PS3、PS4、PS5と時代は移り変わって来たけどなんやかんやで『PS2』が出た時のワクワク感が一番高かった気がする… 冗談抜きで当時としては時代を先取りしたオーパーツ並みに凄いヤツだった
僕はあんまり共感できないな。個人の生活の影響の方が大きいと思う。ゲーム自体もスマホ含め多様化しているわけで。僕は学生時代程時間は取れないものの、今でも毎日数時間はゲームする程度にいつもワクワクしてるよ
この手の話題、定期的に持ち出されては「あの感動はもう味わえないよね」的な雰囲気を醸しており、そうか、人生というのはそういった感じで物事への関わり方が変化するものなのか、と感じなくもない。
まぁ、そういった価値観を全否定するつもりはない。
確かに新しい技術、特にハードの登場というのは衝撃的であったし、3Dゲームの登場も含め、当時はわかりやすい革新性があったのは同意する。
が、ワクワクの中心は僕の中ではそれだけではないので、その点、おそらくそれらの評価がそれ程高くはないのもある。
例えば、Wiiが登場したときがわかりやすいが、僕の中ではあれは昔の技術の使い回しで、ハードとしては凡庸なものであった。
当然、ゲームオタクとしては購入するし、当時は今の妻と同棲・結婚直後の時期でもあったと思うので、コミュニケーションツールとしてもソフト含め買いそろえ楽しんでいたとは思う。
が、それ自体に革新性を感じたこともないし、そこに極端なワクワクがあったとも思わない。
というか、それで言えばSwitchも同じで、まぁコストと体験のバランスという意味では良いものであったと思うが、それ自体は既存技術の活用であって革新性はそれ程なく、あれはエクスペリエンス、つまり、そのゲーム体験そのものが革新的であったと思うので、単純にハードやソフトというそれ自体にはあまり価値は感じなかった。
なお、そんな自分がSwitch2はどう評価しているかというと、こちらは非常に素晴らしい出来だと思っている。
一つ一つの要素は革新的ではないが、ゲームの在り方を変える仕組みがふんだんに盛り込まれており、これは次世代のゲーム機であると感じる。
Switchもその点はある程度考えられていたが、ぶっちゃけ「だったらSteamでよくね?」と言い切れるもので、正直専売タイトルに支えられていたハードという印象あった。
それに対しSwitch2は基本性能という点でも実はかなり底上げされており、Switchが足を引っ張る存在であったのに対し、Switch2はその影響もかなり改善されており、正直ハードとしてはとても良いバランスで出来上がっていると思う。
これはSteamと棲み分けする意味でも、より踏み込んでいえば、メーカー側もSwitch2とSteamどちらを優先すべきかという悩みにおいても、まずはSwitch2からいきますか、と言える程度には環境が完成されていると感じる。
つまり是非欲しい一品と評価している。
ただ、これは僕の感性の問題であって、他の人の認識とも、もっといえば本当の価値とも全く関係がない。
では、今のゲームはどうだろうか。
僕は昔よりも解りやすい革新性はなくなったが、その分非常に巧妙でより競争が激しい中で磨かれているだけあって、全体のクオリティとしても価値としても比べものにならない程飛躍していると思う。
逆に飽和時代という事もあり、受け手の価値観も麻痺する程度にはもう数え切れない程度の素晴らしいゲームが日々生みだされている。
ぶっちゃけよくまぁこの企画考えたよねと思う程度には毎年でてくるし、既存ゲームも成長を続けていると思う。
そんな中、近年で個人的に感動したのはやはり原神であった。
それまで私はスマホ環境を中心としたゲームの評価はとても低く、基本課金がメインでありストーリーやゲーム自体の体験はおまけ程度と感じていた。
が、原神をやり始めてから、基本無料の課金ゲーに対する価値観は変わったし、確りと作り込まれたゲームシステムや、広がりがあり深みもあるストーリー、そういったものが少なくともAAAタイトルに匹敵するものが無償で提供され体験できる環境、ビジネスが成立するという事に感動した。
正直、原神自体にゲームそのものの革新性はない。
私もそう思う。
全てはそれまでにも存在ししていたものであり、何ならキャラクターの表現方法も非常に独特で、純粋な3Dモデルというよりも立体的に見えるテクスチャを使い、より立体的に見える表現を行っているというのが実状で、実はキャラクターモデル自体も類似ゲームと比較して優れているとは思わない。
が、ゲームシステム全体として捉えた場合、なるほどこれは間違いなく新しいゲームの在り方だと感じたし、数年プレイした今、業界を見てみればやはり追随するゲームも増え、この仕組みは革新的であったと思う。
その他にもLoLのようなゲームも、まさにゲームチェンジャーであったと思う。
LoLについては登場時に私にもとある方からプレイヤースキルだけで勝負できる中々面白いゲームがあるから、一緒にチーム組まないかとお誘いいただいていた。
当時は結構合法課金ゲームも増えつつあり、海外も含め課金の在り方が日々議論される程度には中々悩ましいものになっていた。
そのような時代に所謂MOBAの一つとして登場したわけだが、当時はAOKのようなRTSゲームがネット環境下で普通にプレイできる程度には環境が整備されており、その上でマルチプレイヤーがリアルタイムバトルをストレスなくでき、そこに明確な戦略や複雑なテクニック、所謂プレイヤーの知識と操作スキルの両面が必要となるゲームと言うことで、界隈では一気に火が付いた。
今もなお(狂人を中心に)根強い人気があるわけだが、間違いなくあのゲームも革新的であり、明らかに時代を作った一つのコンテンツであったと思う。
まぁ、こういったものの登場は、おそらくこれからも続く。
ただ、ゲームに触れた時間、歴史が長くなればなるほど、そのものの価値を評価する軸がブレやすくなる。
あの時の感動は越えなかった、それは個人としては正しいと思うし、否定することはない。
が、今出てきているものを否定できるほど優れていたのか、本当に感動やワクワクの度合いはそれらの方が勝っていたのか、そういった議論に僕はあまり価値はないと思う。
その尺度や評価すべきポイントは時代と共に変化しているのではないか、今のメインストリームの中で自分のポジショニングはブレているのではないか、様々な面で自分に問いかける必要もあるのではないかと思う。
まぁ、価値観なんて千差万別だし、何ならその人の環境に大きく左右されるわけだから、比較なんて全く意味はないけどね。
ちなみに僕は常に良い時代に生まれたと思っている。
ファミコンから始まり、PS5にSwitch2は当然としてSteamやスマホゲー等まさにゲームだけでなく、それを支えるインターネットもそうだし、家電製品、パソコン環境等あらゆるものが自分の人生と共に革新的な発展を遂げたわけで、こんな時代を生きていたというのはまさにワクワクを常に得られる人生であった(まだ終わってないが)と感じている。
何ならそれらの基盤であるプログラミング言語の発展も含め本当に素晴らしい時代だと思う。
まぁ、仮に僕は100年後の未来に生まれても、その時代でまた新しい何かを見つけて、勝手にワクワクして楽しんでたとは思うけどね。
そういった自分からすれば、ワクワクの形、接し方こそ変われど、少なくとも定期的に「なるほどそういったものもあるのね」と、新しい気づきや体験を得ているわけで「昔は良かった」と懐古するほど残念な状況ではないし、まだまだ成長する分野だと私は思います。
まだ楽しめる、ワクワクできる自分でありたいと、私は思うのですよ。