表題はクリック率を上げるために横暴にキャッチーにさせていただきました。傷ついた、怯んだという方はすみません。でもぜひ最後まで読んでいっていただければ嬉しいです。
ここ数日の「検索避け」と「二次創作」にまつわるTLをみていて、私は「堀越!俺はお前のお陰で命を救われ二次創作をして小説家を目指すことにしたぜ!」という思いを込めてファンレターを書くに至りました。
自分の人生を変えてくれた作品への感謝を綴りきってから、かねがね「検索避け」を提唱する方々が言う「公式に見つからないために検索避けをしなければならない」と言う主張に対して持っていた違和感を言語化してみようと思いました。
この記事では「検索避け」の「公式から隠れるために検索避けをするべき」という主張について書くので、それ以外の私の検索避けへの考え方、二次創作へのスタンスなどは以下を参照いただければと思います。
もくじ
「二次創作は隠れなければいけない」はどこから来た?
「二次創作は隠れなくてはならない」と考える方はたくさんいると思いますが、その考え方は一体どこから来ているのだろうと考えると、まずは「口伝」の部分がかなり大きいと感じています。
個人サイト時代の「猿でもわかるネットマナー」に始まり、「二次創作はアングラな文化で人に誇れるものではなく、違法性もあるので隠れてやらなければならない」と唱える人達は多くいました。自分も個人サイトを作ったときは、わからないまま見よう見まねで検索エンジンからの検索避けをするスクリプトをサイトのHTMLにコピペしていました。
「公式から隠れなければならない」という点に注視すると、当時は購買層の中でも二次創作をする・みる層はごく少数で、二次創作そのものへの認知度も世の中では低く、公式から「パクリ」「盗作」と変わらない見方がされていたかもしれない、という認識があったかと思います。
実際にBLについて「自分のキャラクターたちの間にそのような恋愛感情はない」と断言された原作者さんもいらっしゃったというお話もあります(キャプテン翼の「オレ達はそんな変態じゃねーぞ」など)。
この辺が今の価値観から見ると同性愛蔑視などに接続していたという捉え方もできます。それがその後の世代で変わってきて、今だと編集部の声明としては出せないかもしれませんね。
とにかく、公式からすでに二次創作は認知されており、その上でも「書きたい」と思う人達が折衷案として唱えたのが「公式から隠れて二次創作をやろう」というものだったわけです。
実際「隠れる」ことができているのか
公式から目に余るとされた事案があることから提唱された「検索避け」ですが、形は変われどなんのために検索避けをするかといえば「同じものを好む人にだけ見つけてもらって一緒に楽しむ」ことを目的として「検索避け」は行われている、という主張を多くみました。公式や一般の人、二次創作を好まない人の目から逃れて、わかる人だけで二次創作を楽しみたい。それは真っ当な欲求であると思います。
ですが実態として、「二次創作を好む人だけが二次創作の存在を認知する」ことはほぼ不可能です。
インターネットの普及していない時代で紙の本が一部で頒布されてただけの時でさえジャンプ編集部はキャプテン翼の成人向けBL同人誌の存在を認知していました。
今はインターネットの普及によってさらに検索性は上がり、二次創作をする人口が増え「末端までは見えないだろう」という感情も生んでいますが、実際は探せばどんなに閲覧数の少ない二次創作も公式が検索さえかければ探し出せるようになってしまっています。
鍵垢、パスワード付きなら安心と思っても、インターネットの匿名性のせいで「鍵垢のフォロワー、パスワードを教えた相手が公式サイドの人間ではない」と証明できる術はありません。
オンラインで発表せず同人イベントでの頒布のみに切り替えたところで、あらゆる出版社がイベントに出張編集部を置いて次の新人を探しにきているのです。自分も見られてはいると思った方が妥当でしょう。
そんな「隠れられない」世の中で、オタクはどうして「隠れて二次創作をやりたい」と今も思ってしまっているのでしょうか?
「隠れる」と「卑怯」
表題の「二次創作を隠れてやるのは卑怯ではないですか?」という問いですが、私は「卑怯である」という考えを持っています。
キャプテン翼の二次創作への言及を例に挙げていえば、編集部は「これ以上キャラを傷つけないでください」と締めくくっています。
「じゃあ作者の見えないところで、隠れてキャプテン翼BLを楽しもう」
これ、作者から見たら「卑怯」に映ると思いませんか?
あらゆる目や人から隠れて二次創作がしたいと思う理由は人それぞれあると思います。
それぞれの考えやニーズに合わせて公開場所を考えたり「検索避け」を行うのは個人の自由だし、尊重するべきものです。
でも、それが「公式から隠れるため」であるとするならば、一度立ち止まって考えてみたいなと私は思いました。
「成人向けだから」「犯罪・グレーゾーンだと思うから」「なんか恥ずかしいから」
理由はそれぞれにあると思います。
でも、二次創作を揶揄される時に使われる「他人の褌」という言葉を借りるのであれば、「他人の褌を借りておきながら褌の持ち主にバレないようにしよう」って、卑怯だと思いませんか?
自分の作ったもののあらゆる二次創作が見たいという作者にしてみれば、自分から隠れて二次創作をしようというのは望むものではないものでしょう。私が原作者だったら閲覧用ROM垢作って自分の二次創作をしているあらゆる人々をこっそり見つめられるようにします。そういう人から「でも私は見られたくないです!」と隠れようとするのは、二次創作をしてる側としてはちょっと身勝手じゃありませんか?
自分の作ったものの二次創作は見たくないという作者にしてみれば、「隠れてやってる分には問題ない」というスタンスの方もいるでしょう。妥協点を見つけた結果だったり、本当は二次創作されたくないけど何も言わない方が無難という考えだったり、人それぞれだと思います。
そういう方へでしたら、「隠れて二次創作をする」という行為は正当で望ましいものだといえますよね。
でも「本当は二次創作なんてされたくない」と思っている作者に対して二次創作が見える状態にしておいて「隠れてやっているから許してください」って面と向かって言えますか? 言えないなら、それって「卑怯」って言葉で括られるものだと私は思っています。
「自分は絶対二次創作を許したくない!」という作者を企業の事情で黙らせているとしたらそれは企業が最悪です。
公式がどのようなスタンスであるかはしがないオタクには知る由がありません。
そこの行き違いをなんとかするためにも本当に全てのコンテンツには二次創作ガイドラインを出して欲しいです。本当に。
二次創作ガイドラインが出るのが当たり前になって欲しい - お気持ち
「どうしてこの作品を公開したいのか」
作品を作ってインターネットに公開するのはもちろん、誰かに見せた時点で、「完全に特定の人からの目は逃れる」ということは不可能だと言える時代です。イベントでの頒布は前述した通りですが、自分で書いたノートを見せるだけでもスマホで写真撮られてTwitterに載せられれば世界中に発信されます。
本当に誰の目からも隠して己のためだけに創作を楽しむためには、本当にどこにものせず誰にも見せない他ありません。
「二次創作を同好の士にのみ共有して他には見せない」というのは不可能なんです。
もしもそんなことができるのであれば間違いなく犯罪の温床になるので、あってはならないとも言えます。
この現状でもしも「公式には見せたくないけど作品は公開したい」と思うなら、「公式に見せたくない」という気持ちの内訳を一度考えてからにしても遅くはないのではないでしょうか。
一旦考えてみることで、「それでもこの作品を公開したいのはどうしてか」について考える機会になると思います。そうすれば、作品をどこにあげるのか、どのように公開するのかを目的に合わせて、自分の望む形で二次創作を楽しむことができるようになると私は思います。
自分の内心と向き合うのは、正直とても労力がかかることです。見たくない本音とぶつかる可能性もあります。
ですが作品を作ったなら、あなたは既に「創作者」なのですから、自分の心のうちに今一度問いかけてみる機会を作っていただければと思います。
自己顕示欲も性欲も自己愛も、世の中で言われるほど悪いものではありません。それがきっかけで創作を始めたって全然構わないんです。モテたくて始めたバンドマンも売れればたくさんの人を救う音楽家になりうるように、どんなきっかけで創作を始めても、何かを作れたなら、それは誰かを救うかもしれません。
こんな挑発のタイトルで始まったブログですが、ここまで読んでくださった方はありがとうございます。
この文面も誰かの何かが変わるきっかけになれば、という願いで締めさせていただきます。