今年は米国の小説家で思想家のアイン・ランドの生誕120周年です(誕生日は1905年2月2日)。彼女の『水源』*1、『肩をすくめるアトラス』*2といった小説は米国では聖書に次ぐ程の人気を誇る大ベストセラーです*3。自己犠牲を賛美する集団主義的哲学に反対し、個人主義と自由市場経済を唱えた彼女の思想には賛否両論がありますが*4、集団主義、社会主義全盛の時代の流れに抗して個人の復権を唱えた功績は小さくありません。今日は、120周年を記念して、アイン・ランドに関する私のお気に入りのエピソードを紹介しましょう*5。
アイン・ランドはソ連から亡命し米国で活躍した思想家ですが、あるとき「なぜ外人の意見なんか聞かないといけないんだ」と罵声を浴びせられ演説を妨害されたことがありました。彼女は次のように答えたそうです。
「私はアメリカ人になることを選んだのです!あなたは生まれた以外にこれまで一体何をしたというのですか?」
排外主義者の皆さんに送りたい言葉です。「移民が」「帰化人が」とかいって他人を貶める方々はこの国で生まれたという以外に一体何をしたんでしょう?それが唯一の自慢できる点だとしたら大変情けないことに思えます*6。
ランドが述べている通り、「もし仮に特定の人種の中に、潜在的に優れた頭脳の持ち主が多いということが証明されたとしても(証明などされていませんが)、それによって誰か特定の個人について言えることは何もないし、その人の評価につながることも一切ありません。同じ人種の馬鹿が何人いようと、天才は天才です。同じ人種的系統の天才が何人いようと、馬鹿は馬鹿です。…自分の美徳の根拠を自分の人種に求める者は、美徳がどのようなプロセスで獲得されるかについて何も知らないことを告白して」いるというべきでしょう*7。
「歴史的に、レイシズムの盛衰は常に集団主義の盛衰と軌を一にしてきました。「個人に権利はない」「個人の人生と働きは、集団のものだ」「集団は集団の利益のために個人を意のままに犠牲にできる」というのが集団主義の考え方です。そして集団主義の帰結は、常に国家主義でした。…レイシズムの解毒剤は一つしかありません。それは個人主義の哲学であり、その政治的・経済的帰結である自由放任資本主義です。…自由な市場で評価されるのは、本人の祖先でも、親類でも、遺伝子でも、肉体の組成でもありません。」*8
昨今では、極右とリバタリアニズムの連合を唱えたり、リバタリアンに形ばかりのリップサービスをするだけの権威主義的政権を無批判に称えたりする自称リバタリアンが少なくありませんが、愚かしい人種差別主義は理性の敵であり自由の敵です。ただ単に特定の人種であるということを異様に称揚し、”劣った人種”への差別と人権侵害をして恥じないような人たちはたとえ上辺で自由を説いていても最後は国家主義者に合流することでしょう*9。
「レイシズムは、最も粗雑で原始的な形をとった、最低の集団主義です。それは…個人んを本人の人格や行動によってではなく、祖先の集団の人格や行動によって判断する考え方です。…「良い血統か、悪い血統か」を道徳的・知的基準と見なす理論の行きつく先は、本当の血の雨だけです。」*10
*2:アイン・ランド『肩をすくめるアトラス』、、,脇坂あゆみ訳,アトランティス, 2014-2015年.
*3:アラン・グリーンスパン元FRB議長をはじめ彼女の哲学から大きな影響を受けた著名人は少なくありません。なお、ランドは急進的な無神論者なので、キリスト教とは相いれません。また、後述する通り、彼女は人種差別主義にも反対しています。米国の保守派、トランプ派はキリスト教原理主義で白人至上主義でランドの哲学の影響を受けている云々というような解説を偶に見かけますが、少々乱暴でいい加減だと思います。
*4:私自身、彼女の哲学の認識論や金本位制等の政策提言には反対で、全てに賛成しているわけではありません。私自身の立場はフリードマン流の実証主義です(ランドとフリードマンの対立は拙著『ミルトン・フリードマンの日本経済論』(PHP新書,2019年)でも少しだけ触れましたが、またの機会に書くつもりです)。彼女の客観主義哲学への批判としては日本語では次の本があります(かなり批判的)。M・シャーマー『なぜ人はニセ科学を信じるのかⅠ』岡田靖史訳,早川書房,2003年, 252頁.適度に距離を置いた研究としては、Mimi R. Gladstein (2013),Ayn Rand (Major Conservative and Libertarian Thinkers, 10),Bloomsbury USA Academic, Jennifer Burns(2009), Goddess of the Market: Ayn Rand and the American Right, Oxford University Pressがお勧めです。彼女自身はリバタリアニズムという言葉を受け入れませんでしたが、これは主にロスバード流の無政府資本主義への批判が理由で、現代のリバタリアニズムに大きな影響を与えた思想家といえます(例えば、以下の記事を参照:Ayn Rand at 100 | Cato Institute)。
*5:Xでも投稿していますが、同様の内容をご紹介します。
*6:昨今では、帰化した人の選挙権を認めないなどと主張する人種差別主義者が世間を騒がせていますが、移民や帰化した人たちが愛国心がないなどというのは一体どこからくる偏見なのか理解できません。ただ単に生まれただけで漫然と生きている人よりは、自分からわざわざ日本に来て日本を選んだ人は通常はむしろ日本に愛着を持っている可能性が高いのではないでしょうか?いずれにせよどの候補者がふさわしいかを選ぶのは有権者であるべきです。極右の皆さんが言う「帰化人の選挙権を認めれば日本は帰化人に乗っ取られてしまう」などという主張は、なんとも日本人の能力を馬鹿にした話ではないでしょうか。これは、日本の有権者の判断力を極度に軽蔑しているか、あるいは、外国にルーツを持つ政治家と比べて他の政治家が極端に無能で当選できないと考えているかどちらか(あるいは両方)でしょう。私はそんな馬鹿げた考え方に根拠があるとは全く思いません。ともあれ、日本に帰化された方は立派な日本国民なのですから、日本国民の権利を持つのは当然のことです。
*7:アイン・ランド『』田村洋一監修, オブジェクティビズム研究会訳,Evolving, 2021年, 230-231頁。
*8:アイン・ランド『』田村洋一監修, オブジェクティビズム研究会訳,Evolving, 2021年,232-233頁。
*9:私はいわゆる経済的自由と政治的、社会的自由は不可分だと考えますが、暴力で身体の安全を脅かされない権利は、広い意味での私有財産を奪われない権利の一部であり、しかもより基本的な権利であると思います。暴力的独裁を称えたり、移民の強制送還を唱えたり、人種差別的/女性差別的な嫌がらせを楽しんだり、同性愛者を「物理的に取り除く」ことを面白半分に主張したりするようなメンタリティーの人たちが自由主義者とかリバタリアンを自称して矛盾を感じないのか不思議でなりません。
*10:アイン・ランド『』田村洋一監修, オブジェクティビズム研究会訳,Evolving, 2021年,228-229頁。“The theory that holds "good blood" or "bad blood" as a moral-intellectual criterion , can lead to nothing but torrents of blood in practice.”