ゴミ出しをした。
写真、ネガフィルム、絵はがき、封書、スケジュールノート、食事メモを捨てた。
ゴミ袋に4つ分。
これらを集めた、集まった年月の重さに比べたら軽い。
西宮市にあっけなく思い出が回収された。
突如、「ごろごろ、神戸」はハマった。
そもそもは芝田さんの立ち吞み巡礼のリンクからだ。
本を買おうか、それともKindleにしようか迷っている。
考えてみたら神戸市の広報誌の連載。
WEB上にほとんどがアップされている。
iPhoneにホーム画面に追加しておけばいい。
通勤電車の中で読んだりするのに向いているような気がする。
サイトを見ていくと「ごろごろ、神戸」のタブロイド版というものを300円で販売している。
あえてお洒落なKOBEから逸脱してみましたという感じの大衆的なレイアウト。
やるなあ、神戸市広報。
そういえば北九州市にも広報誌らしからぬダウナーな感覚の「雲のうえ」があり愛読している。
なんか忖度ばかりの中央は窮屈で、こんな地方が羨ましい仕事してる。
(僕が中央の仕事をしているわけではないけれど)
地方公務員になるのもいいなあと思う。
そもそもお前は何歳だ?
そもそも新卒のとき、でなる気も無いのに愛知県の公務員試験を受けにいって、
ほぼ一問も答えられなかったことを突然思い出した。
あれはショックだった。
めっちゃ難しかったもん。
地方公務員エライ!
きょうから仕事だ。
編集チェックの仕事で5日ぶりに局に顔を出す。
ミニ番組のラインナップ確認、3月勤務の担当確認、取材申請が出てなかった件の処理、
ゴルフ中継の企画Vの予備キューなどなど各所から何やかんやとある。
まだ社会と関わりがあることに少し安堵。
尼崎のユニクロにネット購入したものが届いている。
帰りにピックアップしようと尼崎キューズモールへ行くと…まさかの全館休業。
仕方ない。
駅周辺を周回、居酒屋状況をチェックして、結局サイゼリヤへ行く。
食べるものは決めていた。
ラム(羊肉)のイタリア風串焼き「アロスティチーニ」399円
メニューの写真がめちゃ旨そうだった。
それと赤ワインのデカンタ250ml 200円だな。
それと季節の食べるスープ「田舎風やわらかキャベツのスープ」299円、
ガーリックバケット198円に決めた。
ところが…!
ラム肉串は現在取り扱っておりませんと言われた。
え?
メニューにあるのに…。
肉系はどうしよう。
ここは僕の定番青豆のサラダとする。
あとで検索したらこういうことだった。
人気メニューだったらしい。
サイゼリヤのラム肉串「アロスティチーニ」販売休止 人気過熱で原料不足...
キャベツのスープが美味しかった。
https://www.buzzfeed.com/jp/ainamaruyama/saize-cabbage
それなりに満足して店を出る。
帰宅後、プロ野球キャンプのWEB原稿が届いていたのでアップする。
午前7時の映画祭はありだな。
朝の方が集中が途切れないしアルコールで眠くなることはない。
夜は読書だな。
寝る前は液晶画面からしばらく離れるべきだ。
朝は映画、夜は読書、これも一案か。
そういえば、「60代から40代の自分に伝えたいこと」というバズフィードの投稿にあった。
できるだけ読書と映画を楽しんで
読書も映画も暇になってから……と思っているでしょうが、年をとると目が悪くなる。今のうちにたくさんの本を読んで、映画も観ておくといい。(主婦、64歳女性)
「読書も映画も暇になってから……と思っているでしょうが、年をとると目が悪くなる。今のうちに
たくさんの本を読んで、映画も観ておくといい。」(主婦、64歳女性)
これ僕も実感してます。
デジカメがない!
パーカーのポケットに入っていたまではわかっているが…。
最後に撮ったのがサイゼリアに入る前ということも。
サイゼリヤに電話するが見つからない。
店を出てからパーカーは脱いでないので落としたら音のするようなものを落とす?
もし見つかったら電話してもらえるようにしておく。
やってもうたか?
しかし、わたしたちはもう40代、50代の働き盛りの人たちではない。もはや、いつ死んでも驚かれない年齢だ。複数で生きるときは終わった。家族から離れて、自分の人生を歩むときが、ついに来たのだ。
最近、定期健診でガンが見つかったという人が多くなったような気がする。検査の精度がよくなったのか、たのみもしないのによく見つけてくれる
しかし、わたしはぜんぜん平気だ。なぜなら「早期発見されない幸せもある」からだ。
「あら、なんか衰弱してきたみたい」と言ってるうちに、病気と寿命が一緒になり、この世を去るのがわたしの夢なので、自分から病気を探すことはしない。
自分はまだ若いつもりでいても、60歳も過ぎれば、体は死に支度をはじめている。
体は死というゴールに向かって走っている。この年齢でがん細胞の10個や20個はないと、ゴールテープを切れない。もう30代ではないのだから60歳を過ぎたら中古車と同じで、ボンネットをあければ部品はがたがた、悪いところだらけだ。それを直すのか、ほうっておくのか、これまた生き方の問題だ。どんなに願っても老いは逆へは進まない。昨日より若い今日はないのである。だから自然の流れにまかせて、病気のことは運命の神様におまかせして、今を楽しく生きないと、せっかく命をもらったのにもったいないと思う。
認知症の心配をするかしないか、について
心配性な人は、不安の数を数えることで一日が終わるだろう。
もし、現在、あれこれ心配する想像力があるなら、ここで、認知症の想像はやめて、来年にする楽しいことの想像に使ったらどうだろうか。
例えば、来年はフラダンスの発表会にでる。来年は市民菜園で野菜作りを始めるとか。来年は北海道に移住するのもいいだろう。ひまだったら市会議員に立候補するのはどうだろうか。
ほら、想像しているうちに、ほほが緩んでくるでしょ。
あなたの辞書から「認知症」の言葉を削除して、来年のことだけに集中するのはどうだろうか。
心配しなくても、必ず死ねるので、安心して、今元気にうちにできることをしたい。
遅まきながら、70歳になり、今後、歩むべき道が見えてきたのは、人生大整理のおかげだ。
大事なモノが少し、大事な人が少しいればいい。
朝は映画 夜は読書 これも一案かも
デジカメがない!
パーカーのポケットに入っていたまではわかっているが…。
サイゼリヤに電話するが見つからない。
店を出てからパーカーは脱いでないので落としたら音のするようなものを落とす?
もし見つかったら電話してもらえるようにしておく。