9月7日、石破首相がついに辞任を表明しました。参議院選の大敗後も退陣せずこのまま続けるつもりなのかと思いましたが、最後は総裁選実施を求める声を抑えられず、側近にも退陣を促され、公明党にも解散を牽制されるなど四面楚歌の状態になり、意外にあっけない終わり方でした。
参議院選直後から「石破やめるな」の声が盛り上がり、一部の有識者(石破政権に好意的な人が多かったですが)は、「石破退陣なら経済大混乱」と主張していました。仮に石破首相が退陣になれば、積極財政派の高市氏や減税を掲げる茂木氏等が後任になる可能性が高まり財政が混乱すると予想され円安と株価の暴落が起きるというのです*1。
が、実際にふたを開けてみると、7日の石破首相の突然の退陣表明でも、翌8日の株式市場は殆ど無風で、むしろ上昇したくらいでした。為替市場や債券市場の動きも小幅な値動きで、海外要因で説明可能な部分も大きく、これといった「石破ショック」は起きませんでした。石破首相にやめてほしくないという願いはわかりますが、願望と予測は区別しなくてはいけません。
今後誰に首相が交代したとしても衆参両院で自公過半数割れなので野党との協力が前提ですし、反対の多い政策を進めるのは困難です。ですから、仮に積極財政派の政権が出来ても行き過ぎた財政拡大のリスクは極めて低いでしょう*2。小泉氏や林氏などが就任すれば経済政策は殆ど変わらないでしょうし、大きな政策転換はありそうにありません。どう転んだとしても、選挙に大敗し政策を前に進めるのが困難な石破政権よりもマシになるだろうという読みは経済政策に限っては正しいでしょう。市場の反応が無風なのはもっともな話だと言えます。
自民党総裁選では、早速何人か有力候補の名前が挙がっており、支持者から強く期待されている候補もいます。しかし、仮に彼らが運よく当選しても大胆な政策転換は困難で、おそらく支持者を失望させる結果に終わりそうです。自公連立と野党の一部の協力という現在の枠組みを大きく転換できるほど政治力のあり、党内基盤が強い候補者がいるようには見えません。規制改革や減税に前向きな政権が実現すれば、野党との協力で多少の前進は可能でしょうし、野党の関心が低い話題(日銀人事等)では多少は独自色を発揮する余地もあると思いますが、その可能性は極めて低そうです。
どの派閥が勝っても、石破政権もそうだったように、選択的夫婦別姓などの社会政策面では党内分裂を恐れ現状維持を選ぶ可能性が高いでしょう。今回の参議院選挙では、残念なことに殆どの党(石破自民党含む)が多かれ少なかれ右寄りの公約を掲げたので、移民政策では多少の右傾化が進むのは確実と思いますが、それも石破政権の継続にすぎず極端な政策転換はないでしょう。言い換えれば、政治的な混乱の時代は当面続くでしょう。
石破氏と言えば、安倍元首相のライバルとして知られてきた方でしたから、就任当初は大きな政策転換があるのではないかと予想されましたが、実際には石破首相は持論の大半を封印し、従来の政策を踏襲する場合が殆どでした。安全保障政策では持論のアジア版NATOをすぐに引っ込めて従来の路線を踏襲しましたし、他の分野に関しても独自色は乏しかったと言えそうです。率直に言って、そこまで執念を持ってやり遂げたい政策がなかったのではないかと思わざるをえません。
経済政策に関しては反アベノミクスの急先鋒とみられていた石破首相の就任には強い警戒感がありましたが、自民党総裁就任早々、市場の混乱が起き、石破首相は慌てて軌道修正してアベノミクスを形の上では受け入れたため*3、少なくとも極端な混乱は起きませんでした。その点は思ったよりは良かったと思います*4。
経済に関して石破政権の最大の難問は、トランプ政権との関税交渉でした。特に右派の皆さんの間では石破政権の対応の稚拙さを批判する声が多いようですが、正直なところ、交渉難航を石破政権の無能さだけに帰するのは酷でしょう。石破政権を擁護する気は全くないですが、そもそも貿易赤字は悪という米国の重商主義的思い込みに基づく要求がナンセンスなのであって、それに対応するのは誰が首相でも難しかったはずです*5。極端な関税をかけられる結果にはならず、少なくとも最悪の結果は避けられたことは良しとすべきでしょう。合意文書を交わさなかったことが批判を浴びましたが、実のところ、トランプ政権は文書を交わした国とももめていますし、これは日本側の問題というより主に向こうの事務処理能力の問題でしょう。関税交渉を過度な政権批判に結び付ける論調は疑問です。関税交渉に関して一定の評価はできるのではないでしょうか*6。
とはいえ、失礼にもギリシャ*7を持ち出して財政危機を叫ぶかと思えば給付金バラマキを約束するなど政策は二転三転し*8、なぜか減税に否定的だったという一点を除けば、石破政権の経済政策には殆ど一貫性がありませんでした。米価高騰にも備蓄米放出というその場しのぎの対策しか打ち出せず、食料エネルギー価格高騰への不満を抑えられなかったのは明らかに今回の選挙での大敗の主な原因でしょう。石破政権に好意的な識者には裏金問題への逆風を選挙の敗因に挙げる方が多いようですが、出口調査では、「物価高対策・経済政策」を最も重視した有権者が約半分であるのに対し、裏金問題など「政治改革」を最も重視したと答えた有権者は5%に満たない数です*9。やはり今回の選挙結果は石破政権自ら招いたものというしかなさそうです*10。
全体として、石破政権を高く評価するのは難しいでしょう。結局、首相として石破氏が何をしたいのかは残念ながら最後までわかりませんでした。石破首相は首相就任前は、どちらかと言えばリベラルな政策を支持する方とみられていましたが、党内分裂を避けて選択的夫婦別姓、同性婚、死刑廃止などの課題に取り組むことはありませんでした*11。そればかりか、参議院選挙戦中は、参政党の支持の高まりで外国人叩きがうけると判断したのか、「違法外国人ゼロ」を公約にし*12、入管法改正後の厳格な取り締まりを誇示したり*13、外国人の土地取得規制を検討するとしたり*14、次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING)の国籍要件見直し、経営・管理ビザの見直しなどの右寄りの政策を採用しました。石破首相は安倍政権の頃は安倍元首相に対抗して左派的主張をしていましたが、首相としては安倍政権よりむしろ内向きで右派的な政策を進めたとすら言えます。石破首相個人には信念があったのかもしれませんが、実際にやった政策から評価すれば、残念ながら、石破政権には明確な原則が欠けており成果は乏しかったと言わざるを得ません。安倍元首相がよく言っていた通り、やはり政治は結果なのです。
*1:市場の動きを素直に解釈するなら、積極的な財政政策の可能性はむしろ歓迎されているように見えます。
*2:むしろちょうどよい景気刺激策を実施するプラス面の方が大きいのではないかと思います。
*3:アベノミクスをなし崩し的に放棄していく路線は岸田政権から継続していますが。
*4:ただし、あくまで当初思ったよりは良かったというだけですが。
*5:米価が高騰している状況で備蓄米も放出しているのに、農業分野の思い切った輸入拡大(これは消費者のためにも日本全体の利益にもなる)を交渉カードとしてうまく使えず、極めて不明確な内容の合意を約束させられたのは確かに上出来ではないでしょうが、これは他の国にも言えることで特に石破政権特有の問題ではありません。
*6:極右の陰謀論者がとても聞いていられないような人格攻撃をやったり、どうでもいいマナーを批判したりデマに基づいて石破政権を攻撃したりしたのにはうんざりしましたが、率直に言って、石破首相は彼らよりはずっとましで常識ある人だと思います。なお、私は個人的に別に石破氏の人格をどうだとかどうでもいいことを偉そうに言うつもりはありませんし、そもそも別に石破首相個人について何も思うところはありません。私が論評する資格があるとも思いません。そういうことは他人を罵倒して論評する資格を持つ立派な人格の偉い方々がやるでしょう。ここでの評価はあくまで政権の政策への評価です。
*7:ギリシャは2010年代の財政危機を現在は克服していますし、今更過去の経済危機を持ち出されるなんて風評被害もよいところです。
*8:例えば、財政に関する方針は「日本の財政状況は間違いなく極めてよろしくない、ギリシャよりもよろしくない状況だ」(石破首相発言、5月19日)、「市場の信認を維持しなければならない。財政の持続可能性への強い意思を示すのは必要だ」(石破首相発言、6月9日)などと言っておいて、自民党公約では「物価高騰下の暮らしを支えるため、税収の上振れなどを活用し、子供や住民税非課税世帯の大人の方々には一人4万円、その他の方々には一人2万円を給付します。」(自民党公約6月19日公表)と宣言し、選挙後は結局実施しない方針になるなど何の一貫性もありません。他の何であれ石破政権の打ち出した経済政策の方針を順番に並べてみれば同じような結果になるでしょう。政策によっては少数与党なので妥協も必要だったという事情から情状酌量の余地はありますが、それだけでは弁護しがたいような方針転換(例えば当初の方針が選挙対策などで一変する等)も目立ちました。
*9:参議院選挙:政策「物価高」最重視 46%…社会保障・少子化 続く : 読売新聞 全国|出口調査|zero選挙2025(参議院選挙)|日本テレビ
*10:なお、石破首相は退陣表明の記者会見で最低賃金の過去最大の引き上げを実現したことを実績に挙げていましたが(【詳しく】石破首相 辞任を表明 “決定的な分断を生みかねず苦渋の決断” 自民党の総裁選挙には立候補せず | NHK | 自民党総裁選)、インフレを背景にしているので実質的には多少影響は軽減されるとはいえ、6.3%にもなる大幅な賃上げは中小企業の倒産や未熟練労働者の失業につながるリスクが高い政策であり、評価するのは難しいと思います。今後の景気次第ではかなり問題の多い措置です。
*11:これは石破政権に多少期待していたことでしたが、極めて残念でした。
*12:自民党は「一部の犯罪者を批判しただけで外国人差別を煽っているわけではない」というでしょうが、「違法日本人ゼロ」というスローガンを掲げる政党があったとしたらそれが差別的なのは誰でもわかるはずです。「違法行為をする一部の人だけを非難してます。差別の意図はないです」なんて言って通用するでしょうか?
*13:例えば、こちらの動画。改正入管法の問題点については例えば, 179-180等参照.不法滞在者ゼロプランへの批判は、日本:「入管ゼロプラン」に反対し、外国人を排除しない、国際人権法に基づく共生のための制度改革を求める : アムネスティ日本 AMNESTY、日本弁護士連合会:国際人権法に反する「国民の安全・安心のための不法滞在者ゼロプラン」に反対する会長声明等を参照。