近頃、フリードマンの名前で減税派を批判している方を見かけます。なんでも「減税でも増税でもどうでもよく、政府支出の規模しか重要ではないというのがフリードマンの主張だから、減税派は自由主義者じゃない!」のだそうです。
私はそもそも「誰それが言っていたから正しい」みたいな権威に頼る論証は嫌いなのですが、こういう方々は明らかに文脈を誤解されているので、一言コメントしておきたいと思います。フリードマンが実際に言いたいのはどういうことか明確にするために、彼の有名な言葉を引用しておきましょう。
私はどんな状況でもどんな理由であれ可能なら常に減税に賛成だ。なぜなら大きな問題は税金ではなく政府支出だと考えるからだ。問題は「いかにして政府支出を抑えるか」だ。政府支出は今や国民所得の40%近くになっている。これは規制等による間接的な支出を除いた数字である。それらを含めた場合は、国民所得の半分程度に達している。我々が直面している真の危機は、この数字がますます上がり続けていきそうだということだ。私が思うに、それを防ぐ唯一の効果的な方法は、政府が手にする収入を抑えることだ。そのためには減税することだ。*1
明らかなように、「重要なのは税金ではなく政府支出の規模」という趣旨の発言を取り出して、「だからフリードマンは減税派ではない!」というのは無理があります。フリードマンの指摘は減税は重要ではないというものではなく、全く逆です。小さな政府を実現する手段として減税が有効だという文脈です。フリードマンが批判しているのはむしろ財政均衡を重視して増税を容認してしまう均衡予算原理主義者の方です。
財政保守派を自任する人たちに強調しておきたい重要な点だが、政府支出総額という正しい問題に注目する代わりに財政赤字という間違った問題に集中することで、財政保守派は知らず知らずのうちにバラマキ派に仕えているのだ。典型的な歴史的プロセスは次のようなものである。バラマキ派が政府支出を増やす法案を押し通す。財政赤字が発生し、財政保守派は頭を抱えて「なんてことだ、これは恐ろしい!この赤字を何とかしないといけない」と言う。それで、彼らはバラマキ派と協力して増税に賛成する。新しい税金が課され、法案が可決されるや否や、バラマキ派はすぐに行動し始め、政府支出はまた急増し、新たな財政赤字が発生する。」*2
要するに減税しない財政均衡主義者は増税派であり、主観的な認識はともかくとして実際にはバラマキ派の味方なのです。「重要なのは税金ではなく政府支出の規模だから、減税など重要ではない」というのはフリードマンの考えであるどころか、正にフリードマンが強く批判している考え方そのものです。
連邦政府がすでに社会の資源を吸収しすぎていると信じるがゆえに私は増税に反対する。必要なのは増税ではなく減税である。
私の経済学者の同僚たちは、私が税金と支出を混同していると言うに違いない。政府がどれだけ資源を使っているかを測るのは政府支出であって、税金の水準は支出のどれだけを税金で賄い、どれだけを借金で賄うかを決める“だけ”である、と。これは会計的には正しいが、政治的には正しくない。…〔政府は税収があればその分支出を増やしがちであるので〕増税すれば、その主な効果は歳出増加になる可能性が高い。...税金の水準は重要だ。なぜなら、それは政府を通じてどれだけ資源を使い、個人としてどれだけ資源を使うかに影響を与えるからだ。*3
フリードマンは歳出の削減を目指すのであれば、政府の歳入を制限するのが最も効果的であると考えていました。なぜ均衡予算よりも減税を優先したのかと言えば、政治経済学的なプロセスを考えれば、その方が有効に小さな政府を実現できると考えていたからです。
「”均衡予算“を求める政治的な訴えは逆効果になりがちである。バラマキ派が政府プログラムを押し通し、財政赤字が拡大すると、戦いに敗れた財政保守主義者は赤字を縮小するために増税を支持して反撃する。財政保守主義者は増税する勇気をもっていたこともあって退陣する。支出拡大を無責任に約束したおかげもありバラマキ派は再び選挙に勝つ*4。そして彼らはまた新たな浪費を始め、支出拡大→赤字拡大→増税の悪循環がまたやってくる。こうしたシナリオが繰り返されるのを見て、私は殆どどんな状況でも減税を支持するようになった。減税は、こうした悪循環を逆転させる。減税によって財政赤字が拡大する恐れがある場合、均衡予算を求める政治的圧力は増税よりも政府支出削減をもたらすことになる。これこそが均衡予算を実現する正しい方法なのである。」*5
フリードマンは、増税で均衡財政を実現している大きな政府よりは、赤字財政でも予算規模が小さい政府がよほどよいと考えていましたし*6、歳出削減と均衡予算実現を待ってから減税するなどと言っている人たちには殆ど見込みがないとみていました。フリードマンの戦略が正しいかどうかには議論の余地はあるでしょうが*7、これは小さな政府を実現するための方法に関する有力な見解の一つです。
フリードマンの戦略は小さな政府の実現のために減税に取り組む減税派の戦略そのものであることは明らかでしょう。フリードマンの権威を使って減税派を批判するのは的外れもよいところです*8。フリードマンは強硬な減税派として知られており、ここで紹介した発言はどれもかなり有名です。Youtubeの動画で拾った断片から適当なことを書くのではなく、話の文脈を正確に理解してほしいと思います*9。
*1:John Hawkins(2003), "An Interview With Milton Friedman," Right Wing News, September 15, 2003
*2:Milton Friedman(1978) Tax Limitation, Inflation and the Role of Government,Dallas, Texas: Fisher Institute
*3:Milton Friedman(1975), There’s No Such Thing as a Free Lunch, LaSalle, Illinois: Open Court Publishing Company, pp. 88-89.
*4:実際、私たちは消費税増税に二度も賛成しておいて、素知らぬ顔で「反緊縮」「積極財政」を叫んでいる議員を見かけなかったでしょうか?彼らは必要な時は「増税派」や「財務省」のせいでやむを得ず「増税させられた」ことにして、責任を逃れて当選できるわけです。
*5:Milton Friedman(1983), Bright Promises, Dismal Performance, New York: Harcourt Brace Jovanovich, p. 221.
*6:例えば、 Milton Friedman(1995) “Balanced Budget Amendment Must Put Limit on Taxes” Wall Street Journal, 4 January 1995.
*7:「減税では政府支出を抑えられないのは明白だ!日本を見ろ!」などという方に是非お伺いしたいのですが、日本政府がいつそんな減税をしましたか?もちろん、これは論争のある問題ですが、減税派を論破した気になっている人たちの使っているような適当なデータやエピソードで簡単に決着のつけられるような問題ではありません。関連する研究としては例えば、Razzolini, L., and Shughart II, W. F. (1997) "On the (relative) unimportance of a balanced budget," Public Choice, 90(1), 215-233, Auerbach, A. J. (2000) "Formation of fiscal policy: the experience of the past twenty-five years," Economic Policy Review, 6(1), Becker, G. S., Lazear, E. P., and Murphy, K. M. (2003) "The double benefit of tax cuts," Wall Street Journal, 7, Romer, C., and Romer, D., (2009) "Starve the Beast or Explode the Deficit? The Effects of Tax Cuts on Government Spending,"Brookings Papers on Economic Activity, Spring 2009, Fuest, C., Neumeier, F., & Stöhlker, D. (2019) ”Tax cuts starve the beast! Evidence from Germany," CESifo Working Paper, No. 8009, Barro, R. J., and Furman, J. (2018) "Macroeconomic effects of the 2017 tax reform," Brookings papers on economic activity, 2018(1), 257-345等があります。まあ自称歳出削減派が減税よりも歳出削減優先を唱えるのは結構なのですが、増税を主張するのはさすがにおかしいでしょう。そもそも、増税による財政再建は失敗しがちで、コストが大きいことが知られていますし(例えば、Alesina, A., Favero, C., & Giavazzi, F. (2015). The output effect of fiscal consolidation plans. Journal of International Economics, 96, S19-S42)、小さな政府を唱えながら増税に賛成するのはやはり矛盾しているのではないでしょうか。
*8:減税を批判する歳出削減優先派(?)の方々は、減税派は歳出削減を主張しないからけしからんなどと言っておられますが、私にはその意図がよくわかりません。減税を要求する人は様々な方がいるので全部ひとくくりにされても困りますが、少なくとも、減税派の代表と言ってよい渡瀬先生は、無駄な歳出を批判し社会保障改革や不合理な規制撤廃をおそらく誰よりも熱心に主張し、政策に影響を与えようと努力しておられる人です(同じような努力を自称歳出削減派の知識人や匿名アカウントがやっているでしょうか?彼らが何か少しでも政府を小さくすることに貢献したことなどそもそも一度でもあったのでしょうか?それ以前に何か少しでも努力したんでしょうか?)。「減税だけしろ」とかいう主張を”減税派”の主張として批判するのは藁人形論法です。大体、歳出削減が最優先だと思うなら、減税派の誹謗中傷などせずにただ歳出削減のための少しでも意味ある努力をすればよいのではないでしょうか。彼らが減税を批判することで一体何がしたいのかは理解できません。
*9:同様の趣旨の発言はかなりたくさんありますし、これはフリードマンについて何か書くなら当然知っていてしかるべき基本知識です。Youtubeの切り抜き動画だけを見て変な誤解を広めないでください。