「本物の自分?そんなの,いるのかな?一生,みつからないんじゃないのかな。」
短くなった煙草を灰皿でもみ消しながら,編集長は呟いた。
その目は,向かい合わせに座っている私ではなく,どこか遠い一点を見つめている。
茶色のチェックのジャケットに,少し濃い茶色のニット・タイ。
一見ラフに着崩しているように見えるが,色の使い方などが丁寧で,実は細部まで拘りが感じられるファッションだ。
雑誌の編集後記の写真で,編集長がどんな顔をしているのかはある程度知っているつもりだった。
しかし実際に目の前にすると,思っていた印象よりはずっと若く見えた。
彼は,手を擦り合わせながら上目遣いで私を見ながら言った。
「まあいいや,採用の方向で考えてる。また電話します。」
彼は私にそう伝え,ソファから腰を上げた。
私も慌てて立ち上がり,挨拶をして編集室の出入り口のドアへと向かう。
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「本物の自分」とは,私が雑誌編集室の採用面接用に提出した作文に書いていた言葉だ。
この編集室では,面接に際して志望動機を四百字詰め原稿用紙一枚程度の作文にまとめてくることを求めていた。
当時別の職種で,嘱託の仕事に就いていた私は,文章を書く仕事に憧れを抱いてきたことを「本物の自分」を見つけるために・・・と表現したのだ。
だから,面接の時に編集長から冒頭の言葉を言われた時には,
「そんなものかな。」
と感じたのは覚えているが,今となれば,彼の伝えたかったニュアンスも少し理解できる。
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出入り口のドアへ向かう途中,横目で編集室内を見ると,決して広いとは言えない編集室内で,7,8人の社員が自分のデスクなどで仕事をしているのが見えた。
服装は自由。
ニット帽に太めのジーンズで原稿チェックをしている社員さんもいる。
床はモノトーン・チェック。
目がチカチカした。
頭を下げて編集室を後にした。
編集室は雑居ビルの2階にあった。
ビルを出ると冷たい北風が容赦なく吹きつけてくる。
マフラーを顔の半分まで巻き付けると,私は駅の方へと歩き出した。
今から15年も前の出来事だ。
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高校時代から,ずっと愛読していた雑誌があった。
地元のサブカル誌で,おそらく私が住んでいた福岡周辺(県外でも佐賀,熊本あたりまでではなかろうか)の若者が購買層のターゲットで,出版社は福岡市内にあった。

大名を歩く若者のストリートスナップや音楽情報などコアな情報や,働く若者・普通の学生のリアルな声にフォーカスが当てられていて,私は毎号欠かさずコンビニで買っていた。
当時は古着がブームだったので,ストリートスナップを参考にコーディネートを考えたり,流行りの映画や音楽のレビューを読んでレンタルショップで借りたりしていた。
「ヘドウィング&アングリー1インチ」も,ブラーもビル・エヴァンスもこの雑誌で知った。
多感な10代後半から20代前半にかけて,世の中のトレンドや当時の自分と近い世代の声などを知ることができる,貴重な情報源だった。
内容だけでなく,コンセプチュアルな表紙やアートワーク,紙質に至るまで,こだわりを持ってつくられた雑誌だったように記憶している。
そして,この雑誌をつくっている編集室が,編集者やライターを募集していることも逐一チェックしていた。
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幼少期から本だけは沢山読んできた。
小学校時代は図書館で毎日本を借り,六年間で1000冊以上を読んだ。
漠然と物書きに憧れるようになった私は,一度この雑誌の出版元の採用面接を受けてみようと思い立ったのだった。
しかし,この採用面接で現実に打ちのめされる。
まずは必ずしも記事を書く仕事ができるとは限らないということ。
そして,収入面でも月収は当時就いていた仕事の七割程度で,管理職になったとしても私が当時もらっていた月収と同程度にしかならないという事実も重かった。
物書きになるのは夢であった。
しかし,夢を追うために,リスクを承知で一歩を踏み出す覚悟が足りなかった。
当時の私には「書きたい」という漠然とした思いはあったが,書くべき中身は何も持っていなかった。
つまり,空っぽだったのだ。
そんな空っぽの自分に,何かを書くことはできるのだろうか。
結局は,自信がなかったのだろう。
私は,雑誌編集者,ライターの道を諦めた。
そして,それまで就いていた仕事を勉強し直し,翌年正式採用された。
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あれから15年。
三十になるまでは,我武者羅に仕事をした。
三十を過ぎてからは,後進を育てるために自分の立ち位置を意識しながら今日まで歩んできた。
今の自分は,「本物の自分」なのだろうか。
自問自答してみる。
分からない。
だけど,「偽物」ではないことは確かだ。
自分が今の仕事や,仕事で向き合ってきた人々と過ごした日々を否定することはできない。
毎日全力を尽くしてきた。
失敗は山ほどしてきたが,今のところ,後悔は一つもない。
「本物の自分」かどうか。
どちらでもいい。
「一生,見つからないんじゃないかな。」
あの時の編集長の言葉が甦る。
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昨年2月,ブログを始めた。
最初は,仕事に関連したブログで毎日更新を自分に課した。
キャリアアップを目的にしていた。
そう書くと聞こえはいいが,要は物書きの夢が捨てられなかっただけのことだ。
そんな,エゴ丸出しのブログが面白かろうはずがない。
3か月毎日投稿したが,PVも読者数も思うように増えない。
最後は続けること自体が負担になり,本業に影響を及ぼしかねないと危機感を感じ,それでは本末転倒とブログ閉鎖を決めた。
それから3か月間は,はてなブログで親交のあった数少ないブロガーさんたちの記事をたまに読むくらいだったけど,そのうち自分が書きたい衝動が抑えきれなくなった。
そこで私は悟ったのだ。
自分は,何かを書いて発信し続けること,その行為自体を続けていきたいとずっと思い続けてきたのだということを。
たまたま「物書き」(ライター)という職業に憧れて,そこを目指した時期もあったが,要は自分が考えたことや思ったことを表現したかったのだということを。
書かずにはいられないということを。
それならば,好きなことについて書こう。
そう考えて始めたのが今のブログだ。
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一応,このブログにもコンセプトはある。
タイトル通り「音楽と服」だ。
音楽のことを書いているブログ,ファッションのことを書いているブログはたくさんある。
音楽にもファッションにも人並み以上には親しみ,多くのものに触れてきたとは思っているが,一介の素人であることには変わらない。
そんな私が書くブログを,数多あるブログの中で見てもらえるようにするには・・・。
出した答えが,「音楽」と「服」を関連させたブログを立ち上げることだった。
そこには,特別な出来事だけでなく,私が普段の生活の中で感じた何気ない所感のようなものも交えて,できるだけ私にしか書けない切り口で表現しようとする試みも一応はある。
そんなことをぼんやり考えていた折に,先日から読み返している「激刊!山崎」を眺めていたら,まさに私が伝えたいことを山崎洋一郎が語っていた。
メッセージとか言うと,何やらミュージシャンが眉間にシワを寄せて人生の真実やら新しい理論やらをこしらえるイメージがあるが,ロックのメッセージの真実はそういうものではない。ロックのメッセージは,こしらえるものではなくて,あらゆるものを「メッセージ化」してみせる事なのだ。
立派な旗をつくって振り回す事ではなく,例えば今着ているシャツを脱いで棒にくくりつけて掲げてみせる事,なのだ。言ってる事がよくわかんないかな。
じゃあ例を一つ。先々月のブルーハーツの解散インタビューについて。恐らくあの解散劇は色んな現実的な問題やしがらみがからまり合ったゴタゴタとした「人生問題」的なところもあったのだろう。だが,彼らはそんな殺伐とした場面すら「メッセージ」に転化して発信する事を選んだ。その意志がロックンロールなのだ。
小沢健二なんか,窓から東京タワーが見えたり,雨あがりに彼女を呼び出したり,たったそれだけの事をバカみたいに心を込めて歌うことであの強力なメッセージ・アルバム「ライフ」を作り上げた。
僕の事で言えば,例えばこの本の値段。出版人にとって,値段を決める事なんてのは最も味気ない事務的な作業なのだが,僕は何かを伝える,感じさせる値段にしたいと思って480円にした。
「あ,この本いいな」「いくらだろう」「480円だ」。
店員に500円玉を渡す,20円のおつりをポケットにつっ込むー読者とほんとのこういうコミュニケーションをイメージしながら480円にしたのだ。500円でも520円でも買ってくれるのだろうけども,そこには僕の込めた(小さな)メッセージないしコミュニケーションも生まれない。
どんなささいな事でも,自分の行動と思考をちゃんと自分のものにしたい。そして少しでも輝かせたい。ロック・ミュージックのメッセージとはつまりそういう事だ。僕らの生は僕ら自身のものだという事を,自分たちの意志の力で宣言していくのだ。
1995年8月 「激刊!山﨑」山﨑洋一郎 (株)ロッキング・オン
「どんなささいな事でも,自分の行動と思考をちゃんと自分のものにしたい。そして,少しでも輝かせたい」
これに尽きるのではないかなと思う。
私には今,書きたいことを書ける場所があって,それを読んでくださる読者さんがいる。
記事に共感し,定期的に交流をしてくださる方々もいる。
これ以上,なにを望むのか。
「本物の自分」が見つかったかどうかって?
そんなの,自分がそう決めればそうなのだと,今なら15年前の自分に言ってやれるだろう。
本物はこれだと腹を括らなければ,覚悟もできないから。
ということで,これからもそれなりの覚悟はもって,ゆるゆると綴っていきたいと思います
「こいつ,手を抜いてるな。」
と思ったら,遠慮なく叱ってください。
これからもよろしくお願いします。