以下の内容はhttps://shingokakino.hatenablog.com/より取得しました。


『本当に役立つ経済学全史』刊行のお知らせ

お知らせが遅くなりましたが、近日中に新著を出しますので、ご紹介させていただきます!

テンミニッツTVでの講義をもとにした経済学史の入門書です。重商主義から古典派、マルクス等の異端の経済学者たち、限界革命後の新古典派ケインズハイエクフリードマンまでを簡単に解説しています。ご関心を持った方はぜひ手に取っていただければ幸いです!どうかよろしくお願いいたします!

 

間違ったアナロジー

 八月革命さんが批判しておられる動画は移民排斥のよくありがちなレトリックを使っていますが、まさに私有財産制度を理解していない嘆かわしい誤りです。

まあ、もう一言でいえば、このコメントに尽きていますが、どこがおかしいのかもう少し丁寧に説明してみたいと思います。

その前にまず、問題の動画を簡単に説明しておきましょう。この動画はAIで簡単に作ったもののようですが、次のような内容です(非常に不愉快で人種差別的ですから繊細な方は見ないことをお勧めしますが)。リベラル派らしき白人女性が移民を受け入れろと書いたプラカードを掲げて、デモをしている。しかし、ある日、彼女の自宅に、大勢の子供を連れた男がやっていて「こんにちはお嬢さん。あなたは開放的な移民政策*1を支持していましたね。アブドゥルと彼の素敵な家族をここで預かってもらえませんか?しばらくの間」という。すると彼女は、「ここはダメよ!つまり、「帰れ」ってこと!」と叫ぶ。「白人リベラルさん!」と嘲笑したナレーションが流れて終わり*2

動画は、リベラルの偽善とやらを風刺したつもりでいるのでしょう。しかし、このような風刺は、根本的に成り立たない間違ったアナロジーに基づいたものです。

自分の国は自分の家ではありません。これはごく初歩的な区別です。排外主義者は自宅に外国人を呼びたくないなら呼ばなければいいでしょう。そこは彼らの家ですから勝手にそうすればいいと思います。誰が反対するでしょうか。ですが、彼らは「自分の」国を「自分の」家の所有と同じような意味で所有しているわけではありません。

たとえ「自分の」国であろうと、他の人々があなたにとって気に入らないことをしているとしても、自分の権利が侵害されているのでない限り、あなたにはそれを止める権利などありません。他人を侵害しない限り自由というのは近代国家の原則であり私有財産制度の常識です。これは相手が移民だろうと日本人だろうと誰だろうと同じことです。

よく自分が気に食わない人を見つけると、すぐ「日本が嫌いなら日本から出ていけ!」という人がいますが、あなたはいつから日本の持ち主になったのですかとしか言いようがありません。日本の所有者でも大家さんでもないのですから、自分と違う人がいるからと言って追い出す権利はありません。日本国全体の所有者や絶対君主気取りの人が多すぎます。

移民と彼らを受け入れる人々の取引は自発的な合意です。移民の友人を歓迎する人がいて家に呼び寄せるかもしれないし、移民労働者を雇う経営者がいて彼らを歓迎するかもしれません。移民の入居を受け入れる不動産屋がいるでしょうし、移民のシェフの料理を楽しんで喜んで金を払う消費者がいるでしょう。難民を気の毒に思い、彼らを保護する人権活動家や篤志家がいるかもしれません*3。これらは理性的判断力がある大人の人々同士の合意です。たとえあなたがその連中が気に入らないとしても、単に気に入らないというだけではそれを止める権利はないのです。これはあなたが気に入らない表現や発言をする日本人を単に気に入らないからという理由で表現の自由や言論の自由を奪ったりできないのと全く同じことです。

自分の国は自分の家ではありませんし、その間にアナロジーのようなものは成り立ちません。移民の受け入れを支持している人が自分の家に移民を受け入れる必要はありませんし、自分の家を他人(自国民であれ外国人であれ関係なく)が勝手に使うことを拒否するのは当たり前でしょう。そんなわけのわからない理由で、偽善だと言いがかりをつける人には、自分の国と自分の家の区別もつかないのですか、というしかありません。

そもそも、自分の家と自分の国の間の間違ったアナロジーを押し通すなら、移民の移動の自由だけでなく、殆どありとあらゆる権利が否定できます。

例えば、あなたは言論の自由、表現の自由は権利だと叫んでいるとしましょう。さあ、ある日、見知らぬ男が訪ねてきて、「あなたは言論の自由、表現の自由を支持していましたね。今からあなたの家で僕の素敵な小説の朗読を聞いてくれませんか?あるいは僕の前衛的な漫画をあなたの家のリビングに書きますが、壁を貸してくれますね?しばらくの間」と言われたらどうします?拒否するでしょう。ああ、あなたは言論の自由も表現の自由も全然必要ないということを認めましたね!という話になりますか?(移民を受け入れるリベラルの偽善を暴いていると称する例の論法が正しい、面白いというなら、このくだらない何の価値もない議論にもあなたは興味を感じ賛成しないといけないでしょう。同程度の価値がある話です)。

このような馬鹿馬鹿しい例は無限に続けることができます。移民受け入れを支持し、同時に自宅を誰かが勝手に使うのに反対するのは偽善でもなんでもなく当たり前で正当な行為です。自分の国と自分の家が区別できない人だけが、言い換えれば、自分の持ち物と他人の持ち物を区別できない人だけが例のアナロジーに説得力を感じるでしょう。移民の受け入れの是非にはいろいろな議論がありうるでしょうが、このような粗雑な比喩には何の正当性もないといわなくてはなりません*4

*1:原文はOpen Immigrationです。これは原則として移民を制限せず自由な移動を認める政策を意味します。動画につけられた翻訳は「移民開放」となっています。

*2:いかにも中近東の移民の名前であるアブドゥルという名前を出すあたりもイスラモフォビアを煽っていて不愉快です。

日本の右翼の皆さんは喜んでみているようですが、動画の作者の白人は日本人右翼の皆さんのことをそんなに尊敬すべき人たちだと思っているでしょうか?あなた方も白人から見れば一段下に見られる下等な存在で、できれば近所にいてほしくない人たちなんですよ、と言ってあげたいところです。自分が差別する側で優越感に浸るのは結構ですが、自分が差別される側だったらどうかというくらいの想像力は持ってほしいものです。

*3:実際、日本にはベトナム独立運動家を助けて留学生を自宅に泊めた浅羽佐喜太郎、中国の革命家孫文をかくまったアジア主義者の人たち、あるいはインド独立運動の闘士ラス・ビハリ・ボースを自宅に快く迎えた中村屋の相馬愛蔵・黒光夫妻のような人がいました。彼らは立派な行いをした人として記憶され世界中から感謝されていますよね?思いつくまま適当にあげましたが、まだまだいっぱいいるでしょう。「自宅に来たらいやだろ」と勝ち誇っていう人たちに言いたいですが、自宅に呼んでもいいという人は少なくないのですよ。本文でも述べているように、そもそもそんな自宅と自国を同一視するようなおかしな論法は成り立たないですが。

*4:なお、移民排斥を正当化する自称リバタリアンのホッペについてはこちらで扱っています。興味のある方はご参照いただければ幸いです。

朴勝俊先生のコメントへのお返事

先日、私の書いた財政支出万能論への批判に対して朴勝俊先生よりコメントをいただきましたのでお答えしたいと思います。

因果と相関の問題について

まず、「相関関係をつかむ上では雑な図ではありません」というご指摘ですが、私は相関関係を指摘するのに使う分には、別にこの図を使うことに全く反対ではありませんし、そんなことを言ったこともありません。問題は、政府支出の伸び率とGDP成長率の図は相関ではなく、因果を主張するために使われがちであることです。前の記事にもいくつかの例を紹介しましたが、こういう例は無数にあります。

このような政府が支出しなければ経済成長は起きず、逆の因果関係はないことを断言する政府支出万能論にこの図表は使われがちです。こういう使い方は誤用だという指摘を私はしているだけです。私も大胆な減税、積極財政には賛成ですが、たとえ都合がいいからといって、疑わしい図表を用いるのは望ましいことではありません。

アトキンソン氏の議論について

朴先生は、アトキンソン氏の議論を「まさに雑な議論」とおっしゃっていますが、ご紹介いただいた論考は、政府支出とGDPの因果関係については様々な意見があることを冷静に紹介しており、「雑な議論」というレッテルは不当です。アトキンソン氏は、先生のような高名な学者ではないかもしれませんが、自らデータを検証し、Nyasha et al. (2019)*1の展望論文を引用するなど学術研究を真面目に調べ、誠実に議論していると思います*2。政府支出とGDPの関係について、アトキンソン氏は、以下の4つの仮説が存在することを紹介した上でかなり公平に議論しています。

(1)Keynesian view:政府支出は経済成長を促進する

(2)Wagner’s Law:経済成長に伴って、政府支出が増える

(3)Bidirectional causality view:双方的な因果関係

(4)Neutrality view:政府支出とGDP成長は関係していない

「先の論文(引用者注:アトキンソン氏の引用したNyasha et al. (2019)論文)では、(1)に関して6本、(2)は22本、(3)は10本、(4)は12本の論文が確認されています。この4つの仮説の中で、どの説も、データ、期間、国や地域、検証方法などによって、一定の因果関係が確認されています。この論文の結論として、データの多さ、国の多さなどを基準に、総じて(2)、その次に(3)の仮説が最も有力としています。また、(1)と(4)の説を主張する論文も増えていることが指摘されています。結論として、「政府支出を増やせば経済は成長する」と断言する根拠はない、と言えるのです。」

アトキンソン氏は双方向の因果関係を認めており、特に偏った主張をしていませんし、御覧の通り、最後の結論も極めて穏当なものです。アトキンソン氏とは私は必ずしもいつも意見が同じではありませんしこの論文の後半の分析や提言には賛成できないものが多いのですが、少なくともこの問題に関して、アトキンソン氏に対して理由を述べずに「雑な議論」などとレッテルを張るのは極めて不当です。

朴先生の論文について

朴先生の論文ですが、ご紹介ありがとうございます。ざっと目を通しましたが、その主要な結論は、グレンジャー因果性については双方向の因果性があるためどちらか明確に言えないということを示しており、一方通行の因果関係を支持する研究ではないのは明らかです。関連する部分を少し引用させていただきます。

因果の方向が明らかに政府支出から名目GDPに向かっている場合にも、その逆の場合にも、実際に観察されたものと似た散布図が描けることを示した。その上で、OECD加盟国38か国の1980年から2021年までのデータを用いて、一般政府支出と名目GDP、およびGDPデフレータの間のグレンジャー因果性を分析したところ、国によって時期によって結果が大きく異なったが、名目GDPから政府支出への因果性を示唆する結果が多かった。*3

2007年以前のデータに関しては、「「ΔY→ΔG」(引用者注:名目GDP⇒政府支出)は28か国のうち15か国、「ΔG→ΔY」(引用者注:政府支出⇒名目GDP)は 28か国のうち6か国…(中略)…したがって、名目 GDP と政府支出の因果関係に注目すれば、前者から後者への因果性を示している結果が、その逆の因果性を示している結果よりも多い*4

2008年以降のデータについてみても、「「ΔY→ΔG」は 28 か国のうち 3 か国、「ΔG→ΔY」は28か国のうち1か国…、名目 GDP と政府支出の因果関係に注目すれば、前者から後者への因果性を示している結果の方(3 か国)の方が、その逆の因果関係をしさする結果(1か国)よりも多い*5

朴先生は、この結果について、「政府支出の統計もSNAと同様に発生主義で作られるため、数値が記録される時点は発注の時点より遅れることになり、「見かけ上の因果性」が観察される可能性がある。そこで、政府支出のリード変数(後の時点の変数)をとってグレンジャー因果性の検定を行うと、結果が変わりうることが分かった」としていますが、名目 GDP ⇒政府支出という関係が存在しないというエビデンスを示しているわけではありません。

この論文の結論を素直に読むと、政府支出⇒GDPという関係もあるものの、GDP⇒政府支出という関係は確かに存在しており、相関の図を根拠にして、政府支出を増やせば経済成長率が高まると主張するのはミスリーディングで誤解を招くというアトキンソン氏や私の指摘は否定できないことがわかります。朴先生の論文はアトキンソン氏の結論を覆すものとは言えません。

そもそも、グレンジャー因果性検定は因果関係を証明するものではありません。グレンジャー因果性は単にある時系列データが他方の時系列データの予測を改善するかどうかを示しているだけです。AからBが予想できるからといって、AがBを引き起こしたと主張することはできません*6。政府支出からGDPへというグレンジャー因果性があったからと言って、政府支出がGDP拡大を引き起こしたとは必ずしもいえません。例えば、GDPの増加が予測され(実際にそれは正しい予測で)、予算制約が緩み、政府支出が増えたという現象が起きた場合も、政府支出⇒GDPというグレンジャー因果性が存在するという結論になるはずです。ですから、これだけの分析から明確な結論を出すのは困難です。ともあれ、データを見る限りは、「名目 GDP と政府支出の因果関係に注目すれば、前者から後者への因果性を示している結果が、その逆の因果性を示している結果よりも多い」というのが先生ご自身の結論です。

また、よく使われている政府支出の伸び率とGDP成長率の相関の図表はかなり長期にわたるデータを示したものです。短期的なグレンジャー因果性の検証でこれらの関係を説明するのは難しいのではないでしょうか。

短期と長期では想定すべき経済モデルは異なるはずです。短期では有効需要の原理が働くケインズ的なモデルが当てはまり、政府支出⇒GDPという関係があるとしても、長期的には供給サイドの制約がありますから、政府支出の伸び率が高くなっていけば、やがて供給制約にぶつかり、クラウディング・アウトや景気過熱が深刻になるので、それ以上政府支出を増やすことは望ましくなくなるでしょう。つまり、長期的な政府支出の伸び率の国ごとの違いは、供給制約が国によってどれくらい違うかによって決まることになります。

例えば、よく使われる図表では中国が政府支出伸び率でもGDP成長率でもトップですが、日本や米国が中国並に政府支出を増やせば、GDP成長率は中国並になったとはちょっと考えられませんし、そんなことを主張する経済学者はまずいないでしょう。もし政府支出を増やすだけでGDPの成長が何のコストもなしにできるなら、どの国も中国並に政府支出を増やすはずです。

なぜそうしないのかと言えば、それは、先進国へのキャッチアップで生産性が急速に高まり供給能力が拡大していた中国とは異なり、先進国では政府支出を大きく増やすと供給制約に直面してしまうから政府支出の伸び率を極端に高めるのは弊害の方が大きいからでしょう。つまり、長期的には政府支出の伸び率を決めるのは供給サイドの制約の厳しさであり潜在GDP成長率でしょう。国際比較の長期のデータを使った場合に政府支出の伸び率とGDP成長率の間に両者に密接な関係があるとしても、それは「政府支出を高めたから経済が成長した」という因果関係を表していないと考えるのが自然です。

もちろん、国によっては、供給制約がないのに政府の政策ミスで、政府支出を増やせばGDPが増えるのに増やしていないという国があってもおかしくはありませんが、よく使われるような政府支出の伸び率とGDP成長率のきれいな相関が出来上がる理由は供給サイド側の要因から解釈するのが自然です。さもなければ、「各国は気まぐれに政府支出の伸び率を決めており、政府支出を増やせば増やすほどGDPは成長するのに、何の理由もなく利用できるチャンスを利用せずにいる」という極めて不自然な想定をする必要があります。そのような想定はよほど強い証拠がなければ支持できません。

いずれにせよ、朴先生ご自身の論文からも、こうした図表を因果関係を一方的に主張するのに使うことは支持できないという結論が出るのは明らかであるはずです。誤解のないように繰り返しますが、私の指摘は政府支出が経済成長に一切寄与しないということではありません。こうした因果関係を示していない図表を都合がいいからと言って使うのは望ましくないと言いたいだけです。経済学は社会科学であり、プロパガンダではないのですから。

日本という国が経済成長できなかったただ一つの理由…といった思考法の誤り

財政政策の効果を喧伝するのに、最近MMT支持者を中心に嫌というほどよく使われるグラフがあります。様々な国の政府支出の伸び率とGDP成長率を並べた図や、両者をプロットした散布図です。政府支出とGDPの間には確かに密接な関係があるように見えます。

MMT支持者はこの図から「政府支出を増やせばGDPが増える(もしくは、政府支出を増やさなければGDPは増えない)」と結論し、「日本経済が停滞していた理由は唯一つ、政府支出を増やさなかったせいだ」といったセンセーショナルな主張を喧伝しています。

少し考えると、これが少々極端な主張なのは容易に理解できるはずです。もし本当にそうなら、GDPが増えるのは大抵の人が望むことで、GDPは政府支出を増やしさえすれば増えるのですから、政府支出をとにかく増やしさえすれば、何の犠牲も払わずにフリーランチが手に入ることになります*1。もし本当にそうなら、このチャンスを利用しない手はないでしょう。

早速、今日から無限大に国債を発行して政府支出を無限に増やせば、すぐにどんな貧しい国も地上の楽園に変わり、ユートピアが実現することになるでしょう。どうしてそうしないのでしょうか?そんなことをしている国がないのは何故でしょうか?

MMT支持者は、政府支出が多い国の方が現に成長している!と言って反論したつもりになっているようです。ですが、根本的な問題はそういうことではありません。政府支出が多ければ多いほど成長できるなら、どの国もなぜ今よりももっと多く政府支出を増やさないのでしょうか?「もっと政府支出が増やせることに気が付かなかった」「悪の組織の陰謀」といった不合理な陰謀論的説明を信じるのでない限り*2、明らかに何かそれ以上政府支出を増やせない理由がなければなりません。

私は少々修辞的な疑問文で以下のように問題提起をしてみたのですが、まあ、予想通りではありますが、大変な反感を買ったらしく、随分酷いリプライをいただきました。ここでは、この問題について少し真面目に考えてみましょう。

日本の財政支出に関しては、財務省陰謀論者の皆さんは、すべては財務省の陰謀だと考えて満足されるかもしれません。ですが、こんな荒唐無稽な説明では常識ある人は納得しないでしょう。それに、他の国はどうなのでしょうか?やはりみんな財務省の陰謀でしょうか?

私に極めて攻撃的なリプライを送ってくださった方々の何人かも気づいておられるように、現実に政府支出が無限大に増えない理由は政府支出の財源には限度があり(無限に借り入れはできない)、経済には供給能力の制約があるからです(そんなことは常識だ、柿埜はMMTを歪曲していると怒っている皆さん、せっかちにならずに、最後まで読んでください)。

経済が不完全雇用のうちは政府支出を増やせば経済全体が拡大していきますが、さらに政府支出を増やし続けると、やがて経済は完全雇用に達してそれ以上生産を増やすことができなくなり、むしろさらに政府支出を増やすには、民間部門が利用できる資源を減らさなければならない状況がやってくることになります。

これは日本の戦時経済を考えればイメージしやすいでしょう。軍事物資の生産を増やすために不要不急とされた民生部門は縮小を余儀なくされ、軍事支出拡大のために民間消費は大幅に切り詰められ、人々の生活は窮乏しました。要するに、究極的には、供給能力の大きさが政府支出拡大の制約になるわけです。

これは政府支出の財源の観点からも言えることです。GDPが小さい国はそのGDPに見合わないような巨額の借金や増税を財源にして政府支出を増やすのは困難です。ですから、政府支出は、完全雇用GDPの規模が小さければ、それに見合った小さな規模に留まるでしょう。GDPが伸び悩む国は当然ながら政府支出も伸び悩むことになります。要するに、政府支出が伸びればGDPが伸びるという一方通行の因果関係ではなく、GDPが伸び悩めば、政府支出も伸び悩むという関係も存在するはずです。

そんなことは知っているというかもしれませんが、よく考えてみてください。もしそうだとすると、政府支出からGDPへという一方通行の関係ではなく、双方向の影響があるわけですから、政府支出伸び率とGDP成長率の相関を理由に政府支出が成長をもたらすという主張をすることはできないはずです。両者の間に密接な関係があるというだけではどちらが原因で結果なのかは何も言うことができません。要するに、供給制約が存在するので政府支出の伸びがある程度以上高くならないということを認めるのであれば、政府支出の伸び率とGDP成長率のグラフは政府支出を増やせばGDPが増えることの根拠としては使えないのです*3

①極端な話、政府支出が増えてもGDPには一切影響がなく、各国はGDPの成長予測に見合った金額の政府支出を増やしているだけだとしても、政府支出とGDPの伸びには極めて強い正の相関がみられるはずです。財政上の制約を考慮しつつ、どの国も予算が許す限りできるだけ多くの政府サービスを供給したいと考えていて(これは比較的自然な設定です)、予算限度内でめいっぱい政府支出を増やしていると考えるわけです。この場合、例えば供給能力が10倍になった国の政府支出は10倍に増え、供給能力が低迷して10%しか増えなかった国の政府支出は10%しか増えませんが、これは成長しなかった国が政府支出を10倍に増やせばGDPも10倍になったことを意味しないのは当然です。

②あるいは、経済が成長すると、必要なインフラが増えるため、その整備の必要上、政府支出が増えるという関係を考えてもいいでしょう。この場合も、政府支出の増加は経済成長の結果であり、原因ではありません(私はこれらの解釈が絶対に正しいと言っているのではなく、このような解釈も排除できないと言っています)。

③たとえ不完全雇用の下では政府支出の増加がGDPを増やすというのは事実だとしても、政府支出の伸び率とGDP成長率の強い相関があるのは全く違う理由があるかもしれません。例えば、世界の国々は景気対策を重視し、政府支出拡大でGDPが増える限り政府支出を増やし完全雇用になるまで政府支出を増やしているとしましょう。この場合、政府支出の伸び率を決めているのはやはり主として供給能力の拡大する速さであるはずです。

④さらにひねくれた説明を考えることもできます。公務員の生産性は大きく変わらないとしても、他の部門の生産性が上がると、労働市場の競争を通じて、公務員の給与は上昇せざるを得ません。さもなければ人手が足りなくなります。これはボーモルのコスト病といわれる現象の一種ですが、民間部門の生産性が急速に上昇している国では、政府支出は公務員人件費上昇を反映して急速に増加するでしょう。この場合は、別に政府支出が成長をもたらしているわけではなく成長が政府支出を膨張させているだけです。

もっと悪いことに、巷でよくつかわれるグラフには名目政府支出と名目GDPを比較しており、物価水準の変化の影響を取り除いていないものが少なくありません。引用したポストの図もそうです。物価が100倍になれば、実質では変化していなくても政府支出も100倍になるでしょうし、GDPも100倍になるでしょう。でも、それは政府支出とGDPの間の因果関係について何も言ったことになりませんし、政府支出が実質GDPを増やすのかどうかも分かりません。

例えばハイパーインフレを経験しているアルゼンチンの名目政府支出は2000-2024年の間に2267倍になり、名目GDPは1823倍になりましたが、これは政府支出が増えたからGDPが増えたわけではなく、インフレでどちらの変数も極端に増えただけです。

なお、MMT支持者が使う名目政府支出と名目GDPの関係を示した図では、なぜかこういった国は除かれており、常識的に見える成長率の国だけを取り上げる傾向がありますが、本来であればこういった国も含めた図を使うべきでしょう。

こうした説明のいずれがどの程度正しいのかは実証的問題です。しかし、どの説明もアプリオリに誤りだとか重要ではないと言えるものでないのは確かです。例えば、1990年代から2010年代にかけての中国や韓国では政府支出が大きく伸びていますが、日本や欧米先進国が同じ倍率で政府支出を増やしたら同じGDP成長率を達成できただろうと考えるのはかなり荒唐無稽でしょう。

完全雇用なら、政府支出拡大がGDPを増やす効果があることは常識的経済学者なら誰も否定しません。ですが、問題は政府支出とGDPの関係が政府支出⇒GDPという一方通行の因果関係だけで説明できるかどうかです。そうでないとしたら、政府支出とGDPの散布図を示しただけでは殆ど何も言えることはないでしょう。ミスリーディングな図で煽情的なメッセージを書くのは間違っています。

残念ですが、この手の議論でよく使われるグラフは因果関係と相関関係の混同の教科書的な事例です。財政政策万能論の根拠にはなり得ないものです。政府支出とGDPの相関を示しただけでは、政府支出→GDPという因果関係を証明したことにはなりません。逆の因果関係(GDP→政府支出)や、捨象された変数:(例:物価)がある可能性を考慮した上で、それでも両者の間に密接な関係があることを示さなければ殆ど言えることはないのです。

きちんとした因果を特定した研究でも財政政策の効果は明らかになっていますし*4、私は別に財政政策無効論者ではありません。ただ単に粗雑な議論で強引に自分の主張を支持するのは望ましくないと言っているだけです。冷静な議論ができず、少しでも自分の意にそわないだけで緊縮派認定して極端な人身攻撃をする人たちにはうんざりします。

*1:MMTの皆さんは常日頃、「税は財源ではない」とか自国通貨建ての国債を発行できる国は破綻せず予算制約はないと盛んに言っておられますから、政府の予算制約もないに等しいわけで、中途半端な金額の政府支出で満足する必要は全くないはずですね。

常に政府支出を増やせばGDPが増えるという関係があるのだとしたら、どこの国の政府も基本的には政府支出を可能な最大限まで増やすはずです。景気が良くなればなるほど普通は誰だってうれしいはずです。それは再選を目指す政治家にとっても有利です。もっと景気をよくできるのに、手加減して中途半端な政府支出で満足する必要はありません。政府支出に制約がないのであれば無限大まで増やすのが合理的です。

*2:もちろん、あなたがそういう陰謀論的説明を信じるのであれば、この図は使って結構です。ただ、それは常識的に言って考えにくい主張であり何らかのよほど強い証拠を提示する必要があります。希少性の問題が存在せず、いくらでも政府支出を増やせばユートピアが訪れるなら、それは実に結構な話で、経済学はすべて無用になるでしょう。

*3:逆に言えば、このグラフが政府支出拡大→GDP拡大という一方通行の因果関係を表すという人は政府支出拡大の制約になる借入制約や供給制約はないと言っているに等しいのです。

*4:例えばBlanchard & Leigh(2013)Growth forecast errors and fiscal multipliers. American Economic Review, 103(3), 117-120.

「自由主義」の正しい使用法?

ミルトン・フリードマンといえば、大きな政府を批判した自由主義経済学者として知られています。しかし、フリードマンは市場の失敗を無視したわけではありません。政府の失敗を警戒しつつ、政府が必要な役割を果たすことも認めていたのです。負の所得税、教育バウチャー、医療貯蓄口座、ルールに基づく貨幣重視の金融政策、変動相場制度など、フリードマンは、自由市場を活用しつつ社会全体を豊かにする優れたアイデアをたくさん提案しています。

ですが、こういう柔軟な態度はもっと原理主義的な人からは嫌われて当然かもしれません。フリードマンの思想は、無政府資本主義を掲げる急進的なオーストリア学派リバタリアンからは随分不評で、ことあるごとに目の敵にされています。彼らに言わせれば、フリードマン社会主義者ケインジアンなのだそうです。先日もフリードマンの『資本主義と自由』の「筋の通った自由主義者は決して無政府主義者ではない」という一節が一部のオーストリアンの方の逆鱗に触れたようで、散々な言われようでした。

無政府主義の是非はともかく、無政府主義を否定するからといって、偽物の自由主義者で国家統制主義者だというのはちょっと極端すぎないでしょうか。無論、通常の用語法ではフリードマンケインジアンではありません*1

では、ルートヴィヒ・フォン・ミーゼス本人の言葉を聞いてみましょう。

自由主義無政府主義と根本的に異なる。自由主義無政府主義者の不条理な幻想とは何の共通点もない。国家主義者はしばしば両者の類似性を見つけだそうとするので、我々はこの点を強調せねばならない。自由主義は国家の廃止を目指すほど愚かではない。自由主義者は、ある程度の強制なしに社会的協力も文明も決して存在し得ないことを十分認めている。社会体制の維持と運営に有害な行動を企てる人たちの攻撃から社会体制を保護することこそ政府の役割なのである。」*2

どうやらミーゼスはフリードマンと同意見のようです。というよりも、むしろフリードマンよりも断定的ですね*3?そんな根拠でフリードマンを断罪するなら、ミーゼスも社会主義者呼ばわりされ、国家統制主義者で偽の自由主義者だと糾弾されてしかるべきでしょう。

ついでに言えば、ミルトン・フリードマンの息子デイヴィッド・フリードマンは有名な無政府資本主義者ですし*4ミルトン・フリードマン自身も、実際には可能でないとしつつ、もしできるなら「無政府リバタリアン( zero-government libertarian)になりたい」と述べたこともあります*5。ミーゼスの方がフリードマンより遥かに無政府資本主義に否定的です。

ところが、不思議なことに、オーストリアンの無政府主義者の方々は、ミーゼスを偽物の自由主義者とか社会主義者などと呼ぶことはまずありません。全く同じことを言っているのに、オーストリアンがフリードマンばかり攻撃し、ミーゼスを同じ理由で批判しないのは単なる党派的理由以外に考えられないと思いますが、いかがでしょうか?

ロスバード派のオーストリアンの主張がしばしば信頼できないのは、こうした選択的かつ恣意的な批判で、人によって評価を変えたりする点です。そもそも、歴史的に無政府主義を主張した自由主義者は殆どおらず、両者は違うものと認識されてきました。フリードマンやミーゼスの言い方はやや断定的過ぎるきらいはありますが、自由主義という言葉の歴史的な使用法からいってかなり正当性がある指摘です*6

なお、先ほどの文章に続けて、ミーゼスは次のようにも言っています。

自由主義の基本的な教義とは、社会的協力と分業は、生産手段の私的所有制、即ち、市場社会、資本主義の下でのみ達成できるということである。そのほか全ての自由主義の原理-民主主義、個人の自由、言論・出版の自由、宗教的寛容、国同士の平和-は、この基本的な前提の帰結である。それらは私有財産を基礎とした社会においてのみ実現しうるのである。」*7

反民主主義を掲げるロスバードやホッペとは違い、自由主義の原理に民主主義を含める点でもミーゼスはフリードマンと同意見です*8。ミーゼスがモンペルラン協会の第一回会合でフリードマンらと激論を交わし「お前たちはみな社会主義者の集団だ」と激怒して席をたったのは有名な話ですが、こういう点ではフリードマンとミーゼスの間に別に違いはないのです。

ロスバードの系譜をひく極端なオーストリアンのフリードマン批判は、少しでも自分たちと違うなら社会主義者とか偽物等という侮辱的レッテルを張る極端な白か黒かの二分法である上に、同じ基準を一貫して使っていない党派的なダブルスタンダードになっています。

一部のオーストリアンの方々*9の中には、減税や規制改革を唱えていても、自分たちとは介入の範囲が微妙に違うとか、オーストリア学派経済学ではなく新古典派とか何か別の経済学を信奉しているとかささやかな理由で、すぐに「お前は真の自由主義者ではない」とか攻撃的物言いで他人を批判する方が少なくないのは残念なことです。まあ、意見の相違はあって当然ですが、批判は事実に基づいたものであるべきですし、社会主義者や政府介入を批判するよりもずっと大きな熱量で「偽の自由主義者(だと彼らの思う人たち)」を攻撃するのはいかがなものでしょうか*10。小さな政府派は極めて少数派なのですから、最終的な目的地に微妙な違いはあっても、協力し合う方が賢明だと思います。フリードマンは実践的にはリバタリアンの細かな理論的相違は重要ではないと述べていますが、私も全く同意見です。

「様々なタイプのリバタリアンがいる。無政府リバタリアン即ち無政府主義者もいるし、制限された政府を支持するリバタリアニズムもある。彼らは多くの根本的価値観を共有している。究極的な源流までさかのぼれば彼らは異なっているけれども、実践的にはそれは重要ではない。私たちは同じ方向で働こうとしているのだから。」*11

自由な社会を実現するにはフリードマンのアドバイスに従った方が賢明だと思います。自由主義という言葉をやたらに狭く独特の方法で解釈し、何かあるとすぐ「お前は真の自由主義者ではない」と言い張るような態度はいかがなものかと思います。多様性と自由を重んじる思想なのですから、自由主義者は意見の相違にもっと寛容であるべきでしょう*12

*1:なお、次に紹介しているMasaomi Nakaoka氏の投稿をMr.Kite 氏もリポストしていますから、おそらく賛成されているのでしょう。

*2:Ludwig von Mises(1944), Omnipotent Government: The Rise of the Total State and Total War, Yale University, p.48. 太字強調は引用者による。

*3:ちなみに、これは『全能の政府』からの引用ですが、『自由主義』などミーゼスの他の著作でも同様の無政府主義批判が見られます。ミーゼスは生涯、無政府主義を支持せず小さな政府の支持者でした。

*4:D・フリードマンは私の最も好きな経済学者の一人です。国防や法律などの公共財の私的供給に難点があるのは事実ですが、政府という通常は非効率かつ強制的な手段を一切なしで済ませ、社会を自発的協力だけで運営していくことが出来ればそれに越したことはありません。ただ、現状ではそれは難しいし必要悪としての政府は当面存在するべきでしょう。

*5:Brian Doherty(1995) , "Best of Both Worlds: An Interview with Milton Friedman,"  Reason, June 1995.

*6:もしもオーストリアンの無政府資本主義者以外は自由主義者ではないというなら、フリードマンはもちろん、ロックもアダム・スミスもコブデンもJ・S・ミルもトクヴィルバスティアもミーゼスもハイエク自由主義者ではないでしょう。18-19世紀の自由主義革命も自由主義運動なるものも全く存在しなかったことになります。あなたが「自由主義者」という言葉を自分の好きなように好き勝手に定義して歴史的意味を無視して使うのだというのであれば話は別ですが、それは全く不合理な主張です。

*7:Ludwig von Mises(1944), Omnipotent Government: The Rise of the Total State and Total War, Yale University, p.48.

*8:ミーゼスには多くの欠点があったとは思います。特に実証を軽視した独断的姿勢には問題が少なくなかったと思います。しかし、彼はその自称後継者とは違い尊敬すべき自由主義者だったのは確かです。

*9:もちろんそうでない方もいます。

*10:減税派を攻撃的する方々の中には、専ら減税派を罵倒するのが専門になっているように見える方々がいます。減税派を批判できるなら誰の発言でも何でもとびついていてちょっと怖いくらいです。

*11:Brian Doherty(1995) , "Best of Both Worlds: An Interview with Milton Friedman,"  Reason, June 1995.

*12:意見が違うのは相手が邪悪だからでも馬鹿だからでもありません。事実や価値に関する判断の違いに基づく理性的な意見の相違というものは存在します。

交易条件について

少し前になりますが、昨年8月26日に中小企業診断士の竹上将人さんから、日本経済の停滞は実質賃金の停滞で、その原因は交易条件の悪化だから、リフレ政策は意味がないという趣旨のご意見をいただきました。

その際に竹上さんが根拠とされたのが次のグラフです。データの出所は社会保障審議会年金部会 年金財政における経済前提に関する専門委員会とありますから、こちらの資料でしょう。

しかし、このグラフを実質賃金低迷がもっぱら交易条件悪化である証拠として使うのは問題があります。それは元の資料にも書いてあることです。私は8月26~27日に次のような趣旨のお返事を書いて、このグラフを使うのは問題があることをお伝えしました。(1)実質賃金は長期的には生産性の問題で金融政策で解決できるものではないですし私自身、そのように主張しています。それに、(2)GDPデフレーターとCPIの乖離は交易条件の変化と厳密に一致するわけではなく、交易条件の悪化は原油価格高騰などで大体は説明できる話で、日本の競争力低下といった話とは必ずしも関係ないのです。この2つ目の論点について、私はかなり詳細にこの点を丁寧に説明したつもりです*1。その際の竹上さんのお返事は「少し時間をください」「影響度合いを知らないで使うわけにいかないので、いろいろ調査してみます」ということでした。

その後、これに関して特にお返事はいただいていませんが、どうやら竹上さんには納得いただけなかったようで、相変わらず同じグラフを何度も使いながら *2、交易条件を大変重視しておられるようです*3。それだけなら結構なのですが、「リフレ派は交易条件問題を矮小化しすぎ」*4「リフレ派系のインフルエンサーは…交易条件派の指摘は数が少ないのと、まともに反論できないから無視」*5しているとおっしゃっています。無視しているというご指摘は当たらないと思いますので、改めて書いておきます。

実質賃金の停滞を説明する要因として交易条件は確かに一定の役割は果たしていますが、GDPデフレーターとCPIの上昇率の差を交易条件と同一視するのは妥当ではありません。両者の乖離が生まれる理由は交易条件だけではないからです。竹上さんがお示しいただいた期間(1995-2021年)でGDPデフレーターとCPIの上昇率の差は0.58%ポイントとなっていますが、このうち、交易条件の影響とみなせるのは0.18%ポイントに過ぎません*6労働生産性と実質賃金の乖離1.02%ポイントのうち、0.58%ポイントが交易条件悪化が原因なら、賃金が上がらないのは交易条件のせいというのはもっともらしいですが、実際は僅か0.18%ポイントに過ぎないわけですから実質賃金低迷への影響は限定的と言えるでしょう。

GDPデフレーターとCPIの上昇率の差は日本だけでなく韓国でも大きいですし、交易条件の寄与と言える部分だけで比較すれば韓国(0.38%ポイント)、フィンランド(0.20%ポイント)、スウェーデン(0.17%ポイント)なども大きく、日本が極端に悪いわけではありません。賃金に限らず、この間の経済停滞を交易条件の悪化を主因として説明するのはやや無理があると思います。日本以外の交易条件悪化がみられる国が日本で生じたような長期停滞を経験しているとは言えないでしょう。

また、実質賃金に関しては、例えばデフレが進行し名目賃金が高止まりした場合は上昇しますが、それは失業の増加を伴うのが一般的です。実質賃金を使うのも経済厚生の尺度として必ずしも適切ではないと考えます。

出所:第3回社会保障審議会年金部会 年金財政における経済前提に関する専門委員会「委員からお求めのあった資料」令和5年4月5日

GDPデフレーターとCPIの上昇率の差が作成方法の違いに由来する部分が大きいことについては、竹上さんが出典としている社会保障審議会資料にも明確に書かれています。特に議事録にはこの要因が小さくない理由が解説されています。例えば、日本のCPIの品目のウェートの更新頻度が他国より少ない点、CPIのウエートをGDP統計に合わせて設定している国も多いが、日本ではGDPデフレーターとCPIでは異なるウェイトを採用していることなどが指摘されています*7。国際比較のデータを扱う際には、データの比較可能性に注意する必要があります。交易条件悪化を過度に強調する説明には注意が必要です。

以上が私からの反論になります。私がまともに反論していないとお考えになったのであればそれはそれで結構ですが、リフレ派が交易条件派の指摘を無視しているというのは全く当たりません。私だけでなくリフレ派の先生方も交易条件については様々な場で論文を書いたりご発言したりしておられます*8

交易条件を無視しているという批判をする前に相手の言っていることをきちんと読み、攻撃的なレッテル貼りをするのでなく、正しく紹介していただきたいと思います。例えば、竹上さんは原田泰先生のご論考*9を紹介したポストに対して、以下のようにコメントしておられます。

しかし、実際に問題の文章(ついでに言えば無料です)を読めば、原田先生が竹上さんの使用している図とは異なるGDP統計のデータを用いて分析していること(従ってこの図を見たら一目瞭然というのは不適切な注釈であること)、交易条件悪化に明確に言及していることが容易に確認できます。増税で説明できない「残りは交易条件の低下で説明できる」「増税と交易条件の低下がなければ、労働生産性と実質賃金はほぼ同じように伸びていた」というのがこの論文の結論です*10。「交易条件悪化を無視する」どころでないのは明らかでしょう。原田先生の交易条件に関する記述を無視しているのは竹上さんの方です。リフレ派を批判するにしても、きちんと内容を読んでから批判して欲しいと思います*11

 

*1:以下を参照()、ご質問にもそれが誤解であることをお答えしました(10 1112)。

*2:2025年9月18日9月22日10月13日11月18日11月20日(1)、11月20日(2)、12月16日12月21日12月27日12月28日12月29日

*3:例えば、2025年12月2日の投稿では、「僕はXで人気のある小さな政府論にも、高圧経済にも、リフレにも、ハンキンにも、財政破綻派にも、財政再建派にもどれにも反対です。あえて言うと交易条件派でありかつ大きな政府に近い考えです」と宣言されています。

*4:「リフレ派は交易条件問題を矮小化しすぎ。なんで、23年から改善しているから問題ないでしょとか、円安のせいではないよ。資源高のせいだよ。資源高が終われも終了するかのように言うんだ。日本の輸出構造の問題だから、2000年代からずーと悪化しているのに、今資源高も落ち着いて改善しましたとか、なんじゃそりゃ。」

*5:全文は以下の通り。「リフレ派系のインフルエンサーは噛ませ犬のように経済学に無知な財政破綻派を叩いて溜飲を下げている。交易条件派の指摘は数が少ないのと、まともに反論できないから無視。一度だけ片岡は交易条件の指摘について返信したが、竹上は間違っているが理由は言わないというヘンテコリンなもので。それに田中秀臣がブロック越しから人格批判➕リフレ派は昔から財政を重視していた。なぜなら俺がそうだから。とか言って被せてきた。お前の話しはしてないのだが。」この投稿の言葉遣いは控えめに言って上品ではないですね。ブロックされた、あるいは無視された、相手も攻撃している(と思う)からと言って、自分が何を言ってもいいというようなことはないです。常識ではないでしょうか。誰だって、「岩田は…間違いなく一番の糞」で「田中秀臣とかはショッカーに出てくるイーとか言っている戦闘員みたなもので」(2025年11月23日のX投稿)などと言っている方と真面目に議論する気がしなくなるのは当たり前ではないでしょうか。

*6:これは竹上さんがお示しいただいた資料にも書いてあります。

*7:例えば、議事録には次のような発言があります。「国内家計最終消費支出デフレーターと消費者物価指数の乖離は、算定方式の違い等と書いてありますけれども、実際にはカバーしている消費支出の範囲が違うという問題も結構重要。」(深尾京司委員長の発言。第2回社会保障審議会年金部会年金財政における経済前提に関する専門委員会 議事録)。「作成方法の差について各国のCPI統計の作成方法に違いがあることが影響しているのではないかという御指摘をいただきましたので、違いの1つとして、CPIのウエートの更新頻度を調べたものになります。日本は5年に一度ウエートを見直して基準年を更新することになっておるわけですが、この更新頻度は国によって様々でありまして、多くの国は日本よりも多い頻度で見直しているところであります。また、毎年ウエートを見直す連鎖基準方式を取っている国も多く見られたところです。 さらに、全ての国を調べ切れていませんので資料にはしなかったわけですが、ウエートをどのような統計から作成するかということについても違いが確認できたところであります。ちょっと御紹介いたしますと、日本のCPIは家計調査の2人以上世帯の消費バスケットにおいてウエートを設定しているのに対して、GDPデフレーターのほうは、SNA統計の中で推計しました単身世帯も含む全世帯の消費バスケットでウエートを設定しているところであります。 他国を調べてみますと、例えばイギリスやフランスなどヨーロッパ諸国では、CPIのウエートをGDP統計に合わせて設定している国も多くあったところでありまして、こういったCPIの作成方法は国によって違いが見られますので、それがCPIとGDPデフレーターの差に影響している可能性があると考えております。」(佐藤数理課長の発言。第3回社会保障審議会年金部会年金財政における経済前提に関する専門委員会 議事録

*8:仮に先生方からお返事がなかったとしても、人の時間は有限ですし、Xの投稿に対するあらゆる質問にいちいちお答えする義務はありません。見落としていることもあるでしょう。面倒なレッテル貼りや陳腐な質問、攻撃的な態度の相手に返信するのは誰だって疲れます。時間は効率的に使うものです。

*9:なぜ生産性が伸びても「賃金」があがらないのか…?若者を搾取する「日本資本主義の魔物」の正体(原田 泰) | マネー現代 | 講談社

*10:なぜ生産性が伸びても「賃金」があがらないのか…?若者を搾取する「日本資本主義の魔物」の正体(原田 泰) - 2ページ目 | マネー現代 | 講談社

*11:なお、余談ですが、「雇用者報酬でやれば下の図で言う雇主の社会負担と税・補助金が消えて格差は縮小するが、この2つは社会保障費に使われ可処分所得を落としていない」というご見解にはかなり驚きました。百歩譲って「社会保険料は保険であり将来戻ってくるから税ではなく負担ではない」という意見ならまだしもわかりますが(ただし支持はできませんが。これは雇主の提供する自発的に加入する企業年金には当てはまっても、強制的な賦課方式の現行の社会保障制度には当てはまりません。少なくとも社会保険料が現在の可処分所得を減らす負担であるのは定義上当たり前です)、税・補助金社会保障費に使われるから「可処分所得を落とさない」というのはかなり驚くべき主張です。そうであれば、いくら増税しても可処分所得は変わらない!という結論になります。税・補助金が全て社会保障費に使われているわけではないのは当然ですし、可処分所得というのはそもそも収入から税や社会保険料等を差し引いた残りですから、これは定義上あり得ない話です。

新年のご挨拶

 新年あけましておめでとうございます。本年もどうかよろしくお願いいたします。 昨年も本当にたくさんの方にお世話になりました。お世話になった先生方、様々なイベントに来てくださった皆様、読者の皆様に心より御礼申し上げます。

昨年は世界も日本も激動の一年でした。世界でも日本でも、左右の権威主義が猛威を振るい自由主義社会を脅かしている昨今ですが、左の共産主義であれ、右の国家主義であれ、たとえ最新流行の装いをしていても、その実態は、過去の破綻した思想の焼き直しに過ぎません。自由主義は依然として最良の選択肢です。

昨年はあまりブログ記事を掲載できませんでしたが、今年は昨年よりも少し投稿を増やすつもりでおります。自由市場経済の大切さ、経済史から得られる歴史の教訓、社会主義国家主義の危険性等を今年も地道に訴えていきたいと思っています。

当ブログをいつも愛読してくださっている読者の皆様、昨年に引き続き、今年もどうかよろしくお願いいたします。

皆様にとって今年が良い一年でありますように。

良いお年を!

皆様、いよいよ2025年も今日で終わりですね。今年は慌ただしくあまり体調もすぐれなかったこともあって、私自身は大したことができない一年になってしまいましたが*1、今年は日本でも世界でも大きな動きがありました。主なニュースとしては、トランプ政権誕生、トランプ関税の発動による世界経済の混乱、参議院選挙等での極右政党の伸長、高市政権誕生、台湾有事をめぐる日中関係の緊張、日銀の利上げ等があげられるでしょうが、経済面では米価高騰と貿易の混乱が続く、逆風続きの一年だったといえそうです。

世界的な潮流と言えますが、今年は排外主義的な陰謀論が猛威を振るった一年として記憶される年になるでしょう。1月に発足したトランプ政権は大統領令を乱発しながら矢継ぎ早に新しい政策を打ち出してきましたが、4月の相互関税発動は自由貿易体制を揺るがす大事件で、大きな衝撃を与えました。米国経済にも大混乱を招いたこともあって、その後トランプは関税の規模を縮小したものの、トランプ政権の予測不可能な行動には今後も強い警戒が必要です。

第一次政権では経済重視に見えたトランプ政権が米国経済にとっても不合理な関税を打ち出したことは驚きをもって迎えられましたが、ペンス副大統領をはじめとする伝統的な共和党保守派とMAGAの連立政権と言えた第一次トランプ政権と、アメリカ・ファーストを唱える新右翼を中核とする第二次トランプ政権は全く別の政権というべきです。トランプ政権の優先課題は文化戦争であり、関税は移民排斥*2同様、反グローバル化の象徴であり、経済合理性とは関係ない話です。関税はその意味でトランプ政権にとって手段というより目的であり、そう簡単にあきらめることはないはずです。

反対派メディアの報道の妨害、不都合な統計を公表した労働省統計局長の解任、FRBの独立性を脅かす露骨な介入、移民関税執行局(ICE)による超法規的な捜査と人権侵害、裁判所に対する圧力など、トランプ政権の政権運営は明らかに権威主義的な特徴を帯びています。関税をめぐる混乱から言ってもトランプ政権を有能な政権というのは無理がありますし、米国の民主主義にとって憂慮すべき事態が進行しているのは否定しがたいと思います。減税など評価できる政策もないとはいいませんが、長期的にはトランプ政権のようなポピュリズムと恣意的な行政は米国の制度的安定を脅かし、大きな政府につながっていくことになるでしょう*3

長らく安定していて、ポピュリズムとは無縁と思われてきた日本も今年は大きな変動がありました。参議院選挙で参政党をはじめとする極右政党が大きく伸長したことが話題になりました。地方選挙でも極右的な候補者が支持を伸ばし、各地で排外主義的なデモが相次ぐなど、今年は主にネットの中の存在だった排外主義がいよいよ現実の世界にも出てきた一年でした。幸いまだ死者が出るような事件は起きていませんが、デマ情報をもとに、外国人を非人間化し激しく攻撃する風潮はこのままいけば恐ろしい事態につながりかねません。

衆議院選に続いて参議院選に敗れた石破首相は退陣し、自民党総裁選に勝利した高市氏が首相になりましたが、高市政権発足後、極右政党の支持はやや下がっています。高市氏自身が総裁選では排外主義に迎合する発言を繰り返していましたから手放しでは喜べませんが*4、証拠に基づかない排外主義的な感情論に流された政策は結局は日本経済を害することになり誰のためにもなりません*5。現実的な政策をとってくれることを期待したいと思います。

移民政策や選択的夫婦別姓等に関しては大きく意見が異なりますが、アベノミクスを継承するという高市政権の基本的なスタンスに私は反対ではありません。ただ、残念なのは高市政権が現実にやっている政策はアベノミクスと大きく逆行している点です*6増税に頼らないと高市首相は言っていたはずですが、早速、防衛増税が決まり、金融所得課税や出国税増税も検討しているというのはおかしな話です。防衛増税で検討されている法人税増税は、安倍政権が引き下げた世界最高水準の法人税民主党時代のような状態に戻すアンチビジネスの政策です。高市政権はアベノミクスの何を継承したいのでしょうか。

日本経済には大胆な成長投資が必要という高市首相の持論は全くもっともです。日本には確かに投資が不足しています。しかし、その投資を政府主導の産業政策でやるというのはいただけません。産業政策は失敗の歴史です。かつて安倍元首相は「成長戦略の一丁目一番地は規制改革」だと述べましたが、サナエノミクスにはアベノミクスの第三の矢である民間投資を喚起する成長戦略、規制改革が不在です*7増税と規制強化では日本経済の再生はおぼつかないでしょう。高市首相にはアベノミクスをしっかり継承し、安倍元首相も果たせなかった岩盤規制打破、大胆な減税を断行してほしいと思います。

12月末には日銀が利上げを実施し、政策金利は0.75%に上昇しました。物価が米価以外は(輸入物価も含めて)極めて落ち着いている上に、7-9月のマイナス成長が発表された直後としては異例の措置ですが、年明け以降も日銀は利上げ路線を継続する見通しです。少々強気すぎないか懸念されるところです。経済情勢に合わせた調整は自然なことですが、拙速な引き締めでアベノミクスの第一の矢である金融緩和が揺らげば、サナエノミクスの成功はおぼつかないでしょう。相変わらず、金融政策決定会合前であるにもかかわらず、利上げの決定が事前に報道され、あろうことか財務大臣がその報道を事実上肯定してしまうなど情報管理の面でも失格としか言いようがない失態が相次ぎました。特にこれは経済安全保障を掲げる政権としてはあってはならないことです。与野党問わず、国会議員は重箱の隅をつつくような質疑に時間を空費するのではなく、日銀の情報管理の問題を徹底的に追及してほしいものです。

陰謀論の台頭、国際情勢の緊迫化で、自由主義的な秩序が内外で揺らいでいる昨今ですが、現在の混乱は決して自由主義の失敗ではありません。むしろ自由主義から世界が遠ざかり、自由市場の原則を放棄していることからきています。例えば、身近な話題ですが、米価高騰にしても、農業保護主義農水省の需要予測に基づく生産調整という統制経済の失敗がもたらしたものです。反グローバリズム国家社会主義の道は破滅への道でしかありません。2025年の締めくくりとしてはずいぶん重い話題が続いてしまいましたが、2026年は明るい一年となることを祈りたいものです。

読者の皆様,今年も大変お世話になりました。2026年が皆様にとって素晴らしい一年となりますように。2026年も自由の灯火を高く掲げていきましょう!それでは、良いお年を!

*1:前半は主に体調の問題で、後半は単純に忙しかったせいです。特に3月頃はイベントや書評のご依頼などお引き受けしていながら、お断りせざるをえずご迷惑をおかけしてしまった皆様に心よりお詫び申し上げたいと思います。

*2:トランプ政権発足以降、移民関税執行局(ICE)によるレイシャル・プロファイリングに基づく捜査、令状なしの逮捕、米国市民を誤って強制送還するなどの人権侵害が大きな問題になっていますが、非正規移民大量強制送還は農業や建設業の労働力不足を招き、米国のインフレ率の高止まり要因になっています。

*3:そもそもトランプ関税が自由貿易に真っ向から反する措置なのは言うまでもありません。その他にも、インテルの株式取得、医薬品価格への介入等のトランプ政権の政策は自由主義というよりは社会主義で、従来の共和党の路線からは大きく逸脱するものです。イーロン・マスク氏を招いて鳴り物入りの宣伝で設立されたDOGEは結局、マスク氏とトランプ大統領の対立で大きな混乱を招いた末に解体されました。米国経済の未来はあまり明るいものになりそうではありません。

トランプ政権の同盟国やウクライナ戦争へのコミットメントが揺らいでいる点も懸念されることです。米国が孤立主義に傾き過ぎないよう日米欧の関係を密にしていく必要があるでしょう。

*4:高市氏は政策重視の発言をされる方だと思っていましたから、奈良の鹿を外国人が虐待しているといった根拠の乏しい話を総裁選の演説会で話したのには失望しました。時間が限られている中でローカルな話題を話すのもどうかと思いますが、そもそも鹿を虐待する人は日本人でも外国人でも極めて少数で、国籍は無関係です。実際に事件は殆ど起きておらず、過去に逮捕された人物はいますが、日本人です(戯れ一転、頭突きに激怒 奈良の鹿死なせた罪、男に求刑 [奈良県]:朝日新聞)。殊更に外国人への偏見を煽るような話をするのはいかがなものでしょうか。一部の排外主義的ユーチューバーが騒いでいる根拠の不確かな話、しかも一部は捏造の疑いが濃厚な話を取り上げたのは極右に迎合したといわれても仕方ありません。高市氏は「外国人を逮捕しても通訳の手配が間に合わず、不起訴にせざるを得ない」といった発言もしていますが、これも完全にデマです(「通訳が間に合わず不起訴」 高市氏の発言、捜査の現場はどうみたか [高市早苗首相 自民党総裁]:朝日新聞)。

*5:参政党の外国人排斥、専業主婦優遇政策、極端に規模の大きい150兆円の国債発行による財政政策、保護主義、郵政などの再国有化、農家の公務員化等の国家社会主義的政策の問題点についてはXやYoutubeのチャンネルくららの番組などでも指摘されていただいていますが、近いうちにまとめたいと思っています。

*6:なお、極右の方々はなぜか安倍元首相が好きですが、そもそも観光客を受け入れ、移民受け入れを大幅に増やしたのは安倍政権でしたし、女性活躍を掲げて女性の雇用を大きく拡大したのも安倍政権です。ヘイトスピーチ解消法を制定したのも安倍政権です。

*7:ただし、「日本成長戦略本部」では減価償却費の一括計上を認める税制改正など民間投資を増やす減税が議論されており、これは歓迎すべきことです。産業政策ではなく大胆な減税と規制改革こそ、大胆な成長投資を成功させる鍵です。




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