになったように感じていたのでしょうかね。

そして、ビールを醸造していたのは、ニンカシ神殿に仕える女神官たちでした。そのビールを醸造する際に、女神官たちはある「歌」を歌っていたのではないかと考えられています。

その歌というのが「ニンカシ賛歌(A Hymn to the Beer Goddess)」。オメーラ氏は、ビールの醸造方法(レシピ)を文字の読めない人々にも共有するためのキャッチーな歌だったと解釈しています。しかしながら、この歌にはまだ解析されていない部分が多く、それぞれの単語の意味も不明瞭であることから、果たしてこれがレシピかどうかは、未だに議論されているらしいです。

その「ニンカシ賛歌」、果たしてどんな歌だったのか、知りたくないですか?そこで、「A Hymn to the Beer Goddess and a Drinking Song」という論文を探してきました。この論文はシカゴ大学のオリエント研究所のシュメール学者、ミゲル・シビル教授によるもので、古代バビロニアの粘土板に象形文字で記録されたものをシビル教授が解析し、かなり欠損部分が多いものの、おそらくはこんな歌詞だったのではないかと推測して英訳したものです。その歌詞を読んでいきましょうかね。

Borne by the flowing water[...],Tenderly cared for by the Ninhursag,
Ninkasi, Borne by the flowing water[...],Tenderly cared for by the Ninhursag.

Having founded your town on "wax",She finished its great walls for you,
Ninkasi, having founded your town on "wax",She finished its great walls for you.

Your father is Enki, the Lord Nidimmud,Your mother is Ninti, the queen of the abzu.
Ninkasi, your father is Enki, the Lord Nidimmud,Your mother is Ninti, the queen of the abzu.

……あ、あかん。そういや私、外国語はからっきし読めないんだった。ええと、流れる水、から、生まれ、優しく、ケアされる……に、にんふる、さぐ?……何、これ?

 

あ……ダメだ……、意識、が……、遠、の、……く、………………。

 

***

 

ビュウッという乾いた風の音で、私は目を覚ます。

 

……えっ?……どこ、ここ?!

 

なんと「私」は、高い空を飛んでいるのだ。それも、ものすごい速さで。だけど皮膚の感覚はない。自分自身の手足を見ることもできない。どうやら、自分の意識だけが空を滑空しているのだと、なぜか「私」は即座に理解する。

見下ろすと、2つの大きな河に挟まれた三日月の形の大地が見える。どこかで見たような───ああ、メソポタミアだ。「私」は今、古代メソポタミア文明の時代にタイムスリップしてきたんだな。

たくさんの建造物が建ち並んでいる、最も栄えている都市に向かって、「私」はぐんぐんと高度を下げる。すると、どこからか歌が聞こえてくる。よく通る美しい声だ。その声に導かれるように、「私」は広場の中央の真上に到達する。

そこには、神殿だろうか、一段高くなっている舞台がある。頑強な風情の犬たちが、その舞台を守護するかのように四隅に立っている。

舞台の上では、大勢の女神官たちが、2つの輪───まるで「∞」のような形を描くように集まっていて、祈るような姿勢でうずくまっている。

2つの輪の中心に立つ年長の女神官が、高らかな声で歌う。

ニンカシよ───、あなたは、生地を、すくいました

Ninkasi, you are the one who handles the dough [and] ...with a big shovel,Mixing,in a pit,the bappir with sweet aromatics.

すると、右側の輪の女神官たちが一斉に立ち上がって、ショベルでパン生地をすくうようなジェスチャーをしながら、全員で続けて「生地を、すくいました」と歌う。

ニンカシよ───、あなたは、甘い生地を、捏ねました

女神官たちは両手の間でパン生地を捏ねるようなしぐさをしながら「甘い生地を、捏ねました」と歌う。

ニンカシよ───、あなたは、生地を、窯で焼きました

Ninkasi, you are the one who bakes the bappir in the big oven,Puts in order the piles of hulled grain.

右側の輪の中央には大きな石窯がある。女神官たちは中央に集まり、自分たちの手の中にあるパン生地を石窯に捧げるようなしぐさをする。それから、足をトン、トトン、と一定のリズムで踏み鳴らしながら、石窯の周りをぐるぐると左回りに回り始める。

これはいったい何なのだろう?女神官たちは何をしようとしているのだろう?恐れよりも好奇心が先に立って、「私」は舞台に近づこうと、さらに高度を下げる。

「ガウ!ガウガウ!!」

4匹の犬たちが、「私」に向かって一斉に吠える。見えないはずだと思ったけれど、神殿の犬たちの嗅覚は騙せないみたいだ。少し離れて、おとなしく眺めていよう。

ニンカシよ───、あなたは、麦芽に水を、与えました

Ninkasi, you are the one who waters the earth-covered malt,The noble dogs guard (it even) from the potentates.

今度は、左側の輪の女神官たちが立ち上がって、輪の中央にある「何か」に水をまくようなジェスチャーをする。

ニンカシよ───、あなたは、壺に麦芽を、浸しました

Ninkasi, you are the one who soaks the malt in a jar,The waves rise, the waves fall.

左側の女神官たちはそれぞれ足元にある壺を取り、「何か」を壺に入れるようなしぐさをする。それから、トン、トトン、と一定のリズムで足を踏み鳴らしながら、右回りにぐるぐると回り始める。

右と左、2つの輪の足踏みのリズムが重なっていく。トン、トトン……トン、トトン……、やがて、2つの輪の女神官たちは、踊りながら交互に組み合わさって、1つの大きな輪になる。舞台いっぱいに広がった女神官たちの足踏みのリズムがさらに速くなる。女神官たちの頬は紅潮し、トランス状態のような笑みが浮かんでいる。

すると、大きな石窯の奥から、熱を帯びた光があふれてくる。それと呼応するように、壺の中から湯気のようなものがわきあがる。右からは熱の波、左からは水蒸気の波。2つの波が上下に打ち合いながら、少しずつ混ざり合っていく。

なんだこれは?……いったい、何が起ころうとしているんだ……?

ニンカシよ───、あなたは、煮えた麦芽を、広げました

Ninkasi, you are the one who spreads the cooked mash on large reed mats,Coolness overcomes...

壺を手にした女神官たちが、大きな輪の中央に壺の「中身」をまいていく。それはキラキラと輝く無数の光の粒だ。どこからともなく涼しい風が吹き、光の粒の上を撫でていく。女神官たちは再びくるくると回り始める。幸せそうに微笑みながら、全員で歌う。

ニンカシよ───、あなたは、麦汁を甘く、味つけました

Ninkasi, you are the one who holds with both hands the great sweetwort,Brewing [it] with honey [and] wine.

ニンカシよ───、あなたは、甘い麦汁を壺に入れました

Ninkasi,[...],[You...] the sweet wort to the vessel.

輪の中央の光の粒は、弾むように上下に揺れ動く。光はどんどん強くなっていく。眩しい。目を開けていられなくて、「私」はぎゅっと目を閉じる。まぶた越しに、光がますます大きく盛り上がっていくのがわかる。女神官たちの足音のリズムに混ざって、ごぽ、ごぽごぽ、という「何か」が沸き立つような音がかすかに聞こえる。

───「何か」がやってくる。見えないけれど、確実に───!

ニンカシよ───、あなたは、麗しき音を立てて───、醸しました───!

Ninkasi, the fermenting vat, which makes a pleasant sound,
You place appropriately on [top of] a large collector vat.

「醸しました───!醸しました───!醸しました───!!!」

女神官たちのコーラスが歓喜の叫びに変わる。うっすらと目を開けると、そこには───!!!

ニンカシよ───、あなたは、ビールを注ぎました、まるで、チグリスとユーフラテスの流れのように───

Ninkasi, you are the one who pours out the filtered beer of the collector vat,It is [like] the onrush of the Tigris and the Euphrates.

「……まるで……チグリスとユーフラテスの……よう…………」

 

***

 

わっはっはっは!!!

「女将さーん!こっちにもビールをくれえ!」

 

───えっ?今度は、いったい、どこに来たんだ?!

 

さっきまで神殿の上空で神秘的な儀式を見ていたはずの「私」は、いつの間にやら、大きな石造りの建物の中にいた。まわりには、男も女も、老いも若きも、さまざまな人々が集まって、赤ら顔で愉快そうに笑い合っていた。

人々は、大きな甕の中に長いストローをさして、中の飲み物を飲んでいた。変わった飲み方だなぁと思ったが、どうやら、それがビールであるようだった。ということは、ここは古代の居酒屋なのか。

「ビールを飲めば~、こころは弾む~!」

「ニンカシさまの~、おかげです~!……ヒック!」

人々はビールを飲んで酔っぱらっては、気持ちよさそうに大声で歌い合っていた。

「さあさ!どんどん飲んどくれ!今日もニンカシさまのご加護で、こんなに美味しいビールができた。ニンカシさまがいつも我らを見守ってくださいますように!」

よく通る声で周囲の人々に呼びかけている女性の顔を見ると、なんと、さっきまで神殿の中央で歌っていた年配の女神官じゃないか。さっきまでの厳かな雰囲気はどこへやら、今はすっかり打ち解けて、楽しそうに笑っていた。

「あ、アタシ、もうダメ……」

「しっかりしなよ、……あーっ、やっちゃった……」

居酒屋の端のほうでは、酔って思わず吐いてしまった若い娘もおり、友人たちに担がれて、居酒屋を出ていった。だけど、そんなことは日常茶飯事のようだった。賑やかな笑い声と歌は続き、人々は口々にニンカシの名を称えながら、幸せそうな笑みを浮かべて飲んでいた。

それにしても、美味しそうに飲んでるなぁ。メソポタミアのビールってどんな味なのかな?どれ、一口だけ、ご相伴にあずからせてもらおうか───、って、あれっ───?

 

***

 

そこで、私はハッと目を覚ましたのでした。なーんだ、夢かぁ……。メソポタミアのビール、飲んでみたかったなぁ……。

メソポタミアのビール(シカル)は、現代のビールとは違って、いったん麦芽からパン(バッピル)を作り、焼いたパンを砕いて水に浸してビールを作ったのではないか?と考えられています。また、ホップはまだ使われておらず、蜂蜜やデーツなどで甘く味つけしていたのでは?とも考えられています。

言うまでもありませんが、先ほどの「夢」の儀式や作り方は、あくまでも私の妄想によるものですから、史実とは全く異なりますよ。いくらなんでもビールが何もないところから勝手に生まれてくるわけないですもん。まぁ、あくまでもエンタメとしてお楽しみくださいね。ちなみに、女神官たちのお給料はビールの現物支給だったらしいですよ。

それはそうとして、やっぱり皆さんも気になりますよね?メソポタミアのビールの、肝心のお味のほうは、いったいどんなものだったのかってこと。実は、古代のビールを再現する試みは、過去に何度か行われたそうですよ。

パトリック・E・マクガヴァン著『酒の起源』によると、1989年、アメリカ・サンフランシスコのアンカー・ブルーイングで、フリッツ・メイタグ率いる醸造家のグループが、シュメールの古代ビールを再現する試みに挑んだそうです。そのビールには「ニンカシ」という名がつけられ、一般発売はされなかったみたいですね。

マクガヴァン氏は2種類の「ニンカシ」を飲む機会を得ました。ひとつは、ペンシルベニア大学考古学人類学博物館での試飲会で飲んだもので、「シャンパンのように豊かな泡を含んでいて、副材料のデーツの風味も感じられた」との感想。もうひとつは、ニューヨークでの考古学雑誌のイベントで披露されたもので、ニンカシ賛歌に基づいて、じっくり焼いたパンが醸造時に加えられていたため、「トーストやカラメル、酵母の風味が強く感じられた」とのことです。

この本の中でマクガヴァン氏は、古代の土器の構造や、付着した残留物の痕跡などから、世界各国で古代の人々がどのように「酒」────ワインやミード(蜂蜜酒)、ビール、麹を使った米の酒など────を醸造したり飲んだりしていたのかを解明しようとしています。

メソポタミアの円筒印章に描かれている絵の中では、人々が長いストローを使って壺からビールを飲んでいる場面が描かれています。これは、ストローを液体の下に差し入れて、表面に浮かんでいる大麦の殻や酵母をよけながらビールを飲んだのだろうと考えられています。マクガヴァン氏によると、一部のビール容器にはストローを差し込む専用の穴と考えられるものが開いていたそうです。紀元前2600~前2500年頃のウルの初期王朝のプアビ女王の墓からは、金や銀、ラピスラズリを使った複数のストローが副葬されていて、墓室からは6リットルのビールを入れるための銀の壺も見つかったのだそうですよ。女王さまはあの世にいっても美味しいビールをたらふく味わえたのでしょうね。

 

***

 

さて、こうしたストローを使ってビールを飲む風習は、現代でもアフリカなどの地域に残っているそうです。ビールはアフリカ全域で日常的な飲み物ですが、古くから伝わる伝統的なビールはソルガム(モロコシ)やヒエなどの雑穀から作られます。それを、壺に長いストローを差して皆で飲むのだそうですよ。

現在でも、西アフリカに位置するブルキナファソでは、「赤いソルガム」を原料とするアルコール度数4%程度のソルガム・ビールが作られています。創造主である神が女性にソルガム・ビールの作り方を教えたという伝説があり、ソルガム・ビールを作るのは女性だけの仕事とされています。

ブルキナファソソルガム・ビールについて、もう少し深く調べてみました。『食文化からアフリカを知るための65章』の清水貴夫氏の論述によると、このソルガム・ビールは、地元では「ドロ」、フランス語で「チャパロ」と呼ばれているそうです。

乾燥したソルガムをムシロに広げて水を撒きます。2~3日するとソルガムが発芽するので、これを叩き、60リットルの湯を沸かした鍋に投入してしばらく沸騰させます。その後、粗熱を取って漉します。漉した液体を再び鍋に戻し、前に作ったチャパロの酒粕を投入します。この酒粕が発酵のスターターの役目を果たすのですね。

6日間かけて仕込んだチャパロは、フランス語で「カバレ」と呼ばれる小屋で提供されます。チャパロを売るのも女性で、ひょうたん1杯が50フラン(約12円)ほど。お客は男性が多いものの、女性も決して珍しくはなく、性別による禁忌はありません。

チャパロの製造には約1週間かかるため、1人の女性が最初から最後まで製造に携わることは難しく、ゆえに農村部などでは、女性たちの互助的な組織が作られ、6人の輪番制などでチャパロの仕事に携わっているのだそうです。

こうしたチャパロ作りは、女性たちの貴重な収入源となっています。実は、過去に何度かチャパロを大量生産しようとする取り組みがあったらしいのですが、飲料としての安定性が低く、工場での大量生産ができないのだそうです。なので、現在もなお、「女たちの手」に醸造が残っているのです。




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