こんにちは、マスダーです。
最近、仕事探しをしていることもあり、個人事業主のWebサイトを作成し、SNSのプロフィール欄を更新しました。
このタイミングで、明確に「アジャイルコーチ」を名乗るようにしました。 いままでは、「アジャイルコーチ」を名乗ることを意図的に避けており、「スクラムマスター」や「アジャイル開発・スクラムの研修を実施している人」という表現をしていました。
今回、「アジャイルコーチ」と名乗るようになった覚悟の経緯を記します。
※色々と書いていたら、非常に長くなりました。
アジャイルコーチとの出会い
僕が、アジャイルコーチと初めて出会ったのは2014年でした。
僕が担当する機能開発のプロジェクトで、アジャイル開発を採用することとなり、山本 雄一郎さんがアジャイルコーチとして入っていただくことになりました。
当時の僕は、社会人経験も浅く、アジャイルという言葉を、そのプロジェクトで初めて知りました。当時の役割は、あくまで開発メンバーの一員でした。
その時のプロジェクトをきっかけに、アジャイルやスクラムに興味を持つようになりました。
スクラムに興味を持つ
その後、しばらくアジャイル開発と離れていましたが、2015年の夏、アジャイル開発に取り組んでいる新規事業で仕事をすることになりました。
当時はスクラムの要素を取り入れた開発をしており、スクラムマスターに近い動きをされている方がいらっしいました。
その方が、たまたまスクラムイベントの日をお休みすることになり、スプリントレトロスペクティブのファシリテーションを僕が担当することになりました。このタイミングをきっかけにスクラムマスターをやりたいという思いが強くなり、その後スクラムマスターを担当することになりました。
その方が、「スクラムマスダー」という名前をつけてくださったことは今も感謝しています。
また、2015年頃から、所属していた会社が技術コミュニティに会場を貸す活動を始め、そのことをきっかけに僕もコミュニティ活動に興味を持つようになりました。技術系ポッドキャストがあることを同僚から教えてもらい、アジャイルラジオなどいくつかの番組を聞き始めました。
スクラム道関西との出会いとアジャイルコーチ像の確立
2016年、山本 雄一郎さんから「今日、新大阪で、スクラム道関西の定例するので、来ませんか?」と連絡をいただき、スクラム道関西のイベントに初めて参加することになりました。
定例で、Akiさんと初めて出会い、二人目のアジャイルコーチと出会いました。
その後、スクラム道関西に参加する中で、原田 騎郎さん、山根 英次さんにも出会い、アジャイルコーチとしてお仕事をされている方と関わる機会が増えました。
幸運にも、スクラム道関西の運営に携わり、アジャイルコーチの方々と多くお話いただく機会を得ることができました。
「アジャイルコーチとは、アジャイル開発の実践経験があり、通常では計り知れないようなエンジニアリング・コーチング・ティーチングなどのスキルと知識を持ち、技術書の出版やカンファレンスの登壇をしている方々が名乗れるロールである」と、僕は理解しました。
そして、将来アジャイルコーチになりたいとも思うようになりました。
さらなる出会いとRSGT2018への参加
2017年には、同じ関西在住の中村 洋さん、大友 聡之さん、スクラム道関西のイベントに参加してくださった永瀬 美穂さんとお会いすることができました。
そして、2018年、スクラムのカンファレンスであるRSGTに初めて参加することができました。
RSGTでは、スクラム道関西のもととなるスクラム道を運営されていた吉羽 龍太郎さん、木村 卓央さん、高江洲 睦さんともお会いすることができました。
彼・彼女らとお会いしたことで、アジャイルコーチを名乗るには、RSGTに登壇するレベルの活躍が必要だと、僕の中で強く思うことになりました。
個人事業主としてスクラムマスターを名乗る
個人事業主として独立したタイミングで、アジャイルコーチを名乗るチャンスはありました。
実際に、複数のアジャイルコーチをされている方に、相談させていただいていました。
御縁もあって業務委託のスクラムマスターでお仕事をさせていただけることになり、「アジャイルコーチではなく、スクラムマスターという肩書きで仕事をしよう」という決意になったのです。
スクラムマスターとアジャイルコーチは、僕の中では明確に異なっているからです。
スクラムマスターを名乗れば、アジャイルコーチを名乗る必要はないという安心感もありました。
僕のスキルも知識も実績も、アジャイルコーチを名乗れるには、まだまだ到達していないとい感じていたからです。
アジャイルコーチを名乗ってよいのか?
2024年は、いくつか新しいチャレンジをすることになりました。
仕事において、2024年12月で、スクラムマスターとしてお仕事をしているお客様との契約終了となることが、夏頃にわかりました。10月頃からスクラムマスターではなく、スクラムマスターを支援する立場でお仕事をすることになりました。スクラムマスターをティーチング・コーチング・メンタリングする仕事です。
2025年から新規の仕事を探す必要があり、自身のWebサイトを作ることを思いつき、自分が提供できるロールについて考えるようになりました。
技術書の執筆をする機会をいただきました。また、2019年から続けていた技術書のレビューも、かなりの数になっていました。
ゲーム業界のカンファレンスであるCEDEC2024で、3度目の登壇をしました。CEDEC2021で登壇した際には、「1万人弱参加する技術カンファレンスで、登壇することなんて、この先ないだろう」と思っていました。
参加した研修で、同じ研修を受ける方から、「マスダーさんからも学びたいと思い、一緒に研修グループを選びました」と伝えていただきました。
アジャイル開発実践者の方から「マスダーさんが言っていた◯◯を実践しています」と伝えていただきました。
上記のようなことがあり、「もしかして、新しく仕事を探す際に、アジャイルコーチを名乗ってよいのか?」と思うようになりました。
スクラム道関西の忘年会
2024年11月にあった、スクラム道関西の忘年会が、ターニングポイントでした。
原田 騎郎さんが参加者全員に対して「アジャイルコーチの人、手を挙げて!」という場面がありました。
山根 英次さんは、もちろんすぐに手を挙げていました。
僕は、「アジャイルコーチとして仕事したことないな」と、手を挙げていませんでした。
しかし、隣に座っていた山本 雄一郎さんから「マスダーもアジャイルコーチでしょ。手を挙げなあかんで。」と伝えてもらいました。
そして、僕は、手を挙げることにしました。
そして、僕は、「山本さんは、僕のことをアジャイルコーチと思ってくれているだな。山根さんも手を挙げている中で、同じロールを名乗ってよいのか!」となったのです。
おわりに
僕の中で、アジャイルコーチを名乗るには、非常に重い決断で、覚悟のいることでした。
アジャイルコーチとは、アジャイル開発の実践経験があり、通常では計り知れないようなエンジニアリング・コーチング・ティーチングなどのスキルと知識を持ち、技術書の出版やカンファレンスの登壇をしている方々が名乗れるロールである
アジャイルコーチの方々と出会ったときに感じたことからは、一切変わっていません。
それでも、アジャイル開発と出会って10年経過して、アジャイルコーチとして名乗れるスタートラインには立てたのかもしれないと、最近思えるようになりました。
まだRSGTに登壇したこともないですし、アジャイル開発を中心にスキルも知識も未熟です。
アジャイルコーチは、将来なりたい憧れのロールだったのも事実なので、憧れるのを諦めて、名乗る覚悟をしたという話でした。