「小説家/デザイナー/批評家/編集者/いぬのせなか座主宰」という肩書きが著者のプロフィールには並んでいる。1992年生まれ。若い世代の作家。大江健三郎や保坂和志、あるいは現代詩など本書で扱われている対象のほとんどに馴染みがないのだが、「個々のテキストにはテキストを制作したとされる主体(当然、書き手そのものとはイコールで結ばれないフィクショナルなそれ)の思考と、それを取り囲み規定している環境が、埋め込まれている……そして詩や小説は、それら〈私+環境〉をどう並べるか、そのレイアウトの論理こそを試行錯誤し作り出している」というレイアウトの思考については面白く読んだ(著者の言わんとすることを正しく理解しているかはさておき)。あるいは保坂和志論で語られる「テクストの奥のリテラリズム(背後の意味)」から「表層のリテラリズム(見たままの画面)」、そして「手前側の生のリテラリズム(制作者がそのテクストを生み出す動きの反映……とでも言うのだろうか。これもちゃんと読めているのかはわからない)」、これも興味深く読んだ。たとえば、濱口竜介の、黒沢清の映画を見、そこで捉えられた〈現実〉に心が動かされているとき、それは「手前側の生」に動かされている……と言えるだろうか。