昨年初参加を果たし、やり残したこともあるため沖縄にはまた来なくてはならないと考えていたのですが、今年もやって来ることができました。ニライカナイ橋であまりに美しい海の姿を眺めながら南国の強い風に吹かれる時間は特別なもので、二度目の今回も心に残る体験となりました。




しかしコースは、朝は暗くて足元も海も見えず、日中の大半は狭い歩道でどこを走っているのかも分かりにくく、車も草木も突然飛び出してくるといった、精神的には結構タフなものです。しかもワンウェイではなく往復ですし。絶景だけを心の支えにしては、100kmは走れないと思います。




今回は足裏の調子がよくなかったこともあり、“100kmってこんなに長かったっけ?”と何度か思う程苦しい展開になったのですが、行く先々で小さなお子さんからおじいちゃんおばあちゃんまでが公設・私設エイドや声援で支えて下さり、力をいただきました。荷物預かり、誘導などでも学生さんや地元の皆様に支えていただきました。この大会の大きな魅力の一つがニライカナイ橋の絶景であることは間違いありませんが、それ以上にこの素晴らしい応援があってこそだと実感する旅路になりました。








沖縄の温暖な空気の中、ご当地給食が弾けるエイドも特筆すべきものです。ストレルカ、黒糖塩まんじゅう、もずくスープ、沖縄そばは登場した全ての機会で完食し、じゅーしー(炊き込みご飯)、ポーク玉子おにぎり、塩おにぎり、紅いもっちー、パイナップル、サーターアンダギーも沢山いただきました。勿論沖縄といえば黒糖も外せません。ウルトラを言い訳に食べ放題です。








走りは、終盤まで調子が上がらないまま走り続けることとなり、心拍数が上がらない割に厳しい展開となりました。前半でマイカップを落とす失態で凹んだのも影響したと思います(※その後どうなったかは本文で)。しかし走りが不発でも最終盤まで食べ続けることで見せ場も作れましたし、その点はよかったです。一応歩くことはなく9時間55分台でした。(130bpm, 170spm, ストライド0.96m, 上下動比6.4%, 上下動6.2cm, 左右接地時間バランス49.0%:51.0%, 接地時間259ms, エボライドスピード3)。




観光は、必ず訪れなくてはならないと思っていたひめゆりの塔と平和祈念公園を巡り、目を背けてはならない沖縄戦の歴史と向き合ってきました。大人になったからこそ、行くべき場所だと強く思いました。一人一人に、平和を守っていく責務があります。




二泊とはいえできるだけ滞在時間を長く確保したことが功を奏し、ゴーヤチャンプルーにふーちゃんぷるーなどの沖縄料理、パンや郷土菓子なども味わえて、沖縄のいくつもの面を知ることのできた三日間でした。








与那原町、南城市、八重瀬町、糸満市の皆様、今年も素敵な大会を作り上げていただきありがとうございました!また必ず会いに来たいと思いますので、よろしくお願いいたします!






昨年は中盤から晴れたものの、気温は今年より低かったようです。初めてのニライカナイは強烈な体験でした。
本当に残念なことに終了してしまったおきなわマラソン。気候と坂はきつくとも、また走りたいと思える素敵な大会でした。ありがとうございました。
100kmで毎年参加している大会と言えば奥熊野いだ天ウルトラマラソンです。来年も皆様の分も走ってきますので、またかの地でお会いしましょう。
続きのページには、最終盤までおいしくいただいたエイドの様子、かなり細かく調べたコースの詳細、真面目なものからそうでないものもある沖縄観光情報など、写真も交えて綴っています。楽しさは伝わると思います。
コメント、スター、↓のバナークリック、SNSでもなんでもいいので読者の存在をお知らせいただけますと、私がゴーヤと豆腐と何か得体のしれないものを炒めます。
これで年内の大会は終了です。次回予告は、“年の初めは菜の花咲くあの場所へ”です。
前日
一年ぶりの沖縄へ
7時半までたっぷりと眠り、37分軽く走ってから朝食も普通に食べます。白菜、ほうれん草、人参と豚バラの酒蒸しでした。山代温泉ゆせん玉子も付けています。


今回もスカイマーク様パワーによりお安く那覇に行くことができました。
往路:神戸11:35発→那覇13:55着いま得9,940円
復路:那覇19:55発→神戸21:45着いま得8,540円
と昨年とほぼ同じくらいに収まりました。

移動中読書は、渡貫淳子さんの『南極ではたらく かあちゃん、調理隊員になる』でした(弘前で購入した本です)。調理学校で働き、子育てを経た後、思い立って南極観測隊の調理隊員になった女性の体験談ですが、南極観測隊の食事については全く知らなかったため、大変興味深く読めました。隊員同士喧嘩してしまっても共通の目的のためにどうにか乗り越える場面は、日常とは大きく離れた世界のこととはいえ、参考になります。
雨の沖縄で前日準備
前日受付
那覇空港の時点で既に雨。レース以外で濡れるのは嬉しくありませんが、しょっちゅう大会に出ていればこんなこともあります。ゆいレールはICOCAが使えて便利ですし、始発ゆえに座ることもできました。旭橋駅も慣れたものです。

前日受付会場は、琉球新報社1F広場です。昨年もそうでしたが、それ程無理ににぎやかさを演出するでもなく、割と大人しい感じです。こちらでナンバーカード、手荷物預け袋、ジェルなどの参加賞を受け取ります。


一旦宿にチェックインして荷物の整理をしているうちに雨が小降りになってくれたので、これ幸いと歩いて食料の調達に出かけました。



パン活
- 楽園スイーツポールシュガーさん
金時芋とカスタードのクロワッサンは、石川県産の五郎島金時を使っているということで、遥々海を渡って来たのかと買わずにはいられませんでした。カスタードクリームの甘みと、石川の味のコラボは良かったです。ミニチョコレートパイは、想像以上にザクっとしたビスケット感強めの生地がこれまたおいしかったです。




- パン・ド・マインさん
昨年おいしく、まだ食べてみたいパンもあったため再訪。バジルベーコンといちじくライ麦をチョイスしました。ハード系なので噛む喜びもあります。そしてよく噛むと一層うまし。




- 焼き立てパンの店かめしまさん
おそらく地域で指折りの老舗です。昨年とは違う店舗(松山公園の近く)にお邪魔しました。17時頃ですのでほぼほぼ売り切れでしたが、くるみチーズを買えました。普通のパンだろうと侮るなかれ、ものすごく柔らかくて驚きました(侮っていたんかい)。あまりに柔らかかったので、翌朝の分を取っておくこともできずに食べ切ってしまいました。



夕食
今年もやっぱりお食事処みかどさんにしました。迷うことなくゴーヤチャンプルーを選びましたが、卵、豆腐にスパムのボリューム感に加え、出汁の味が利いていて本当においしいです。厨房を見ているとテキパキと複数の鍋を捌いておられたのですが、ゴーヤと豆腐は割と長い時間強めの火力で加熱しているようでした。


お宿
ホテルピースランド久米さんにしました。コンドミニアムタイプで洗濯機が部屋にあり、冷蔵庫も大きく、長期滞在も可能な仕様になっています。二泊11,400円という大特価でした。


旭橋駅前のバス乗り場へは歩道橋を渡る必要はありますが、それでも10分はかからないので、楽勝です。今回こちらに泊めていただけて本当によかったです。


リウボウ食品館さんで買ったご当地牛乳を味わい、アミノ酸を摂取してから就寝です。


レース当日
レース前
与那古浜公園へ
9時消灯2:40起床です。結構寝たかなと思って時計を見ると23時ということもあり、緊張しながらの睡眠になりました。エアコンは遠慮して着けなかったのですが、少し暑かったかもしれません。窓ガラスは分厚いので、意外と街の騒音も気になりませんでした。
朝食はゆで卵、プロテインバー1本と牛乳のみです。スタート前にバナナも食べられますから。テーピングや一通りの装備を整えてから出発です。腸は目覚めずとも一日問題はありませんでした。

往復のシャトルバスはモノレール旭橋駅発にしました(往復3,000円)。3:18には停留所に着きましたが、なかなか乗り込めないのはいつものこと。一台目は(おそらく補助席も使って)満員で出発し、二台目に乗車できました。3:45くらい発になったと思います。

4:08頃に会場に到着しました。幸い雨はほとんど降っておらず、落ち着いて準備することができました。去年は月がきれいでしたが、今年は厚い雲に覆われており気配すら感じられません。


今年もスタート前給水でバナナ、アミノバイタルを摂取し、ジェルフラスクに水を入れて溶かし、ゲン担ぎの別所のかすていらもおいしくいただきました。


スタート前に念のためトイレに行っておきました。これで昨年のように暗い時間にトイレに行きたくなることはないでしょう。スタート地点までは少し歩きますが、少々遅れても問題はありません。6時間や8時間を目標にする方々もいるくらいですから、そんなところに間違って入ろうものなら大変な目に遭います。

【ちょっと真面目な話】
練習
養老山地トレイルは全く頑張らなかったので、そのまま練習を継続しました。足裏は完治してはいないものの、脛を前傾させる感覚をイメージすることで大殿筋も使えるようになったのか、ジョグも速くなり、閾値走10kmも40分を切れるところまで戻ってきました。
100kmは心肺機能的には質の低い練習になり、その後数日は上げられないので、前週にある程度しっかり練習を積み、翌週以降も見据えます。この辺りは昨年と同じです。
土曜:養老山地トレラン(1時間53分台)
日曜:有酸素ジョグ130分(25.4km, Zone3 ライトレーサー5)、スロージョグ39分(4.4km ハイパースピード2)
月曜:トレッドミル60分(10km, 1.5% エボライドスピード)
火曜:有酸素ジョグ76分(15.2km, Zone3 ライトレーサー6)、夜スロージョグ48分、懸垂逆上がり、懸垂(6km ボメロ18)
水曜:閾値走10km(40:23, ターサーRP3)、夜スロージョグ52分(6.6km エアロ20R)
木曜:夜スロージョグ84分(10.4km ライトレーサー4)
金曜:有酸素ジョグ71分(14.2km, Zone3 ソーティマジックLT2)
土曜:有酸素ジョグ147分(28.6km, Zone3,白山ひめ神社, パン活、休みあり ライトレーサー5)、夜スロージョグ36分(4.4km デュエルソニック3)
日曜:有酸素ジョグ130分(22.2km, Zone1 ズームフライ5黒)
月曜:有酸素ジョグ35分(7km, Zone3 ハイパースピード4)、夜スロージョグ50分(6.4km エアロ)
火曜:閾値走10km(39:45, ターサーRP3)
水曜:有酸素ジョグ61分(12.4km, Zone3 ライトレーサー6)、夜スロージョグ43分、懸垂逆上がり、懸垂(5.5km ボメロ18)
木曜:有酸素ジョグ60分(9.04km, Zone2)、夜トレッドミル60分(10km, 1.5% エボライドスピード)
金曜:有酸素ジョグ60分(12.08km, Zone3 ハイパースピード4)
土曜:有酸素ジョグ37分(7km, Zone2 ライトレーサー6)
ガーミンさんは見たことないくらいの数字を示していますが、判定基準が変わったのでしょうか。


シューズ
エボライドスピード3さんです。厚底カーボンはウルトラにはかえってよろしくないのではと思ったため、試してみました。初代エボライドでは、東尋坊愛のマラニック103km、いわて銀河、えちご・くびき野を走っていて相性もよかったので、いけると判断しました。


装備
いつものウルトラマラソン装備です。アンダーアーマー半袖、TIGORAアームカバー(夏用の涼しいもの)、ミズノバイオギア、ミズノマルチポケットパンツ、ニューハレ踵二重にザムストソックス(今年は忘れませんでした)です。

キャップは今年もオホーツク網走過去大会のもの(黒くてかっこいい)にしました。サンシェードも中間点への荷物袋に入れておきます。昨年の暗さに懲りたので、ヘッドライトも持参しました。東急ハンズで買ったジェントスの安いモデルです。

持ち物
エイドの充実ぶりからしてほぼ不要です。補充用のアミノ酸とジェルフラスコ一つだけ携帯します。折角なので佐渡トキマラソンのマイカップにしました。

中間点への荷物には、サンシェード、日焼け止めとアミノバイタル粉数袋とアミノプロテインのみ入れておきました。
レース
序盤~前半
- 序盤(ヘッドライト先生大活躍)
スタート直後は会場を回ります。1kmの入りはキロ6分10秒台で、昨年の5分40秒台と比べても遅く、早くも弱気になります。暗くて何も見えない海沿いの道も、最後に戻ってくることを楽しみに走れます。昨年の経験がありますので、終盤の素晴らしい景色もよくわかっています。
4km程行くといよいよ鬼門の歩道に入ります。昨年ヘッドライトを持参せず恐ろしい思いをしたのですが、今年は必携になったこともありジェントスの安いものを持って来ました。これがあるとないとでは大違いで、まずポールや道路の反射板がよく見えますし、縦横の段差や街路樹の撤去跡なども予測がつくので大助かりです。たまにライトの角度を変えると一気に視界が暗くなったので、少々邪魔に思えても装着した方が身のためです。
最初のエイドは6.8km。ここだけは混雑を考慮して紙コップがあるので、ありがたく使わせていただきました。この時間帯だと真っ暗ですので、写真を撮ろうという気にもなりません。視覚で伝えるのは無理で、語るしかありません。しかし“歩道が暗くて怖かった”という話を延々聞きたいという人もいないでしょう。
- 前半①(ヘッドライト先生のお陰で給食が見える)
10.8kmのエイドでは、プチケーキとみかんを用意していただいていましたので、共にいただきました。ここでもヘッドライトがあると給食がよく見えます。この少し先まで行くと暗さと狭さで恐怖いっぱいの歩道は概ね終わりだったと思います。

12.4kmのエイドは水だけと見せかけて早くも黒糖が登場します。予想できていなかったため写真は逃しましたが、沖縄といえば黒糖だとありがたく味わいました。
14km過ぎくらいで、斜度10%はあると思われる上りがあります。コース全体で本当に急な坂はここと百名ビーチから橋へと上る辺りくらいだと思いますが、まずは挨拶代わりに上らされる感じです。一番急なエリアを上っても、エイド(知念岬公園?)までは緩やかな上りも続き、実は結構しんどいということを知りました。
15.3kmの給食エイドではパイナップルとストレルカをいただきました。今回初登場のメニューですので、楽しみにしていました。響きからてっきりロシアのお菓子かと思い込んでいたのですが、調べてみるとロシアは関係なさそうで意表を突かれました。パイ生地と中のしっとりスポンジがおいしいです。

エイドを旅立ってからも少し上ります。その後急坂を下り、サトウキビ畑?の間を進みます。18.0kmエイドでは黒糖が待っていてくれます。今年は天気が天気だけに、雨は涼しいものの、明るくなる時間が昨年より遅い気がしました。


20kmは1:55:58でした。昨年はトイレでもたついたりして1:54:51だったので、それと比べると誤差では済まないくらい遅いです。しかし序盤の暗闇で無駄なダメージを負わずに済んだので、今回はいけるはずとも思っていました。

- 前半②(ようやくの日の出から奥武島巡り)
20.7kmでは少年野球チームの子供たちがドリンク、サーターアンダギーやパンを用意して元気いっぱいに進めてくれます。最初にパンを食べてから、見落とすことなくサーターアンダギーをいただき、ここでのミッションは完了です。この1kmは6:10でした。



この辺りで漸くヘッドライトは不要になったと判断し、オフにして腰のポケットにねじ込みました。昨年は百名ビーチはきれいに見えるようになっていましたが、まだ暗かったように思います。足元はよく見えないのですが、雨の影響でぬかるみになっている箇所があり、足を取られかけました。

右折して海から離れると、奥熊野いだ天の中盤(久保宅辺り)のような気配が漂う上りに入ります。でもすぐに22.6kmエイドで休めます。今年もさんぴん茶をいただきました。

この先、坂の角度は急になりますが、距離はそう長くないので何とかなるレベルです。高架で眺望のいい場所は最初の方だけですので、しっかり見ておきましょう。


24.2kmのエイドでも黒糖をいただきます。この先の下りの歩道は狭いのですが、エイドで油を売っているうちに丁度空いているタイミングになりラッキーでした。短い時間ながら前方に海も見えて沖縄らしさを感じられます。



奥武島へと向かう橋を渡って左折したところには、今年も私設エイドでお餅を焼いてお汁粉を作って下さる男性がおられました。期待していたので嬉しかったです。写真はうまく撮れませんでしたが、富士山のきぐるみも健在でした。


私設エイドから100mくらいで26.9kmの大規模エイドです。ジューシー(炊き込みご飯)、ポーク玉子おにぎり、沖縄そば、もずくスープ、パイナップル、黒糖塩まんじゅうといったご当地メニューが勢ぞろいです。加齢による胃腸の衰えもあるとは思いますが、とても食べ切れません。


こちらでジューシーを選択したところ、”売れた!”と随分喜んでいただけました。沖縄そばは小さいコップに入れていただいた方をおいしくいただきました。もずくスープも完食し、お腹いっぱいです。

この1kmに9:58かかっています。昨年は8:34だったのですが、走っている区間でのスピードの差もあるのかもしれません。

エイドの後は軽く坂を上り、奥武島を一周します。堤防のアートはここだったかなと思いながら走っていましたが、変わらず海沿いを彩っていてよかったです。

橋を渡って左折し、少し上って信号待ちで休み、“本当にこの歩道で合っているのか?”と思うくらい逞しい樹木に衝突しながら(※払いのけてもどかせない)進んでいるうちに30kmです。昨年の30kmは丁度橋の上だったはずですが、今年は橋の手前でした。ここからもう一度海を眺められます。2時間57分台でした。



30.5kmは水分だけだったと思いますが、今年も33.0kmでは塩おにぎりをおいしくいただきました。できるだけ食べた方が盛り上がりますし、応援もしていただけます。33.33kmは手元3:15:19で、いつもより遅いことに不安を感じました。

中盤
- 中盤①(さよならマイカップ)
35km手前の上りもだらだらと長いのですが、私設エイドの男性がみかんを持っていて下さったので、ありがたくいただきました。上りでの粋なお心遣いが沁みます。


35kmの表示を過ぎて2分程で糸満市に入り、大きく曲がると35.5kmのエイドです。ここで異変に気付きます。さっきまであったはずのマイカップがないということに。この2kmの間で落としてしまったようでテンションだだ下がりです。残りの2/3をどうすればよいというのでしょう。まあ“この先いくつかあるはずの紙コップが手に入るまではジェルフラスクで凌ぎ、その先は紙コップが破れるまでリサイクルするしかない”と瞬時に悟りましたが。凹んでいても仕方ないので、黒糖とみかんをいただいてから下りに入ります。ゴミを落としてしまいすみませんでした。





下り坂の途中では平和祈念公園の横を通り、沖縄戦の重い歴史を思います。ウルトラでは中に入りませんが、明日はきっと来ようと考えながら走っていきます。37.0kmではみかんをいただきました。エイドが沢山あることが心の支えです。
そのまま直進すればひめゆりの塔なのですが、ジョン万次郎上陸の地の表示を見た後に左折して下りに入ります。平和創造の森公園の方へと迂回するルートとなっています。ちなみに、ジョン万次郎上陸の地に立つには、更に海の方へと進む必要があります。

39.4kmエイドでも黒糖をいただき、40kmを3:53:11で通過します。いつもの100kmと比べて余裕がなく、なんだか長く感じます。
高低図的には75km以降のピンクゾーンが目立ちますし、傾斜はそこまででもないのですが、上っている時間はそれなりに長い(2kmくらい?)あるので、歩いておられる方もちらほら見かけました。平和創造の森公園の二つのゲートは改修中でしたが、ここを過ぎれば一応一段落です。

トップ選手が60kmを通過しようかというところくらいですれ違いました。手元42.195kmで4時間4分台でした。昨年3時間57分台だったことと比べても、調子の悪さは否定できません。しかし現実を受け入れて進むしかありません。

- 中盤②(糸満市役所大エイドを目指して)
一応一段落と書いておきながらなんですが、コース誘導の方に案内していただきながら左折するともう一上りです。油断しているとだれそうな展開です。地図では分かりにくいのですが、県道3号線を進んでいたはずです。43.3kmエイドではまたもおにぎりをいただきました。この先も一気に下るわけではなく、“海があまり見えないな”と思いながら軽く下ります。


ここ数キロは尿意を感じていましたので、復路で56.8kmエイドになる場所にある常設トイレを使って安心を得ます。ただでさえ給水に難がありますので(※自業自得)、少しでも早めに不安の芽を摘むことにしました。44.6kmエイドでは黒糖もいただいています。


その後にようやく北名城ビーチも見える場所があり、やはり沖縄の碧い海の姿は励みになります。琉球ガラス村の案内表示を見た後も淡々と進むと、ようやく見覚えのある幹線道路に出ます。ここまで来れば糸満市役所も近いと前向きな気持ちになる反面、これくらいの距離で一喜一憂するとは相当弱っているのではという気にもなります。

この直線も信号待ちを挟みますが、距離はそう長くありません。左折してすぐの47.6kmエイドでもジェルフラスク給水ですから不便でなりません(※繰り返しますが自業自得です)。
ここから糸満市役所までは街路樹の中、海沿いの道を行きます。走っているとよくわからなかったのですが、地図で見ると大きく迂回していたようです。南浜公園にもトイレがありますので、いざという時は頼れます。橋からは左手に糸満の海が望める往路こそ見所ですので、走られる方は見逃さないようにしましょう。


糸満市役所が近づいてきたところでは、小さな男の子が“みかんあるよ!売り切れるよ!”と差し出してくれたので、しっかり止まってお礼を言っていただきました。ありがとう。

糸満市役所の敷地に入るには横断歩道を渡りぐるっと回る必要があるのですが、いつかは辿り着きます。エイド直前の50km地点で4:48:42でした。昨年は4:39:39でしたので、かなりまずい展開になっていると思いました。しかし焦ってもどうにもならないので、できることを淡々とやるしかありません。そう、まずは補給からです。

- 中盤③(糸満市役所エイドの素晴らしさ)
荷物袋は外周を走っている時に無線でナンバーを連絡していただけるので、待ち時間なしで受け取れます。日焼け止めを塗り直し、アミノ酸とアミノプロテインを摂取し、復路のアミノバイタルも取り出します。サンシェードは不要なためそのまま入れておき、ヘッドライトも放り込んで輸送用トラックへと託します。

こちらのエイドには紙コップに入ったコーラなどがいくつかあるので、ありがたく飲み干し、何度もおかわりしました。この紙コップがこの先のマイカップになります。強い味方が加わりました。

ここにしかない糸満名物というおっちゃんの解説を聞きながら、今回もばくだんおにぎり(鮭)を噛み締めました。かまぼこでおにぎりを包んだ漁師町糸満のソウルフードと出会えたのもこの大会のお陰です。

ポーク卵おにぎり、サーターアンダギー、パイナップルとミカンもいただいており、昨年と同じかそれ以上に食べていたようです。もずくスープも一滴も残さずに飲み干しました。お腹たぷたぷですが、食べないという選択肢はありません。



相当急いで旅立ったので、この1kmは12:50に収められました(昨年14:13)。水路沿いの公園の常設トイレはコースからの距離も近いので、使い易いと思います(昨年利用しました)。
折り返して進みながら“去年はここでコーラを持ったお母さんと息子さんがおられたな”と思っていたのですが、今年も同じ場所にいて下さりました。今年は娘さんもご一緒の三人体制でした。今年もコーラをいただき、“去年もありがとうございました!”とお伝えできました。直前のエイドで食べ過ぎたせいでおにぎりをいただく力がなくてすみません。再会できてとても嬉しかったです。

52.9kmの第19給水所ではマイ紙コップも威力を発揮し、黒糖もよりおいしくいただけました。往路の方とスライドしながら広い歩道を戻り、信号を渡って上り基調の道へと帰っていきます。


56.8kmではスポドリなどをいただきました。往路でトイレに寄った場所ですが、復路は割としっかりした上りだったことに気づきます。この先、上りが一旦落ち着いた辺りで、私設エイドでチューペットを持って応援してくれる可愛らしいお子さんが。こちらではドリンクを選択しましたが、暑さも感じつつありましたので、アイスをいただくべきでした。その方が喜んでいただけたと思いますし。


復路も往路と同じく平和創造の森公園を通るので、ひめゆりの塔の方へは行きません。この下りは概ね楽ですので、スライドで上って来られる方を応援しながら進んでいきます。

59kmくらいで、何と誰かが落としたマイカップが。しかし拾うか否か躊躇っているうちにスルーしてしまいました。その後しばらく、“拾った方が環境のためにはよいだろうし、落とした人が探しに戻る可能性も無いので、フィニッシュまで借りたとしても誰も不幸になるまい(なお、洗浄も一定程度は可能であることから感染症のことは考えないものとする)”という考察を繰り返し、取らなかったことを後悔していました。“次に見かけたら絶対に拾うぞ”と固く心に誓います。そんなにうまいこと落ちてるわけないのが現実ですが。

60kmは下りながらの通過ですし、59.8kmエイドで黒糖をいただいたりしてもそうロスはありません。60km地点は5:53:33で、余裕がありません(昨年5:46:30)。

下りが落ち着いてからはまた上るのですが、ここはそれ程長くないはずです。ここで疲れたと言っていては75kmから先は歩くしかないでしょう。宮崎ひむかいの塔の信号待ちも定番です。ここのすぐ近くがひめゆりの塔だということは、翌日になって知りました。
狭い歩道を下るので、先行した方がよいのですが、61.8kmにもエイドがあるので、結局止まることになります。こちらでは小さい女の子がプチケーキを勧めてくれたので、喜んでいただきました。お手伝いをしてくれる子供達が尊いです。

64.9kmエイドでも給水し、暑いながらも脱水は大丈夫そうだと自信を持ちます。平和祈念公園の坂を上り、八重瀬の方へと向かっていきます。

上りもいくらかあるものの66km付近では下りになっています。手元の66.6kmは仲座バス停辺りでした。6:30:39かかってはいますが、単純計算で行けば10時間は切れそうです。しかし今日は何だか眠くて力が入りません。



後半~終盤
- 後半①(嬉しい応援・エイドと待望の拾得物)
南の駅やえせの所で68.2kmのご当地給食エイドです。ここにしかない紅いもっちーは当然のことながら、もずくスープ、サーターアンダギーもいただきました。暑さのためか食欲に陰りを感じましたが、折角ですのでジューシーもいただきました。食べてみると別腹で、おいしかったです。

パラチノースもガンガンいただき、これは後半に効いたと思います。ここまでの道のりでベコベコになったマイ紙コップに別れを告げ、新しいマイ紙コップも補充できました。ちなみにここも8:47(昨年8:26)を要しています。
このエイドの直後は一瞬上りますが、時間的には短いです。左手の緑と山は、悠久の歴史と共に沖縄戦の陰を現しているように感じました。グッと下った後で右折して507号線の八重瀬道路へと入ります。

70kmは6時間52分台で通過し、右側の歩道を進みます。軽い上りの先には、私設エイドでコーラを用意して下さっているお父さんと息子さんが。このコーラがよく冷えていて、満面の笑みで飲み干しました。ありがとうございました。笑顔が最高でしたよ。


誘導に従って右折して52号線を下り、70.9kmのエイド(おそらくあらしろこども園)でもお水をいただきます。こちらでは、今年もあまり長居はできませんでした。去年はコースが混んでいたからですが、今年は時間的に余裕がなかったためです。味気なくてすみません。
52号線をひたすら道なりに行き、右折して県道17号線へ。おきなわワールドの看板は見えますが、中に入るわけでもなく何があるかもよく分かりません。

おそらくこの辺りのどこかではなかったかと思うのですが、コース上に光り輝く大会記念のマイカップが落ちていました。正に天の恵み、今度は迷うことなく拾得し、大会本部の落とし物コーナーへと届ける計画を実行に移します。ドラクエのようにネコババする気はなく、あくまでも一時使用というつもりです。この先の給水は見違える程楽になりました。
75kmから先は上りですので、心に迷いなく上り続けられるよう、74.3kmエイドで仮設トイレに寄っておきました。こちらは洋式でした。水分もしつこくいただき、黒糖で元気を出してから雄桶川の橋を渡って上りへと向かいます。

エイドを出た直後の上りはすぐに落ち着き、75kmを通過します。昨年は後半晴れていたので日陰がありがたかったなと思い出していました。7時間24分台とやはり余裕がありません。


76km行かないくらいで、上りの二段階信号待ちがあります。実はそう長くはないのですが、奥武入口のバス停の所ですかね。折角なので遠くの海を撮って休むしかありません。


その先1kmにも満たないくらいの場所には橋があり、短い時間ですが眺望を楽しめました。歩道は狭いのですが、前の方も道を譲って下さりました。この大会は海外から参加されている方も多かったです。謝謝!



橋を渡ると唯一のトンネルがあります。ここはそう長くもないですし、明るいので足元もよく見えます。往路とは違うルートを通っていることに気づく場所でもあります。

77.1kmのエイドではストレルカとコーラをいただきました。ストレルカは序盤以来久々のお目見えです。この先もひたすら331号線を上っていたと思います。


- 後半②(ニライカナイの絶景を心待ちに)
このエイドの後も基本的に上り続けるのですが、137号線に入る百名の上りはかなりきつめです。昨年のブログで復習済みでしたので、相応に気持ちの準備はできていました。歩道は狭いのですが、車道は到底走れたものではないくらいの車の量ですし、植物を押しのけながら進むしかありません。ここはペースが落ちてもよいので、79.4kmエイドを心待ちに淡々と上り続けるのみです。必ず終わりますし、他の大会のように数十分上り続けるわけではありません。

途中歩きながらでんでん太鼓?で応援して下さる方にも励まされ、ようやくエイドに到着し、明るく迎えていただけます。参加案内ではドリンクのみになっていますが、サプライズだったのでしょうか、黒糖に加えシークワーサーまであり元気が出ます。和気あいあいと過ごし、記念撮影をお願いしてから、残りの上りへと取り掛かります。“兄さんは写らなくていいのか?”と聞かれましたが、私にとって自分の写真は基本的に必要ないのです。その姿を見たわけではなく、あまり記憶の縁にならないからです。


右折して80km。この辺りは概ねフラットになっています。通過は7:58:24でした(昨年7:47:24)。もう全然時間的な余裕がありません。エイドに長時間入り浸ったり、終盤で信号待ち攻勢に遭ったりすることを考えると、10時間を切れない可能性も十二分にあります。

基本歩道を行くのみですので、精神的には正直タフなコースだと思います。それでも皆、84kmのニライカナイ橋を胸に描いて走っているのだと、二度目の参加となる今回はわかります。でも本当にそれだけでここまで走れるものなのでしょうか?それ以上に、応援して下さる方の声と笑顔が前へと進む原動力になっているのだと思いながら走っていました。

そのままニライカナイへの道を真っすぐ行けるかと思いきや、右折して軽く下り、つきしろの方へと向かいます。横断歩道を渡ると、81.5kmのエイドです。つきしろ自治会館だと思います。
こちらもエイドが充実していることは昨年で経験済みですので、しっかり食べて盛り上げます。黒糖塩まんじゅう、ポーク卵おにぎり、パイナップル サーターアンダギーをおいしくいただきました。

“ニライカナイまでの上りも後少しですし”ともう終ったかのようなつもりで走り出しましたが、実はこの先にも上りが残っていましたね。少し上ってニライカナイまでの道(県道86号線)に復帰し、まだしばらく下る気配がありません。
今年は沖縄刑務所の矯正展の時期ではなかったようです。ウォークの方にもかなりの確率で応援していただけて嬉しかったです。
ニライカナイ前最後の上りは、見た目には結構きつそうですが、まだ何とかなるレベルだと思います。陸上自衛隊の駐屯地があることに気づく頃には上りもおしまいです。下りへと切り替わってからは、窓のようにすら見える橋の下を潜り、曇り空でも光りを湛えた海の気配を感じながら吸い込まれるように走っていきます。


視界は一気に取り払われ、解き放たれるように下っていきます。この瞬間のためにこれまでの長い道のりがあったのだと心底思います。もうこれはここを走っていただくしかありません。やはり言葉では語りえないその時だけの体験でした。



カーブしてからの強い逆風に身を委ね、終わっていくこの時間は二度とないものだと惜しむと共に、昨年経験したからこそ、今この感情があるのだと考えていました。あと何年、自分はこの世にいられるのでしょうか。


85kmは8時間27分台でした。強風で飛ばされないよう、しっかりと縛り付けてあります。左手を見ると、この短い時間にものすごく下ったことが分かります。

下った先で86.0kmエイドです。持ち時間は気になるところですが、黒糖、ストレルカにもずくスープがふるまわれます。時間がかかるのはもずくスープですが、やはり全エイドでいただいてこそです。冷ますために水を足すとお腹がたぷたぷになるというジレンマもありますが、それでも完食するのです。
昨年もこの先の終盤の景色に感激したことをよく覚えていますので、その感情をトレースしながらなだらかな下りを走っていきます。終盤まで絶景を残しておいてもらえるので、気持ちも前向きになれると思います。


- 終盤(最後まで力になる応援)
89.8kmの第31給水所では、教えていただくまでもなくバヤリース沖縄限定版をリクエストします。終盤の糖質は元気が出ます。一日中甘いものばかり食べていた気もしますけど。

90kmの通過は8時間55分台です。91.9kmエイドには沖縄そばがあると分かっていますので、持ち時間は厳しいと知りながらも勿論完食します。6:26を要しましたが、止まらない区間では5分30秒台が続いているのでまあ間に合うだろうとは思っていました。



いつもならこの辺りではペースも上がるのですが、順風にもかかわらず全然上がっている感じがしません。心拍数は130前後で大して負荷もかかっていないはずなのに、何故か今日は調子が出ません。勿論踵がずっと痛くて気持ちが乗らないというのもあるのですが、それにしてもイマイチです。しかし10時間を切れないのは流石に嫌だという意地も強くなってきました。

昨年ブレて上手く取れなかった建物も上手く撮れました。佐敷小学校だったのですね。歩道橋が目印になります。


95.1kmでは本日最後となる黒糖をいただきます。今年も本当に沢山いただきました。もう黒糖なしでは生きていけない身体になってしまったかもしれません。

残り4kmくらいからは信号待ちが頻発しますので心配していましたが、キロ5分30秒くらいで進む分には案外引っ掛からずに済みました。あまり焦ってもいいことはないのかもしれません。

その先の信号も調整しながらあまり止まらずに進めたのですが、私設エイドでコーラを提供して下さったお母さま方がおられたので、こちらでも一休み。朝も10km付近でエイドにいて下さったとのことでしたので、闇の中でみかんとプチケーキをいただいていたと思います。本当に一日中応援して下さり、感謝するばかりです。

大通りを渡る前の最後の信号待ちは結構長いのですが、信号待ち仲間と“この大会はこういうもんっすよね”と談笑していました。ここまで来れば10時間は切れますので、お互い気楽なものです。

信号を渡り海の方へと下り、最後の97.7kmエイドです。今年も締めのさんぴん茶をいただき、一日のお礼を言って走り出します。最後の海沿いは逆風だったはずですが、今日はどうせ上がらないし、出し切らないで終わってもいいくらいの気持ちで走っていました。少しは上がっていましたけど、10時間には収まると分かっていますので、もう無理はしません。

最初の橋を渡れるのかと思ったら次の橋で、なかなか終わらないのですが、朝は暗くて波の音しか聞こえなかった道を、今こうして走れるのは純粋に嬉しいことです。

橋を渡った先の信号待ちにもかからずに済み、スタートの与那古浜公園に戻ってきます。会場に入ってしまうと案外すぐに終わってしまうこともよく覚えていましたので、今回は最後までそのつもりで見届け、マッスルポーズでフィニッシュしました。ニライカナイだけではなく、それ以上に大切な記憶を胸に抱きながら。




アフター
レース後
会場
完走記念の立派なやちむん(伝統工芸陶器)のメダルとトートバックをいただきます。イラストも可愛いので、積極的に使って大会をPRしたいと思います。

荷物を受け取り、アミノ酸、アミノプロテイン、プロテインバー二本を摂取します(プロテインシェーカーは持参忘れ)。とりあえず両踵付近がかなり痛く、もう駄目なのかとがっかりしながら腰を下ろしました。ソックスを丁寧に脱ぎ、テーピングをきれいに剥がします。
そのまま立ち上がれなかったらどうしようと思いながら動くと、案外そこまでの力を使わずに立ち上がれて遅いながらも歩けたため、ホッとしながら沖縄そばをいただきました。風で身体も冷えてきますので、この温かいスープと生姜の香りがとても効きます。具も麺もたっぷりで本当においしいです。

更衣室はまだ空いていたので、ゆっくり着替えられました。ただし雨で浸水している所もあったので、荷物を置く場所は要注意です。タオルも持参していたので、割とあっさり着替えられました。
表彰式の声が聞こえてくるのも昨年と同じです。何度も副賞の“県産泡盛島唄”という言葉が繰り返され、ついに覚えてしまいました。
昨年、風が冷たいと経験済みですので、今年は薄手の上着を持って来ました。椅子に腰かけ、マッサージガンでできるだけ足をほぐすように努めます。エボライドスピード3さんはウルトラを走った割に大きな削れもなく、そこそこ上手く走れたのかもしれません。でもやはりウルトラであっても、カーボンプレートありの方が進み具合がよいのは確かです。ピッチが出たのはよかったので、トレードオフかもしれません。


- 島うた少女テンさんのステージ
今年もステージがあるということで楽しみにしていました。山川まゆみ先生はおられませんでしたが、メンバーの皆様は明るく元気に沖縄民謡を披露して下さりました。
昨年を知っているだけに、“今年もこの曲が聴けた”という喜びがあります。パイナップルパークのテーマソングはやはり独特の味があり、記憶に残り易いです。三線の音色も力強くも軽やかに、踊るように響いてきます。

ゆいまーるとはみんなで助け合う、一緒にがんばるという意味ということも改めて思い出させていただきました。今日は辛い走りになった分、そのことが身に染みる旅路でした。掛け声や振りは一緒に楽しみ、今年も穏やかで明るい気持ちになれるステージでした。

会場を少し歩いていると、今年は駐車場の方にキッチンカーが出ていることに気づきました。ソフトクリームを食べようと思ったのですが、大繁盛で時間がなさそうでしたので諦めました。コース上で食べまくっているのとふるまいの沖縄そばで十分ともいえますが、終わった後に沢山食べようと考えている方は、何か持参した方がよいとは思います。

バスも停まっていたため16:40頃には乗り込み、16:48頃に満員になった段階で出発しました。走った後に身体が冷えることもなく、無事に帰ることができました。勿論、マイカップは落とし物として本部に届けることも忘れずに。


那覇市街にて
宿に戻って半身浴で全身をほぐします。立ち寄り湯に行くには少し時間がないと判断して諦めましたが、ゆっくり過ごして正解だったかもしれません。部屋に洗濯機があるのはとても便利で、即洗濯を済ませられました。乾燥は昨年と同じみんなのコインランドリーさんのパワフル乾燥機10分一発です。

夕食
豚カツが食べたくなったため、りうぼう地下の彦さんにお邪魔しました。県産高級豚の紅ロースかつ定食は、分厚いお肉と蕩けるような脂身という美味な豚カツの魅力を備えたものでした。走った後には特に美味しく感じられます。


リウボウ食品館さんでピーナツ黒糖と黒糖カシューナッツを、ドンクさんでもクランベリーノアとパネットーネを買い、満足するまで食べてから23時には就寝しました。長時間走った身体に、甘いパンは嬉しいものです。

翌日
今年も朝は7時過ぎまで眠りました。早く起きても周囲は暗いので、回復に時間を使った方が得策です。夜中トイレに起きたくらいで、後はぐっすり眠れました。踵も絶望的な状況ではなく、日朝より少し悪化したかなくらいに留まってくれたので一安心です。
沖縄南部の移動
今日の目的地はひめゆりの塔と平和祈念公園です。8:29那覇バスターミナル発のバスに乗ることにしたのですが、乗り場が多過ぎて分かりません。数分遅延してバスが到着し、しばらく乗っているとまた那覇バスターミナルに戻って来た時にはたまげました。逆側から乗れば30分くらいゆっくりできたのにと思ったりもしましたが、座って本を読めたので悪くはないともいえます。

ジョルダンの予定通りに乗継が行えるはずもなく、糸満バスターミナルからはスロージョグで移動することにしました。コースを思い出したり寄り道したりもできるので、これはこれで楽しみにしていました。“こことここがつながるのか!”という瞬間は面白いものです。昨日のコース誘導の矢印も残っており、これだけ準備して下さったのだと改めて感謝します。





ひめゆりの塔までは糸満バスターミナルから6km程。平和祈念公園までは追加で4km程です。平和祈念公園内も軽く走ったことでトータル100分で11km強になりました。




ひめゆりの塔
日本で唯一地上戦の場となり、多くの市民が亡くなったのが沖縄です。兵力不足を補うために10代の生徒も動員され、「沖縄師範学校女子部」と「沖縄県立第一高等女学校」の生徒・教師240名もその中に含まれています。そしてそのうち136名もの方が命を落としました。2校の愛称が「ひめゆり」でした。

沖縄陸軍病院は壕の中に板の粗末な二段ベッドが並んでいる場所で、日々運び込まれた負傷者が表現するのも辛い状態で呻き、亡くなっていきます。その中で生徒は、戦況を正しく知らされることなく懸命に看護を続けます。しかし米軍との戦力差は明白でしたし、そもそも日本軍としては沖縄を守ることではなく時間稼ぎが目的だったため、事態が好転するはずもありません。南部への撤退を余儀なくされ、砲弾の中を必死に逃げ延びます。

6月18日の夜に解散命令が出て、それからは自分達だけで逃げなくてはならない状況に放り出されます。翌朝には伊原第三外科壕、ひめゆりの塔のある場所に米軍がガス弾を投げ込み、80名あまりが亡くなりました。解散命令の後、死亡者の86%にあたる117人が死亡又は行方不明になっています。

資料館では、沖縄戦に巻き込まれていく環境と生活の様子についての解説や記録映像もあり、砲弾が降りしきる様子や遺体の姿には、この沖縄が正に筆舌に尽くせない程の惨状にあった現実を知ることになります。

生き残った方の声や手記も継承されています。親友は助からず自分だけが助かった、この海岸には血が流れていた、お母さんに会いたいと叫んで手りゅう弾のピンを抜かなかった生徒がいたことなど、悲しい声で語られていたことが胸に重く響きます。降伏しようとした兵士が後ろから日本兵に撃たれたことや集団自決の凄惨な事実を書き残された方がどれほど苦しかったかは、想像することも憚られます。
沖縄の歴史は必ず語り継いでいかなくてはなりません。大人になってからこそ、訪れなくてはならない場所だと思います。献花して手を合わせることは、自分にとって必要な時間でした。

平和祈念公園
沖縄戦終焉の地とされる糸満市摩文仁の丘陵を南に、南東側に険しく美しい海岸線を望める台地に整備された公園です。公園内は芝生や遊具もあり、ゆっくりとジョギングすることもできます。那覇マラソンの中間地点にもなっている場所です。




平和祈念資料館の展望タワーからは、360度を見渡すことができ、世界はこうしてつながっているのに、どうして人は戦争という恐ろしいことをしてしまうのかという気持ちになります。


沖縄県民の4人に1人が戦死しているという事実は重過ぎます。そして市民の犠牲者が突出して多いのです。ここでも人の命を考慮しない軍隊の横暴に心が沈みます。展示のむすびの言葉は「沖縄戦の実相にふれるたびに 戦争というものは これほど残忍で これほど汚辱にまみれたものはないと思うのです」から始まり、「戦争を許さない努力ができるのも 私たち 人間 ではないでしょうか」という、未来を生きる我々の責務が刻まれています。
平和の広場にある平和の火、その前にある平和の礎(いしじ)には、沖縄戦で亡くなられた全ての方の氏名が刻まれています。ここからは断崖に打ち寄せる波と美しい海の姿が望めます。その美しさが、より哀しさを増すように感じました。


平和の丘からは式典広場、沖縄平和祈念堂が見渡せます。沖縄県立工業高校健児の塔、全学徒隊の碑など、忘れてはならない現実が残されています。





那覇を目指すもバス間違い
平和祈念公園から那覇に戻るには、糸満経由で帰るルートの他に具志頭(ぐしちゃん)経由もあると知ったので、そちらで帰ってみることにしました。
平和祈念公園入口前から82番バスで具志頭へ。昨日走ったルートも文明の力で楽々です。具志頭は道の駅やえせの前だということも知り、昨日気になっていたため、少し寄り道してテリヤキ玉子サンドをいただきました。甘辛ソースと卵の味わい、柔らかなパンがおいしかったです。


そこから何となしに同じ方向のバスに乗ってしまい、昨日のルートの続きを楽しんでいたのですが、途中明らかにおかしい、というか百名バスターミナル行きの便であることに気づきました。那覇バスターミナルに行くには逆方向のバスに乗らなくてはなりませんでした。奥武入口の次で慌てて下車しましたが、地理も分かりましたし、50分程のロスで済んだので、まあいいかという感じです。
今度こそ那覇市街地観光
開南まで50番線バスで移動し、牧志公設市場や国際通りの付近を歩きます。小さな飲み屋や沖縄料理のお店が密集していて、お気に入りのお店を見つけるには通い詰める必要があります。



こちらでは豆腐ようとぬれアンダギーを買いました。豆腐ようは発酵食品好きとして気になっていたので、食べるのが楽しみです。それにしてもここの水槽はいつ見ても迫力満点です。お肉もおいしそうですし、やはり沖縄は数日間がっつり滞在しなくては楽しみ尽くせません。



- 松原屋製菓さん
市場本通りにあるお店で、今年もやって来ました。サーターアンダギーは紫いもにしました。ホロっとした食感も、色もいいですね。味噌ポーポーはクレープ生地で甘じょっぱい味噌を巻いたもので、私で売り切れでした。こんぺんはお土産に。



- ベーカリーパンの木さん
サンライズ・なはのアーケードを歩いていくと左手にあります。見るからに老舗のパン屋さんですので、地域に愛される味を知るチャンスです。豆マメまめはうぐいす豆がおいしかったですね。カマンベールチーズも食べ易い厚さで、買ってよかったです。




夕食
お食事処三笠さんです。5年以上ぶりに来ましたが、記憶よりずっと庶民的なお店で、かつボリュームもすごかったです。ふーちゃんぷるーにしたのですが、まず麩の膨らみ具合がすごく、卵にスパムも野菜もたっぷりで、ご飯のよそいっぷりも気前がよ過ぎます。こんなに食べられるのかと思うものの、濃いめの味付けでご飯が進むこと進むこと。気づけば終わりが近づいていて、名残惜しい気持ちになりました。


ホテルで荷物をピックアップし、詰め替えを行っている時に、最後のやらかしが。不安定な場所に置いていた袋が落ちたのですが、“ガチャリ”という乾いた音がしたので、事の成り行きを察しました。そして中を見る前に案外すんなりと現実を受け入れました。完走メダルは三つに割れてしまいましたが、私の記憶の縁としての力はそう変わらないからだと思います。用意して下さった方には申し訳ありませんが、これはこの姿で完走の証として大切にしていきたいと思います。
那覇空港ではわずかな時間を利用してお土産を買い足しました。昨年のもずくスープからワンランクアップしてのアーサースープと、定番の琉球じーまーみとうふです。

自宅に着いたのは23時30分過ぎでしたが、何よりも大阪の寒さに驚きました。頭が寒くて仕方ありません。荷物の整理やシャワーを手早く済ませてから厚着してぐっすり眠り、翌朝から日常に戻りました。
最後に
もう一度ニライカナイを見たいという気持ちと、それ以上に心を掴む応援に触れたいという気持ちから二年続けてのエントリーとなりました。そしてその願いは、思い描いていた以上の喜びを伴って成就しました。
昨年、“沖縄のことは、その魅力も歴史も、これからもより知っていきたいと思う”と書いていましたが、その言葉通り、沖縄戦の歴史も学んできました。沖縄は決して明るいだけの観光地ではなく、目を背けてはならない過去も現在も未来もある場所です。
今回の大会に関わって下さった皆様に、改めてお礼を申し上げます。“誰かに”語りたくなるというより、“お一人お一人に”感謝の気持ちを伝えたくなる大会です。本当にありがとうございました!
ここまでご覧いただきありがとうございます。