最近しばらく書いていませんでしたが、池田信夫先生からXの私の投稿*1に対して頂いたコメントにお返事しておきたいと思います*2。
クルーグマンは「リフレは失敗だった」と総括した。山形もその受け売りで高橋洋一を批判してたのに、最近は「やっぱりリフレは正しかった」といい出した。何とかは死ななきゃ直らないね。 https://t.co/pP2cyEcUjd
— 池田信夫 (@ikedanob) 2025年8月30日
池田先生がソースとして添付しているのはKrugman(2014) The Limits of Purely Monetary Policies - The New York Timesです。池田先生は「クルーグマンは「リフレは失敗だった」と総括した」証拠として、その一部の翻訳を示しています*3。
クルーグマン「純粋な金融政策の限界」(2014)https://t.co/P211SmWXc0
— 池田信夫 (@ikedanob) 2025年8月30日
1998年当時、私は日本の苦境を目の当たりにし、日銀が本気で取り組めばデフレを必ずや終わらせられると信じていた。…
クルーグマンは2014年に「リフレはだめだ」と宣言して「反緊縮」に転向した。これは当時は批判が多かったが、結果的には正しかった。
— 池田信夫 (@ikedanob) 2025年8月30日
今の日本はもう流動性の罠を脱出したのだから、リフレなどという変則的な政策をとる必要はない。教科書どおりインフレのときは利上げすればいいのだ。 https://t.co/G4ylii5xYF
しかし、池田先生のご主張には大きな問題があります。一言でいえば、元のクルーグマンの英文と全く対応していない誤った主張をしているのです。
①「クルーグマンは「リフレは失敗だった」と総括し」2014年にリフレを放棄したか?
まず、池田先生は「クルーグマンは「リフレは失敗だった」と総括した」とか「リフレはだめだ」と宣言したなどと書いておられますが、原文のどこを見てもそのような発言はありません。あたかもクルーグマンがそう発言したかのように「」付きで書くのは人を誤解させる表現です。クルーグマンは問題の文章ではそのようなことは全く主張していません。このような書き方はルール違反でしょう。
この2014年の論説でのクルーグマンの主張は、明らかに1998年のクルーグマン論文「日本のはまった罠」(Japan's Trap)の主張と同じで*4、1998年論文の正当性を主張する内容になっています。この「日本のはまった罠」論文のポイントは、流動性のわなの状況では、現在のマネーサプライを増やすだけでは効果がなく、将来のマネーサプライを変化させ、インフレ予想を変えなければならないというものです。クルーグマン自身は、この論文のポイントを「ゼロ金利制約に直面している状況では、信頼できる形でより高いインフレ率を約束しない限り、どれだけ貨幣を発行しても意味がない」とまとめています*5。予想インフレ率を高めるコミットメントのない量的緩和に否定的なのは1998年以来のクルーグマンの一貫した主張で、2014年の論説でも特に新しいことを言ってはいません。
池田先生は、この2014年の論説の最後の一節「1998年以前に私が抱いていた見解、つまり中央銀行が本当に望めばいつでもインフレを引き起こすことができるという見解は、理論的にも実証的にも成り立たない。」(これは池田先生自身の示した翻訳)という部分を、クルーグマン自身が支持してきたリフレ政策を否定するものと解釈しています。
しかし、「1998年以前に私が抱いていた見解」を2014年に放棄するというのは論理的にもおかしな話です。そもそも、クルーグマンが日本のリフレ政策に関する研究を発表するようになったのは1998年以降なのですから!
原文をきちんと読めば、「クルーグマンは2014年に「リフレはだめだ」と宣言して「反緊縮」に転向した」等という池田先生の解釈はありえないことがわかります。この論説のうち、池田先生が翻訳するのを省略した部分には、はっきりとこう書いてあります。
「…私がダマスカスへの道のような瞬間〔引用者注:劇的な回心*6〕-より正確に言うと、東京への道だが*7ーを経験したのは、1998年にさかのぼる。おそらく、私自身が貨幣に対する悲観的な見方(monetary pessimism)に転向した理由を説明すれば、今〔引用者注:2014年当時のゼロ金利下で停滞していた欧米諸国で〕何が起きているかを明確にするのに役立つだろう。」*8。
英文の通常の読解から言っても、クルーグマンが意見を変えたのは1998年のことで、2014年ではないのは明らかでしょう。1998年は、クルーグマンがインフレ目標の設定などによるリフレ政策を提唱するようになった年です。1998年以前の見解というのは、単純な量的緩和*9だけで、中央銀行はいつでもデフレから脱出できるという見解です。
池田先生はマネーは重要ではないという表現に飛びついて、クルーグマンがリフレ政策を否定したと早とちりしたのだと思いますが、そもそもクルーグマンは単純な量的緩和に一貫して否定的なのです。インフレ予想を高めるようなコミットメントのない量的緩和(わかりやすく言えば、黒田総裁以前の日銀の量的緩和がこれです)に対して、クルーグマンは「日本のはまった罠」(Japan's Trap)以外の論説でも当初から厳しい批判を加えています。例えば、同じ1998年のリフレ政策を説いた有名な論文"It’s Baaack! Japan’s Slump and the Return of the Liquidity Trap"でも明確な批判を加えています。単なる量的緩和=リフレという雑な理解をしていない限り、クルーグマンが2014年にリフレを放棄したといった誤解をする人はいないでしょう。
②クルーグマンは「期待インフレ率を上げることは全く意味がない」と言ったのか?
池田先生はIf the short-term interest rate is currently zero, changing the current money supply without changing future supplies — and hence raising expected inflation — matters not at all.を以下のように「短期金利が現在ゼロであれば、将来のマネーサプライを変えずに現在のマネーサプライを変えること、つまり期待インフレ率を上げることは全く意味がない。」と訳していますが、これはかなり深刻な誤訳です。

これをきちんと訳すなら、「もし短期金利が現在ゼロであれば、将来のマネーサプライを変える(即ち、予想インフレ率を引き上げる)ことなしに、現在のマネーサプライを変えることには、全く意味がない」と訳すべきです*10。「期待インフレ率を上げることは全く意味がない」と訳すのは原文の文章とは正反対の意味になってしまう致命的な誤訳です。
池田先生の示す翻訳では、「将来のマネーサプライを変えずに現在のマネーサプライを変えること」(changing the current money supply without changing future supplies)」=「期待インフレ率を変えること」(raising expected inflation)で、ゼロ金利下で「期待インフレ率を変えることは全く意味がない」という文章になっています。
しかし、これは経済学的にもナンセンスな主張ですし、実際の文章の構造は明らかにそうではありません。この文章でダッシュであらわされた部分「期待インフレ率を高めること」(— and hence raising expected inflation —)は、明らかに「将来のマネーサプライを変えること」(changing future supplies)を説明している補足的な文章です。クルーグマンは、「将来のマネーサプライを変えること(つまり、期待インフレ率を高めること)なしに、現在のマネーサプライを変えること」には、「全く意味がない」と主張しています。「全く意味がない」のは現在のマネーを増やすことです。逆に言えば、将来のマネーサプライを増やし期待インフレ率を高めることには意味があるのです。
これはまさにクルーグマンがこの論説で解説している1998年のクルーグマン論文「日本のはまった罠」の中心的主張ですから、仮に英文解釈に迷っても、クルーグマンの経済理論を理解していたら容易に訳せるはずの文章です。
そもそも、この文章の直前の個所で、クルーグマンは、「現在のマネーサプライと将来のすべてのマネーサプライを倍増すれば物価は倍になる」と主張しています*11。つまり、将来のマネーサプライを増やし、期待インフレ率を高めることは意味があるわけです。もし、この次の文章で「期待インフレ率を変えることは全く意味がない」と主張しているとしたら、全く筋が通りません。文の構造からみても、経済学的に言っても、池田先生のような訳し方をするのは明らかな誤りです。
③クルーグマンの主張を理解していないからこそ起きた誤り
私が池田先生の一連の投稿に抗議したところ、池田先生から頂いた返事は以下の通りです。
これはグーグルが訳したの。歴史の審判はもう下ったんだから、ごちゃごちゃ言わないで墓場に戻れ。 https://t.co/ty3CyprtCJ
— 池田信夫 (@ikedanob) 2025年8月30日
失礼ですが、誤訳は誤訳です。グーグルに翻訳を頼んだなら誤訳を拡散していいのですか?クルーグマンの主張の核心部分の意味が逆さまなのはいかがなものでしょうか。もちろん参考にグーグル翻訳を使っても結構ですが、チェックする責任があるでしょう。グーグル翻訳に責任を転嫁するのはどうかと思います*12。
「墓場に戻れ」は論評の範囲を逸脱した誹謗中傷でしかありません。池田先生はこういう酷い言葉が随分お好きなようですが、私は先生とは一面識もありません。先生を罵倒したことはありませんし、少なくとも、「何とかは死ななきゃ直らないね」とか「墓場に戻れ」といわれるような覚えは全くありません。
池田先生に対して上記の①、②の誤訳の問題点を指摘し、具体的な回答をお願いしたところ、以下の返答をいただきました。
往生際が悪いな。最後に
— 池田信夫 (@ikedanob) 2025年8月31日
1998年以前に私が抱いていた見解、つまり「中央銀行が本当に望めばいつでもインフレを引き起こすことができる」という(リフレ派の)見解は、理論的にも実証的にも成り立たない。
と明記してるだろ。 https://t.co/KuPqUXhTyf
「往生際が悪い」等と言って、なんだか自分が有利に議論を進めているような変な印象操作をしないで、私の質問にもう少し誠実に答えていただきたかったと思います。
池田先生は、「1998年以前に私が抱いていた見解、つまり「中央銀行が本当に望めばいつでもインフレを引き起こすことができる」という(リフレ派の)見解は、理論的にも実証的にも成り立たない」という文章が原文に「明記」されているといいますが、池田先生自身の示した翻訳(グーグル翻訳だそうですが)では、「1998年以前に私が抱いていた見解、つまり中央銀行が本当に望めばいつでもインフレを引き起こすことができるという見解は、理論的にも実証的にも成り立たない。」となっています*13。
原文にも池田先生自身が示した当初の翻訳にも「(リフレ派の)」という言葉はありません。これは池田先生の独自解釈で勝手に挿入したものです。些細なことというかもしれませんが、「明記してる」と断言したのですから、こういう小細工をするのはいただけません。一連の投稿において、引用符付きでクルーグマンの発言と誤解させるような存在しない文章を作ったことは認めるべきです。
池田先生の解釈は、先ほど①で示したように、原文と矛盾しており、ありえない解釈です。クルーグマンがリフレ政策を主張したのは1998年以降ですし、1998年以前に持っていた見解を2014年に放棄するというのは文章としても意味不明です。
池田先生は、「グーグルの訳は間違ってない」*14と主張していますが、②の致命的誤訳については未だ何のお返事もいただいていません。池田先生は、changing the current money supply without changing future supplies — and hence raising expected inflation — matters not at allを「将来のマネーサプライを変えずに現在のマネーサプライを変えること、つまり期待インフレ率を上げることは全く意味がない」と訳すのが正しいと考えているのでしょうか?ぜひ伺いたいところです。
この個所の文章は池田先生の主張が正しいかどうかにかかわる最も重要な部分*15で、決してどうでもいい文章ではないと思いますが、いかがでしょうか。
英文を正確に読解していたら、「クルーグマンは2014年に「リフレはだめだ」と宣言して「反緊縮」に転向した」などという初歩的誤解はしないですむはずですが、そうでなくても、このような誤読はクルーグマンの理論をきちんと理解していたら避けられたはずのものです*16。
この文章をクルーグマンの「転向」であるとか、従来支持していたリフレ政策の否定と誤読するのは、クルーグマンが支持していた「リフレ」が何なのか明確に理解しておらず、クルーグマンの経済理論についていい加減な理解しかしていないと告白しているようなものではないでしょうか。
この論考の主張は1998年論文の主張の再確認であり、1998年以降クルーグマンが主張していたリフレ政策(財政金融政策のポリシーミックス)の撤回でないのは明白です。
追記(9月1日):池田先生は、結局、私をブロックして議論を打ち切りました。「今は亡きリフレ派が墓場からしつこく絡んでくるのでブロック」したなどと言っておられますが、そもそも、先生とは全く関係ない私の投稿に対して「何とかは死ななきゃ直らない」「ごちゃごちゃ言わないで墓場に戻れ」等と暴言を吐き突然一方的に絡んできたのは池田先生の方です。こうした対応は大変遺憾です。強く抗議したいと思います。
池田信夫先生は①文章の誤訳の指摘への回答、②引用符付きでクルーグマンの存在しない文章を示したことに対する弁解を一切されませんでした。google翻訳にそんな絶大な信頼を置いておられるとは驚きです。終始、極めて一方的で高圧的な態度で本当に残念に思います*17。
*1:池田先生について何か書いたわけでもない単なる山形浩生さんの紹介記事なのですが、極めて攻撃的なコメントにびっくりしました。
*2:Xにも書いたことですが、整理してある方が便利でしょうから。
*3:後述するように池田先生によればグーグル翻訳だそうですが、公表した翻訳である以上、その内容は池田先生の責任であると思います。
*4:本文を読めばわかるように、クルーグマン自身がこの論文を参照するように求めています。
*5:Japan 1998 - The New York Times
*6:キリスト教徒を迫害していたサウロ(パウロ)がシリアの町ダマスカスに向かう途中でキリスト教に回心した出来事にちなむ人生の劇的な転機のたとえ。
*7:日本経済の研究からそうした結論にたどり着いたので、ダマスカスへの道ではなく、東京への道だという洒落。
*8:The Limits of Purely Monetary Policies - The New York Times.原文…I had my road-to-Damascus moment — or more accurately road-to-Tokyo moment — back in 1998. And maybe describing my own conversion to monetary pessimism may help clarify what’s happening now.
*9:これは、要するに、黒田総裁時代以前の日銀がやっていたような量的緩和です。
*10:なお、私は、期待インフレ率という言い方をあまり好みません。「期待インフレ率」よりも中立的な語感の「予想インフレ率」という言い方の方がよいと思います。まあ、これは些細な翻訳上の問題です。
*11:これは池田先生自身の翻訳の文章です
*12:池田先生があっさりグーグル翻訳だと自分からおっしゃったのは少々驚きました。普通はグーグル翻訳を参考にしても文章に手を入れるものです。学生の方でもそういうことを堂々と言う人は滅多にいません。
*13:原文は以下の通りです。But the view I used to hold before 1998 — that central banks can always cause inflation if they really want to — just doesn’t hold up, theoretically or empirically.
*15:もしクルーグマンが「期待インフレ率を上げることは全く重要ではない」と主張したなら(先ほど示したように明らかにそんな主張はしていませんが)、これはリフレ政策の放棄と言ってもよいですからね。
*16:機械翻訳は便利ですが、あまり頼りすぎると危険です。現在の水準では、機械翻訳は話の文脈を踏まえて適切な翻訳ができるほど進歩してはいません。特に専門的な話の場合はそうです。経済に関する英文を訳す場合、背景にある経済理論を理解していなければ、ずれた翻訳になりがちです。「グーグルの訳は間違ってない」などと思い込んではいけません。機械翻訳を使うときは参考程度にして、最後は自分で確認しないと、とんでもない失敗をする羽目になります。「これはグーグルが訳した」なんて言い訳は通用しません。皆さんも気を付けてくださいね。
*17:池田先生の中傷は残念でしたが、今回の件で多くの方から励ましの言葉をいただけたことは大変嬉しいことでした。Xの投稿にいいねを押したり拡散したりしてくださった皆様、特にAIの解答等、私の主張を支持するデータや情報を提供してくださった皆様には本当に感謝しております。心より御礼申し上げます。本当にありがとうございました!