私がまだ見ていない陽明山にある石仏
台北天后宮、臨済護国禅寺、正願禅寺、北投地区を調査し、かつて多くのお遍路が拝んだ台北新四国八十八ヶ所霊場の石仏を見てきましたが、これら以外にもまだ見ぬ石仏が台湾には残されています。
88の石仏のうち、半数近くは残っていると言っても、すぐには見ることができない石仏、残ってはいるが正確な所在が不確定(未公表)の石仏もあります。
でも、一応正確な場所がわかっている未探索の石仏がいくつかあります。それらのほとんどは台北市北部の陽明山の中に点在しています。
陽明山を探検
ひとまず探索して見ることができそうな石仏は下記。
51番、64番、48番、55番、45番、46番、56番、70番は恐らく確認できるはず。
68番、44番は運が良ければ見ることができるかも(44番は可能性激低)。
それから、何番かはわからない(76番か77番の可能性大)けど、番号や寺院名が消され装飾されてしまったらしき薬師如来石仏が北投關渡宮古佛洞あります。
これらを探索する予定です。
ほとんどは陽明山か北投にあり、タクシーをチャーターすれば楽勝だと思いますが、道中の風景も見て、聞いて、感じたいという歩き遍路の本能が出てきてしまい、歩きたくて仕方ないです。
北投(關渡宮古佛洞)は離れているのでMRTで行くとして、それ以外はバスで奥地まで行ってから歩きたい。ざっと距離を計算すると20km少々。ただし山なのでアップダウンが激しい。でもこのくらいなら徒歩遍路にとっては楽勝の部類。
なので、天候さえ酷くならない状況なら陽明山を歩いてみようと思っています。
北投真言宗石窟建築群
それから北投よりにある丹鳳山という山にも行ってみようと思います。ここは日本統治時代には大師山と呼ばれており、真言宗の宗徒の聖地となっていた場所で、弘法大師岩石窟があり、謎の台灣幸福石もあります。
台北新四国八十八ヶ所霊場を巡拝していたお遍路さんも立ち寄ったと言われている場所です。
台灣幸福石は謎の石で、いつ、誰が、なぜこれを作って、なぜここにあったのかは判明していません。それなりに古そうではありますが、日本統治時代のものなのかもわかっていません。
「台湾よ永に幸なれ」と刻まれており、この付近で2004年に見つかり、今ではちゃんと設置されているそうです。
すぐ近くには恐らく87番の石仏があったと思われる法船石と呼ばれる祠跡もあります。これらも時間の許す限り探索してこようと思っています。
2025年2月に出発
諸事情でなかなか台湾に行くことができず状態でしたが、2025年の2月に行けることになりました。
しかしこうなってくると、観光旅行ではなく、個人の研究目的のためのフィールドワークです。
日本人が残した貴重な史跡が異国にあるにも関わらず、日本ではほとんど研究もされておらず、またほとんどの人が知りません。
誰もやったことがないからこそ、私がやるしかないと思っています。これが弘法大師様が私に授けた使命だとも感じています。
私が書いた現在日本で唯一の台北新四国八十八ヶ所霊場の書籍ですが、2025年2月以降、上述の内容を大幅に追記して、第二版(完全版)として新たに出す予定です。
恐らく4〜5月頃になると思いますが、興味のある人はその頃にチェックしてみてください。このブログでも告知します。また、現在は電子書籍のみですが、紙の普通の本(ペーパーバック)も用意する予定です。
今後、台湾の写し四国にも行ってみたいという人や、お遍路関係の札所寺院、団体、遍路宿、大学の研究者、私のような市井の研究者のバイブルとなれば本当に嬉しいです。
どこに何があるか、どうやって行けば良いのか、注意点やアドバイスを全て網羅する予定です。
私の台湾フィールドワークまとめ
まだかなり先の話ですが、今から計画を立て、情報を収集しています。
ちょうど2025年は台北新四国八十八ヶ所霊場創立100周年になります。私が探索の旅に出かけ、本を出すには最適な時期かもしれません。
マニアックな内容ではあるので、一般大衆受けは全くしませんが、きっと、今後(私が死んだ後も)どこかの誰かの役にたつ本を書きたいと思っています。
また、本に書けない内容は、私の台湾ブログに掲載します。
台北市は雨が多い場所でもあります。2月はそれほどではないと思いますが、どうか雨が降りませんように!お大師様お願いします。南無大師遍照金剛。





