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少数派の権利が他人事でない理由

「外国人などマイノリティーの権利が認められると日本人が搾取される」というのが人種差別主義者のお決まりの発想です。彼らにとって、権利というのは、移民の取り分が多くなれば、他の日本人の取り分が少なくなる大きさの決まったパイのようなものです。これはちょうど社会主義者が「金持ちが豊かなのは貧乏人を搾取したからだ」と考えているのと全く変わらないゼロサムゲーム的な発想です。「彼らからとって我々に与えるべきだ」というわけです。その違いは誰から奪うかというだけです。

しかし、幸いなことに、文明社会は人種差別主義者がそう思わせたがっているような沈みかけた満員の救命ボートのようなものではありません。マイノリティーの権利を認めたからと言って、他の人の権利がそれだけ減るなどということはありません。移民等の社会のマイノリティーを迫害しても、その分、それ以外のカテゴリーの人が豊かになったり権利が守られるわけではありません。外国人の人権を尊重したからといって、その分だけ日本人の権利が減るわけではないのです。むしろその反対だと考えた方が遥かに正しいでしょう。

マイノリティーの権利を剥奪し厳しい制限を加えたりするような政府が、その他の国民の権利を尊重すると期待するのは果たして合理的でしょうか?「奴ら」の権利をいくら制限したり剥奪したりしても、「奴ら」は「我々」とは違うから大丈夫だなどというのはナイーブな考え方です。人権侵害国家は特定の少数派をまず血祭りにあげるでしょうが、他の人たちにも必ず牙をむくものです*1

世界を見渡しても、移民や少数民族の権利を厳しく制限する政権は、自国民に対しても権威主義的な体制を目指しているのが常です。言うまでもなくその最悪の例はナチスドイツです。ナチスユダヤ人の権利を奪っただけでなく、ドイツ人の障がい者等のマイノリティーにも過酷な迫害を加え、ドイツ人にとっても破滅的な戦争を引き起こしました。現代でも移民や国内の少数民族等のマイノリティーの人権を制限する国の多くは独裁国家で、そうでなくても権威主義的な支配者によって民主主義が脅かされている国です。これらの国々は例外なくマジョリティーの国民の人権にも過酷な弾圧を加えています。

幸い、日本は民主的な国ですが、それでもマイノリティーに対する人権侵害は無視できない問題です。例えば警察のレイシャル・プロファイリング(人種や肌の色、国籍などを理由にした恣意的な取り調べ*2)はよい例です。愛知県警が若手警察官に配布した現場対応マニュアルには、「一見して外国人と判明し、日本語を話さない者は、旅券不携帯、不法在留・不法残留、薬物所持・使用、けん銃・刀剣・ナイフ携帯等必ず何らかの不法行為があるとの固い信念を持ち、徹底的した追及、所持品検査を行う」などと外国人は犯罪者と思えと言わんばかりの記述があるそうです*3。実際、日本では、多くの方が何の罪もないにもかかわらず、単なる外見を理由に異常な回数の取り調べを受けています*4。こうした差別はあってはならないことです。レイシャル・プロファイリングは殆どの人に無関係な問題に思われるかもしれませんが、警察による証拠のでっち上げや自白の強要など冤罪事件の被害者になる可能性は誰にでもあります。特定のカテゴリーの人を単にそのカテゴリーに属するというだけで犯罪者と決めつけ、恣意的な捜査をするような組織がそのほかの人たちには安全で公平であるなどということがありうるでしょうか*5?マイノリティーの人権を守る国家はすべての人の人権をより一層確実に守るはずです。「外国人の事件などどうでもよいが、自国民の安全は守る」などという政治家は信頼に値しません。

同様の理由から、「増税に反対だが、外国人には増税する」、「規制改革を支持するが、外国人には規制を増やす」という政治家は、実際には減税派でも規制改革派でもない可能性が高いでしょう。煽動的な政治家は国民を分断するのが好きです。「奴ら」が負担し、「我々」はフリーランチを楽しめるのだというのが彼らの常套句です。しかし、そんな都合のよい話は普通あるものではありません。結局、分断された末に全員が何らかの税を払わされ、大盤振る舞いの付けを払わされるのが常です*6

例えば、減税を説きながら関税を支持する政治家は少なくありませんが、当然ながら関税も税です。「関税は外国人が払うから良い」というのは妥当な主張ではありません。関税をかけると通常は日本の消費者が高い製品を買わされる羽目になります。関税支持の政治家は何と自称しても実際は増税派です。スローガンではなく、実際の行動を見るべきです。排外主義や陰謀論を煽る”反共”の国家主義者は自由の友ではなく、単に「国家社会主義」という社会主義の別のブランドを支持しているだけです。「美しい日本」を讃えていても、他人の中傷を繰り返し言葉を行動が裏切っている人は信頼に値しないでしょう*7。少数派を不便で不快な環境に置いたからと言って社会が得るものはなく失うものの方がずっと多いでしょう。全ての人の自由を擁護し、全ての人の人権を尊重してこそ、自由な社会を実現することができるのではないでしょうか。少数派の権利は決して他人事ではないのです。

*1:この点で反ナチ運動の指導者だったニーメラーの有名な警句は示唆に富んでいます。「最初、彼らが社会主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった。私は社会主義者ではなかったから。次に、彼らが労働組合員を攻撃したとき、私は声をあげなかった。私は労働組合員ではなかったから。そして、彼らがユダヤ人を攻撃したとき、私は声をあげなかった。私はユダヤ人ではなかったから。とうとう彼らが私を攻撃したとき、私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった」(収容所の囚人 | ホロコースト百科事典 (ushmm.org))。

*2:現在、レイシャル・プロファイリングの被害者が国などを提訴した裁判が起きています。“人種や国籍を理由に職務質問” 国などに賠償求め提訴へ 「レイシャルプロファイリング」は海外で問題に | NHK | 東京都

*3:人種差別的な職務質問をやめさせよう!訴訟|#STOPレイシャルプロファイリング|公共訴訟のCALL4(コールフォー)

*4:職務質問30回 身に覚えはないのに… レイシャルプロファイリングとは | NHK | WEB特集

*5:「外国人は怪しい奴らだし自国民ではないから権利などないしどんな取り調べを受けて当然だ」という考え方がまかり通る国であれば、事実無根の疑いをかけられた人に対しても「あいつは犯罪を犯していそうな顔つきだから何をされても当然だ」という発想になるのは自然でしょう。

*6:最近の米国では「リバタリアニズム」を標榜しながら、権威主義的政治体制を支持したり(暗黒啓蒙)、人種差別主義の政治家を支持したり(最近のリバタリアン党のMises Caucus)するどうしようもないグループが増えていますが、彼らがすべての人の自由を望んでいないのは明らかですし、リバタリアニズムの核心であるはずの原理を裏切っているのは明白です。こういう傾向はオーストリア学派のロスバードやホッペなどにもみられましたが(私が彼らを評価しない理由の一つ)、最近の状況はかなり異常です。極右のMises Caucusによるリバタリアン党の乗っ取りについてはこちらがわかりやすいでしょう。

*7:政治家や知識人というのは自分が解決すべき問題を実際にあろうとなかろうと常に探しているものです。問題を見つけ出し、解決策を売るのが彼らの仕事ですから、マイノリティーたたきが売りの政治家や知識人にとっては、”問題”があればあるほど自分が必要とされますます結構なことでしょう。しかし、マイノリティーの起こす”問題”なるものは、偏見も手伝って注目を集めやすく、批判の対象にしやすい割には、実際は大した問題ではないことが殆どです。人数が少ないマイノリティーの弱い立場にある人たちが大きな金額の無駄遣いを発生させているケースはまれで、それで節約できる額はたかが知れています。もちろん、弱者保護に名を借りた貧困ビジネスは批判されて当然ですが、殊更にマイノリティーの”利権”なるものばかりを問題にし、マイノリティーが普通の日本人を搾取しているという構図を作り対立を煽るのはバランスを欠いています。例えば、外国人の社会保障費やODAばかり問題にし、医療費の自己負担の引き上げ等の社会保障制度改革や地方財政等にはさして関心がないなら、それは無駄遣いを批判しているというよりも単なる外国人嫌いです。




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