先日、私の書いた財政支出万能論への批判に対して朴勝俊先生よりコメントをいただきましたのでお答えしたいと思います。
因果と相関の問題について
誤解のないように言っておきたいが、私は財政政策には効果があると言っている。消費税減税に賛成だし全ての増税に反対だし、財政危機論は誤りで、当面は積極財政でいいと主張している。雑な図を使うなというだけで、緊縮が何とかとか条件反射で反応するのはやめてもらいたい。
— 柿埜真吾 (@ShingoKakino) 2026年1月30日
ありがとうございます。お立場を概ね支持します。
— ParkSJ 朴勝俊 Anti Austerity, Anti Nuclear, GND (@psj95708651) 2026年1月31日
しかし、相関関係をつかむ上では雑な図ではありませんよ。この手のクロスセクションのデータで、0.9を超える相関係数がえられたら、何か重要な関係がありうるとみて、その上でいかなる方向の因果関係があるのか理論的に考えるのに意味があります pic.twitter.com/l0mz0fbfSi
アトキンソン氏の、まさに雑な議論を熟読したうえで、私の論文を読んで抱きたく存じます。
— ParkSJ 朴勝俊 Anti Austerity, Anti Nuclear, GND (@psj95708651) 2026年1月31日
アトキンソン氏https://t.co/r2agI1nAI0
朴勝俊dphttps://t.co/DK8he1zwHd
朴勝俊、学会誌英語論文https://t.co/ej3E9MKc0r pic.twitter.com/x7nlyok3qT
まず、「相関関係をつかむ上では雑な図ではありません」というご指摘ですが、私は相関関係を指摘するのに使う分には、別にこの図を使うことに全く反対ではありませんし、そんなことを言ったこともありません。問題は、政府支出の伸び率とGDP成長率の図は相関ではなく、因果を主張するために使われがちであることです。前の記事にもいくつかの例を紹介しましたが、こういう例は無数にあります。
もうこれが答えだと言っても良いレベル。相関係数は驚異の0.93
— もりちゃん (@morichenemorich) 2024年10月22日
ここまで強い相関は非常に稀。
要するに「政府が金を出さない限り経済成長は無理」ってこと。 pic.twitter.com/OSnYgRtPWq
逆は無いの。因果関係を理解しましょう。「成長すれば政府が金を出す」の時点で間違い。政府が何もしないのになんで成長するの?政府支出とは需要が足りない時にするわけであって、需要があるなら支出する必要は無い。特に日本は内需主導の国なので需要が足りないのは致命的なの。 https://t.co/ijfYnVVxmd
— もりちゃん (@morichenemorich) 2024年10月22日
このような政府が支出しなければ経済成長は起きず、逆の因果関係はないことを断言する政府支出万能論にこの図表は使われがちです。こういう使い方は誤用だという指摘を私はしているだけです。私も大胆な減税、積極財政には賛成ですが、たとえ都合がいいからといって、疑わしい図表を用いるのは望ましいことではありません。
アトキンソン氏の議論について
朴先生は、アトキンソン氏の議論を「まさに雑な議論」とおっしゃっていますが、ご紹介いただいた論考は、政府支出とGDPの因果関係については様々な意見があることを冷静に紹介しており、「雑な議論」というレッテルは不当です。アトキンソン氏は、先生のような高名な学者ではないかもしれませんが、自らデータを検証し、Nyasha et al. (2019)*1の展望論文を引用するなど学術研究を真面目に調べ、誠実に議論していると思います*2。政府支出とGDPの関係について、アトキンソン氏は、以下の4つの仮説が存在することを紹介した上でかなり公平に議論しています。
(1)Keynesian view:政府支出は経済成長を促進する
(2)Wagner’s Law:経済成長に伴って、政府支出が増える
(3)Bidirectional causality view:双方的な因果関係
(4)Neutrality view:政府支出とGDP成長は関係していない
「先の論文(引用者注:アトキンソン氏の引用したNyasha et al. (2019)論文)では、(1)に関して6本、(2)は22本、(3)は10本、(4)は12本の論文が確認されています。この4つの仮説の中で、どの説も、データ、期間、国や地域、検証方法などによって、一定の因果関係が確認されています。この論文の結論として、データの多さ、国の多さなどを基準に、総じて(2)、その次に(3)の仮説が最も有力としています。また、(1)と(4)の説を主張する論文も増えていることが指摘されています。結論として、「政府支出を増やせば経済は成長する」と断言する根拠はない、と言えるのです。」
アトキンソン氏は双方向の因果関係を認めており、特に偏った主張をしていませんし、御覧の通り、最後の結論も極めて穏当なものです。アトキンソン氏とは私は必ずしもいつも意見が同じではありませんしこの論文の後半の分析や提言には賛成できないものが多いのですが、少なくともこの問題に関して、アトキンソン氏に対して理由を述べずに「雑な議論」などとレッテルを張るのは極めて不当です。
朴先生の論文について
朴先生の論文ですが、ご紹介ありがとうございます。ざっと目を通しましたが、その主要な結論は、グレンジャー因果性については双方向の因果性があるためどちらか明確に言えないということを示しており、一方通行の因果関係を支持する研究ではないのは明らかです。関連する部分を少し引用させていただきます。
「因果の方向が明らかに政府支出から名目GDPに向かっている場合にも、その逆の場合にも、実際に観察されたものと似た散布図が描けることを示した。その上で、OECD加盟国38か国の1980年から2021年までのデータを用いて、一般政府支出と名目GDP、およびGDPデフレータの間のグレンジャー因果性を分析したところ、国によって時期によって結果が大きく異なったが、名目GDPから政府支出への因果性を示唆する結果が多かった。」*3。
2007年以前のデータに関しては、「「ΔY→ΔG」(引用者注:名目GDP⇒政府支出)は28か国のうち15か国、「ΔG→ΔY」(引用者注:政府支出⇒名目GDP)は 28か国のうち6か国…(中略)…したがって、名目 GDP と政府支出の因果関係に注目すれば、前者から後者への因果性を示している結果が、その逆の因果性を示している結果よりも多い」*4。
2008年以降のデータについてみても、「「ΔY→ΔG」は 28 か国のうち 3 か国、「ΔG→ΔY」は28か国のうち1か国…、名目 GDP と政府支出の因果関係に注目すれば、前者から後者への因果性を示している結果の方(3 か国)の方が、その逆の因果関係をしさする結果(1か国)よりも多い」*5。
朴先生は、この結果について、「政府支出の統計もSNAと同様に発生主義で作られるため、数値が記録される時点は発注の時点より遅れることになり、「見かけ上の因果性」が観察される可能性がある。そこで、政府支出のリード変数(後の時点の変数)をとってグレンジャー因果性の検定を行うと、結果が変わりうることが分かった」としていますが、名目 GDP ⇒政府支出という関係が存在しないというエビデンスを示しているわけではありません。
この論文の結論を素直に読むと、政府支出⇒GDPという関係もあるものの、GDP⇒政府支出という関係は確かに存在しており、相関の図を根拠にして、政府支出を増やせば経済成長率が高まると主張するのはミスリーディングで誤解を招くというアトキンソン氏や私の指摘は否定できないことがわかります。朴先生の論文はアトキンソン氏の結論を覆すものとは言えません。
そもそも、グレンジャー因果性検定は因果関係を証明するものではありません。グレンジャー因果性は単にある時系列データが他方の時系列データの予測を改善するかどうかを示しているだけです。AからBが予想できるからといって、AがBを引き起こしたと主張することはできません*6。政府支出からGDPへというグレンジャー因果性があったからと言って、政府支出がGDP拡大を引き起こしたとは必ずしもいえません。例えば、GDPの増加が予測され(実際にそれは正しい予測で)、予算制約が緩み、政府支出が増えたという現象が起きた場合も、政府支出⇒GDPというグレンジャー因果性が存在するという結論になるはずです。ですから、これだけの分析から明確な結論を出すのは困難です。ともあれ、データを見る限りは、「名目 GDP と政府支出の因果関係に注目すれば、前者から後者への因果性を示している結果が、その逆の因果性を示している結果よりも多い」というのが先生ご自身の結論です。
また、よく使われている政府支出の伸び率とGDP成長率の相関の図表はかなり長期にわたるデータを示したものです。短期的なグレンジャー因果性の検証でこれらの関係を説明するのは難しいのではないでしょうか。
短期と長期では想定すべき経済モデルは異なるはずです。短期では有効需要の原理が働くケインズ的なモデルが当てはまり、政府支出⇒GDPという関係があるとしても、長期的には供給サイドの制約がありますから、政府支出の伸び率が高くなっていけば、やがて供給制約にぶつかり、クラウディング・アウトや景気過熱が深刻になるので、それ以上政府支出を増やすことは望ましくなくなるでしょう。つまり、長期的な政府支出の伸び率の国ごとの違いは、供給制約が国によってどれくらい違うかによって決まることになります。
例えば、よく使われる図表では中国が政府支出伸び率でもGDP成長率でもトップですが、日本や米国が中国並に政府支出を増やせば、GDP成長率は中国並になったとはちょっと考えられませんし、そんなことを主張する経済学者はまずいないでしょう。もし政府支出を増やすだけでGDPの成長が何のコストもなしにできるなら、どの国も中国並に政府支出を増やすはずです。
なぜそうしないのかと言えば、それは、先進国へのキャッチアップで生産性が急速に高まり供給能力が拡大していた中国とは異なり、先進国では政府支出を大きく増やすと供給制約に直面してしまうから政府支出の伸び率を極端に高めるのは弊害の方が大きいからでしょう。つまり、長期的には政府支出の伸び率を決めるのは供給サイドの制約の厳しさであり潜在GDP成長率でしょう。国際比較の長期のデータを使った場合に政府支出の伸び率とGDP成長率の間に両者に密接な関係があるとしても、それは「政府支出を高めたから経済が成長した」という因果関係を表していないと考えるのが自然です。
もちろん、国によっては、供給制約がないのに政府の政策ミスで、政府支出を増やせばGDPが増えるのに増やしていないという国があってもおかしくはありませんが、よく使われるような政府支出の伸び率とGDP成長率のきれいな相関が出来上がる理由は供給サイド側の要因から解釈するのが自然です。さもなければ、「各国は気まぐれに政府支出の伸び率を決めており、政府支出を増やせば増やすほどGDPは成長するのに、何の理由もなく利用できるチャンスを利用せずにいる」という極めて不自然な想定をする必要があります。そのような想定はよほど強い証拠がなければ支持できません。
いずれにせよ、朴先生ご自身の論文からも、こうした図表を因果関係を一方的に主張するのに使うことは支持できないという結論が出るのは明らかであるはずです。誤解のないように繰り返しますが、私の指摘は政府支出が経済成長に一切寄与しないということではありません。こうした因果関係を示していない図表を都合がいいからと言って使うのは望ましくないと言いたいだけです。経済学は社会科学であり、プロパガンダではないのですから。
*1:Nyasha, S., & Odhiambo, N. M. (2019). Government size and economic growth: A review of international literature. Sage Open, 9(3), 2158244019877200.
*2:日本を惑わす「そう見えるでしょう経済学」の盲点 「財政出動で経済は必ず成長する」には根拠なし | 国内経済 | 東洋経済オンライン
*3: 朴勝俊(2022)「タマゴが先かニワトリが先か? : 政府支出と GDP のグレンジャー因果性に関する検討」PEP DISCUSSION PAPER 2022-1、1頁,太字強調は引用者
*4:朴勝俊(2022)「タマゴが先かニワトリが先か? : 政府支出と GDP のグレンジャー因果性に関する検討」PEP DISCUSSION PAPER 2022-1、7頁。太字強調は引用者
*5:朴勝俊(2022)「タマゴが先かニワトリが先か? : 政府支出と GDP のグレンジャー因果性に関する検討」PEP DISCUSSION PAPER 2022-1、7頁。太字強調は引用者
*6:前後関係と因果関係を同一視するのはいわゆる前後即因果の誤謬を犯すことになります。