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『前浜日記』再スタートにあたり 〈 2025/11/17 〉

『前浜日記 』を再スタートする。

副題に 半径5キロ圏内のフォトダイアリー とあるように住み処周辺の写真日記です。

海が近い、山が近い、花咲く季節があり、新緑の季節や、落葉の季節がある。

what a beautiful world  この美しき世界を残したい。

そう思い立ったきっかけはある美術展でした。

puyoneko2016.hatenablog.jp

隣町の芦屋に住み絵画を始めた山崎隆夫氏が残した文章が動機となりました。

芦屋川と六甲を描いた画に添えられていた。

 

芦屋川を描いた作品、阪神芦屋駅のホームあたりから見た六甲方面。
カトリック教会も、河川敷は今も変わってない。

画友 庫田君が私の家に泊まった晩、大雨が降った。

その翌朝、晴れて行く山を見て、同君は「美しいなあ」と、

しばし、うなったままで、見とれていたことがある。

白い水蒸気が、あとからあとから。沸き起こり、それが雲散霧消するにつれて

奥から、黒い山々が次ぎ次ぎに、現れてくる様は全く壮観で、

この外来者をもてなすには、この上ない、風景であった。

こういう劇的な天候の変化があった場合は勿論のことだが、 

安穏平静な日でも、芦屋付近から見る六甲風景は、

形に色々な変化があって、面白い。

わずかな距離の間に、よくもこれだけの変化があるものだと、いつも感心する。

東は、兜山(カブトヤマ)の性格ある半円形に始まり、苦楽園と六麓荘の

人家の点綴する人工と自然の調和、それから西に襞の多い男性的な斜面、

その左前方に突出する三角形のかたまり、それから西へ保久良神社に至る女性的な、

やわらかい曲線の重なり、となっている。

この複雑なコンポジションに、朝夕の時間的な投影と、

四季による色感の変化を加味すると、千変万化、あくことを知らぬ、六甲風景が現出する。

斜陽に、くっきりと山襞を浮かびあがらせている量感に満ちた山容は、

美しいというより悠久さえ感じさせる。

「猟師は山を見ない」というが、芦屋の人もこんな美しい山が、あまり手近にあるので

不感症になっているように思われる。

その証拠に、どの家も北側には申し訳的な窓があるばかりであり、

たまに大きな廊下のある家でも、雨戸がしまっている場合が多い。

概して芦屋人は海を見下ろすことは知っているが、

山を見ることは知らぬように思えるのである。

こんないい山を背に持っている地方には、北側の窓を有効に利用した

型破りな家が増えてもいいはずだと、いつも思う次第である。

(山崎隆夫「芦屋の山」アシヤ美術第一巻第一号 1949年8月)

「概して芦屋人は海を見下ろすことは知っているが、山を見ることは知らぬように
思えるのである。こんないい山を背に持っている地方には、北側の窓を有効に利用した
型破りな家が増えてもいいはずだと、いつも思う次第である。」

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おそらく山崎氏が暮らした場所より、より海に近い西宮の前浜町。

ここから5㎞圏内の美しい世界を残したい。

空、風、空気、光、季節…一日たりとも同じ景色はないのだから。

 

*新「前浜日記」は2025/11/12 よりとする。

 それ以前の投稿はかつて「ぷよねこ減量日記」のメモ替わりにしていた非公開の

 投稿だが、削除するのも手間なので現状はそのまま残す。

 いずれ削除予定です。

 

 




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