以下の内容はhttps://shiyuu-sf.hatenablog.com/entry/bookmemo20より取得しました。


読書録抜粋20

学部入学以降付けている読書録からの抜粋その20。すべてノートに万年筆で一発書きなので文章はところどころで破綻しているが、それも当時の味ということで。コメントは現在のもの。

 

2020.8.5 ウラジーミル・ソローキン『愛』国書刊行会

よくわからない作品が多いというか、読まれるということを想定していないテクストばかりだった、というのが正直なところ。テクストが突然痙攣を起こすような小説は筒井康隆でも経験があるが、筒井があくまで読者をぎょっとさせて笑っているのに対して、ソローキンはまったく己の楽しみのためだけに書いているというような大きな差異がある。「競争」にはチェーンソーでブジェクを殺害しているシーンとテクストが「膿と脂身」に交代するシーンにぎょっとさせられ、「可能性」ではあまりの訳のわからなさに爆笑させられ、「セルゲイ・アンドレーエヴィチ」も最後の豹変ぶりが楽しかった。一人で読んでいたらこの本を読むことはなかっただろう。

コメント

自分は旧版の方を人から借りて読んだのだが、なんと新版が今年2023年に出た。いい本だし、なにより入手困難になって高騰していたので、新刊として手に入れられるようになったのを心から歓迎したい。同作者の『ロマン』も話には聞いていたものの手に入れられず読めていなかったので、これで安心して楽しむことが出来る。

 

2020.9.12 立原透耶編『時のきざはし』新紀元社

期待以上の出来。ベストは陸秋槎「ハインリヒ・バナール」か梁清散「済南の大凧」というところ。他に凌晨「プラチナの結婚指輪」がよかった。ケン・リュウ選よりも中国国内での評価の高い作品を重視する傾向が見られた。他人に安心して手放しで渡せる出来になっていると思う。

コメント

劉慈欣『三体』を皮切りに、日本でも一気に出版攻勢が拡大した中国・中華SF。ここではじめて日本で編纂された中華SFアンソロジーがこの一冊。SFらしいSFから、ホラー・不条理・ファンタジーまで、中華圏の幅広い様相を一冊で楽しめる構成になっている。

これまで日本にもたらされていた中国SFアンソロジーはすべてケン・リュウという1人の人間を通して編まれたものであり、また元来米国向けに編纂されたという都合もあり、米国受けしやすそうな作品が多く収録されていたため、中華圏で実際に人気のある作品層からやや乖離した部分もあったのだが、本書ではそれが意識して克服されており、現地での実際のムーヴメントを感じやすいのが特徴。

本書の刊行から3年も経ち、ついに続巻の刊行が近づきつつあるようなので、未読の方は今のうちにぜひ。

 

2020.9.15 ケン・リュウ編『月の光』新☆ハヤカワ・SF・シリーズ

「円」の衝撃よもう一度、とはならず。流石にそれは望みすぎ。ベストは宝樹「金色昔日」と馬伯庸「始皇帝の休日」。歴史を絡められると非常に弱い。特に「金色昔日」は中国語版がないようで、だろうなという感じ。他には郝景芳、韓松がよかった。韓松の2作はらしくない作風で、それだけにずいぶん読みやすかった。「サリンジャー朝鮮人」はギャグで面白かった。あと張冉「晋陽の雪」もよかった。やはり歴史ものに弱い。全体を通しての印象を『時のきざはし』と比較すると、『きざはし』の方がより日本受けする印象。やはりこちらは意図的な方向づけが感じられる。

コメント

劉慈欣「円」の英語版を読んで中国SFに興味を持った人間なので、「円」に対しては相当入れあげている。全体としてこちらも歴史ものがそこそこ多く、やはり中国と言えばの歴史の大河ロマンの需要の高さを感じる。

また、前述の『時のきざはし』と比較すると、政治色の強い、やや中国批判ととれる作品が多いことに気づく。これも米国に販売するための戦略であり、また自然な発露として見ることも可能だろう。どう見るかは読者にゆだねられており、抵抗を文学という形で発信する古来からの文化をここに見ることが出来る。

現在は文庫化され、ハヤカワ文庫SFに収録されている。

 

2020.10.3 グレッグ・イーガン『祈りの海』ハヤカワ文庫SF

全篇読み通すのが何年にも渡ってしまい、初読時の感想は失われている。一番は間違いなく「貸金庫」。中年男性の話だが、『君の名は。』よりエモ濃度は高い。「ぼくになることを」「繭」もよく、「ミトコンドリア・イヴ」「イェユーカ」「祈りの海」もイーガンらしい作品。「祈りの海」は面白いが、少々長すぎる気もする。話の展開上仕方がないとは思いつつ。伴名練がイーガンから一冊選ぶとしたら『祈りの海』と言っていたような気がする。理解の前後で何も変わることはない、というイーガンの基本的な姿勢が見えやすいからだろうか。

コメント

イーガンは登場人物が中年男性なだけで、非常に日本的なエモさのある作品を書く人だと思う。「貸金庫」はむしろ中年男性であるからこそ『君の名は。』よりエモいという説がある。そこそこ長く人生を生きて来たのに、自分を貫く自分の名前がないというのは、想像出来ない。

伴名練は『祈りの海』らしいが、自分は『しあわせの理由』を推したい。探偵もの、ホラー、そして無論ハードSFと、イーガンらしさを保ちつつも多彩な魅力を感じられる一冊なので。ただし「ボーダー・ガード」、てめーはダメだ。

この前後では読みかけで放置されていた本を全て処理する流れがあり、ヴォネガットスラップスティック』、柴田勝家アメリカン・ブッダ』、向田邦子『眠る盃』、葉山嘉樹『淫売婦・移動する村落 他五篇』などを雑多に読んでいる。

 

2020.11.1 朝永振一郎量子力学と私』岩波文庫

朝永が京大を出たころの日本は量子力学が体系的に輸入されて間もなかったらしいので、そこからQEDまでたった一世代で辿り着いているという驚き。物理をやっていて面白いのは、その洗練された数学的体系と、そこにたどり着くまでの天才たちの努力の道が見えたとき。『量子力学』も面白かったので今回こうして読んでみたわけで、想像以上に感性豊かな文章であったのと、昔の知識人らしいどこか上品な言葉遣いが面白かった。前者の方は今では見通しが立つようになりますます面白い。理論の最先端とリンクする実験が原子核実験というのも時代を移している。

コメント

理論とリンクする原子核実験というのは1957年の Wu によるパリティ対称性の破れに関する実験*1のこと。この実験によって、電弱相互作用において、パリティ対称性が最大限に破れていることが確認された。

湯川秀樹にしても朝永振一郎にしても、当時のインテリというものは非常に博学で上品な文章を書く人が多い。戦前教育の威力というものをつくづく感じさせられる。それとも、戦前の知識階級が有産階級に固定されていたことの表れだろうか。

 

2020.11.1 朝永振一郎『科学者の自由な楽園』岩波文庫

より随筆らしいものが多い。その中でも戦前期(解体前)の理研について書かれた表題作「科学者の自由な楽園」が一番面白い。前々から少しは耳にしていたが、当事者による研究者が自らその姿を描いたのを読むと、ますます稀有なものであったのだということがわかってくる。そしてところどころで朝永がこうしてはいけないとしていることそのものを、今の日本はしっかりなぞってしまっている。今も昔も科学者というものは生きづらく、周囲からの理解を得られず、それでもどうにかしないことには国の未来もないわけで。長らえないからこその楽園。

コメント

本書は戦前期の理化学研究所の内部事情を当事者が描いたエッセイ集。理研を中心とした理研コンツェルンは戦後財閥解体によって解体され、営利部門を失った理研は自活能力を失い失速することになる。これは日本の核開発能力を喪失させる連合国軍の占領政策の一環で、当時の理研が所有していた加速器東京湾に沈められることになった。

一日中研究して語らって金がもらえるというのは非常にいいものだなと思う。適当に金を与えて自由にやらせるぐらいが一番業績が出てきそうなものだが。

*1:磁場中のコバルト60のベータ崩壊によって出てくる電子のスピン方向と分布を調べた実験。




以上の内容はhttps://shiyuu-sf.hatenablog.com/entry/bookmemo20より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14