10とも20ともいわれているが、いずれにせよ俗説だと思うのでどっちでもいい。
まず知能指数はどのような分布か。
知能指数は図のように正規分布(平均値・中央値・最頻値が一致し左右対称の分布となる)すると考えられています。平均値が100,標準偏差が15とされていますから、2標準偏差以下、すなわち70未満が明らかに低い、130以上が明らかに高いと判定されます(それぞれ全体の約2.1%になります)。ですから知能検査だけで知的障害を判定するのであれば、それが知的障害の割合ということになるのですが、実際にはすべての人に検査を行うわけではないことなどから、(以下省略)
一般的には正規分布だと考えられていて、でも全数検査じゃないから本当かどうかはわからないというところまではご理解いただけるだろう。
で、タイトルの件。このポストを見た時に、「はぁ?」って思った。
IQが10違うと会話が成立しない。
— ふろむだ (@fromdusktildawn) 2025年2月8日
とよく言われるけど、
自分よりIQが10以上高い人と会話するときは、分からない点について、単に分からないと言うのではなく、どこがどう分からなかったのかを、素早く、精緻に伝えれば、むしろ会話が弾んで、質の高い学びが得られることが多い。
先に脱線してからタイトルの件に行く。そもそも会話するときにIQの話先にする?「オレはIQ300だから」「わたしは120でお恥ずかしい」とかw。そんな奴らまあいないだろ。上の正規分布のグラフを見てもIQ300とか理論的にあり得ないけどね。検査方式によるらしいけど、せいぜい160が上限らしい。らしい連発なのはそこが論点じゃないから。
例えばまあまあ都市部のマンモス公立小学校があったとしよう。オレの時は当たり前でオレもそういう学校に通ってたけど、今は少子化だしあんまり無いかもしれないが。
公立だから、ある程度上記の分布グラフのような形で児童が存在することになる。実態として会話が成立しない?教員側はある程度選抜されているので分布の右半分側と想定できる。会話が成立しないなら、即学級崩壊じゃん。そのまま持ち上がってマンモス公立中学校では学級崩壊があったりしてTBSの商売にもなってたけど、その学級崩壊は別のファクターもあるしな。
家庭の中でもそうだ。親と子・兄弟姉妹が同じ程度のIQである可能性もあるが、異なる可能性もある。例えば親が普通のIQ100、子が仮に140くらいとしようか。40も違えば全然会話が成立しないことになる。そんな家庭ある?養育できないじゃん。
あ、オレ小学校の検査で142だったらしいよ、今調べたらどうかはわかんないけど。
