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Voice2025年2月号への寄稿

このほどアルゼンチン経済についてVoiceに寄稿させていただきました。ミレイ大統領の経済改革がなぜ成功しているのか、主に金融政策の観点を中心にお話しさせていただきました。是非ご一読いただければ幸いです*1

この論考を書いた12月初めの時点ではまだデータが出ていなかったのですが、それ以降のアルゼンチン経済の好転はますます明確になっています。2024年12月のインフレ率は前年同月比117.8%とピークの4月289.4%から大きく低下しています。輸出主導の経済回復が軌道に乗り、2024年7-9月の実質GDP成長率(季節調整済)は前期比3.9%となりプラスに転じました。IMFの予測では2025年の実質GDP成長率は5%に達する見込みです。懸案だった貧困率も低下しており*2、予測した通りの順調な回復で、アルゼンチン経済の前途は明るいといえそうです。

Voiceの論考では、ミレイ大統領の経済改革を基本的に高く評価しつつ、いくつか留保をつけました。その一つは、彼の市場の失敗をめぐる考え方です。以前取り上げた点ですが(こちらを参照)、ミレイ氏が「市場の失敗は存在しない」と主張しているのは文字通りに取れば誤りだと思います*3

とはいえ、ミレイ氏が市場の失敗の議論に反発するのは、アルゼンチンの現状を考えれば十分理解できます。アルゼンチン経済の問題は明らかに市場の失敗ではなく政府の失敗です。極端なインフレ、デフォルト、過剰な規制、どれをとっても政府の責任であるのはあまりに明白でしょう。20世紀初めには豊かで将来性のある国と思われていたアルゼンチンをここまでダメにしたのはペロン主義の腐敗した政治家に責任があります。アルゼンチン経済をダメにした張本人の政治家や知識人から「市場は失敗しているから救ってあげる」などと言われては頭にくるのはある意味で当然で理解はできます*4

「市場は常に失敗していて経済を”救う”ためには介入し続ける必要があるのだ」と信じ、政府の失敗を決して認めないような恐るべき政府原理主義者であるよりは市場原理主義者である方が遥かにましです。これまでのアルゼンチン政府はまさしく極端な政府原理主義者だったのですから、市場原理主義者だけが一方的に非難されるいわれはないでしょう*5。ミレイ氏はレトリックはともかく、現実には手堅く政策を進めています*6

むしろ今遥かに問題なのは、ミレイ大統領の反対勢力が盛り返して改革がとん挫するリスクの方でしょう。今のところ改革が国民から支持されているのは心強いですが、先行きは不透明です。少数与党政権であるミレイ政権は国民の支持だけが頼りです。確かに経済改革のスピードは予想以上に早く成果も上がっていますから経済が好転していけば改革が成功する可能性は高いでしょう。とはいえ、アルゼンチンの過去の改革を掲げた政権の失速、改革の逆戻りを何度も見ているので楽観的にはなれません。

アルゼンチンの経済改革は急速ですが、アルゼンチン経済がかなり低いところから出発しているという点は忘れてはいけません。例えば、これは以前も触れたように、アルゼンチンのインフレ率は急速に下がってはいますが、依然として他の国よりも遥かに高いままです。同様に、アルゼンチンの規制環境は急速に改善していますが、依然として為替管理があり国営企業も多い等、酷いものであることは忘れるべきではありません。アルゼンチンの規制改革には優れた点が多くあり、部分的に日本や欧米諸国を超えるようなところもあるのですが、現状は貧しい中程度の所得の国で、規制改革が実を結ぶにはまだ何年もかかるということは強調しておきたいところです*7

反対派の盛り返し以外にもう一つ懸念されるのは味方の問題です。ミレイ政権は単純なリバタリアニズムではなく、いわば保守派、極右との連合で政権をとっています*8。対外的にも極右政党と手を組んでいます。ミレイ大統領自身、中絶禁止などでは極めて強硬な保守派です。今後経済面で何らかの困難な状況に直面した場合、ミレイ政権は経済改革からそれて文化保守主義や極右のアジェンダを優先する誘惑にかられることでしょう。これは市場の失敗やデフレに関する実際上は重要ではない議論と違い、まかり間違えば深刻な問題になりうるものです。ミレイ政権が賢明な判断を下すことを願いたいものです。幸い、今のところミレイ政権は極めて順調に改革を進めています。

*1:詳細はそちらを読んでいただくとして、このブログではVoiceでは論じていない補足的論点に触れたいと思います。

*2:これについてはこのブログでも紹介しています。アルゼンチン経済の奇跡 - 柿埜真吾のブログ

*3:せっかくミレイ氏の改革を紹介した論考でわざわざこんな論点に触れたのは少し意地悪で説明不足だったかもしれません。

*4:あちこちで書いているので(例えば市場の失敗に関するフリードマンの見解 - 柿埜真吾のブログ)、Voiceではわざわざ強調しなかったのですが、市場も失敗しますが、政府も失敗します。大抵より酷いのは政府の失敗です。ですから、市場が失敗するからと言って政府が介入すべきということにはなりません。むしろ政府は事態を余計に悪くする場合が少なくありません。

*5:この点、私の論考はペロン主義者がアルゼンチンをダメにした張本人であることは十分強調したつもりですが、もう少しミレイ氏に同情的であるべきだったかもしれません。結果的にやや公正さを欠いていたかもしれない点はお詫びしたいところです。

*6:デフレのコストを軽視している点もそうです。アルゼンチンの現状では、デフレよりもハイパーインフレを心配すべきですし、デフレの経済的危険性についてアルゼンチンで説教するのは干ばつの危険性を洪水のさなかに解くようなものですから意味がありません。ミレイ氏はインフレ対策に関して今のところ、何も間違ったことはしていませんから文句のつけようはありません。私がVoiceの文章をスペイン語で発表していたとしたら、わざわざこんな点には触れなかったでしょう(私がそんなことを書いたのは日本では同じことが当てはまらないからです)。

*7:言ってみれば、アルゼンチンは、新しい生活習慣に目覚めて成績が急速に良くなっている落第生です。日本はかつては優等生だったのに成績が低迷している普通の学生です。アルゼンチンを見習え!というのはまあその通りと言える部分はかなりあるのですが、今のところは日本の方がずっと成績は良いのです。猛勉強を始めた落第生の新しい生活習慣は確かに賞賛すべきものなのですが、本当に定着するかはまだわかりません。10点が35点になったのはすごい!というのはもちろんそうですが、60点ぐらいで低迷している学生がうらやましく思う理由はありません。ただし、日本人がアルゼンチンをあざ笑っていいということにならないのはもちろんです。日本はすでに先進国の中でも貧しい国になっています。エストニアなど規制改革を進めた東欧諸国は急速に成長しており、日本の所得水準を抜き去りつつあります。日本も安閑としている場合ではありません。日本はアルゼンチンより遥かに有利な地点から経済改革をスタートできるのですから、せっかくの利点を無為に過ごしてダメにしていい理由はありません。

*8:Pierre Lemieux, "A Dangerous Pass in 2025 and Beyond"Econlib, Dec 31 2024 リバタリアニズムが極右のポピュリストに飲み込まれるリスクは憂鬱ですが、実際に存在しています。これはトランプ大統領の台頭以来、大変懸念される問題です。ピエール・ルミューはこの問題に関して私と極めて近い見方をしています。ご一読をお勧めしたい記事です。




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