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書評掲載(11/15 )

忙しくてすっかりお知らせが遅くなってしまいましたが、週刊読書人11月15日号にの書評を掲載させていただきました。ぜひご一読いただければ幸いです!

【What’s New!】週刊読書人2024年11月15日号 | 読書人WEB

同じ号には偶々ですが、キューバの特集が載っています(「対談=山形浩生×伊高浩昭チェ・ゲバラ、そしてキューバチェ・ゲバラ 革命の人生 上・下』(みすず書房)刊行を機に」)。こちらも是非合わせてご覧ください*1

ソ連と言えば全体主義国家で民主主義は存在しなかったというのが通説です。ソ連を例にして共産主義を批判すると、現代の共産主義者の多くは「ソ連共産主義は”真の共産主義”ではなかったので、我々の共産主義とは違う」と主張するのが常です*2ソ連がただの邪悪な独裁国家で「真の共産主義」とは全く関係ないなら、その経験から現代人が学ぶべき教訓はあまりないでしょう。

ですが、話はそう単純ではありません。代議制民主主義を否定的に見て、参加民主主義、直接民主制、普通の市民が政治に参加する「市民議会」等に期待するのが昨今の左派の流行ですが、ある意味ではソ連はそうした流行の最先端にいたといえます。例えば、ソヴィエト代議員や全人民討議には仕事を持つ労働者等も選ばれていました。ソ連は参加民主主義とか人民の権力といった理念を盛んに称揚し、我々こそが人民民主主義を体現していると主張していたのです。昨今人気のある考えで、ソ連で実践されていなかったものはそう多くはありません。

ソ連一党独裁でしたが、我々こそが真の民主主義だと自称していました。人民の意志は一つであり、その意志を体現する政党が一つあるのだから、その政党に反対するのは人民の敵で容赦なく弾圧してよい、一党独裁は民主主義だというわけです。これはただの詭弁に聞こえますが、当人たちの自己認識では必ずしもそうではなかったでしょう。西欧民主主義思想の伝統の中には、民衆の政治的決定への直接参加を重視する一方、多様な価値観を否定し、人民の意志への服従を要求するルソーやマルクスの流れをくむ伝統も存在しました。ソ連の抑圧的な政治体制はある意味ではそうした伝統の正統な後継者といえるのです。著者は「ソヴィエト民主主義も民主主義だったと認めた上で、民主主義の名において自由が制限され、異論が排除され、時には過酷な抑圧が生じたととらえることが重要だ」と主張します。議論の余地もありますが、一理あると思います。

このような全体主義的民主主義*3は現代の日本をはじめとする民主主義国にとっても他人事とは言えません。現在の日本でも、民意とか民主主義の重要性を説きながら自分たちの意見以外は民意だと認めず民主的な議論を拒否するような知識人や、民主主義を叫びながら党内民主主義を拒否しているような政党は右派にも左派にも少なくありません。そういった”民主主義者”には注意したいものです。

本書の欠点があるとすれば、ソ連の歴史をある程度知っている人向けの本であって、全然知らない人が読むと誤解を招くような記述もある点です。ソ連の日常生活を描いているため、過酷な弾圧を受けた反体制派や密告社会、秘密警察などについては記述が少なめです。ソ連の工場の生産方式がどれだけ滅茶苦茶だったかなど楽しい記述もありますが(笑)、ソ連経済の深刻な破綻ぶりについても記述はあっさりしています。

資料の少ない中ではやむを得ないにしても本書の分析は政府資料や世論調査が中心ですし、政府の宣伝や自己正当化は割り引いて評価すべきでしょう。ソ連言論統制の厳しい密告社会だったことを考えれば人々の政府賛美の発言を額面通り受け取るべきではありません。著者はソ連の問題点を認識しつつも、ソ連が民意をくみ取る努力をした点を評価していますが、プーチンのロシアやアサドのシリア*4のような権威主義体制でも形式的選挙を実施したり市民との対話の場を設けたりするのは何ら珍しくないことです。

ソヴィエト民主主義の注目に値する点は、それが民意をくみ取る努力をしていた点ではなく、むしろそうした努力をしていたにもかかわらず、極めて抑圧的な体制が生まれたということの方ではないでしょうか。メディアが国営化され、体制批判の言論の自由がなく、市場の競争が存在せず政権交代もない社会では市民の政治参加も参加民主主義も虚しい掛け声に終わります。プロレタリアートの、人民の意志を体現する政党が一つあり、その敵は人民の敵であるといった発想は善意で始まっても抑圧的体制にしかつながりません。ソ連の”民主主義”の失敗はその性質上当然で不可避のものだったとしか言いようがありません。ソ連の”民主主義”の歴史は、最近の社会主義を再評価して政治を”超えた”民主主義を求める試みへの警鐘としてもっと研究されるべきものでしょう。

ソ連などに学ばずとも、自由民主主義には、レファレンダムやタウンミーティング等の住民が政治的意思決定に参加するよほど優れた仕組みが昔からありますし、経済活動や言論の自由、結社の自由を行使して社会を変える道が開かれています。現状は完璧ではないとしても、社会をより良いものにしていくためには自由市場と代議制民主主義が不可欠です。昨今の流行のように、簡単に自由民主主義を”超えて”もらっては困ります。

*1:少し前の号ですが、電子版ではまだ買うことが出来ます。

*2:それにしても共産主義に影響を受けてできた国は大変多いのに、それがどれも真の共産主義ではなかったとはずいぶん不思議な話です。それらがいずれも最悪の政治体制なのは単なる偶然なのでしょうか?

*3:なお、本書の著者はソ連全体主義とみなすことに批判的ですが、全体主義を狭くとらえ過ぎていると思います。著者が述べるような多元的価値観を否定する”民主主義”は通常全体主義と呼ばれますしそれは適切に思えます。

*4:先日めでたく崩壊しましたが、今までさんざんアサド体制を擁護してきた方々は何と言っていいわけするのでしょうか?




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