久々に特に予定のない月曜日、ダラダラ過ごすか、あるいは、気合の入った掃除をするか…、と考え中なのだけど、「考え中」ってのが、すでに「ダラダラ」を示してますな。
とりあえず、ここ数日のこと、忘れないようにメモなど。
9月2日、アントワープに行ってきました。
目的は、今だけ入ることができるヘンドリック・コンシアンス広場のノッテボームの部屋に入ること。
「今だけ入れる」っての、例によってミーハーな私の好物です。
Oscar Nottebohm さんの名前にちなんでいるんだけど、この方はこの部屋が出来上がる1年前、1935年に亡くなっています。
本や美術品のコレクターだった。
生涯結婚することなく、子供もいなかったので、本のコレクションはこの部屋に、美術品のコレクションはアントワープの王立美術館に、ということのようです。
もともとはドイツ出身で、アントワープに移住して財を成したファミリー。
仏訳をコピペしておく。
>Oscar Nottebohm était le petit-fils de Diederich Wilhelm Nottebohm, qui avait émigré de Bielefeld et s’était installé à Anvers. Sa famille était bien connue pour ses dons, y compris son oncle August Nottebohm, qui a fait don de 100 000 francs belges à la ville d’Anvers pour faire rénover la ville. Son frère Frederik Benjamin Nottebohm a également fait une donation en 1913. Sa mère, Maria von Laer, a également fondé un hôpital pour les maladies de la peau connu sous le nom de clinique Nottebohm en 1901. Oscar Nottebohm lui-même a fait un certain nombre de dons de peintures à la ville d’Anvers entre 1908 et 1917. Après sa mort, il a laissé d’importantes sommes d’argent à diverses fondations. Il légua 50 000 francs au Fonds permanent de dotation pour la bibliothèque municipale et le musée Plantin-Moretus et 25 000 francs à la Bibliothèque du peuple, où, sur la suggestion de Lode Baekelmans, des livres pour enfants furent achetés pour les nouvelles salles de lecture pour enfants. En outre, une exposition a été organisée à la Volksbibliotheek un an après sa mort, où l’on exposait le portrait du donateur et certains des livres achetés. Son testament stipule également qu’il a laissé au Musée royal des Beaux-Arts d’Anvers non seulement 100 000 francs, mais aussi des peintures, des sculptures, des catalogues de ventes aux enchères et des livres d’art. En outre, le Vleeshuis et le Steen ont reçu 50 000 francs. Les armoiries de la famille ont été accrochées à l’une des fenêtres de l’hôtel de ville d’Anvers lors d’une inauguration solennelle le 13 mars 1937 par le bourgmestre Camille Huysmans.
この方だけでなく、ファミリーのいろんな人も寄付しまくってる。
ヘンドリック・コンシアンスというのは、19世紀のフォルクロール作家(子供の頃に亡くなったお母さんが語り聞かせてくれたフランダースの民話の影響か)、Wikiってみたら、お母さんはアントワープの方で、お父さんはブザンソン出身のフランス人、ナポレオン時代の海軍としてアントワープに滞在、ナポレオンが破れ仏革命軍がアントワープから撤退した後も残った、って書いてあった。
私でもタイトルだけは知っていた、金拍車の戦いの話「フランダースの獅子」の作者さんだった。
初めて知った。
もともとここはイエズス会広場だったけど、ノッテボームさんもコンシアンスさんも、私がちょこちょこ読んだ限り、イエズス会と特に関係があるわけではなかったです。
建築家はルーベンス、内装はルーベンスとアントーンヴァンダイクが一緒にやったそう。
当時「この世のパラダイス」と呼ばれたほどの豪華さだったらしいけど、創建100年後、落雷で内部は火事で焼失、今の内部はその後のもの。
「この世のパラダイス」見てみたかった。

教会側に立って見た図書館。
左端に写ってる扉がノッテボームの部屋に入る入り口。

近くにデュ―ラーが滞在した家がある。

内部。






私の暮らす地区が開発された時のメセナ、ジョルジュブルグマンもドイツからやってきて財を成したファミリーだったなあ・・・と、ノッテボームの話から思い出したことでした。
2日は子守を頼まれていたので、早々にブリュッセルに戻りました。
アントワープ中央駅、24番乗り場で電車を待っていた時、目の前の壁の青いライトに、抽象画みたい、と思ったのでフォト。

その他もろもろ。
先日ニュースで、「初任給の平均」の話に驚いてしまいました。
何に驚いたのかと言うと、「給与の平均」なんてかつて聞いたことなかったから。
ニッポンからいらっしゃる方に、「ベルギーでは、新卒の平均初任給っていくらですか?」と聞かれる際は、「そういう発想もデータも目にしたことない」と返事をしていた私なので。
そもそも「平均」に意味ある???
学業を終えても、想定した仕事がない場合、「求職中」を選ぶ者も多いし…。
ニュースのテーマは、初任給の「額」ではなく、大卒とそうでない場合の差が縮まった、というものだったんだけど。
昨日のマニフの記事。
ポリスの発表では参加者7万、主催者発表では11万、今朝は13万という発表も見かけた。
もうすぐ恒例の journées du patrimoine です。
先週末にプログラムが公開されました。
予約の受付が今週末に始まります。
人気の場所はあっという間に満員になるので、気をつけておかないと。
そういえば、こういう ↓ 怖いニュースもありました。
こういう記事も読んだ。
このくらいにしておこう。