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交易条件について

少し前になりますが、昨年8月26日に中小企業診断士の竹上将人さんから、日本経済の停滞は実質賃金の停滞で、その原因は交易条件の悪化だから、リフレ政策は意味がないという趣旨のご意見をいただきました。

その際に竹上さんが根拠とされたのが次のグラフです。データの出所は社会保障審議会年金部会 年金財政における経済前提に関する専門委員会とありますから、こちらの資料でしょう。

しかし、このグラフを実質賃金低迷がもっぱら交易条件悪化である証拠として使うのは問題があります。それは元の資料にも書いてあることです。私は8月26~27日に次のような趣旨のお返事を書いて、このグラフを使うのは問題があることをお伝えしました。(1)実質賃金は長期的には生産性の問題で金融政策で解決できるものではないですし私自身、そのように主張しています。それに、(2)GDPデフレーターとCPIの乖離は交易条件の変化と厳密に一致するわけではなく、交易条件の悪化は原油価格高騰などで大体は説明できる話で、日本の競争力低下といった話とは必ずしも関係ないのです。この2つ目の論点について、私はかなり詳細にこの点を丁寧に説明したつもりです*1。その際の竹上さんのお返事は「少し時間をください」「影響度合いを知らないで使うわけにいかないので、いろいろ調査してみます」ということでした。

その後、これに関して特にお返事はいただいていませんが、どうやら竹上さんには納得いただけなかったようで、相変わらず同じグラフを何度も使いながら *2、交易条件を大変重視しておられるようです*3。それだけなら結構なのですが、「リフレ派は交易条件問題を矮小化しすぎ」*4「リフレ派系のインフルエンサーは…交易条件派の指摘は数が少ないのと、まともに反論できないから無視」*5しているとおっしゃっています。無視しているというご指摘は当たらないと思いますので、改めて書いておきます。

実質賃金の停滞を説明する要因として交易条件は確かに一定の役割は果たしていますが、GDPデフレーターとCPIの上昇率の差を交易条件と同一視するのは妥当ではありません。両者の乖離が生まれる理由は交易条件だけではないからです。竹上さんがお示しいただいた期間(1995-2021年)でGDPデフレーターとCPIの上昇率の差は0.58%ポイントとなっていますが、このうち、交易条件の影響とみなせるのは0.18%ポイントに過ぎません*6労働生産性と実質賃金の乖離1.02%ポイントのうち、0.58%ポイントが交易条件悪化が原因なら、賃金が上がらないのは交易条件のせいというのはもっともらしいですが、実際は僅か0.18%ポイントに過ぎないわけですから実質賃金低迷への影響は限定的と言えるでしょう。

GDPデフレーターとCPIの上昇率の差は日本だけでなく韓国でも大きいですし、交易条件の寄与と言える部分だけで比較すれば韓国(0.38%ポイント)、フィンランド(0.20%ポイント)、スウェーデン(0.17%ポイント)なども大きく、日本が極端に悪いわけではありません。賃金に限らず、この間の経済停滞を交易条件の悪化を主因として説明するのはやや無理があると思います。日本以外の交易条件悪化がみられる国が日本で生じたような長期停滞を経験しているとは言えないでしょう。

また、実質賃金に関しては、例えばデフレが進行し名目賃金が高止まりした場合は上昇しますが、それは失業の増加を伴うのが一般的です。実質賃金を使うのも経済厚生の尺度として必ずしも適切ではないと考えます。

出所:第3回社会保障審議会年金部会 年金財政における経済前提に関する専門委員会「委員からお求めのあった資料」令和5年4月5日

GDPデフレーターとCPIの上昇率の差が作成方法の違いに由来する部分が大きいことについては、竹上さんが出典としている社会保障審議会資料にも明確に書かれています。特に議事録にはこの要因が小さくない理由が解説されています。例えば、日本のCPIの品目のウェートの更新頻度が他国より少ない点、CPIのウエートをGDP統計に合わせて設定している国も多いが、日本ではGDPデフレーターとCPIでは異なるウェイトを採用していることなどが指摘されています*7。国際比較のデータを扱う際には、データの比較可能性に注意する必要があります。交易条件悪化を過度に強調する説明には注意が必要です。

以上が私からの反論になります。私がまともに反論していないとお考えになったのであればそれはそれで結構ですが、リフレ派が交易条件派の指摘を無視しているというのは全く当たりません。私だけでなくリフレ派の先生方も交易条件については様々な場で論文を書いたりご発言したりしておられます*8

交易条件を無視しているという批判をする前に相手の言っていることをきちんと読み、攻撃的なレッテル貼りをするのでなく、正しく紹介していただきたいと思います。例えば、竹上さんは原田泰先生のご論考*9を紹介したポストに対して、以下のようにコメントしておられます。

しかし、実際に問題の文章(ついでに言えば無料です)を読めば、原田先生が竹上さんの使用している図とは異なるGDP統計のデータを用いて分析していること(従ってこの図を見たら一目瞭然というのは不適切な注釈であること)、交易条件悪化に明確に言及していることが容易に確認できます。増税で説明できない「残りは交易条件の低下で説明できる」「増税と交易条件の低下がなければ、労働生産性と実質賃金はほぼ同じように伸びていた」というのがこの論文の結論です*10。「交易条件悪化を無視する」どころでないのは明らかでしょう。原田先生の交易条件に関する記述を無視しているのは竹上さんの方です。リフレ派を批判するにしても、きちんと内容を読んでから批判して欲しいと思います*11

 

*1:以下を参照()、ご質問にもそれが誤解であることをお答えしました(10 1112)。

*2:2025年9月18日9月22日10月13日11月18日11月20日(1)、11月20日(2)、12月16日12月21日12月27日12月28日12月29日

*3:例えば、2025年12月2日の投稿では、「僕はXで人気のある小さな政府論にも、高圧経済にも、リフレにも、ハンキンにも、財政破綻派にも、財政再建派にもどれにも反対です。あえて言うと交易条件派でありかつ大きな政府に近い考えです」と宣言されています。

*4:「リフレ派は交易条件問題を矮小化しすぎ。なんで、23年から改善しているから問題ないでしょとか、円安のせいではないよ。資源高のせいだよ。資源高が終われも終了するかのように言うんだ。日本の輸出構造の問題だから、2000年代からずーと悪化しているのに、今資源高も落ち着いて改善しましたとか、なんじゃそりゃ。」

*5:全文は以下の通り。「リフレ派系のインフルエンサーは噛ませ犬のように経済学に無知な財政破綻派を叩いて溜飲を下げている。交易条件派の指摘は数が少ないのと、まともに反論できないから無視。一度だけ片岡は交易条件の指摘について返信したが、竹上は間違っているが理由は言わないというヘンテコリンなもので。それに田中秀臣がブロック越しから人格批判➕リフレ派は昔から財政を重視していた。なぜなら俺がそうだから。とか言って被せてきた。お前の話しはしてないのだが。」この投稿の言葉遣いは控えめに言って上品ではないですね。ブロックされた、あるいは無視された、相手も攻撃している(と思う)からと言って、自分が何を言ってもいいというようなことはないです。常識ではないでしょうか。誰だって、「岩田は…間違いなく一番の糞」で「田中秀臣とかはショッカーに出てくるイーとか言っている戦闘員みたなもので」(2025年11月23日のX投稿)などと言っている方と真面目に議論する気がしなくなるのは当たり前ではないでしょうか。

*6:これは竹上さんがお示しいただいた資料にも書いてあります。

*7:例えば、議事録には次のような発言があります。「国内家計最終消費支出デフレーターと消費者物価指数の乖離は、算定方式の違い等と書いてありますけれども、実際にはカバーしている消費支出の範囲が違うという問題も結構重要。」(深尾京司委員長の発言。第2回社会保障審議会年金部会年金財政における経済前提に関する専門委員会 議事録)。「作成方法の差について各国のCPI統計の作成方法に違いがあることが影響しているのではないかという御指摘をいただきましたので、違いの1つとして、CPIのウエートの更新頻度を調べたものになります。日本は5年に一度ウエートを見直して基準年を更新することになっておるわけですが、この更新頻度は国によって様々でありまして、多くの国は日本よりも多い頻度で見直しているところであります。また、毎年ウエートを見直す連鎖基準方式を取っている国も多く見られたところです。 さらに、全ての国を調べ切れていませんので資料にはしなかったわけですが、ウエートをどのような統計から作成するかということについても違いが確認できたところであります。ちょっと御紹介いたしますと、日本のCPIは家計調査の2人以上世帯の消費バスケットにおいてウエートを設定しているのに対して、GDPデフレーターのほうは、SNA統計の中で推計しました単身世帯も含む全世帯の消費バスケットでウエートを設定しているところであります。 他国を調べてみますと、例えばイギリスやフランスなどヨーロッパ諸国では、CPIのウエートをGDP統計に合わせて設定している国も多くあったところでありまして、こういったCPIの作成方法は国によって違いが見られますので、それがCPIとGDPデフレーターの差に影響している可能性があると考えております。」(佐藤数理課長の発言。第3回社会保障審議会年金部会年金財政における経済前提に関する専門委員会 議事録

*8:仮に先生方からお返事がなかったとしても、人の時間は有限ですし、Xの投稿に対するあらゆる質問にいちいちお答えする義務はありません。見落としていることもあるでしょう。面倒なレッテル貼りや陳腐な質問、攻撃的な態度の相手に返信するのは誰だって疲れます。時間は効率的に使うものです。

*9:なぜ生産性が伸びても「賃金」があがらないのか…?若者を搾取する「日本資本主義の魔物」の正体(原田 泰) | マネー現代 | 講談社

*10:なぜ生産性が伸びても「賃金」があがらないのか…?若者を搾取する「日本資本主義の魔物」の正体(原田 泰) - 2ページ目 | マネー現代 | 講談社

*11:なお、余談ですが、「雇用者報酬でやれば下の図で言う雇主の社会負担と税・補助金が消えて格差は縮小するが、この2つは社会保障費に使われ可処分所得を落としていない」というご見解にはかなり驚きました。百歩譲って「社会保険料は保険であり将来戻ってくるから税ではなく負担ではない」という意見ならまだしもわかりますが(ただし支持はできませんが。これは雇主の提供する自発的に加入する企業年金には当てはまっても、強制的な賦課方式の現行の社会保障制度には当てはまりません。少なくとも社会保険料が現在の可処分所得を減らす負担であるのは定義上当たり前です)、税・補助金社会保障費に使われるから「可処分所得を落とさない」というのはかなり驚くべき主張です。そうであれば、いくら増税しても可処分所得は変わらない!という結論になります。税・補助金が全て社会保障費に使われているわけではないのは当然ですし、可処分所得というのはそもそも収入から税や社会保険料等を差し引いた残りですから、これは定義上あり得ない話です。




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