以下の内容はhttps://sister-akiho.hatenablog.com/より取得しました。


春の埼玉のんだくれツアー

春分の日を含む3連休、せっかくだから「ビア旅」に行きたいなってんで、どうせなら日帰りでは行きにくいところを回ってみようか、と考えたのでした。そんでいろいろ考えた末に決定したのが、埼玉

浦和あたりならばまだしも、埼玉も地味に広うござんす、なかなか簡単に行きづらい場所もあるんでございます。でもそういうところに魅力的なブルワリーが固まっていたりする。これはもう、行くしかないじゃあないですか、ねえ。

というわけで、3月20日(金・祝)から21日(土)の1泊2日で、翔んできました埼玉県!ε=ε=ε=(ノ*>∀<)ノ

 

行きは、特急あずさのチケットが完売だったので、茅野駅から朝7時過ぎの鈍行列車に乗って甲府駅へ。特急かいじに乗り換えて八王子駅へ、八高線に乗り換えて、高麗川駅で乗り継いで明覚駅で下車。

当たり前ですが初めて降りる駅です。無人駅。コインロッカーなんて便利なものはないので、旅行カバンを担いで歩かねばなりません。五十肩にはちょいしんどい。

駅舎を出たらそこはのどかな田園地帯。ひばりのさえずりを聞きながら、線路沿いの道をてくてく、てくてく、てくてく歩きます。15分ほど歩いて、ようやくたどり着いたのが最初の目的地、「Teenage Brewing Taproom "bekkan"」です。時刻は11時過ぎ、ゆうに片道4時間かけてやって来ました。遠かったーーー(;´Д`)

例によって、ブルワリー訪問記は別の記事にまとめます。完成したらここにリンクを貼りますね。お楽しみに。

 

さて、"bekkan"を後にしたのは午後1時半過ぎ。オシャレ空間の扉を閉めたら、のどかな農村地帯に逆戻りです。BGMはひばりのさえずり。

ふと、途中の畑で作業しているおじさんと目が合いました。おじさんが大きな声で「こんにちは!」と声をかけてくれたので、私も「こんにちは」と返します。

「何しに来たの?」

「はい、ビール飲みに」

「いいなぁ。俺も飲みてぇ。でも高いんだろ?1杯1500円ぐらいすんだろ?」

「ええ、でも美味しかったです」

「そんなら良かった!また来てね!」

おじさんはニカッと笑って白い歯を見せ、手を振って見送ってくれました。なんか不思議な時間だったなぁ。こういうのを一期一会っていうんだろうなぁ。何でもない数秒間だったのに、何だか妙に心に残りました。

明覚駅まで戻ると、タイミング良く次の列車が来ました。乗り込んで、次に降りたのはお隣の小川町駅です。小川町駅はJR八高線と東武東上線の接続駅で、JR側から東武側の出口に抜ける際に、Suicaを2回タッチするちょっと変わった仕組みになっています。

駅前から5分ほど歩くと、次の目的地が見つかりました。「麦雑穀工房マイクロブルワリー」です。

こちらも、訪問記は別記事にしますね。完成したらリンクを貼りますので、しばらくお待ちください。

 

小川町駅から、今度は東武東上線に乗り込みます。今夜の宿がある川越駅まで揺られて行きますが、なにしろけっこう飲んでます、居眠りしちゃうのはしょうがない。でも、ちゃんと乗り過ごさずに川越駅に降りられた私、えらいえらい。一瞬、川越市駅で降りそうになっちゃったけど踏みとどまれた私、えらいえらい。ややこしいな駅名(笑)

ホテルにチェックインしたのが夕方の5時半頃。ベッドでごろごろしてテレビを眺めて、あー今日はよーけ飲んだわー、なんかもーめんどくさいけん、このまま寝ちゃってもいいかもなー、などと益体もないことを考えながら1時間ぐらいダラダラしていたものの、いや、やっぱり出掛けようと思い直し、がばっと跳ね起きたのでした。

というのも、麦雑穀工房で知り合った方から、「川越に泊まるんだったら、雰囲気のある素敵なレトロバーを知ってるよ。美味しいカクテルを飲ませてくれる。駅前だから行ってみたら?」とアドバイスをもらっていたのでした。今日は既にビール5杯も飲んでいますが、雰囲気だけでも見てみたいなと思ってね。

ホテルを出て歩き出したものの、小雨が降り始め、風も強くてけっこう寒い。しかもGoogleMapで検索したところ、「徒歩30分」と出た。えええ、駅から近くないじゃあぁぁぁん。どうしよう、ホテルに引き返そうか、どうしようか、と迷いながらひたすら歩き続けていたら、ようやく目的地に着きました。レトロな大通りからちょっと入った小路の中にあるので、そうと知らなければ行き過ぎてしまうかもしれません。

店のたたずまいも、昭和にタイムスリップしたような雰囲気です。ホントに入っていいのかな、と戸惑いましたが、ええい、ままよ、と扉を開けてみました。

tabelog.com

店内は暗く、カウンターと酒棚だけに照明が当たっています。椅子や止まり木はなく、カウンターだけの立ち飲みスタイルです。いわゆる正統派のオーセンティックバーで、フリースにジーンズというラフなスタイルで来てしまったことを恥ずかしく思いましたが、マスターは「大丈夫ですよ」とニッコリ。ドレスコードは特になくて、ジャージ姿で来る人もいるそうな。

雨天で祝日だったからか他にお客さんはおらず、マスターとじっくりお話しすることができました。「初めてですよね?」と尋ねられたので、紹介してくれた方の名刺を見せながら、ここに来た経緯を説明しました。そして、「川越の駅前って聞いたから歩いて来たんですけど」と付け加えたら、「駅前では……ないですねぇ」と苦笑い。

店に入るまでは敷居が高そうと思ったのですが、全然そんなことはなくて、BGMのジャズや、マスターの気さくな話し方もあいまって、とても居心地の良い空間でした。チャージ料も取らないので、ドリンク代しかかかりません。

メニューはなくて、フードもありません。マスターに好みを伝えると、それに合ったカクテルを作ってもらえます。とはいえ、過去にカクテルを作ってもらった記憶ははるか昔で、少なくとも20年ぐらい、バーとは無縁の生活を送ってきました。独身の頃の記憶を思い出すと、そういえば昔、「XYZ」っていうカクテルが好きだったなと思い出し、注文してみました。するとマスターはカウンター上の果物籠からレモンを取り出し、レモンを絞り始めます。ひとつひとつの所作がとっても丁寧で、うっとりしながら眺めてしまいました。

「ここまで歩いてこられてさぞかしお疲れだろうと思ったので、少し酸味を強くしておきました」というその「XYZ」は、搾りたてのレモンの瑞々しさがキュッと喉を刺激して、とても美味しかったです。若い頃に初めてカクテルを飲んだときのときめきを思い出しつつも、年を経て、丁寧な仕事、思いやりのこもったもてなしのありがたさを知った今、本当に身に染みる味でした。

たくさんのお話をしました。マスターがこのお店を立ち上げようとした思いや、私がクラフトビールにハマった理由のことや、ビア検1級の問題の鬼畜なことや、『ガラスの仮面』はいつになったら完結するのかといった漫画に関することや、五十肩が痛い痛風が怖い糖尿病が怖いといった病院の待合室のような話や、そのほかにも思い出せないぐらい、たくさん、たくさん。どんな話をしてもちゃんと話を聞いてくれて、自分の思いをちゃんと言葉にしてくれるので、本当に話しやすかったです。あ、マスター、オススメの漫画『バーテンダー』、近所の図書館にあったので近いうちに読んでみますね。

今日の〆に、軽めでデザートのようなカクテルが飲みたかったので尋ねてみると、塩キャラメルとバナナのカクテルはどうでしょうかと。きゃー、それにしますっ!

もちろん、こちらも冷凍庫から出したバナナを丁寧にスライスするところから始まります。お酒やココナッツや、いろいろなものが次々と足されていくのが、見ていてホントわくわくしますね。

甘~い。幸せ~。バナナのとろりんとした食感がいいなぁ。でもアルコールもしっかり感じる。うん、今日はもうこれでおしまいにしましょうね。

ふと時計を見てビックリ。うわ、もう夜10時じゃん。どんだけ喋り倒してたんだろう。マスターったらホントに聞き上手なんだもん。そろそろホテルに戻らなきゃ。マスターが、すぐそこにバス停がありますよと教えてくれました。

その言葉のとおり、小路を出て大通りに出たところに、「札の辻」バス停がありました。ちょうど川越駅行きのバスがやって来たところだったので乗り込みます。夜も更けて渋滞もなく、ものの5分ほどで川越駅のバスターミナルに到着しました。最初っからバスを使えばよかった。まぁ、こういうトライアンドエラーも、一人旅の醍醐味のひとつなんですよね。マスター、ご馳走様でした!

 

***

 

早朝4時半。久しぶりに、あの懐かしい肩の痛みで目が覚めました。ううう、最近は五十肩がずいぶん穏やかになってたから油断してたけど、やっぱりボストンバッグ担いで歩き回ったせいか、今朝は肩や腕がピリピリ痛いなぁ。でもビジネスホテルだから大浴場やサウナはないし、お灸も据えられないし、うーんうーん、痛い。しかも、当たり前だけど、クラフトビール5杯+カクテル2杯の後遺症として、うーんうーん、二日酔い。頭もぼんやりしてるし、食欲もないんだよなぁ……。

ベッドの上でごろんごろんしたり、早朝のNHKをボーッと眺めたり、お湯を沸かしてお茶を淹れたりしながらダラダラと過ごしておりましたが、朝7時になると「よし!映画を観に行こう!」という気力が戻ってきて、そうと決まれば速攻で荷物をまとめてチェックアウト。こういうところのメリハリはすんごくイイんだ、私。

喫茶店で軽めのモーニングを食べて、ボストンバッグを川越駅のコインロッカーに預けたら、JR川越線でお隣の南古谷駅へ。駅から歩いて5分ほどの距離にある「ユナイテッド・シネマ ウニクス南古谷」に到着しました。観た映画の感想については、別の記事にまとめますね。完成したらここに記事を貼ります。

 

その後、再び川越駅に戻ってきました。時刻はまもなく昼の11時半になるかなというところ。最後の目的地「COEDO BREWERY THE RESTAURANT」に向かいます。駅からは歩いて3分ぐらい。近くていいね。

例によって、そちらの訪問記は別記事にします。完成したらリンクを貼りますのでしばらくお待ちくださいね。

 

これで今回の旅の目的は全て終了。川越駅に戻って荷物を受け取り、JR八高線の鈍行列車で八王子駅に向かいます。もっと速い経路もあったけど、酔ってるし肩も痛いしで、あれこれ乗り継ぎするのが面倒じゃったのよ。ぐーすか居眠りしている間に、八王子駅に到着。

すると、都内での人身事故が原因で、中央本線の下り線は大幅に遅延しておりますとのこと。あらま。ま、あずさの遅延には慣れっこなので、いまさら驚きもしません。遅れて来る予定の特急あずさに空席があったので、すばやく特急券をゲット。しばらくしてやってきたあずさに乗り込んで、またうとうとしている間に、無事に茅野駅に到着しました。ただいま!ヾ(*´∀`*)ノ

いやー、それにしても、飲んだ飲んだ!ホントに飲んでばっかりの旅行だったなぁ。でも、行きたかったブルワリーには行けたし、素晴らしい出会いもあったし、たくさんお話しできて、大満足の旅でした!皆さんありがとうございましたー!!!

ビールのそばにいた女たち:episode2「イングランドのエールワイフ」

ビールと女性の関わり合いの歴史を知る「ビールのそばにいた女たち」の第2回です。

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今回の物語は、15世紀後半のイングランド南東部の小さな町が舞台です。この町のどこかの家にいたかもしれない、極めて平凡な1人の女性───、そうですね、名前は「マーガレット(マギー)」とでも名付けておきましょうか。このマーガレットの半生を眺めつつ、この時代の「エール」と「ビール」の歴史を見ていきましょう。

さて、まず最初にお話ししなければならないのは、この「エール」と「ビール」という単語の定義についてです。現在、私たちは「エール」という単語を「上面発酵酵母で醸したビールの一種」として理解していますが、この時代ではそれぞれの意味は異なっていました。

1440年に出た英語・ラテン語辞典によると「エール」は単に「麦の酒」となっていて、「ビール」は「ホップを入れた麦の酒」とあり、ホップの有無によってエールとビールとがはっきり区別されていることがわかります。今回の記事ではこの定義に従って、「エール」と「ビール」を使い分けていきますよ。

さて、最初の物語は、マーガレットがまだうら若き娘であった頃のお話。石造りの小さな家の台所で、マーガレットはおばあちゃんからエール作りを習っているところです───。

 

***

 

「いいかい、よく覚えておくんだよ、可愛いマギーや。おまえももうじき嫁入りの年頃だからね。エールが作れない娘だなんて、どんな殿方にも見向きもされやしないってもんさ」

祖母は真面目な顔をして、マーガレットにそう言った。石造りの台所には、夕陽が斜めに射し込んで、かまどの上にかかった大きな釜を照らしていた。大釜の中にはどろどろのお粥のようなものがあって、白い湯気を絶えず噴いている。

「おばあちゃん、これは何?」

「オーツ麦と小麦、それから大麦の麦芽を砕いて、お湯を加えたものさ。これをよくよく混ぜながら、ことこと煮るんだよ」

祖母はその粥を少しすくって、マーガレットに食べさせた。

「おいしい。とっても甘い」

「そうだろう。このお粥が甘けりゃ甘いほど、おいしいエールになるんだよ」

「へえ。なんだか不思議だね」

「そりゃあ、神様の御業だよ。神様が私たちのために安全でおいしいエールを授けてくれることに、感謝しなけりゃいけないよ」

やがて、祖母はかまどの火を落として、大釜の上に綺麗な布を被せた。

「これでよし。このまま今夜一晩寝かせて、明日これを裏ごしする。それから、我が家に代々伝わるレシピに従ってハーブを加える。そしてしばらく寝かせたら、とびっきりのエールができあがるって寸法さ。そこはまた明日教えてあげようね」

祖母はマーガレットの髪を優しく撫でながら、言い聞かせるように言った。

「おまえも、おまえのおっかさんも、このエールを飲んで大きくなったんだ。あたしも、あたしのおばあちゃんからこのレシピを教わったんだよ。そうやって受け継いできた大切なエールなんだ。だからおまえも、いつかおまえの娘や孫娘に、このエールの作り方を教えてやっておくれよ。ね、可愛いマギーや」

「うん」

マーガレットは祖母の顔を見上げ、嬉しそうに微笑んだ。大切なエールのレシピを受け継いだことで、ようやく一人前の大人として認めてもらえたような気がしたのだ。

 

***

 

中世のイギリスでは、主婦が自宅でエールを醸造していました。当時は衛生状態が悪く、生水は動物の排せつ物などに汚染されていたため、病原体を含んでいるおそれがありました。その点、エールは製造の工程で煮沸するので安全。しかも栄養があるので、アルコール度数の低いものであれば、子どもにも飲ませていたそうです。

主婦たちは、自宅用のほかに販売用のエールを作ることもありました。そうした販売用のエールは、近所の人たちが買いに来たり、一時の休養のために訪れた旅人に有償で提供したりしました。エールの醸造には家計を支える役目もあったんですね。こうした主婦たちのことを「エールワイフ」といい、そうした自家製エールを提供する家のことは「エールハウス」と呼ばれていました。

エールには、その地域によって、さまざまなハーブが加えられたりもしました。ボグマートル(セイヨウヤチヤナギ)、ホースラディッシュ(西洋ワサビ)などがよく使われ、その他にも、北ヨーロッパではジュニパー、キャラウェイ、ヤロウ、イングランドではローズマリー、シカモアの樹皮、アイビー、ドイツではミント、マジョラム、セージ、ドングリなどのハーブが好まれていたようですよ。

さて、次の物語は、新婚ほやほやの幸せなマーガレットが、新居の台所で祖母から教わった先祖代々のエールをこしらえているところです。おや、誰かが訪ねてきたようですよ───。

 

***

 

裏ごしした麦汁に、祖母から教えられたとおりハーブを加え、大きな櫂でぐるぐるとかき混ぜる。エール作りはけっこうな重労働で、最初のうちはマーガレットも肩で息をしていたが、作り続けているうちにだいぶ慣れてきた。ましてや、愛する夫・ロバートが飲むエールだと思えば、櫂の重みなんぞどうってこともない。

なにしろロバートは、彼女が作るエールをとてもおいしそうに飲むのだ。

「こんなにおいしいエールを飲めるなんて、僕はこの世で一番幸せな男だね。君のエールがあれば、他には何もいらないよ」

ロバートはそう言って、マーガレットの両頬にキスをくれるのだ。その優しいキスの感触を思い出すだけで、マーガレットの心は浮き立ち、頭はぼぅっとして───、

「───ねぇ!マギー!マギーったら!立ったまま寝てるんじゃないでしょうね?」

マーガレットはハッと我に返った。見ると、台所の窓の外から、エレノアが覗き込んでいたのだ。エレノアは近所のエールワイフ仲間の一人で、艶々としたブロンドヘアをなびかせた美女だ。

「あっ!ごめんなさい、エリー。どうしたの?」

「どうしたもこうしたも……、エールを作っている匂いがしたから覗いただけ。そしたらアンタが釜の前でボーッと突っ立ってるからさァ、何ごとかと思ったわ」

「な、何でもないの。ちょっと考えごとしてただけ」

「ふふ、どうせ、愛しのロブ君のことでも考えていたんでしょ?いいわね~、新婚さんは。アタシだって旦那が生きてた頃にゃ、そりゃあラブラブだったけどねェ?」

エレノアにからかわれて、マーガレットは耳まで真っ赤になった。

「ま、いいわ。それよりお願いがあるのよ。今、アンタが作ってるエール、完成したら1ガロンほど分けてもらえない?お代は払うからさァ」

「もちろん、いいわよ」

「サンキュー。うちの店で出してるエール、ちょっと酸っぱくなり始めてきちゃってさ。どうにかしてさっさと売り切らなきゃいけないから、アンタのエールを混ぜ混ぜして───っと、エール検査官にはナイショにしといてよね」

「わかってる、わかってるって。じゃあ、できたら表にエール棒を出しておくから、取りに来てね」

「ありがとう!じゃあ、また後でねー!」

エレノアはウインクをひとつして、風のように走り去っていった。なにしろ忙しい女性なのだ。エレノアは町の中心部で「豚耳亭」というふざけた名前のエールハウスを営んでいる未亡人で、美人のうえに愛嬌もあって客あしらいがうまいものだから、連日、大勢の男性客で賑わっているのだ。みんなエレノアの美貌にメロメロになって入り浸ってしまう。

そのせいで、教会から「人が礼拝に集まらなくなったのはあの店のせいだ」と苦情が来ているそうだし、この町の奥さんたちは豚耳亭で酔い潰れた旦那を連れ戻すのに苦労しているのだという。

やれやれ、美人に生まれるのも楽じゃないのねぇ、とマーガレットは呟きながら、ふつふつと泡を立て始めたエールの水面を眺めているのであった。

***

 

エールハウスは、新しいエールができた目印として「エール棒」という長い棒を入口に出すことになっていました。長い棒の先に、細い枝を束ねたもの(または花輪)を括り付けたものだったそうです。

新しいエールができると、地元の「エール検査官」の検査を受けなければなりませんでした。全国共通のエール条例に従って検査官は試飲をして、味は良好か、水で薄めていないか、客に出すエールの量をごまかしていないかなどを調べ、承認を出します。検査官の承認を受けずにエールを売ることも違反行為のひとつでした。違反者は、初犯・再犯のうちは罰金刑で澄みますが、累犯者には市中引き回しや水責めといった厳しい刑罰が与えられることもあったとか。

さて、この時代、既婚女性(ファムクヴェルト)は法律上は夫に保護されていました。例えば、妻が何らかの商売をしていて、夫は異なる職業に就いていたとしますね。しかし、妻の商売上の利益を得るのも、金の貸し借りなどの契約行為を行うのも、訴訟や罰金などの法律上の責任を負うのも、すべて夫なのです。

これに対し、独立女性(ファムソール)という、夫に保護されない女性たちもいました。死別した夫の事業を引き継いでいる未亡人や、既婚女性であっても夫の同意があればファムソールになることができました。自分の商売上の契約や利益、負債に対し、女性自身が責任を負うことになります。事業経営で大きな成功をおさめたファムソールもいたようですよ。

さて、時は流れて16世紀。マーガレットの家庭にもさまざまな変化が起こっているようです。少しその様子を覗いてみましょう───。

 

***

 

「ママぁ!パパ、いつ帰ってくるの?ねぇ!ねぇ!もう帰ってくるかなぁ?」

10歳になる娘・アリスは落ち着かない様子で、朝から何度も何度も玄関と台所の往復を繰り返している。6歳の息子・トーマスと2歳の息子・ウィリアムも、アリスの後ろに連なってバタバタ走り回る。

「こら、静かにしなさい。そんなにあわてなくても、そのうちお父さまはお帰りになるわよ」

マーガレットは呆れた口調で子どもたちを叱りつけながら、食事の支度に大忙しだ。焼きたてのライ麦パン、豚の煮込み、豆のスープ、それから、もちろんエールも。今日のエールはとても良くできた、とマーガレットは満足げだ。

なにしろ、1ヶ月ぶりにロバートが帰ってくるのだから。結婚してから数年後に、ロバートはロンドンの貿易商に就職し、大陸に渡って近隣諸国を回る日々が続いている。夫がそばにいないことはマーガレットにとっては寂しいことだったが、貿易は最も活気のある業界で、儲けもすこぶる良いのだという。おかげで3人の子どもを何不自由なく育てられているのだから。

「あ!パパだ!パパー!」

「ママぁー!パパ、帰ってきたよー!」

「おみぁげ!おみぁげ!」

子どもたちの声に、マーガレットも急いでエプロンを外し、門へ走った。門の前には、大きな荷物を背負い、ウィリアムを抱き上げたロバートが、満面の笑顔で立っている。

「ロブ!おかえりなさい!」

マーガレットはロバートの胸に飛び込んだ。ロバートは片手でマーガレットの肩をがっしりと抱き寄せ、優しくキスをした。

「ただいま、愛しのマギー。ドイツ土産がたくさんあるんだ。きっと君も喜ぶだろうよ」

いいえ、私はあなたさえいてくれたらいいのよ──、という言葉をマーガレットは飲み込んだ。少し日焼けしたロバートは、子どもたちに手を引かれながら、陽気な足取りで家の中に入っていく。マーガレットもその後に続いた。

大きな袋の中身を、ロバートはテーブルの上に次々と出していった。リボンのついた髪飾りに、上等な絹のストール、ドライフルーツ入りのケーキ、蜂蜜菓子、燻製したハムやソーセージ。

「わあっ、ステキ!ステキ!」

アリスはさっそく髪飾りをつけて、鏡を覗き込んでうっとりしている。息子たちは口を半開きにしたまま、食べ物をじーっと見つめている。そうしていれば、きっと食べ物のほうが勝手に自分の口に飛び込んでくるのだと言わんばかりに。ロバートはストールをマーガレットの肩にかけた。

「思ったとおりだ。よく似合ってるよ、マギー」

「ありがとう、ロブ」

マーガレットが絹の手触りを確かめていると、ロバートは思い出したように、荷物の中から大きな陶器の水筒を持ってきた。

「そうそう、忘れるとこだった。ドイツを発つ前にビールを買ってきたんだよ。一緒に飲もうと思ってね」

ロバートが水筒の蓋をこじ開けると、むわっと草の香りが漂った。マーガレットが普段使っているハーブ類とは違う、馴染みのない香り。ロバートは水筒に口をつけて、ぐび、ぐび、と喉を鳴らしてビールを飲んだ。

「どうだい、君も一口」

水筒を渡されて、マーガレットは少しとまどった。しかし、愛する夫がわざわざ買ってきてくれたものをむげに断るわけにもいかない。マーガレットは水筒の中のビールを一口飲んでみた。そして、ううっと声をあげて、眉をひそめた。

「苦すぎるわ!それにこれ、ホップっていうハーブが入ってるんでしょう?そうよ、エール醸造組合の人たちが言ってたわ、ホップには毒があるから、飲んだら死ぬって!」

マーガレットは口の中に残った苦い汁を吐き出しながら、涙ながらに言った。ロバートが「毒」を大量に飲んだことが不安でたまらなかったのだ。しかし、ロバートはプッと噴き出したかと思うと、心底おかしそうに笑って答えた。

「何を言っているんだい、可愛いマギー?ホップが毒だなんて、誰がそんなでたらめを言ったんだい?むしろ逆なんだよ。ホップはビールを長持ちさせてくれる効果を持っているんだ。だからこうして、ドイツからの長旅の間も腐らないでずっと飲める。なぁ、すごいと思わないか?」

しかし、ロバートの言葉はマーガレットの耳には届かなかった。ビールは毒だ、ロバートが死んでしまう、マーガレットの心の中はその思いで張り裂けそうだった。マーガレットは急いでエールを持ってきて、ロバートに差し出した。

「エールを飲んで!ビールなんかより、ずーっと身体にいいんだから!」

真剣な目をしたマーガレットに、ロバートは少したじろいだが、やがて、いつものようににっこりと微笑んで、愛する妻の手作りエールをぐーっと飲み干した。

「ああ、おいしい。やっぱり世界で一番おいしいのは、うちのエールだよ」

ロバートのいつもの言葉を聞いて、ようやくマーガレットはホッとしたのだった。

 

***

 

ドイツでは、西暦8世紀ころから修道院でビールが作られ始め、その頃からホップ入りのビールがあったようです。カール大帝の父(小ピピン)によって768年に作られた贈遺書の中で修道院にホップ園を贈る旨の記述があり、その当時からホップの栽培が行われていたことがわかります。

ビールに利用される前までは、ホップは単なる雑草のひとつに過ぎなかったので、文献にもほとんど記述されていませんでした。西暦1世紀に書かれたローマの博物学者プリニウスの『博物誌』に「ルプス・サリクタリウス(Lupus salictarius)」という名で記載されているのが、ホップに関する最初の記述ではないかと考えられています。

12世紀にドイツのベネディクト会系女子修道院長を務めたヒルデガルト・フォン・ビンゲンが著した『Physica(自然学)』において、ホップの防腐作用に関する記述があります。人間の役にはあまり立たないと述べながらも、「ホップの苦みは飲料を損なう物質を抑制するので、添加すると飲料を長持ちさせる」と説明しています。

ハンザ同盟(北欧の商業圏を支配した北ドイツの都市同盟)の貿易中継都市として栄えたハンブルクでは、14~15世紀頃、ビールの輸出が盛んに行われました。これにより、ホップの優れた腐敗防止効果が確認され、ビールにホップを入れることが主流になっていきました。北ドイツのビールの品質の良さが定評となったことで、南ドイツのバイエルンでもこれに追いつくため、1516年に君主ヴィルヘルム4世が「ビール純粋令(Reinheitsgebot)」を出します。これは「ビールは大麦、ホップ、水のみを原料とすべし」という法律で、現在もドイツ国内において守られています。

16世紀以前のイギリスでは、ビールは外国の酒───外国から輸入されたもの、または外国人によってイギリス国内で醸造されるもの───と認識されていたようです。イギリス国内でホップ栽培が始まった時期ははっきりとはしませんが、1524年頃、宗教革命によりドイツやオランダからイギリスに亡命してきたピューリタンが、イングランド南東部のケント州にホップを持ち込んで栽培を始めたという説があるようです。

しかし、エールをこよなく愛するイギリス人にとって、ホップを入れたビールは馴染みのないものでした。それどころか、「ホップと称する邪悪な雑草」に不信感を抱き、「ビール(Beer)は人を死骸(bier)にするぞ」といった俗謡まで作られたそうです。また、1483年には、エール醸造組合からロンドン市長に対して「エールにホップを入れることを禁止してほしい」旨の請願も出され、使用禁止に関する規則ができたそうです。

ただし、これはあくまでも「エール」にホップを入れることを禁ずるもので、「ビール」の醸造を禁止するものではありません。ビール業者は、このようなデマや中傷を受け流しつつ、ゆっくりと、確実に、ホップの味を庶民にしみこませていったのです───。

 

***

 

あれからいったい、どれだけの月日が流れたのだろう。それでもマーガレットは、これまでやってきたのと同じように、台所で先祖代々のエールを作り続けていた。とはいえ、年老いた身体には、昔のように大量のエールを作る体力はないので、今では家族のためのエールをほんの少量だけ作るだけになっていたのだが。

ロバートは、もうこの世にはいない。何十年も前に、貿易船が嵐の海で転覆し、そのまま帰らぬ人となってしまった。その報を受けた時のマーガレットは、まるでこの世界がまるごと消滅してしまったかのように連日泣き続けたものだ。

エレノアも、もうこの町にはいない。ある日、度重なるエールの不正があったとしてエレノアは逮捕され、どこかに連れて行かれて、それっきり行方がわからない。町の人たちは「彼女は派手にやりすぎた」とか「見せしめだ」などと言ったきり、以後、誰もエレノアのことを口にしなくなった。

「さて、と───、うん、良い味に仕上がった」

マーガレットは完成したばかりのエールを飲んで、満足したように頷いた。良いエールができると、マーガレットの脳裏には「世界で一番おいしいのは、うちのエールだよ」というロバートの口癖が今もよぎるのだった。

ちょうどそこへ、孫娘のジョーンが帰ってきた。

「ただいまー、おばあちゃん。あー、お腹すいた!」

年頃の娘だというのに、男の子のような恰好をして、毎日遊び回っている。そろそろ家の仕事を覚えさせなければいけないのにとマーガレットは思っているのだが、それでもやはり可愛い孫だ。マーガレットは微笑んでジョーンを出迎えた。

「おかえり、ジョーン。ちょうどエールができたところだよ。お飲み」

「エール?いらない」

「……えっ?……どうしてだい」

「さっき、友達とビール飲んできたんだもん。だからもういらなーい」

「ビール?ビールだって?あんな苦くて身体に悪いもの……」

そう言いかけたマーガレットに、ジョーンはあっけらかんと笑って答えた。

「そんなことないよ。だってアタシの友達、みんなビール飲んでるもーん」

ジョーンの言葉に、マーガレットは愕然とした。何も言えなかった。マーガレットは台所に戻った。

マーガレットはエールの大釜をじっと見つめていた。長い、長い時間。やがて、ひとつ溜息をついてから、マーガレットはエールをすべて捨てた。そして、空になった大釜と櫂を持って納屋に行き、奥にしまい込んだ。そして、マーガレットがエールを作ることは、もう二度となかった───。

 

***

 

17世紀以降、イギリスは急速に繁栄していきます。

1600年には「イギリス東インド会社」が設立され、アジア貿易における独占的な地位をもって、イギリスに莫大な利益と権力をもたらしました。とりわけ、アジアから輸入された紅茶が、イギリス国民の新たな嗜好品として広く受け入れられるようになります。
1698年には、イギリス最古のビール工場と呼ばれる「シェパード・ニーム醸造所」がケント州に誕生しました。町の記録によると、既に16世紀後半(1573年)から商業醸造を行っていたそうです。

そして、18世紀の産業革命によって、蒸気機関などを使用した醸造の機械化・大規模化が加速していくのでした。ビール醸造の担い手は工場で働く男性たちへと移り、女性たちが使っていた大釜は納屋の奥にしまわれたまま、忘れ去られていくのでした───。

 

【参考文献】

『春山行夫の博物誌Ⅵ ビールの文化史1』春山行夫著 平凡社

『中世イングランドの日常生活』トニ・マウント著 原書房

『女たちがつくってきたお酒の歴史』マロリー・オメーラ著 草思社

『聖ヒルデガルドの医学と自然学』ヒルデガルト・フォン・ビンゲン著 星雲社

『知って広がるビールの世界』一般社団法人日本ビール文化研究所著 翔泳社

『ゴールデンカムイ 網走監獄襲撃編』

イオンシネマ松本に『ゴールデンカムイ網走監獄襲撃編』を観に行ってきました。実写編のほうね。前回の第1作の映画を観ていて、2作目のWOWOW連続ドラマのほうはまだ観てなくて、ひとつ飛ばして今回の映画が実写版での3作目。

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今回は、原作漫画の12巻から14巻ぐらいの話。杉元一行、土方一派、第七師団、それぞれが異なる思惑を抱えながらも、金塊の隠し場所を知っている「のっぺらぼう」を救出せんと網走監獄へ潜入・強襲するのが今回のメインストーリー。


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まだ公開したばかりなので、内容にはなるべく触れたくないんだけど、えーっと、えーっとね、開幕早々、可愛いラッコが海にぷかぷか浮かんでいる映像が流れたのを見て、「おおッ!!くるのかッッ!!」とワクワクしたのは私だけではあるまい。ええ、ええ、例のアレ、あります。想像以上にステキなシーンになっていたので、原作ファン、特に腐女子の方々におかれましては、期待に胸を弾ませて劇場にお越しください。その後の露天風呂のシーン含めて、いろいろ堪能できますよ。いろいろ( *´艸`)

 

今回の映画の中心軸のひとつとして存在するのが、高橋メアリージュンさん演じる女占い師「インカマッ」。初登場の時点から怪しさをまとい、敵か味方かわからないという立ち位置で同行する彼女ですが、谷垣、アシパ、キロランケ、鶴見などに関わって、物語を進めていきます。メアリージュンさんの謎めいた微笑みは実にいいですね。

 

今回登場する刺青の囚人は「都丹庵士」。硫黄鉱山の強制労働で失明し、その復讐のために山賊のような行動をしていたのだけれども、後に土方一派に加わって、網走監獄襲撃の先陣を任されることになる存在。都丹は目が見えないかわりに、音の反響で空間を認識する能力を有していて、今回の映画では、その能力がデジタル解析画像のような映像で表現されていました。これ分かりやすかったな。

 

日常パートでの、杉元とアシパが木の実を拾って歩くシーンとか、大きな鮭を獲って皆で「チタタプ」して料理を作るあたりなんかは、実にほのぼのとしていていいですね。土方は子どもが絡むとホントに良いおじーちゃんだな(笑)

 

クライマックスとなる網走監獄の襲撃は、スケール感がハンパなくて痺れますよ!あの特徴的な通路で繰り広げられる、圧倒的多勢との殺し合い。戦闘の中ではそれぞれがそれぞれの本性をさらけ出し、殺戮の限りを尽くしていきます。この容赦なさもゴールデンカムイの重要な持ち味であって、不死身の杉元といえども劇中2回以上は「あ、これは死んだ」ってぐらいの致命傷を負うのですが、ご安心ください、不死身の杉元は不死身なので。きっと前世がダチョウかなんかに違いない。

 

ギャグは今回もほぼ白石に集中していた感じですが、今回は序盤にその例のあれがあるので初っ端から満足できますし、出番は少ないながらも家永も今回は主にギャグ担当。家永好きなんですよー。アシパさんに鮭の目玉を舐めていいぞと言われた時の微妙な表情なんかが見どころです。

 

ネタバレを避けながら感想を言おうとするとこんな感じにしかならないっすね。ご容赦ください。ちなみに、今回はイオンシネマ松本の8番シアターが誇る立体音響システム「ヴィヴ・オーディオ」での鑑賞でしたが、いやー、やっぱ映画館の醍醐味は良い音に包まれることですね。雷の爆発音なんかがホントにリアルで迫力あるんだもん。

それと、今なら野田サトル先生描きおろしのアートボードが数量限定で配布中。なくなり次第終了ということなので、欲しい人は劇場へ急げッ!!!

なんで谷垣と恋人繋ぎしてるんだ杉元よ(笑)

 

そうそう、どうでもいい感想なんだけど、ナレーションが津田健次郎さんなのよね。なので、映画が開始直後のこれまでのあらすじを解説するシーンで、思わず「え、なんで尾形が語ってるん……?」と思ってしまった。アニメ版の印象は大きいわね(笑)




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