意味がわからん。私有財産制を理解しないのが右翼か。日本人だろうか外国人だろうが自身の私有財産を使わせる意味はない。 https://t.co/gCCtoeoeBK
— 八月革命 "Coolidge 2028" (@dU8DTDpPqX3951) 2026年4月2日
八月革命さんが批判しておられる動画は移民排斥のよくありがちなレトリックを使っていますが、まさに私有財産制度を理解していない嘆かわしい誤りです。
まあ、もう一言でいえば、このコメントに尽きていますが、どこがおかしいのかもう少し丁寧に説明してみたいと思います。
その前にまず、問題の動画を簡単に説明しておきましょう。この動画はAIで簡単に作ったもののようですが、次のような内容です(非常に不愉快で人種差別的ですから繊細な方は見ないことをお勧めしますが)。リベラル派らしき白人女性が移民を受け入れろと書いたプラカードを掲げて、デモをしている。しかし、ある日、彼女の自宅に、大勢の子供を連れた男がやっていて「こんにちはお嬢さん。あなたは開放的な移民政策*1を支持していましたね。アブドゥルと彼の素敵な家族をここで預かってもらえませんか?しばらくの間」という。すると彼女は、「ここはダメよ!つまり、「帰れ」ってこと!」と叫ぶ。「白人リベラルさん!」と嘲笑したナレーションが流れて終わり*2
動画は、リベラルの偽善とやらを風刺したつもりでいるのでしょう。しかし、このような風刺は、根本的に成り立たない間違ったアナロジーに基づいたものです。
自分の国は自分の家ではありません。これはごく初歩的な区別です。排外主義者は自宅に外国人を呼びたくないなら呼ばなければいいでしょう。そこは彼らの家ですから勝手にそうすればいいと思います。誰が反対するでしょうか。ですが、彼らは「自分の」国を「自分の」家の所有と同じような意味で所有しているわけではありません。
たとえ「自分の」国であろうと、他の人々があなたにとって気に入らないことをしているとしても、自分の権利が侵害されているのでない限り、あなたにはそれを止める権利などありません。他人を侵害しない限り自由というのは近代国家の原則であり私有財産制度の常識です。これは相手が移民だろうと日本人だろうと誰だろうと同じことです。
よく自分が気に食わない人を見つけると、すぐ「日本が嫌いなら日本から出ていけ!」という人がいますが、あなたはいつから日本の持ち主になったのですかとしか言いようがありません。日本の所有者でも大家さんでもないのですから、自分と違う人がいるからと言って追い出す権利はありません。日本国全体の所有者や絶対君主気取りの人が多すぎます。
移民と彼らを受け入れる人々の取引は自発的な合意です。移民の友人を歓迎する人がいて家に呼び寄せるかもしれないし、移民労働者を雇う経営者がいて彼らを歓迎するかもしれません。移民の入居を受け入れる不動産屋がいるでしょうし、移民のシェフの料理を楽しんで喜んで金を払う消費者がいるでしょう。難民を気の毒に思い、彼らを保護する人権活動家や篤志家がいるかもしれません*3。これらは理性的判断力がある大人の人々同士の合意です。たとえあなたがその連中が気に入らないとしても、単に気に入らないというだけではそれを止める権利はないのです。これはあなたが気に入らない表現や発言をする日本人を単に気に入らないからという理由で表現の自由や言論の自由を奪ったりできないのと全く同じことです。
自分の国は自分の家ではありませんし、その間にアナロジーのようなものは成り立ちません。移民の受け入れを支持している人が自分の家に移民を受け入れる必要はありませんし、自分の家を他人(自国民であれ外国人であれ関係なく)が勝手に使うことを拒否するのは当たり前でしょう。そんなわけのわからない理由で、偽善だと言いがかりをつける人には、自分の国と自分の家の区別もつかないのですか、というしかありません。
そもそも、自分の家と自分の国の間の間違ったアナロジーを押し通すなら、移民の移動の自由だけでなく、殆どありとあらゆる権利が否定できます。
例えば、あなたは言論の自由、表現の自由は権利だと叫んでいるとしましょう。さあ、ある日、見知らぬ男が訪ねてきて、「あなたは言論の自由、表現の自由を支持していましたね。今からあなたの家で僕の素敵な小説の朗読を聞いてくれませんか?あるいは僕の前衛的な漫画をあなたの家のリビングに書きますが、壁を貸してくれますね?しばらくの間」と言われたらどうします?拒否するでしょう。ああ、あなたは言論の自由も表現の自由も全然必要ないということを認めましたね!という話になりますか?(移民を受け入れるリベラルの偽善を暴いていると称する例の論法が正しい、面白いというなら、このくだらない何の価値もない議論にもあなたは興味を感じ賛成しないといけないでしょう。同程度の価値がある話です)。
このような馬鹿馬鹿しい例は無限に続けることができます。移民受け入れを支持し、同時に自宅を誰かが勝手に使うのに反対するのは偽善でもなんでもなく当たり前で正当な行為です。自分の国と自分の家が区別できない人だけが、言い換えれば、自分の持ち物と他人の持ち物を区別できない人だけが例のアナロジーに説得力を感じるでしょう。移民の受け入れの是非にはいろいろな議論がありうるでしょうが、このような粗雑な比喩には何の正当性もないといわなくてはなりません*4。
*1:原文はOpen Immigrationです。これは原則として移民を制限せず自由な移動を認める政策を意味します。動画につけられた翻訳は「移民開放」となっています。
*2:いかにも中近東の移民の名前であるアブドゥルという名前を出すあたりもイスラモフォビアを煽っていて不愉快です。
日本の右翼の皆さんは喜んでみているようですが、動画の作者の白人は日本人右翼の皆さんのことをそんなに尊敬すべき人たちだと思っているでしょうか?あなた方も白人から見れば一段下に見られる下等な存在で、できれば近所にいてほしくない人たちなんですよ、と言ってあげたいところです。自分が差別する側で優越感に浸るのは結構ですが、自分が差別される側だったらどうかというくらいの想像力は持ってほしいものです。
*3:実際、日本にはベトナム独立運動家を助けて留学生を自宅に泊めた浅羽佐喜太郎、中国の革命家孫文をかくまったアジア主義者の人たち、あるいはインド独立運動の闘士ラス・ビハリ・ボースを自宅に快く迎えた中村屋の相馬愛蔵・黒光夫妻のような人がいました。彼らは立派な行いをした人として記憶され世界中から感謝されていますよね?思いつくまま適当にあげましたが、まだまだいっぱいいるでしょう。「自宅に来たらいやだろ」と勝ち誇っていう人たちに言いたいですが、自宅に呼んでもいいという人は少なくないのですよ。本文でも述べているように、そもそもそんな自宅と自国を同一視するようなおかしな論法は成り立たないですが。
*4:なお、移民排斥を正当化する自称リバタリアンのホッペについてはこちらで扱っています。興味のある方はご参照いただければ幸いです。