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2020年4月3日(金)

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こんな景色の場所を歩いて、ふつうにブルグに載せてたことが今になって…


出来ることをしよう。

アプリの習熟、確定申告、#六十三人生大整理

 

腹巻きの効用

 

こんなときにアベシンゾーをディする菜という越えも聞くけど改めて

平時に いきあたりばったりのみ 会見開くな

「首相だって人間。暴言はやめて、優しくしてあげようよ」というの結構見る。そうじゃないんだよ、高速バスの運転手が寝そうだから「おい!お前!!!!起きてちゃんと運転しろ!!!」って乗客が叫んでるんだよ。私たちはいまそのバスに乗ってるんだよ・・・というツィッターで見つけたお言葉。

 

転倒した ウォーキングにするか

 

家庭内でコロナの話はしないようにしよう

 

いろんなジャンルの書物を見ながら高揚するものがある。
同時に強い悔恨の感情にとらわれる。
アメリカ文学、登山、ジャズ、クラシック音楽、映画、絵画、ウイスキー、辺境のルポルタージュ。
まだ訪れたことのない外国を紹介したガイドブック、建築、デザイン、都市計画、料理…。
自分は 何者にだってなれると思っていた時代があった。
書棚に並ぶ本を実現可能な未来として見ていた。
皮肉にもその時代、僕は何者かになることを拒んでいた。

 

どうして拒んだのか?
おそらく、うまく諦めることが来なかったのだ。
笑われるかもしれないけど、僕はすべてを手に入れたいと思っていた。
何者かになるために何かを諦めることはひとつの能力だ。
捨てることは勇気だ、と今は思う。

 

遅きに失したがそう思う。
You can't have everything.(すべてを手にすることは出来ない)

今回の人生であれとあれは諦めて何者かになろう。
そう思えたのはたいていのことを実現する可能性が限りなく低くなった四十半ばを過ぎてからだった。

 

池澤夏樹が何かに書いていた。
「本を処分すると言うことは、実現しなかった企画を捨てることだ。
 人生は実現しなかった企画の束である。それらを処分することは、淡い哀感を伴う情緒をゆさぶる作業だ。」
(たぶん、詳細は違ってる)
恵文社は実現しなかった企画の森なのだ。

 

地球の歩き方 2013年に処分したときはまだ残していた まだまだ行けると思ったのだろうな

行った場所も、行けなかった場所も これから行く場所は…あったらいいなあ

 

いま手元に残そうと思った本は六十三の僕が手元に置きたいと思った本で、もう一度読もうとか

思った本とは違う また読みたいと思った本はそういうことだ。

三十代のころみたいに月に10冊ペースではもう読めないし。




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