9月27日の自民党総裁選は石破茂氏の勝利に終わりました。自民党に批判的な野党支持層にも人気で、長らく反主流派の立場にいた石破氏の勝利は疑似政権交代のようなものです。従来の政権がなかなか進められなかった課題にも取り組んでくれるのではないかという期待もある一方、やはり最大の懸念は経済政策です。
案の定、石破氏勝利が報じられるや、為替は1ドル146円台から142円台へと急激な円高が進み、日経平均先物は一時2500円も暴落しました。石破氏の過去の発言を考えれば、市場の反応は全く驚きではありません。
石破氏と言えば、反アベノミクスの急先鋒で、総理になったらやりたいことは「金利引き上げだ」と言っていた人です*1。総裁選で石破氏は、法人税には引き上げ余地があると主張し、金融所得課税を唱え、反ビジネスの姿勢を明確にしていました。利上げして「ハードランディングするしかない」*2とか「軟着陸なんかできない」*3とご自身でも明言されていたくらいですから、株式市場が石破氏の経済政策のハードランディングを予想しても当然でしょう。
石破氏は市場の大暴落を受けて「必要であれば財政出動はする。金融緩和基調というのは基本的に変えることはしない」等と述べて、慌てて発言の軌道修正を試みています。一部には早速「君子豹変!素晴らしい!」と石破氏を絶賛する気の早い方々がいるようですが、まだ内閣が発足してすらいないというのに、口約束を軽々しく信じるのはいかがなものでしょうか。
直近の言動を全部ウソだと決めつけるのは行き過ぎとしても、過去の言動をなかったことにするのもおかしな話です。そもそも総理になったらやりたいと数か月前に明言していたはずの金融引き締め政策を簡単に撤回している以上、石破氏は経済政策に関しては(他の政策はともかく)何の原則も信念もない政治家だといわざるをえません。過去の発言であれ現在の発言であれ軽々しく信頼するのは賢明ではないのではないでしょうか。石破政権は、党内の支持基盤が極めて弱い政権となる以上、一定の軌道修正はあると考えるべきですが、石破氏の軌道修正が本気かどうかは実際にやることを見て評価するしかないでしょう。
それにしても、石破氏の過去の言動を考えると石破氏が現実的な経済政策について殆ど何も考えていないのは明らかで、日本経済の先行きには不安しか感じません。反安倍なら何でも歓迎とばかりに石破氏は極端な反体制派とも交際してきました*4。石破氏の親露派知識人や反ワクチンの知識人との交際は早速批判されています*5。経済に関しては、一応は経済ハルマゲドン本を書くようなトンデモ経済評論家との交流はない様子ですが*6、反アベノミクスどころか反市場経済ですらあります。例えば、石破氏は脱成長コミュニズムを説く斎藤幸平氏と対談し、8月に出版された著書『保守政治家 わが政策、わが天命』でも斎藤氏の脱成長論に好意的に言及しています*7。
「人間の欲望は無限ですが、地球の資源は有限です。これをどのようにマネジメントするか。欲望の方向転換は可能か。逆に果たして今後とも成長し続けることは可能なのか。キーワードとして、「幸せ」の追求、あるいは「多様化した幸福」があると思います。これは価値観の転換ということでもあります。…「強い日本」から「豊かな日本」へ、そして、「豊かな日本」から「幸せな日本」へという変化が、日本社会には必要なのではないでしょうか。」*8
いかにも思わせぶりなことを言いながら、それでいて、結局は何も主張していないところがいかにも石破氏らしいところです(褒めていません)。確かに地球の資源は有限ですが、その資源をより効率よく使い、同じ資源からより多くの付加価値を産み出すことこそ技術進歩の本質です。環境問題も地球にやさしい新しい技術の開発によって解決する以外ありえません*9。
日本は自由主義社会で多様な価値観があるのですから、ポルポトや毛沢東ではあるまいし、政治家が「欲望の方向転換」とか「価値観の転換」について語るのは不適切です。日本経済は長期停滞の間ずっと”脱成長”していましたが、その結果、日本が「幸せな日本」になったでしょうか?石破氏はそもそも一体何をどうするつもりなのか、いくら文章を読んでも一向にわかりません。政権に就く見込みのない立場なら、どっちつかずの評論家的な態度でも通用したでしょうが、これからはそうはいかないでしょう。
石破氏の経済政策は一事が万事この調子で、アベノミクスに反対し、市場経済とか「新自由主義」に懐疑的な姿勢を打ち出しているものの、何を言いたいのか肝心な点が曖昧で、問題設定もずれています。一応、「保守政治家」を自称する人がまさか脱成長でマルクス主義をやる気はないでしょうし*10、党内力学から言っても石破氏の政策へのこだわりのなさから言ってもそういうことはまずありえませんが、それでは一体、石破氏はどんな政策をやるつもりなのでしょうか。新政権の前途に不安を感じさせるには十分です。
誤解しないでいただきたいのですが、私自身は特に石破氏に対して感情的な反発を持っているわけではなく、選択的夫婦別姓や同性婚、外国人の人権問題に前向きな石破氏の社会政策にはかなり好意的です*11。石破氏がライバルだった安倍元首相への対抗心からアベノミクスを否定したい一心なのはわかりますが、肝心の経済がこけては進めたい政策も進められなくなるでしょう。拙速な金融引き締めで日本経済が不況に逆戻りし、資産課税や法人税増税で企業が日本から逃げ出せば一番困るのは弱者です。市場の警告に耳を傾けて、こだわりを捨ててアベノミクスを継承してくれることを願っています。
*1:例えば、今年3月の週刊現代のインタビューでは、「総理になったら何に取り組むのでしょうか」と問われて、「金利引き上げだね。これはもう、ハードランディングするしかない。反発はすごいだろう、アベノミクスの否定になってしまうから。これを言えるのは、(安倍さんと対立していた)俺しかいない」 ( 「総理になってほしい人」ランキング、1位に輝いた国会議員を直撃…!総理になったら「アベノミクスを否定する!」(週刊現代) | 現代ビジネス | 講談社(3/3) (gendai.media))と答えておられます。
*2: 「総理になってほしい人」ランキング、1位に輝いた国会議員を直撃…!総理になったら「アベノミクスを否定する!」(週刊現代) | 現代ビジネス | 講談社(3/3) (gendai.media)
*3:「物価がむちゃくちゃ上がった。軟着陸なんかできない」“ポスト岸田”人気トップ・石破茂元幹事長が語った新しい経済政策 | 文春オンライン (bunshun.jp)
*4:石破氏の対立候補だった高市氏には右翼的発言や極右知識人との交際に不安がありましたが、石破氏が安心な候補者なのかと言えばそれはかなり疑問です。
*5:石破氏は、安倍元首相暗殺事件後間もない時期に安倍元首相を「国賊」と呼んだ村上誠一郎元行政改革担当相とも親しく、村上氏を総務相に任命するそうですが、さすがにいかがなものでしょうか。こういう発言は安倍氏の政治姿勢の是非以前の問題であり得ないものです。論功行賞とはいえ、こんな人物を任命する見識を疑います。
*6:私の確認不足で、もしかしたらあるかもしれませんが。
*7:石破茂(2024)『保守政治家 わが政策、わが天命』講談社, 210-213頁。
*8:石破茂(2024)『保守政治家 わが政策、わが天命』講談社,213頁。
*9:この点については、拙著やを参照していただければ幸いです。
*10:とはいえ、このような記述が「保守政治家」と題した本で書かれているのです。
*11:もっとも、石破氏はこういった政策でも単に安倍元首相の逆張りをやっていただけかもしれません。そうでないことを期待したいのですが。
何度でも強調しておきたい点ですが、別に規制改革やデフレ脱却と特定の家族観が結びつく必然的理由は何もありません。金融緩和の支持者や規制改革の支持者を勝手に右翼に結び付けるのは本当にやめてほしいですし迷惑です。右であれ左であれ、そうした結びつきがあるかのように主張する人たちには本当にうんざりしています。