知っている作家がノーベル文学賞をとったのは、中国の莫言のとき依頼だったかもしれない。もう、村上春樹がノーベル文学賞をとるか、とらないか、みたいな話は擦られすぎていて話題になっていない、と思うけれど、作家としての値打ちや格はハン・ガンのほうがずっと上で、いまアジアの作家で受賞するならば、彼女だろう、と納得するものがある。彼女の作品に持続低音のように流れている痛みや喪失は、この「すべての、白いものたちの」という余白の多い本にも共通している。痛みは癒やしの過程に向かうのかもしれないし、さらなる破滅への向かうのかもしれない。たとえ傷が癒えようとも、傷を受ける前の状態に、戻ることはない。
傷跡が残る。
もう前にようには戻れない。
その不可逆性を知る作家のプロフィールに、光州出身であることが刻まれている。これにも運命めいたもの、というか、宿命めいたものを感じる。
物語に描かれる痛みに触れることで癒やされる。そのような癒やされ方もあるし、そのような癒やされ方を必要としている人間もいる。散文と韻文のあわいを感じさせる文章も「いまの気分」。