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コミュニティは“好き”の交差点

この記事は

これは、僕の“好き”にまつわる話です。

最近思ってるコミュニティ(特に運営)に対する自分のスタンスを言語化しようと試みたものです。特定の人物や団体の考え方やコミュニティへのスタンスを否定したりあげつらったりする意図はなく、単なる「お気持ち表明」です。
そのため、文中で言及している投稿などへのリンクは控えています。

もしあなたが、コミュニティに関わっていたり、誰かの“やってみたい”を応援したいと思っているなら、少しだけ読んでみてほしいです。
僕と同じように運営に関わっている人や、コミュニティが好きな人にとって少しでも考えるきっかけになれば嬉しいです。

きっかけ

最近、ある投稿を見て、ふと立ち止まった。 運営したイベントに対して「自分の地域でも是非やってほしい」という無邪気なコメントに対して、「その地域に行くときの交通費ってどう考えてるんだろう?むしろ、興味があるなら交通費を使ってこっちに来てくれる方が自然かも」という投稿だった(元の文章はこのままではないです。もし誤解が生じていたらすいません)。

言ってることは分かる。たしかにイベントをもう1度開催して、そのためにスタッフがその地域に移動することを考えたら、聞きたい人が来てくれるという方が合理的ではある。多くのコミュニティイベントは参加者は無料だし、スポンサーから潤沢に費用が出てたりするわけでもなく、運営メンバーが手弁当でやってるケースも多い。他の地域でやって欲しいと言われて、じゃあ現実問題として費用は誰が受け持つの?というのはよく分かる。
でも、僕は少しモヤっとした。 それは、お金の話とか伝え方とかの話じゃなくて、「じゃあ僕は何のためにイベントやってるんだっけ?」っていう、根っこの問いだった。無邪気なコメントをした人に対してでもなく、それに返信したスタッフの人に対してでもなく、純粋に「自分がこのやり取りに対して、どういうスタンスで何を考えたからモヤったんだろうか?」という自分への問いかけだった。

僕は、ただ“好き”だからコミュニティ活動をやってる。 誰かに頼まれたわけでも、見返りを求めてるわけでもない。 誰かの“やってみたい”や“話してみたい”に火を灯したくて、場を作ってる。 そしてそんな誰かと繋がれるのが僕の“好き”なんだ。

でも最近、「コミュニティマーケティング」といった言葉や「登壇実績のためのイベントづくり」のような動きを目にして、ちょっと違和感を覚えることが増えた。これも含めて、自分への根源的な問いをしてみた。

お金より空気を信じたい

僕は、身銭を切ってイベントに参加したり、イベント運営に関わることに、それほど抵抗はない。

それは僕の「好き」に対する姿勢だから。流行の言葉で言うと「推し活」だろうか。

もちろん、無制限に自腹を切って気にしないということではない。僕にも家庭はあるし、自由に使えるお金も無尽蔵にあるわけではない。そもそも運営メンバーの善意、特に金銭的な負担に支えられているイベントというのは歪で長続きするものでも無いのも分かってる。

ただ、「交通費を払って遠方のコミュニティイベントに参加する」「遠方のコミュニティイベントの運営スタッフとして動くために、交通費や宿泊費を払う」という行動を比較的気楽に選択していると思う。ただし、これが特殊なことだという認識もある。コミュニティの参加者はみんなそうだということではないし、そうじゃない人はダメと言った話でもない。

「コミュニティ運営は持ちつ持たれつだから」という投稿も見た。皆がお互いに手弁当でやってるからこそ、例えば何かスタッフとしての仕事であったり登壇を依頼するときに「予算ないので費用出せないけどお願いできたら・・次回はこっちが出向いてあなたのイベント手伝いますので」というような関係が自然に結べていて、暗黙のうちに通じ合っていて、しかもそれに甘えずお互いをちゃんと尊重している状態を何度も見てきた。そういう空気が僕は好きだ。

だから、「やってるんだから感謝されるべき」でもなく、 「無償なんだから文句言うな」でもなく、 ただ、空気を大事にしたい。

僕が大事にしてるのは、お金じゃなくて、関係性。 その場に流れる“やさしい空気”を壊さないこと。

マーケティングの場」じゃない

コミュニティマーケティングという言葉が悪いわけじゃない。マーケティング目的でコミュニティに来たり、コミュニティを運営する人達を否定はしない。ベンダー系のサービスのコミュニティの場合、そのベンダー(の製品やサービス)が好きで集まってるんだから、やはりベンダーの売り上げが上がってくれるに越したことはないし、お手伝いできるんだったらお手伝いしたいという気持ちはある。 でも、僕がやってることは、マーケティングの手段じゃない。

僕らは、砂場で遊んでる子どもみたいに、好きなことを楽しんでる。 そこに「売るための場」として踏み込まれると、空気が壊れる。

僕にとってコミュニティは、“目的”でも“手段”でもなく、“交差点”。 誰かの「好き」が交差する場所。 その交差点に、無理やり看板を立てられると、ちょっと寂しくなる。

「登壇したいからイベントやる」ことへの違和感

“登壇したい”という気持ち自体は否定しない。でも、それが“場づくり”の動機になると、ちょっと違うと思う。

僕は、自分の“好き”を伝えるのも好きだけど、誰かの“好き”を聞く方がもっと好きだ。 自分が運営してるイベントなら、できるだけ他の人に機会を譲る。

僕はよく人を運営に誘うときに「好きなことをイベントでやりたいなら運営側の人になるのが1番だよ」って言うけど、これは “題材を選べる”とか“話者にアクセスできる”って意味であって、 “自分が好きに喋るための場を作れる”という意味ではない。あくまでも参加者が優先であり、自分が優先ではない。

僕がより大事にしたいのは、“誰かの話を聞く場”であって、“自分が話す場”じゃない。

まとめ:僕のスタンス

僕は、コミュニティを「好き」が交差する場だと思ってる。 技術も、人も、感情も、全部が交差する場所。

だから、効率より空気を、成果より熱量を、 “自分のため”より“誰かのため”を大事にしたい。

僕のやってることは、マーケティングでも、実績づくりでもない。 ただ、誰かの「好き」を見つけたり、「やってみたい」が動き出す瞬間を作りたいだけ。

それが、僕のコミュニティに対するスタンスだと思ってる。

その上で、最初の投稿に対して、もし自分だったら「こっちの地域でもやってほしい」と言われたらどう答えるか?と考えると、こんな感じだろうか。

「僕たちの“好き”が伝わって嬉しいです。よかったら、あなたの地域でも一緒にやってみませんか?ぜひそのためのお手伝いをさせてください」

うまくまとまってるか分からないけど、これが現時点で言語化できた、僕のスタンスです。

僕の“好き”は、誰かの“好き”とぶつかることもある。

でも、それでも交差点に立ち続けたい。

その瞬間にしか生まれない、やさしい熱があるから。

あなたが大事にしている“コミュニティの空気”や“コミュニティに参加するスタンス”はどんなものですか?
ぜひ聞かせてもらえたら嬉しいです。

P.S.

最後に、「テックコミュニティ主催者LT」で発表した僕のスライドへのリンクも載せます。併せて見てもらえたら嬉しいです。

speakerdeck.com




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