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トランプ関税

ここのところ、非常に体調が悪く随分長らく書きませんでしたが、トランプ政権の関税政策について一言書いておきたいと思います。

4月に発表された一連の米国の関税引き上げ幅は予想以上で、そのロジックも滅茶苦茶です。今回の措置が実行に移された場合、米国の平均関税率は一挙に10倍以上に跳ね上がります。大恐慌を深刻化させたことで悪名高い1930年のスムート=ホーリー関税法より高い関税です。市場が動揺したのは当然のことです*1

トランプ政権は、10%の一律関税に加えて、中国や日本など対米貿易黒字の大きな国に対してさらに関税を上乗せしており、自動車関税等も引き上げていますが、この関税の計算は明らかにやっつけ仕事でおよそ真面目なものとは思えません。上乗せ関税は相手国の関税・非関税障壁に対する報復としての“相互関税”だと称していますが、関税率は、相手国の関税や非関税障壁とは全く無関係に、貿易赤字と輸入額だけで計算されています。超単純化した仮定を置いて、貿易赤字がゼロになる関税率を機械的に計算しているのですが*2、これは、要するに、「関税や非関税障壁がなければ、貿易収支は釣り合うはずだ。貿易赤字があるということは相手国が関税をかけている証拠だ」と断定しているわけです。経済学的な根拠が全くない滅茶苦茶な話です。

そもそも貿易赤字=悪という認識自体が間違いである上に、二国間貿易収支を見ることにはまったく意味がありません。例えば,近所のパン屋に対する私の貿易収支を考えると、私はパン屋さんからパンを買うから支払いをしますが、パン屋さんが私の講義を受けることはないでしょうから、パン屋さんからお金を受け取る機会はないでしょう。では、パン屋さんに対する私の大赤字は大問題か?というとそんなことはありえないですよね。

これと同じことが国についても言えます。関税障壁があろうとなかろうと、貿易収支が個別の国について必ず均衡しないといけない理由は全くありません。それはちょうど、私のパン屋さんへの支払いとパン屋さんからの私への支払いが常に釣り合うはずだし、そうあるべきだというのと同じぐらいナンセンスな主張です。個別の国の貿易差額を問題にするトランプ政権の認識は、アダム・スミス以前どころか、全体の貿易差額を問題にする比較的ましな重商主義にも劣ります。

そもそも、一国全体の貿易収支を決めているのは、貯蓄と投資のバランスです。赤字の多い国に関税をかけたり制裁を加えたりしても貿易収支が黒字化することはありません。関税は確かに相手国からの米国の輸入を減少させますが、貿易相手国が米国の製品を買うにはドルが必要です。米国の輸入が減ると相手国の保有するドルも減りますから、米国から製品を買うのは難しくなります。ドル不足はドル高につながりますし、結局米国の輸出もその分減少することになります。要するに米国の貿易赤字は関税をかけても縮小するわけではないのです。実のところ、米国の貿易赤字は米国が魅力的な投資先であり、世界中の資金を受け入れている結果で、どこかの国から搾取されているという認識はお門違いです。自由な貿易はゼロサムゲームではありません。

トランプ政権が自由貿易に対して根本的に間違った認識をしていることは極めて深刻です。今回の“相互関税”の計算はあまりにも適当なやっつけ仕事の計算なので、交渉次第で関税を引き下げさせることはできると思います。実際、トランプ大統領は昨日の相互関税発動から僅か13時間後、中国以外に対する関税発動を90日間一時停止すると発表しました。ベッセント財務長官は日本との交渉にも前向きのようです。

しかし、トランプ政権はかなり強硬な保護主義イデオロギーを持っており、高関税政策が根本的に修正されると考えるのは難しいでしょう。過度な期待は禁物です。今回の上乗せ関税延期にしても、カナダやメキシコなど日本の自動車産業サプライチェーンに重要な役割を果たす国の関税や自動車関税はそのままで、日本の製造業の拠点であり貿易相手国として米国と並んで重要な中国への関税はさらに引き上げられています。日本経済にとって極めて困難な状況は今後も続くと見た方が自然です。

市場はまだ一縷の望みを抱いていて、関税延期や関税引き下げ交渉に関する報道があると楽観的な予想から株価が上昇していますが、当分の間は米国経済がより閉鎖的になってしまう傾向は変わらないでしょうし、長期的に景気にも株価にもネガティブな影響が及ぶのは避けられません。関税政策は大統領の権限が大きく、トランプ大統領の任期中にはそう大きく変わるとは思えません。

あまり石破政権には期待していないですが、確実に景気悪化が予想されますから、先手を打って減税などの景気対策を打ち、外交で米国の譲歩を引き出す努力をすべきです*3。日本の米国製品への関税は農業製品を除けば極めて低いですが、この事実を丁寧に説明する必要があります。それから、これは食料価格高騰に苦しむ日本の消費者のためにもなりますが、農業関税を引き下げることを表明するのも一案です。うまくいけば譲歩をひきだせますし、そうならなくても、日本の家計を助けることになります*4

*1:昨晩90日間の延期が発表されましたが、カナダやメキシコへの関税がそうだったように延期されても結局実施される可能性は否定できないですし、依然として予断を許さない状況です。

*2:米国通商代表部(USTR)によると、トランプ政権は貿易赤字をゼロにする輸入関税の引き上げ幅を求め、その半分の税率を”相互関税”として採用しています。

まず、関税引き上げの結果、相手国の輸入額がどれだけ減るかは、①輸入価格引き上げで輸入需要がどれだけ減るか、②関税引き上げが価格にどれだけ上乗せされるかに依存します。相手国の輸入額がどれだけ減るかは以下の式で計算できます。

ε×Φ×関税率×相手国からの輸入額=関税引き上げによる輸入の減少額

ε=輸入需要の価格弾力性(輸入価格引き上げで輸入需要がどれだけ減るか)

Φ=関税に対する輸入価格のパススルー率(関税引き上げが価格にどれだけ上乗せされるか)

従って、米国のある貿易相手国からの貿易赤字をゼロにする輸入関税の関税率は、関税引き上げによる輸入の減少額=貿易赤字額になればいいわけですから、以下の式で求められます。

ε×Φ×必要な関税率×相手国からの輸入額=相手国に対する貿易赤字

式を書き換えると、

必要な関税率=相手国に対する米国の貿易赤字額/(ε×Φ×相手国からの輸入額)

輸入価格引き上げで輸入需要がどれだけ減るかεや関税引き上げが価格にどれだけ上乗せされるかΦは産業や国によって違うはずですが、何とも適当なことに、USTRはどの国についても一律ε=4、 Φ=0.25にしたとしているため、ε×Φ=1です。

つまり、結局、トランプ政権は貿易収支を均衡させる関税率を以下のシンプルな式で求めていることになります。

必要な関税率=相手国に対する貿易赤字額/相手国からの輸入額

理解しがたいことに、持続的な貿易赤字を問題にしているにもかかわらず、USTRは2024年の輸入額、貿易収支の金額から必要な関税率を計算しています。

さらに理解しがたいことなのですが、トランプ政権は「関税・非関税障壁がなければ、相手国に対する貿易赤字額はゼロになるはずである」と主張し、「そうなっていないからには、相手国が米国からの輸入に対して、相手国に対する貿易赤字額/相手国からの輸入額に相当する税金をかけているはずだ」と断定し、その半分の関税率を”相互関税”として設定しています(なぜ半分であるのかの根拠も全く意味不明です)。

ケイトー研究所のColin Grabow, Scott Lincicome, and Kyle Handley研究員らが指摘するように、トランプ政権がこうした乱暴な方法で”計算”した相手国の関税率は現実の関税率とは馬鹿馬鹿しいほどに乖離しています。例えば、日本を例にとると、2024年の日本の対米貿易黒字は685億ドルで、対米輸出額は1482億ドルなので、日本は685億を1482億で割ると0.46になります。だから、日本は米国に対して46%の関税をかけているというのです。これに対して、米国は報復に46%の約半分の24%の関税をかけるというのがトランプの主張です。しかし、現実の日本の平均関税率は2%程度でどう見積もってもこんな数字にはなり得ません。

一律ε=4、 Φ=0.25という設定ももちろんナンセンスです。例えば、アメリカン・エンタープライズ研究所のKevin CorinthとStan Veuger研究員は、関税の輸入価格のパススルー率は1と考えるのが妥当で、USTRの引用している論文の0.25という値は小売価格のパススルー率であり、計算式が間違っていると指摘しています。つまり、”正しい”計算式は、必要な関税率=相手国に対する米国の貿易赤字額/(4×相手国からの輸入額)となるはずであり、トランプ政権の関税は4倍も過大な推計だということになります。

いずれにせよ、トランプ政権の相互関税率は、明らかに一時的な間に合わせの税率であり、でたらめなものです。

しかし、より根本的な問題は、個別のパラメーターや相手国の関税率ではなく、そもそもこうした計算をすること自体自体がナンセンスだということです(これは先に挙げたケイトー研究所やアメリカン・エンタープライズ研究所の研究員も指摘している点です)。

二国間の貿易収支は必ず均衡するはずであり、貿易赤字は悪だという前提自体が間違っているのです。USTRの示した関税引き上げによる輸入額の減少幅を求める数式は個別の財・サービスの関税については一応は近似的に妥当な数式ですが(USTRの当てはめているεとΦの数値はナンセンスだとしても)、こうした関税から貯蓄投資バランスで決まる国全体の貿易収支が均衡すると予想するのは誤りです。本文でも述べているように、標準的な分析では、関税引き上げは貿易収支を長期的に変えることはできません。

10%の一律関税にも根拠がないですし、相互関税の”数式”を真面目に受け取る必要はないと思います。

*3:2月の石破トランプ会談は相対的に成功と評価できますが、その後、トランプ政権との信頼関係の構築に取り組んできたといえるか大いに疑問です。

*4:報復関税は実行しても米国が関税を引き下げる見込みはゼロでさらなる報復を招くだけです。ただでさえ景気悪化が懸念される中で、食料・エネルギー価格高騰で苦しむ日本の消費者の負担をさらに増やすのは逆効果です。石破政権が報復措置に言及していないのは評価できます。




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