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2020年2月21日(金)

朝からの用事も無く、iPhoneの小鳥の目覚ましもかけないで寝ると、8割方寝坊する。

一昨日は吞んだし、昨日は朝から活動したし、疲れは出る。

そういう日は終日ダラダラと過ごしてしまうのが常だが、それが許されるというのは幸運しかない。

それに…忌々しいことに天気がいい。

海辺へ行ってミニキャンプをしようかなどと考えているとあっという間に昼になる。

 

最近、ジョギング時の音楽リストをいろいろ試している。

たとえば今日は一曲目にコールド・プレイのVIVA LA VITA これでゆっくりと走り始める。

曲は4分ほど、終わるとラジオ体操第一が始まる。

ちょうど浜に出るあたりなので体操をする。

次に桑田佳祐の明日へのマーチが流れ始めジョグ再開。

次に公園のウッドデッキのあるあたりで腕立て伏せとスクワットをする。

またジョグ再開。

5曲分くらい走るとTABATAインターバルのロッキーのテーマになる。

20秒ラン〜10秒ジョグ〜20秒ランを8回繰り返し、心拍数が上がり汗が出る。

TABATAが終わるとスローな曲でゆるジョグして帰宅する。

40分くらいで4キロ+ラジオ体操+筋トレが完了。

 

食後は手紙、絵はがき、年賀状の処分にとりかかる。

眠くなるが身体を動かす作業なら次第に眠気も消える。

捨てないまま溜まった20年分近い大量の年賀状。

ああ、そういえばこの人とも以前は年賀状の交信があったのか…。

ああ、この人はもう亡くなってしまったな…。

あれ? この人は誰だったか…思い出せない。

結婚しました。

家族が出来ました。

子供がこんなに大きくなりました。

年賀状の写真をパラパラと見ていると本当に時の流れを感じる。

かなしきかな子供のいない我が家の時は止まったままだ。

自分で選択した道。

いさぎよく二人で生きていきましょう。

年賀状は9割方廃棄することにした。

お気に入りの白馬のペンションの写真入りのものと、

玉戸翁から20年近く全て手書きの年賀状をもらっている。

喪中以外の年はすべて残っていて並べるとなかなか壮観だ。

文面もそれぞれユーモアがあって面白い。

 

夕方、ロードバイクで珈琲ブレイクに出かける。

香櫨園駅北に沈丁花の写真を撮りに立ち寄る。

一週間前よりは開花してたがもとより派手な花ではないので変わり映えはしない。

鳴尾御影線を西へ。

パンタイムで栗バターやピロシキを買い、向かいの芦屋エヴィアンでイートイン。

エチオピア・ガレという豆のストレートとピロシキパンを食べる。

芦屋エヴィアンは若くてファンキーなスタッフ。

イートインする客のために皿を出してくれた。

あすの朝は洋食らしいのでもう一度パンタイムへ戻り、食パンを買う。

店員さんも僕を憶えていて「あれ、もう食べました?」と。

向かいでピロシキだけ食べました。

 

5時半過ぎて日は落ちる。

鳴尾御影線から外れて43号線、打出の商店街を流す。

魚屋がやってる居酒屋、洋食中心の食堂、バーが開店している。

帰りは臨港線へ出る。

意外に近い。

香櫨園浜へ寄る。

まだ青い残光が景色を彩る。

砂州に冬鳥たちがハネを休めている。

あと一ヶ月もすると北へ旅立つんだね。

 

夕食後、デスクの下に15年近く置いたままになっているボックスを出す。

重いし、体勢も苦しいし、ホコリっぽいし難儀する。

断捨離、人生の大整理、やっぱり身体が動くうちにやるべきだと思った。

気力だっていつまで残っているかわからない。

六十を過ぎて、自分のカラダの変調を、その変調がどこへ向かっているかは自分が一番わかる。

自分の身に何が起きても驚かない領域に入ったと思う。

10歳下、いや5歳下の人は、シオさん、何をおおげさな、と思うかも知れないが今にわかる。

そう思わない人もいるかもしれないが、それぞれ自然の理に任せたらいい。

幸いジジイの後片付けが出来るくらいには元気だ。

ただ何が起きても不思議ではないと思えてしまうだけで、それが起動エンジンになっている。

やるしかない。

そう覚悟してしまうと意外と楽しい。

あした、いや、半年後に死ぬと思ってやろう。

生きてたら、そのとき雇用延長したらいい。

 

絵はがき、封書の量が想像以上だった。

高校時代や浪人時代のハガキがファイルブックに2冊もあったのは驚いた。

読んでみると大部分は名前は憶えているが顔はすっかり忘れたている。

記憶はすでにおぼろげだ。

書いてあることを読んでも思い出せないことばかり。

教師になった大学の先輩の教えてる女子高校生としばらく文通している。

旅先で知り合ってしばらく交信して、いつのまにか途絶えている。

友だちの幼い娘さんや姪っ子と手紙をやりとりしている。

ひらがなと絵だけの手紙を書いてくれた娘は医者になってたりする。

これは半世紀近く前、すでに歴史上の出来事だもの。

もう読み返すこともないし、必要ないだろう。

夜、プールへ行く。

水の中を歩きながら頭の中にディラン Ⅱ の「サーカスにはピエロが」が流れる。

♫ サーカスにはピエロが必要なのさ だって昨日の思い出に別れを告げるんだもの

きのうの思い出に別れを告げよう。

そして、この道を最初に来た人といっしょに旅に出よう。

 

#六十三人生大整理




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