きのうは走らなかった。
今日は快晴、いつものコースを走った。
きょうから新型コロナで学校が休み。
(新型コロナってトヨタの新車みたいだ)
平日なのに御前浜やバスケットボールボールコートに子供があふれてる。
春休みに入ったみたい、というか春休みなのだろう。
自分が小中学生だったらウキウキワクワクしてるだろう。
平民新聞の本日のタイトルは「明るい昼間の路上にこどもがあふれている」
わたしは何度か、良くも悪くも(悪くはないか。大部分それは良い事だ)今の時代は昼間の町から子供が消えているのだ、という事について書いた。それがコロナウイルスのおかげで、今、明るい昼間の路上に子供があふれている。きのうの静寂はなんだったんだろう。この時を、記憶しておくだけではなく記録しておきたいような、そんな気分で今日も書いている。
今日からTABATAインターバル(20秒ラン+10秒ジョグ×8回)をラストじゃなくて中間にした。
ラストにすると息が上がりすぎて帰宅することになり食事が喉を通りにくいのだ。
少し心拍数を下げてから帰宅しよう。
きょう3月2日はパンフレット、資料類の処分、保存の続き。
衣類の押し入れの上段に押し込めておいた外国旅行のパンフ、地図、カードなどに着手する。
2005年にアメリカ東海岸ニューイングランドをドライブ旅行したときに観光案内所などでもらってきた
パンフレット、現地の新聞、ホテルの領収書、レストランのカードなどなどなどなど。
1989年にアイルランドとスコットランドを自転車旅行したときに現地で買ったロードマップが6冊か7冊。
ユースホステルのガイドブックも何冊かある。
15年以上も目にすることがなかった。
必要か? いつか必要になるときは来るのか?
NO です。
しかも実用的な情報としては古くて意味が無い。
旅の記念として手元に保有するという意味でしか無い。
モノより思い出 、モノは要らない。
全体を写真に撮っておく。
捨てられる理由の一つにデジタル化 ネット社会があるのは確か。
手元に置いておく必要はないかも。
今や地図だってデスクの前に居ながらにして世界中の地図や観光地情報が手に入る。
インターネットのない世界だったらどうしただろう?
アナログの世界でも同じだと思う。
冷静に残り時間を考えてみたらいい。
捨てろ!と天の声がする。
A部氏より誘いがある。
こんなご時世だから立ちますか?とのこと。
きょうは飲まないつもりだったけどな。
じゃあ、いつものルーティーン的な吞みじゃなくてイベント化しよう。
長田区の角打ちめぐりを提案する。
4時前に家を出る。
約束の時間まで神戸を歩こう。
マスクは必携。
コロナじゃないよ花粉だよ。
花粉症にマスクは明らかに効果がある。
阪神電車で三宮へ。
三宮から神戸駅までの2キロ半を歩く。
ONのシューズの値段を確認するためにヤノスポーツのランジャーニーへ寄る。
元町からはモトコー(高架下商店街)を歩く。
僕が初めて神戸に来た頃から四半世紀が経つ。
滅び行く商店街を歩く。
「ごろごろ、神戸」で平民金子氏がシャッターの続くモトコー全体が
“もうトシやから” と言ってるようだと書いた。
モトコー3、4,5,6,7と次第にさみしくなってゆく。
というか災害地の最深部に入って行くような感覚になる。
当然このかなしきモトコーにも全盛期はあった。
それはいつだったのだろう?
その問いは自分に返ってきた。
おまえの全盛期はいつだ?
答えはない。
そうこうしてる間に神戸駅に到着。
神戸駅もレトロ建築。
ここは東海道線の終点駅だ。
長田区で立ち吞み巡礼 対照的な2つ店。
長田の商店街、 その規模の大きさに驚く
ベトナム料理店もある。
民生の香味園、悦記、梅春園が休み。泰南に拾われる。