ここ数日、見たり、聞いたり、読んだり、思い出したことなど、メモしておこう。
明日の朝・・・と思ってたけど、長女くんからSOSが入ったので明日は子守のミッションである。
働きながら子供を育てるってタイヘンだなあ・・・と、長女たちを見て今更のように思う。
保育園の充実その他、いろんな経済的・物理的な社会の支援という面でかなり恵まれているとはいえ、です。
赤ん坊には親の都合なんて関係ありませんからね。
私は子供が3人もいたけど、一番下の子が2歳半になって学校に行き始めてから、ちょっとした季節労働みたいな感じで春だけ仕事をし、子供たちの成長に合わせて少しずつ仕事を増やし、本格的に仕事中心になったのは一人暮らしを始めてから。
お母さんをやってた時はそれが中心で、いろんな仕事の誘いを全部断ってました。
今思えば、その時誘われた仕事をしていたら、年金額は今よりずっと大きかったはずだし、今より安心感は大きかったかもしれないけれど、そのときそのときの優先事項ってのがありますからね。
その優先事項を見極めつつ決めてきたつもりなので、後悔みたいのはありませんが。
もうちょっと安心したいのも本心。笑
昨日FB上でこういう ↓ フォトを見かけました。
いろんな有名人が本を読んでいるフォト、そのうちの1枚、ジェイムス・ディーンが詩集を読んでる。

で、その詩人が James Whitcomb Riley という人で、初めて知る名前でした。
へえええ、初めて知った・・・と思いつつWikiの記事を斜め読み。
インディアナの方言(っていうといけないんだろうな。方言ではなくて、おそらく一つの言語なのだと思う)hoosier で作品を書いたりしたそう。
こういう言葉、教育水準があまり高くない人たちが標準語を知らずに使うというパターンもあるけど、詩人が故郷への愛ゆえに故意に使う、というパターンもあるよなあ・・・と思ったり。
フランスはプロヴァンスの詩人、フレデリック・ミストラルとか。
方言というんで、10月にニッポンに行ったとき従弟(正確には従妹のパートナーくん)と話したことを思い出したのである。
彼の叔母さんが彼らは使わない方言を使うという話。
同じ地方でも世代や土地によって、あるある、だよね、と。
彼の叔母さんは「(どこかに)出発する」ことを「うったつ」と言うのだそうです。
それって「発つ」に接頭語の「うっ」ってのがくっついたんじゃない? なんかスピード感が増すじゃん、と私。
「叩く」ってのに「うったたく」という例を上げたり。
ただ叩くより激しさを感じる。
それで、高校3年のとき、クラスの担任が進路指導の際にそれを使ったのを思い出した。
進路指導はクラスの全員にあいうえお順で二人ずつ行われ、私は一人前のS田さんと一緒でした。
九州の我々の場合、雪国に憧れたりする場合があって、S田さんは信州大学に行きたかった。
でも体が頑丈そうな人ではなくて、担任のN先生が順番を待ってる私の方を見ながら
「S田さん、あなたはあまり丈夫そうじゃないし、寒いところはやめたほうがよか。 Shohojiさんみたいにうったたいても死ななさそうなら先生もダメとは言わないが。」
と言ったんです。
その話をしたら従弟が大笑い。
「その先生、常日頃からヒロコ姉ちゃんをうったたきたかったとやろね」と。
おおお、そうか、そう言われてみればそうだったのかも、と、半世紀後にようやく思い当たった私であった…。
ま、あまりオリコウサンな生徒ではありませんでしたからねえ。笑
こんな ↓ フォトも見かけた。
Ancient Roman road in Western Sicily.

ローマ時代の道ってちゃんと残っていて、今でもしっかり使われています。
家族でよく車でフランスにヴァカンスで出かけていたんですが、帰路はもう疲れてあれこれ考えるのがめんどくさいので、ちょっとよけいに時間がかかろうと間違いなくたどり着く、うちの近くに続くローマ時代の道を走ったものでした。
すべての路はローマに続く、ってのが、喩えではなく文字通りなのだと感動しつつ。
その道はこのフォトみたいな情緒のあるものではなかったですけどね。
パリのノートルダム大聖堂、修復の際の石Pierre Blue には昔住んでいたところの近くにあった採石場のものが800㎡使われたとニュースで言ってました。
以前使用されていたものと、色も性質もぴったりだったから。
この採石場は、以前住んでいた家のお隣さんであるジョゼフ(もうずいぶん前に亡くなった)が働いていたところです。
彼が仕事をしていた間、3人が石の下敷きになり亡くなったと言ってました。
ジョゼフは「俺はバイリンガル、パトア(=方言)とフランス語がわかる。フランス語はヘタクソだけどね。」と言ってました。笑
すごくいい人だった。
ベルリンに連行され強制労働をさせられ、ベルリンの陥落をその場で体験した人だった。
ジョゼフのことはここに何回か記してた。
前回記したルーマニアの大統領選、結局延期になりました。
あの突然降ってわいてきた極右の人物の、出どころ不明の選挙資金、それに関する捜査が前日に入ったのです。
今年中に選挙が行われることはなさそう。
友人がこういう記事をアップしてた。
今の状況、民主主義が壊されているというんじゃなくて、民主主義が最初から内包しているものですよね。
だって「民」のレベルが反映されてるわけで…。
↑ の記事で紹介してある方法っての、以前にもここで書いたことがある。
ここ ↓ で紹介した5Gの導入に関しては、結局導入されてます。
シリア、どうなるんでしょうね。
驚くスピードでアサドが倒されました。
ベルギーにいる多くのシリアからの難民の方たち、最初は泣いて喜ぶ人々たちの様子が報道されていましたが、今はまだ難民申請の結果が得られてない人たちの手続きが凍結された話や、クリスチャンであるシリア人が国に戻ろうとは思っていない話など、いろいろ別の視点から報道され始めています。
アラブの春の時はつぶされたわけだけど、まだニッポンのビデオニュースドットコムを視聴していた頃、その件について伊勢崎賢治氏が「アサド政権を武力を使ってでもつぶしておくべきだった」みたいなことを言っておられたのを聞いた記憶があるのだけど、先日どこかでこの人がアサドを擁護していると読み、あれ?考えが変わったのかな?と思ってしまった。
さて、デュ―ラーのデッサンを貼り付けて、おしまい。
Albrecht Durer, The Hands of the Twelve Year Old Infant Jesus, 1506, brush drawing with highlighting on blue venetian paper
