こんにちは、しーどらです。
12月8日は長い一日でした。
朝起きて天気が良かったので、皇居尚蔵館に古書を見に出かけ、偶然一般公開していた皇居に入れたところまでは前のブログに書きました。
皇居内の散策を終えたところで、何故そう思ったんだろうと今でも不思議に思うのですが、夫と阿吽の呼吸で
「これから靖国神社に行ってみようか」という話になったのです。
GoogleMAPで見ると皇居の出口から歩いて17分の表示です。散歩の距離だねということで神社に向かいました。
アラ還夫婦は20代の頃から2人で都内をよく歩いて来たものです。
それでも靖国神社には行ったことがありませんでした。
2人とも右に傾いてはいませんが、一度は訪れなければという気持ちが何処かにありました。
皇居を出ると、真っ青な空の下、銀杏の巨木がそれは綺麗でした。

北の丸公園をぬけて武道館前を通ります。
武道館では全日本空手選手権が開催されており、肩に力の入った(ように見える)方を何人もお見かけしました。
皇居周辺って、何だか銅像が多いなぁ。
靖国神社前の信号が見えたので、歩道橋をわたると、今まであまりみたことのない大きな鳥居がありました。
少し中に入るのを躊躇うような威圧感を感じます。
神社の中は銀杏並木が黄葉していました。
訪れる人も多く、年配者だけではなく、学生さんや、小さな子供を連れた若い家族連れも見かけました。
小さな子供が銀杏の葉を両手で掬い上げてる姿が可愛らしい。
鳥居は3つありまして、本殿に近づくに従って小さく、優しい感じになっていきました。
参拝する人の列に並び、手を合わせました。
敷地の中には、お土産物屋さんもあり、ちょっとした休憩所を利用して軽食を取りました。
靖国神社を出て帰途につく途中、地下鉄の駅を目指してお堀端を歩いていると、今度は千鳥ヶ淵戦没者墓苑が目に入ってきました。
こうなったら今日は鎮魂の日だとばかりに、中に入りました。
菊の花が手向けられた静謐な空間がありました。
地下鉄と私鉄を乗り継いで帰宅。
さすがに疲れました。
🌟
疲れているのに、夜は土星食が見られるかと双眼鏡で夜空を眺め…。
土星食のブログを書いた後にある新聞記事を読みました。
光る君への時代にも土星食の観測が行われていたとの歴史コラムでした。
ドラマで 藤原道長の側近として描かれている藤原行成が土星食の観測記録を残しているそうです。
食(蝕)は不吉な事象ととらえられており、その頃に起こった地震と結びつけられていました。
私が今年初めて知った土星食を平安時代のお公家さんは当たり前のように観測し、記録を残していたのです。
土星は鎮星と書かれていました。
日本のお公家さん達、天体観測も行っていたなんて脱帽です。
夜空を見上げて記録していたのは陰陽師安倍晴明だけではなかったんですね。
そして、もう一つ。尚蔵館で私が見た国宝の書の解説文をよく読んでみると、作者藤原定信は、藤原行成から数えて五代目の直系の子孫でした。
Σ(・ω・ノ)ノ
藤原行成、道長も紫式部も、実在の人物ですが、私の中では半分実感の無いお伽噺、あるいは歴史の教科書の中だけにいる人達でした。
しかし、行成と年代もそこまで離れていない子孫が書いた文字を実際に目にすると、遠い過去と現在がすーっと繋がるのでした。
(本当にいたのね、平安貴族)
そして、これらの貴重な文字が戦火や自然災害にもあわずに虫にも食われずそのままの姿で残っていることにも驚きました。
公家の書を見る
土星食の観測
長い長い一日。
全く違うことをしていたようで、実は繋がっていたんですね。
12/22更新
こちらの神社の写真はアップしてはいけないようです🙇
アドバイスをくださった方ありがとうございました。
今日もおつきあい頂き、ありがとうございます(*^^*)