お友達からこの匿名ダイアリーを教えてもらいまして。ちょっと私見というか、今までインド映画に関連するものを見聞きしてきた範囲で考えをまとめようと思います。
ただし、この方の疑問に答えられるか微妙な点がひとつだけありまして。わたくし、ディズニー映画をあまり見たことがないんです。なので、ちょっとズレたことを言っていることになるかもしれません。
そこはご了承いただけたらと。あ、インド映画はたくさん見ています。
インド映画の歌・ダンスシーンについての大前提な知識
まず疑問に答える前に、大前提となる知識について共有したいと思います
1.インド映画は主役(スター)をとことんかっこよく見せる映画
ディズニー映画とは異なる点なんですが、インド映画はとにかくスターをかっこよく見せることにこだわっています。スターはあだ名というか異名を持っていて、『Devara』や『RRR』で主演のNTR Jr.もヤングタイガーなど、さまざまな愛称を持っていたりします。
したがってスターが登場するときはド派手にいかなければなりません。
ふらっと登場して、あ、え、いま映った? では駄目なんです。
もったいぶって登場するし、登場するときもいきなり顔を出さずに足元を映し、手を映し、背中を映し、観客の期待が高まったところでカメラが徐々に顔に近づいていき……キメる!
『Devara』でも、NTR Jr.が海の中からバタフライでかっこよく登場しましたよね。あれです。あれでファンは大歓喜するのです。
昔はこの登場時のキメポーズ時に背景に大きく俳優の名前が出てきたりするものもありました。そう、ここだけ特撮っぽくなるのです。字幕じゃないんですよ。大きな文字でバーンと出てくるんです。最近では少ないですが(無いとは言っていない)
2.ダンスにもいろいろな種類がある
一言で「ダンス」と言っても、さまざまな種類があるんです。たとえば先ほど述べた主役の登場シーン。ここで歌とダンスを用いて、今回の主役はどういう設定の人かというのを見せることもあります。
『バジュランギおじさんと小さな迷子』という作品では、パキスタンの少女がインドで迷子になって途方にくれていたときに、なんかすごいおじさんがいる! とびっくりするシーンが主人公パワン(バジュランギおじさん)の登場ダンスです。ハヌマーン神の信徒のことをバジュランギというのですが、この歌とダンスで敬虔なハヌマーン信徒であるということがわかるのですね。
もちろん、これから重要なシーンが始まるので気分を盛り上げようというときにもダンスが用いられます。Devaraのこの曲は、これからお祭りが始まる! という気分を盛り上げる方の曲ですね。こういうタイプの曲では、急にモブの人が増えてダンス専用のステージにいったりする場合もあります。
日本の配給元であるツインのページで公開された日本語字幕入り(ただし途中まで)はこちら
宗教的に映すのが難しかったりするものに、いわゆるラブシーンがあったりするんですが、性愛のメタファーとして歌とダンスを用いることもあります。『バーフバリ 伝説誕生』のこれとかはそうですよね。
さらに、物語の内容には関わるものの、長いシーンをダイジェストで見せたいときにダンスを用いることもあります。『バーフバリ 王の凱旋』のこの曲とかはそうです。国際配信版では曲の半分ぐらいがカットされていました。
そしてもちろん、物語の中で必然性があって歌とダンスが登場するものもあります。『RRR』のNaatu Naatuなんかはそうですね! (イギリス人にダンスができないと馬鹿にされたので、インドにはこういう踊りもあるんだぜ! と歌って踊るシーンなのです)
あとは、喜怒哀楽を表すということもあります。インドは多言語国家ですので、みんながみんなすべての言葉に精通しているわけではありません。でもダンスは言語に頼らないコミュニケーション手段ですので、ダンスシーンに登場人物のそのとき抱いた感情を表現させることもあるんです。
『バーフバリ 王の凱旋』のKannna Nidurincharaという曲は、ヒロインが恋に落ちたときの曲です。ただこれも、なくても大丈夫(この前後でヒロインが恋に落ちたのは十分に伝わる)ということから、国際配信版ではカットされた曲だったりします。
エンディングのスタッフロールとして歌って踊って終わるものもあります。大ヒットした『RRR』でも、最後はこの曲でみんなで踊って終わりました。もちろんこれは映画本編とは関係ないので、作中では故人の人も出てきますし、監督も出てきます。
他にもあるんですが、ちょっと後述します。
3.音楽会社(レコード会社)が映画制作に関わっている
ここまで貼ったURLのチャンネル名に注目をすると、T-Seriesとか書かれていますよね。これはレコード会社でして。音楽会社が制作委員会(的なもの)に携わっているので、MVを入れてあれこれ売りたいとかそういう風潮があるんです。大人の事情ですね!
多くの人が見る映画は宣伝効果が抜群というわけで、映画の歌が超ヒットして誰もが知る国民的な曲になることもよくあります。『ブラフマーストラ』という映画の劇中歌Kesariyaは今やインドでのラブソングの定番になっていたりします。
4.アイテムナンバーという文化がある(あった)
制作委員会的なものの大人の事情の最たるものが、「アイテムナンバー」という文化かもしれません。
簡単にいいますと、週刊漫画雑誌とかの、水着グラビアページみたいなもんです。
つまり、ダンスシーンはほとんどの場合は映画にずっと登場している主役だったりヒロインだったり悪役が踊るんですが、ひとつのダンスシーンのみにしか登場しない俳優をわざわざ起用し、歌って踊るんです。そしてそれは主に男性の観客を意識した、妖艶なダンスになることが多いのですね。
たとえば『バーフバリ 伝説誕生』でもありました。
このManohariという曲で妖艶に歌っている3人の女性、本編には出てきません。ここだけなんです。
他にも、たとえば田舎の村に「おい、あの○○がきたって!」「え、マジで! 見に行く行く!」という会話が入って、そこだけでしか出ない女優が妖艶なダンスを歌って踊ることもあるんです。
こういうダンスシーンをアイテムナンバー、もしくはアイテムソングというんです。主演女優と違う人が急に出てきてMVっぽい、と言われるのはこれです。ここにだけ出る女優のことをアイテムガールと言ったりもします。
このシーンが入る目的は、流行の曲、もしくは流行らせようとしている曲などを多くの目に触れさせるとか、女優を大きく売り出すというものです。
実際、現在でも第一線で活躍している女優の中にはアイテムガールが出世の足がかりになった人も少なくありません。ただ、倫理的な観点から論争も起きていて、現在ではあまり好ましくないという意見が主流になってきています。
5.歌は基本的に吹き替えで別の人が歌っている
ここまで「歌って踊る」と書いていたのですが、主演の人がそのまま歌っている曲は少ないです。多くの場合はプレイバックシンガーと呼ばれる歌手が歌っているんですね。
でも中には自分で歌う曲もあります。『スーパー30 アーナンド先生の教室』の主演であるリティク・ローシャンは、劇中歌の中でQuestion Markという曲だけ自分で歌っています。
なので、『BANG BANG!』という映画のTu Meriという曲の歌声とは違いますよね。
6.インドでは映画は重要な娯楽である
インドの、特にお金がない層にとって映画はかけがえのない娯楽となっています。ということは、なるべく安く、なるべく長時間で、しかも十分以上に楽しめる方が良いということでもあります。
よくインド映画は長いと言われますが、同じ料金だったら2時間楽しめるよりも3時間楽しめる方が良いというわけです。さらに、映画にあわせて歌って踊れれば最高! というわけなんです。
そう、インドでは基本的に観客も一緒に歌って踊ります。人気スターの主演する映画の封切り日では、ほとんど席にきちんと座っていることがなく、指笛を吹いたり大歓声をあげたり、ポップコーンは弾け飛ぶし紙吹雪が大量に舞います。スクリーンも見えないし、台詞も聞こえません。これが本場のマサラ上映なんです。
なので、熱心なファンは初日(から1週間ぐらい)にそうやって大騒ぎをし、そのあとにストーリーを知るためにもう一度見に行くのです。
歌って踊るシーンが多いのにはこういう事情もあるのですね。ただ現在では、特に北部(ヒンディー語圏の映画)ではシネコンが建ち並んで映画の料金が高くなり、お金がない層が行けなくなったため(だけではないんですが)、2時間ぐらいで歌や踊りも少ない映画も増えてきています。
質問に答えていく
というわけで、このあたりを前提に、質問に答えていきたいと思います。
①歌より先にダンスが始まる?
ディズニー映画は、歌が始まってから途中で踊りだす展開が多いように思う。対してデーヴァラは曲の初っ端からいきなりダンスが始まる、または音楽PVっぽい映像になる(衣装や背景が突然変わるとか)印象があった。
というわけで、なんとなく見えてきたのではないでしょうか。つまり、主役がそのまま歌っているわけではなく、なおかつ主役をかっこよく見せたいわけです。なのでまず歌って、そのあとに踊るというわけではなく、主役のかっこいい動きをダンスとして見せるのが目的なんです。
音楽PVっぽい映像になるのも、音楽会社が入っていてPVとして配信等をしているということも大きいのです。
②イントロまたは導入部がない?
ディズニー映画の歌パートの入りには、セリフに被さるように大人しめのイントロが入るorセリフ混じり、セリフに近い独唱から入るパターンが多いように思う。対してデーヴァラは最初から集団で踊りだすことが多かったように思う。
これはちょっとディズニー映画をほとんど見ていないので正確かはわかりませんが、一応前振り的なものはあります。
先ほどのNaatu Naatuでも、「Not salsa not flamenco my brother. Do you know "Naatu"?」「What is "Naatu"」というやりとりの後に始まります。フラメンコのステップも知らないなんて! と馬鹿にされたので「サルサでもフラメンコでもない、ナートゥをご存じか?」と言って始まるのですね。
ただ、ちょっとおっしゃっているイントロという意味ではないと思います。ミュージカル映画とインド映画は違うということですね。
③話の流れを無視している?
ディズニー映画は話の展開の一部として音楽を盛り込んでいることが多く、極端に言えば歌だけ繋げて聴いてもある程度あらすじが分かることが多いように思う。対してデーヴァラの歌は極端に言えば全カットでもストーリーを追う分には支障なかったように思う。
これもおっしゃるとおり、全カットでもストーリーを追う分に支障がない映画もあります。
アイテムナンバーや恋に落ちた等のわかりやすい感情表現のシーンは、国際配信版ではカットされがちです。あ、説明しそびれていましたが、インド国内版の3時間近いのでは海外で受けないということは知られているので、そういった部分を削って短く再編集(とはいえ2時間超はありますが)する国際配信版が作られることがあるのです。
もちろん話の流れ的に重要なシーンや、ダンスシーンで重要な何かに気づく、事件が起きる、という作品もあります。こういった話の流れに沿ったものだけではない、というのがインド映画の特徴であると言えるでしょう。
最後に。トラックバックの中で「昔はMVから作り始めていた」とおっしゃっている部分は、ちょっとわかりません。インド映画を見始めたのが90年代から(ムトゥからなんです)なので、80年代の作品はあまりわからないんです。ただ、主演女優まで異なる、というのはアイテムナンバーのことを指しているんじゃないかと思います。