一汁一菜でよいと至るまで を読んで、生活に変化が起きた - 下林明正のブログの流れで、民俗学を学びたいというよりは人生との折り合いの付け方のヒントを得たいという邪な思いで読んだ。
読む前から分かっていたような気もするけど、信仰によって折り合いを付けていたんだな、というのがざっくりとした感想。
ヒントを得るというよりは、むしろ現代は信仰の基盤が中途半端に破壊されたまま十分な代替手段が提案されていない過程にあるような気持ちが強くなってきて、なおさら難しいのでは?という感想になってきた。 労働の思想史 を読んだ - 下林明正のブログのときと同じ気持ちに戻ってきた感じ。
ただ、18世紀後半の江戸の時点で現世利益の観念が普遍化していたという記述もあり、自分がなんとなく思っていたよりもそういう場所・時代は長く続きながら拡大している最中なのかも知れないとも思った。
民俗学そのものについては充実したWikipediaを読み続けているような気分になった。 著者自身の考えというよりは、なるべくまんべんなく中立に色々紹介してくれているような印象。 ただ、自分が民俗学について何も知らないので、実際はめっちゃ偏っていたとしても気づくことはできない。
人生との折り合いの付け方に関してはここからどうすっかなあというところでいうと今のところ2つの流れがあって、ひとつは 夜と霧 を読んで印象的だったこと - 下林明正のブログ の流れで
を読んでみるという流れ(内容はよく知らない)。
もうひとつは 幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけない をざっと読み直した - 下林明正のブログ の流れで、マインドフルネスが禅から宗教色を薄めたものとするなら、むしろあえて禅について学んでみるという流れ。 宗教を価値観の提案だとすると、マインドフルネスが不安を受け入れる技巧なら、禅は不安を受け入れることと整合的な価値観を提案しているのではないか、という期待。 ただ、心が弱っている今のタイミングで価値観の提案を受けるのは危険な気配がしないでもない。 あと単純に、良さそうな本を探すのがめちゃくちゃ大変そう。
まあとりあえず、心が弱っているので何も考えずに活字をダラダラ読み込んでいるという面もある。 ので、なんか適当にダラダラ読んで、余計なことを考えようとする心の余白を潰したい(これはこれでコントロール戦略という感じもする)。 動画とかゲームで良いじゃんと思ったりもするけど、案外刺激が強くて今の自分では受け入れられないタイミングもまだ多いので、活字が無難という状況。活字は活字で疲れたりもするので、なかなか万能の手段というのは無いけど。