こんにちは、しーどらです。
5月に体調を崩してからずっとお休みだった同僚が辞めることが決まったのが、夏の終わり。スタッフ同士で穴埋めをして、なんとかやりくりをしている状態が続いていました。
先月末にやっと新しい方が来てくれることになりました。
先週初めてお会いしたのですが、まさかの息子と同い年でした😆
キーボードをたたく手の甲にシミひとつなくぷにぷにで、何をしても可愛らしい。
一方でパソコンのスキルはアラ還のおばさんよりも当たり前のように上なので、教えて頂くことも多そうです。
10年以上勤務している先輩方が中心になって業務を教えるわけですが、
「しーどらさん、○○は教えてあげておいて下さいね」と私にも一部お鉢が回って来ました。
年は重ねているものの、一番下っ端で楽チーンと思っていたのは、いつの頃だったか、同じ部署では気がつくと私より後に入ってきた人が5人にもなっていました。
私が教えるんですかぁ(*゚∀゚)=3
いざ自分が行っていることを言葉にして分かりやすく説明しようとすると、意外に難しいのです。
出勤して何も考えずに手を動かしてほぼストレスなくこなしていることですが、私がこの状態になるには何年もかかっており、そこには自分なりの頑張りもあったんだなぁと改めて感じました。
書類のファイリング先
電話の受け答え等はどこの職場にもあることでしょう。
面倒なのが、明文化されてはいない職場独自のルールです。
内側にいる人間にはツーカーですが、外から来た人には「なんのこっちゃ?」でしょう。
そういった事を含めて、色々なルールを私も職場の皆も覚えてきたわけです。
先週何十年かぶりに読み直し始めた井上ひさしさんの「四千万歩の男」の中に次のような一節があって、この文章を読むために、私は頁をくっていたのかと妙に納得しました。
他人に教える段になってはじめてはたと自分の知識がいかにあやふやなものであったかに気付かされるものでしてな、~中略~だれでもすくなくとも一度か二度はこの時の苦い気持ちを味わっておくべきでしょう~中略~間違ったことを教えてはならぬと思い、基本から再吟味するでしょう。
※井上ひさし「四千万歩の男」より一部抜粋
伊能忠敬の天文学の師匠である高橋至時が、忠敬が息子に学問を教えることによって自分の学問を定着させなさい、と示唆する場面での台詞です。
井上さんご自身の経験から出る言葉とも思われました。
同じ職場で働き続けて、いっぱしのパートのおばちゃんになれた気でおりましたが、いやはや後輩に仕事を教えることで、いかに自分が「なんとなく」で行っていたことが多かったのかに気付くのでした。
家に戻って仕事を始めた頃に作成したマニュアルを読み直してみると
自分で崩してしまう前の「基本」がきっちりと書かれていました。
人に教えるって本当に難しい。
けれど、たぶん一番自分のためにもなることなんでしょうね。

梅雨入りの頃に買い求めたクレマチス「エールフクシマ」が11月に入って初めてつぼみをつけました。うまく咲いてくれるとよいのですが…。
今日もおつきあい頂き、ありがとうございます。