2016年に参加して以来、もう一度あの景色が見たい、楽しかった記憶を確かめたい、とずっと思っていた大会です。そして太宰治の生家斜陽館にも、生きているうちに必ずあと一度は行きたいとも。
記憶以上にコース上のりんごも応援も多く、やはりいい大会だと心底実感しました。太宰が弘前高等学校時代の3年間を過ごした弘前の街で、どっしりとした岩木山を前に据えて走り出し、植栽から150年を迎えるりんご園の間を抜け、岩木川の優美な流れと並走する緑豊かなコースは浪漫いっぱいです。




市街地を離れた場所でも沿道で待っていて下さる方も多く、お囃子の演奏もあったりで、とても明るい気持ちで走れました。私設エイドもフルーツ盛り沢山で優しさが身に染みますし、公設エイドは途中から毎回氷という世界陸上並のサポートです。これが太宰のいう、津軽人の歓待せずにはいられない気質なのでしょうか。ありがたい限りです。








走りは、復帰戦なので相当きついだろうことは覚悟の上で臨み、案の定3時間28分台でも苦労しました。狙っていたフォーム改善も数字としては達成できず残念でしたが、田沢湖マラソンのような外傷はありませんでしたし、グロスで24秒コースベストを更新したのでよしとしましょう。一週間前にはキロ8分台で少し走るのがやっとだったことを思えば、奇跡的な回復と言っても過言ではありません。(154bpm, 193spm, 1.05m, 5.9%, 6.4cm, 48.3%:51.7%, 246ms, マジックスピード3)




走りはさておき、観光は完全燃焼できました。9年前に初めて金木の斜陽館を訪れた時の驚きも、太宰治疎開の家で感じたことも、また新たな確かさを持って蘇ってきました。『津軽』を読みながら巡ったかの地は、二度目の今回の方がずっと多くのことを胸に刻むことができました。弘前でも夜の弘前城天守や津軽藩ねぷた村を見学したり、けの汁、納豆はんぺんやいがめんち、うんぺいといったローカルフードも堪能できて大満足です。津軽三味線の生演奏も二日続けて聴くことができ、気迫のこもった音と空気は今も聞こえて来そうです。










太宰は弱い者の味方というつもりはなく、ただ、そういう立場の人とどこかでつながっているという感覚だったのかもしれません。新興地主の豪邸に住まい、幼少の頃から成績も優秀で身体も丈夫であったゆえに、「撰ばれてあることの恍惚と不安と二つわれにあり」に表れるよう罪の意識にも苛まれ、酒であえて身を痛めつけずにいられない。それでも必死にもがき、心の襞までさらけ出すような作品と姿を残し、急ぐように去って行った。そういう生き方しかできなかった太宰は、とことん真面目で不器用だったのだと思います。でも、その作品の中には、『津軽』にあるよう、生きていないと感じることのできない、言葉では言い表せないつながりだけが持つ温かさがあるのだということも、しっかり刻まれています。




弘前の皆様、あの日と変わらぬ沢山のりんごと緑と笑顔の中、素敵な津軽路を走らせていただきありがとうございました!最後も『津軽』の一説をお借りして。さらば弘前・津軽よ、命あらばまた他日。元気でいこう。絶望するな。では、失敬。




9年前に初参加した時の記事もあります。写真も全然撮れていませんが、『津軽』にも登場する龍飛崎まで行くなど観光は頑張りました。
今年は久しぶりに訪れることができて嬉しかった大会が多いのですが、いわきサンシャインマラソンもやはり素敵な大会でした。
柏崎潮風マラソンも9年ぶりでした。大会の趣旨がしっかり伝わって来る素晴らしい大会ですので、多くの方に走ってほしいです。
続きのページには、コース上の写真を含めた大会の楽しい様子や、太宰成分たっぷりの観光情報など、思う存分綴っています。
コメント、スター、↓のバナークリック、SNSなど何でもよいので読者の存在をお知らせいただけますと、私が親友を騙って太宰の家に押しかけます。
次回予告は“いざ、米どころ!”です。
前日
伊丹から弘前へ
遅い時間の便なので、8時過ぎまで寝ていました。前日も走っておきたい気もないではなかったのですが、雨も降っているしまあいいか、と大人しくしていました。
朝食は、キャベツ、小松菜、葱と豚肩ロースの酒蒸しです。クリーニング出しや買い物、掃除などを済ませ、帰って来た後が楽なようにしておく時間の余裕もありました。

飛行機はANA伊丹14:15発→青森15:55着と余裕のある便です。その分前日観光はできませんが、午前中ゆっくりできるのはかなりよかったです。お値段はスーパーバリュー75Lで13,440円、まずまずです。眩しかったのでほとんど窓を閉めていましたが、青森が近づくと、“あれは十和田湖だろうか”、“あっちは海のようにも見えるけど山だろうか”、というように落ち着きなく窓の外を見ていました。



フライトは25分程遅延しましたが、青森空港16:20発→弘前17:14着の便(飛行機に合わせて15分くらいは遅く出たはず)で移動です。途中、夕日が田んぼを黄金色に染め上げている時にふと前を見ると岩木山という素晴らしい風景もあり、移動も楽しいものです。岩木山は近づけば近づく程その大きさをひしひしと感じます。




移動中読書は、デカルト『方法序説』でした。フッサールの『デカルト的省察』に書いてある文字を頑張って視認したものの内容がさっぱりわからなかったので、そもそものデカルトの話から始めなくてはと思った次第です。言われてみれば確かに、我の発見により超越論的な主観性の入口まで来ておきながら、我を客観世界に直に結び付けてしまったため、超越的な主観性留まったという話になりそうな気はしました(でも正直わかっていません)。
もう一冊、これは絶対にこの機会に再読したい、太宰治『津軽』です。9年前に斜陽館に向かう際も読んでいましたが、今回改めて読むと、“このフレーズはここにあったのか!”と思う場面も多々ありました。読書は時間を置いて何度か読むと、その時々の自分とつながれたりしますので、そのためにも若いうちに沢山読んでおくことが後で幸せにつながると実感します。マラソンも再訪できると喜びが増すことと通じます。

弘前観光
弘前城公園
夜に訪れることのできるチャンスもそうそうないため、前日に行っておきました。本当に入ってもいいのだろうかと思うくらい人がおらず、とても静かで、ただ、虫の鳴き声だけが真っすぐ聞こえてきます。帰りに水の流れる音が聞こえてはっとしたくらい、邪魔するもののない静かな時間でした。

弘前城天守は、多分多くの人が想像しているよりずっと小さいものです。そして今は仮天守台にぽつんと置かれていることもあって尚更不思議な感じがします。ライトアップされているお城を独り占めできる贅沢な日が来るとは思ってもみませんでしたが、とりあえず明日の無事を祈ります。




後で知ったのですが、天守内部の一般見学は今年の11月23日までで、その後は元の位置に曳き戻して補修工事などを行うため、次に公開されるのは7年後とのことです。今回何とか入れる旅程を組めばよかったと今になって思いますが、もしかするとその頃にまだ走っているのかもしれません。



スイーツ活
- 甘栄堂さん
おそい時間までやっておられ、看板の「うんぺい」も気になったので入店。お店のおばさまに聞くと三種類の運平を持ってきて下さり、焼かずに食べられるとのことだったので購入しました。



どうやらハレの日にいただくお菓子のようで、一気に沢山食べるのは勿体ないと思ったので、一番気になる紫蘇をいただきました。まず食感がシャリシャリしていて予想外です。そして甘いことは甘いのですが、そこに紫蘇がふわっと乗っかって来て、その後も残るという不思議かつ素敵な味わいでした。これは他所の地域の方にも食べてみてほしいですね。


- ラグノオささき弘前百石町本店さん
あのラグノオの本店ですから、スイーツ好きなら外せません。ポロショコラは全国で見かける大人気商品です。パティシエのりんごスティックもどこでも買える定番ですが、やはり聖地で買ってこそです。ショコラの方をいただき、リンゴを食べてこそ弘前だと、甘みにほっこりします。



夕食
菊富士さんにしました。JR東日本の方の記事でお勧めされていましたので、万全を期して事前予約の上でお邪魔しました。「本日は予約で満席」という表示も出ていましたが、少ない人数でタイミングが合えば通すという大らかさもありました。店員さんもとても明るく、雰囲気のいいお店です。


観光客ならこれを食べれば間違いなしという感じのふるさと定食にしました。いがめんちは思った程イカイカしくなく食べ易い感じで、けの汁は野菜たっぷりで濃いめの味付けとよく合います。茶碗蒸しはホタテも入って豪華でしたし、デザートの桜アイスも期待以上においしかったです。弘前らしいお料理をいただけてとても満足です。


お宿
弘前グランドホテル弘前城前さんです。正にスタート近くにもかかわらず朝食付きで6,600円。4/1に予約していました。こんなに好条件の宿が取れることなど10年に1度くらいの奇跡です。



スイーツ以外にゆで卵とプロテインバーを食べ、ローソンの牛乳を飲んで打ち止めです。
レース当日
レース前
7時過ぎ起床です。宿の近さのお陰でギリギリまで眠ってよいのはありがたいです。
朝食は品数も豊富なバイキング形式でしたので、マラソンを走るとは思えないくらいにたっぷりいただきました。チキンナゲットにアジの塩焼き、スクランブルエッグ、チキンボールなどに加えてカレーもがっつり食べたので、流石に満腹感がありました。


まだ時間があるのでトイレやシャワーを念入りに済ませ、準備万端で8:30過ぎに出発です。参加賞のバスタオルを受け取り、嬉しいリンゴの試食も楽しみ、スタート前給水をいただきアミノ酸も飲んでから荷物を預けます。荷物預けも大変スムーズで、滞りなくスタート地点へと移動できました。





スターターは福士加代子さんです。言わずと知れた五所川原工高出身、青森の英雄です。これだけのスターでありながら、いつもの気さくなキャラクターでスタート前のエールから写真撮影まで終始明るく対応されており、参加者一同大いに喜んでいました。


【ちょっと真面目な話】
練習
田沢湖マラソンの後はとても練習などできる状態ではなかったため、金曜まで走りませんでした。こういう時に思い切って休むために、普段練習を重ねているのです。月曜はバリアフリーフル活用で何とか出社し、火曜は祝日なのでスーパーまで行ったのみという状況でした。木曜夜に裸足で35分、2.5km歩き、足裏の腫れは感じつつも歩けたので、光は見えました。
その後も接地の感覚を改善するため、裸足で30分走る日を入れてみたりもしましたが、不思議と状態が悪化する感じもありませんでした。一歩目の痛みもほぼなくなり、徐々に腫れは収まり、足の血管と筋も当日にはかなり浮き出るところまで回復しました。
シューズを履いた時でもとにかくピッチが出るようになりました。怖いのと神経が上手く連動していないのとでストライドは伸びておらずペースも遅いのですが、とにかくジョグでも200spm以上を刻めるのは悪くありません。厚底で雑な接地をする方が危ないという仮説の下、ライトレーサーやソーティマジックLT2で走っても悪化はしませんでした。もうしばらくこのアプローチを続けてみようと思います。
土曜:スロージョグ90分(10.9lkm, デュエルソニック3)、スロージョグ50分(6.1km, ズームフライ5黒)裸足芝生20分
日曜:有酸素ジョグ97分(Zone1,2, 17km, ライトレーサー5)、
月曜:有酸素ジョグ60分(Zone1,10.4km, ハイパースピード4)、裸足30分(4.6km)
火曜:有酸素ジョグ60分(Zone1,2, 10.7km, エアロ20R)、
水曜:有酸素ジョグ65分(Zone1,2, 11.7km, ライトレーサー4)、裸足30分(4.3km)
木曜:有酸素ジョグ60分(Zone2, 10.9km, ハイパースピード4)
金曜:有酸素ジョグ41分(Zone2,3 7.9km, ソーティマジックLT2)
土曜:オフ
シューズ
厚過ぎず薄すぎず、信頼のマジックスピード3さんです。田沢湖マラソンでは新品ズームフライをオーバーラッピングできつく締めた結果、足の自由な動きができず甲を痛めたので、今回はアッパーの柔らかいシューズかつリディアードレーシングです。甲の締め付けはマイルドで、確かにウルトラでも安全に走れたことを思い出しました。


装備
日本最北端わっかない平和マラソン過去大会のサイクルジャージにしてみました。このフィット感と背中のポケットがどうなるか試してみたくて。ミズノマルチポケットパンツとザムストソックス、ニューハレ踵二重はいつも通りです。
オホーツク網走マラソン過去大会のキャップも持って行きましたが、基本曇りだったので最後まで使いませんでした。アームカバーは氷収納用に使うか迷いましたが、そこまで氷も出ないだろうとたかをくくって出番なしです。

持ち物
特に策もなく、アミノ酸を溶かしただけのジェルフラスク一つのみです。
レース
序盤~前半
- 序盤(岩木山を眺めてりんご園へ)
開始直後の下りから始まり、左にカーブしながら、目の前に聳える岩木山を眺めます。いかにも津軽路というロケーションは、初参加時もとても新鮮に感じたことを覚えています。

フラットになって1.8km給水の頃には、既に汗をかいていました。サイクルジャージはぴったりしている分暑く感じるのかもしれませんし、そもそもこの日は気温が高めでした。水はコップに入れ過ぎず、ゴミ箱までに飲み干せる丁度良い分量です。そして序盤からお囃子と太鼓で応援していただけて嬉しかったです。


9年前は写真を撮る余裕まではなく、“予想外に応援が多くて力をもらった”というくらいの印象でしたが、改めて走ってみると、こんなに応援が多かったのかと感じ入ります。弘前市七夕会の皆様の演奏も遠くまで届きました。


4km給水の辺りもフラットで、淡々と進んでいきます。5km過ぎでも建物が多く、まだ白神の林の気配までは感じません。岩木山も雲に覆われています。確かこの辺りで私設エイドがあり、林檎まで用意して下さっていたのですが、予想していなかったため通過してしまいました。“次に私設エイドがあったら止まってでも取るぞ”という決意を固めます。

それ程背の高くない木を目にすると、林檎のような気もしますが、本当の林檎はちゃんと果樹園として整備されていますので、並木道のようになっているわけではありません。市街地から離れても応援の声は多く、コーナーでも大勢で迎えて下さり感謝の念が募ります。


7kmで33:30辺りだったはずです。右手にはりんご園があり、赤く色づいてきた実に弘前の秋を感じます。この辺りから時々上りが登場します。

- 前半(私設エイドとお囃子と)
7km過ぎで左手に私設エイドが見えましたので、周囲に置き去りにされるのも構わずピットインしました。りんごは絶対に食べることにして、もう一つはプルーンをいただきました。弘前ふじは大きくて食べ応えがあり、プルーンの甘さを感じないくらいに糖度十分でした。プルーンは栄養も豊富でおいしいです。今見ると、栗があるのは珍しいですね。むせそうですけど。そして奥の方にある物は写真を拡大してもよく分からず気になるところです。ここまで豪華なエイドがあるとは予想していませんでした。ごちそうさまでした。

コース上にはりんご園が沢山あり、収穫の手を止めてまで声援を送って下さる方もおられて嬉しかったです。9年前も同じように、“作業中なのに応援して下さって嬉しいな”と思っていました。
9km過ぎで田んぼを左に走っていると、15分も後にスタートしたハーフのトップの選手が駆け抜けていきました。ハーフは終了後にお風呂に入れるので魅力的ですが、ボリュームゾーンだと混む気はしますし、上り基調で終わるのもそれはそれできつそうです。

10km過ぎの稲穂もきれいです。実る程頭を垂れる稲穂かなということで、自分もその精神であらねばと思っていました。

11km給水の前の直線では、結構遠くから岩木登山ばやし保存会さんの演奏が聞こえて来ます。地域の伝統芸能での応援は、ランナーにとっては楽しいものです。


12kmくらいでは岩木川沿いにでて、水門があったりでいよいよ緑が多くなってきました。所々で上りもあり、ウルトラマラソンで見るような眺めも増えてきます。“確かいびがわマラソンもこんな感じだったような”という古い記憶も浮かんできました。13km過ぎで一度軽く下り、休める場面があります。



中盤
- 中盤①(エイドの氷は神対応)
この先も緩やかながら上りが続き、あまり楽ではありません。しかし沿道では横断幕や鳴り物などで応援して下さるので、笑顔で走れます。こんなに沢山の方に応援していただけるのなら、何度でも走りたくなります。

15km給水ではカットりんご(弘前ふじ・とき)が出るので逃すわけにはいきません。確実にゲットしました。この前のエイドくらいから氷が配布されている様子でしたので、ここではありがたくいただきました。手に持ってしばらく行って、ある程度溶けた段階で袋を破いて頭から被る流れで大いに助かりました。曇りとはいえ実際は暑かったようなので、氷が無かったら危なかったと思います。

18km給水でもパンやドーナツがいただけるのですが、何故かお腹がいっぱいで(ヒント:朝食)いつものようにがっつくことができません。しかしせめてドーナツだけでもと手を伸ばし、甘みに元気をいただきます。
ありがた過ぎることにここでも氷がいただけ、この先もほぼすべてのエイドに氷が準備されていました。こんなに氷の頻度が高い大会は知りません。中盤以降は基本日陰が無いので、晴れてしまうと厳しいコースです。なお、常に氷で片手が塞がっているという神展開の陰では、スマホの操作がしにくく写真は少な目の展開となっています。『津軽』で度々出て来る、“国防上重要なので記述を控える”といった理由ではありません。
20km給水ではコーラをいただきました。折り返しが近づくと応援が多くてまた元気になります。この辺りは西目屋村なのですね。「ビーチ西目屋」という表示に“海から遠いはずだが”とか、“温泉いいな~”とか思いながら折り返してすぐ、21km給水で氷もいただきます。パンは、お腹がいっぱいで……。すみません。中間点でグロス1:42:59でした。


- 中盤②(下りのはずがいまいち上がらず)
折り返してからは下りになるのでペースも上がりそうなものですが、今日は久しぶりの距離走ということもあって、この時点で結構疲れを感じました。折り返し時点で3時間30分のペーサーさんも近かったので、追いつかれさえしなければよしということにします。

22km給水でも氷かスポンジを取っているので、暑さはかなりましに感じました。この先はずっとスライド区間ですし、ハーフの方も多いので、声を掛け合いながら走っている方も多かったです。25km地点も淡々と進みます。

26km給水では再びカットりんごをいただきます。既にコースアウトしてがっつり止まるモードに入っています。接触したりコースを塞いだりすることはないので、これはこれでよいのです。バナナもお勧めいただいたのですが、残念ながら満腹で……。

28km手前で再び岩木川と合流します。9年前は元気に下って行ったことを思い出して、ここも好きな場所だと確認します。木陰もあったりで緑がきれいなのです。


後半~終盤
- 後半(津軽路の優しさをまたしても)
大きくは下っているものの、ずっと下りというわけではなく、時々少し上ったりもします。29km手前では上っています。29km過ぎくらいの私設エイドでもコーラをいただきました。コーラは元気が出ますのでありがたいです。“ポイでいいよ!”と仰って下さるのですが、私は信念があるのでそれだけは固辞します。

個人の印象ですが、全体に氷やスポンジをその辺に投げ捨てる人(最悪なことに拾いにくい土手の下などに投げる人まで)は多かったように感じました。調子がよければそういう人は終盤でほぼ抜けるので少しは気分がよいのですが、今日はそれもできないので気が重いです。50代にもなってゴミの一つも捨てられない人に負けるのはやっぱり嫌です(※この人は最後歩いていたので抜きました)。

30km付近では右手にリンゴ園が広がっています。この先はまたリンゴ園がいくつも見られるエリアになります。岩木登山ばやし保存会の皆様の応援も受け、ようやく帰って来たという気持ちになります。給水も多くて助けていただいてばかりです。キロ5でもあと1時間くらいで終わるので、残りはそんなに長くありません。


心に残る稲穂の横を通って33km給水で回復してから、34km手前は上りになります。この辺りは真面目に走っていると堪えますし、遅くてもそれはそれで焦りも出ます。それでも応援して下さる方が多いので、お応えしながら走ればゴールは近づいて来ます。


往路でリンゴとプルーンをいただいた私設エイドが見えてきました。今回も親戚くらいの勢いで“好きなだけ食べていって”と温かく迎えていただき、ありがたくスイカとぶどうをいただきます。こうして津軽路で善意に触れられるのは、やはりマラソンをやっていてこそです。またここに来られてよかったと、何度も思いました。35kmで2時間52分過ぎくらいです。

- 終盤(りんごの力で最後の坂へ)
馬子橋を渡って右折し、並木道の直線に入ります。往路で手を振って下さった皆様にも再会でき、喜んで下さる姿も嬉しく感じます。太宰は、“津軽富士が美しい土地では、美人はどうか、心もとない”といったことを冗談めかして書いていますが、彼はフルマラソンを走ったことがないに違いありません。走っていると、応援してくれる方は誰しも素敵に映ります。


37km付近でガソリンスタンドの横を通り、少しカクカクと曲がると、幼稚園の中からも声を合わせて応援していただけました。大きくなって今日の事を覚えていることはまずないでしょうが、その時にアップルマラソンが身近な存在であり、好きになっていてくれるといいなと思いました。

給水を経て視界が開ける直線に入ってからは、往路の記憶を辿り、淡々と進みます。エイドで止まっている関係で3時間30分の集団が近づいているであろうことを考えると、あまり穏やかな心持ではありません。何となく声が聞こえる気もしますが、後ろは振り返りません。パッと見て近くにいたら嫌じゃないですか。

岩木茜橋の上にもメッセージボードでの応援があり、名前の方は今どの辺りを走っているだろうかと考えていました。この橋の先が40km地点だったようですが、見落としているので、あまり余裕はなかったのだろうと思います。最後の給水所でも氷をいただくと共にカットりんごを走りながらゲットし、坂に備えます。どうやら3時間30分には収まりそうです。


最後の上りは元気な時なら大丈夫そうですが、今日は上げる力もないので無理なく進みます。無理なくといっても楽ではないのですが、それでも2分もかからないので長くはありません。坂の途中の応援は大いに力になるものです。


上り切って左折し、すぐに右折するのですが、この直線が意外と長く感じます。さっき残り1kmの表示を見たはずなのですが、人間の感覚とは不思議なものです。流石にここまで来ると少しはペースが上がり、何人か力尽きている方を抜くことはできました。

最後の左折時には“3時間30分切れるよ!”という声をいただき、“9年前と同じだ”とちょっと感慨深かったです。歴史ある旧弘前市立図書館の姿を収めるために少し早めに写真を撮り終え、笑顔でフィニッシュしました。またこの津軽路に戻って来られて、本当によかったです。


アフター
レース後
会場
完走賞のりんごを受け取り、これぞアップルマラソンという瞬間を迎えます。アミノバリューは即飲み干し、給水所でマイカップ3杯の水をいただいてアミノプロテインとアミノバイタル粉を摂取します。持参した水や買い足した炭酸水も含めると、2.5l程を割と短い時間に飲みました。

荷物を受け取りに行くと、一人一人拍手で手渡して下さる演出、というか自然な空気がとても和やかでよかったです。受け渡しもとてもスムーズで待ち時間0秒でした。
着替えも荷物返却後すぐに衝立の向こうでできますので、楽でした。まだ混んではいなかったので、落ち着いて着替えることができました。
マジックスピード3さんは、踵が大きく削れてしまいました。このピッチでヒールストライクは無理なはずですが、時々は当たっていたのだと思います。フル8本頑張ってくれたので感謝しています。リディアードレーシングが功を奏し、今回は足の甲が腫れることもなく、回復の延長上にいる様子です。


スタート前に気になっていたカランカランアイスの屋台で、優しそうなおばさまにリンゴシャーベットを作っていただきました。果肉入りで懐かしい味です。と言いますか、今をときめくおいしさです。喜んでいただく姿をお見せし、お礼もお伝えすることができました。後で調べると、弘前市民なら誰でも知っている地元銘菓だったとのことで、また弘前の一面に触れることができました。


観光館ではねぷたも展示されており、やはりその大きさに驚きます。充実のお土産売り場もあったので、迷いながらお土産と弘前城クリアファイルを購入しました。



弘前市立観光館でレンタサイクル(普通500円)を狙ったのですが、直前で出払ってしまい借りられず。お土産を物色する前に直行するべきでした。しかし一番自転車に乗りたい時間帯は大雨だったため、結局借りても不満の残る結果になったことでしょう。

会場からは少々歩くのですが、折角の機会ですし道中パン活もできるので行ってみました。足裏の痛みでゆっくりしか歩けなかったので、途中おばあさんに心配され、二言三言お話しして置き去りにされるという逸話もあります。

ねぷた村は、弘前ねぷたの館や資料館、工房などを巡り、庭園も一周できるコースと、お土産屋さんが揃った観光施設で、バスで来られる団体さんもおられました。ねぷたを高い位置から間近で見ることができるのも貴重ですし、大いに喜んでいました。津軽こぎん刺しや津軽塗といった伝統工芸も直に見ると記憶によく残ります。









タイミングよく津軽三味線の生演奏の時間に訪れたため、若き演奏家さんの、迫力と染み込んでくるような津軽三味線独特の音色と音の力を初めて体感することができました。楽譜のない津軽三味線ならではの、その時にしか存在しない疾走感であったり泣き声のようであったりする音色は、正に一期一会のものだと思います。


パン活
- ポポロさん
食べ歩きができるコロネ型のりんごパイをいただきました。カスタードクリームが甘過ぎず、チーズケーキかのようなおいしさでした。他のパンもリーズナブルなものが多かったので、気になる存在です。



- Boulangerie Fourさん
卵サンドは食パンがとてもおいしく、卵の味と合わさって相当よき逸品でした。クルミパイもキャラメルの味と香ばしさが良くて、やはり生地も洗練されていました。




五所川原へ
15:40頃に荷物をピックアップし、雨の中頑張って歩きました。どうにか16:10には駅につき、リンゴを強く感じられるお菓子が食べたくなったので、ラグノオのパティシエのりんごスティックを食べて一息つきます。流石は天下のラグノオ、とても食べ易くかつ納得のお味です。


弘前16:29発→五所川原17:17着の五能線で移動です。久々の距離走と雨の中の歩行で着かれていたのでうとうとしましたが、到着する頃には復活していました。寝過ごしたらどこに運ばれていくのか分かりませんので緊張します。


五所川原駅をちゃんと見るのは初めてですが、ねぷただけではなくかわいらしいキャラもいるんですね。駅の待合室は列車のシートや昭和の居間になっていて、趣向が面白かったです。


夕食
とにかくしっかりしたおかずとごはんが食べたかったので、エルムの築地食堂源ちゃんさんにしました。“青森らしいものを食べなくてよいのか”という考え方もあるでしょうが、お酒を飲む気もない私にとっては、普通の食事が一番なのです。

どれも美味しそうでしたが、アジフライ定食にしました。肉厚のアジフライが三枚も重なっており、衣もサクサクで大変おいしかったです。


エルムはドンクもありましたし、全国のショッピングモールでおなじみのメジャーどころが沢山入っていて活気がありました。時間があればもう少し回ってみたかったですね。ブーランジェリータツヤさんでもパンを買い足し、大満足です。ライ麦フルーツは寝る前に半分いただき、噛み応えも楽しませていただきました。


温泉
天然温泉スーパー銭湯エルムの湯さんにお邪魔しました。480円という謎の良心的な価格が嬉しい所です。露天風呂、低温風呂もあり、ゆっくりと心身を落ち着けることができました。水風呂はぬるかったですが、横にあった掛水はかなり冷たくて気持ちよかったです。


夕方には痛みが強かった踵も、いつの間にかかなり回復し、歩行動作も普通に近づいてきました。希望を感じます。
お宿
ホテルサンルートパティオ五所川原さんです。駅からは少々歩きますが、6,800円とお値打ちだったのでこちらにしました。部屋はきれいですし、早速シューズを乾かすための古新聞をいただけたりと、親切でよかったです。


宿のコインランドリーで洗濯はできたものの、乾燥機は一台故障で使えず。どうしたものかと思いましたが、250m程の距離にコインランドリー中央店さんがあり、こちらで10分間パワフルな乾燥機を回したことで結果的に早く済みました。例の乾燥機は60分回してがっかりすることもありますし。

何だかんだで時間は過ぎ、『津軽』を読み切った頃には1時を回っていました。

翌日
五所川原スロージョグ
朝陽と共に目覚めます。6時には起床し、滅多にない機会だからと、スロージョグで五所川原散策に出かけます。とても涼しく、ほとんど汗もかかずに済むくらいでした。



岩木川を渡る際には、岩木山がしっかりと見えます。太宰によると、弘前の岩木山は重くどっしりしていて、五所川原辺りからだと端正で華奢ということですが、確かに見る場所によって姿が全く異なるそうです。どこからでも見えるというのがまたすごいのですが。




川沿いを少し走り、大規模改修中の立佞武多会館の横を通って晴れた日の五所川原駅を見ただけで帰りました。大体4kmくらいになりました。







シャワーを浴びて身なりと荷物を整え、カルツォーネをいただきます。クリームチーズが固まっているところが濃厚でかなりうまかったです。


駅まで歩いてコインロッカーに荷物を預け、久しぶりの津軽鉄道に張り切って乗り込みます。ちなみにJRのコインロッカー(400円)を利用した後に津軽鉄道の駅で300円のロッカーがあることを知り、金木なら確か200円のものもあったので、事前のリサーチは大切だということはお伝えしておきます。


津軽五所川原08:10発→金木08:31着で移動です。この時間だと地元の高校生の通学がメインです。二駅くらいで観光客数名のみになりましたが、この時間に着いてもまだ各施設は開館していないので、余程予定を詰め込みたい人以外は後の便で十分でしょう。






金木観光
- 斜陽館
太宰治の生家、とだけ聞くと普通の家を想像しそうですが、とにかくでかいです。初めて訪れた時、想像の10倍くらいでかいと衝撃を受けました。前々から再訪したい再訪したいと言いながらもなかなか果たせずにいたのですが、昨年こちら↓の記事を読んだこともあって今回の遠征を組みました。帰って来て読み返してみると、かなりの部分で行動や感想が重なっていて面白いですね。
建物の前まで来た時、“記憶よりもでかい!”と笑みがこぼれました。聳え立っているというか、はみ出して迫って来そうな勢いです。いくら貴族院・衆議院議員で県内長者番付4位だったとはいえ、ここまで豪奢というか桁外れな家を建てるとは。当時4万円、現在に換算すると8億円くらいを個人で出すとか、どんな世界なのでしょう。

9時の開館と同時に入り、“ここが『津軽』でたけが記憶の中で語った蔵の入口の階段なのか”、“あのソファに寝転がってサイダーをラッパ飲みしたのか”とか、“あのふすまに書かれた「斜陽」の文字を見て育ったのだ”、“この金襖の間で微妙な距離感の中、手土産の蟹を食べたのか”といった、9年前と同じ思いと、作品を読み直して記憶が更新された部分への反響が新鮮な驚きと共に湧き出ました。撮影はできませんでしたが、蔵には太宰愛用の二重廻し(マント)や紋付、調度品など、在りし日の面影と生活を偲ばせる品々も展示されていました。





建物の大きさは、蔵を入れると地方銀行よりも大きく、人が生活する場というよりは城や砦といった印象すら受けます。前も書きましたが、この豪邸で過ごすと、抑圧感が尋常ではないと思います。庭園の方から吹き込んで来る10月の風は涼しく心地よくありつつ、しかしすぐに身を切るような寒さへと移り変わりそうなものでした。この津軽の地で厳しい冬を過ごす新興貴族の少年の心理はどのようなものだったでしょうか。







記念に感想ノートに記帳し、パンフレットに記念スタンプを押し、津軽デザインのクリアファイル、センスの光る一筆箋、文庫本カバーを買いました。触れるごとにこの旅のことを思い出すことでしょう。


こちらも9年ぶりの訪問が叶いました。あの日と同じように管理人さんが熱心に解説して下さり、目に情景が浮かぶように感じるのも変わらず、懐かしさすらありました。“どちらから?”と聞かれたので、“大阪から実は2回目でして”とお返しすると、“なんだ、言ってくれればよかったのに”と打ち解けた空気すら流れました。このお方のお話しはとにかく面白いので、是非訪れることをお勧めします。

十畳間も、作品だけでなく太宰の人生の転換点として大事な場所です。書斎では卓の前に座ることができます。丁度人の少ないタイミングだったので、しばし正座して心を落ち着けます。雑音と要らない物に囲まれた日常では何もできない、このままでは駄目だと思いました。それと共にこの9年間のことも思い出し、幸せでありながらも戻らない時間のことも思っていました。



太宰と兄妹の写真が残っている洋間も、歩くと鳴る鴬張りの床も、一つ一つが記憶を呼び起こします。1948年に売却された後に曳いて移動されたことにしても、この辺り一帯が津島家のものだった時代には改めて圧倒的なものを感じます。





帰宅後『親友交歓』などを読み、早速記憶をつなげて浸っています。“とにかくそれは、みごとな男であった。あっぱれなやつであった。よいところが一つも微塵もなかった”とか笑 管理人さんもどうかお元気で。またお会いできますように。



- 津軽三味線会館
斜陽館との共通入場券を買ったので行ってみました。丁度津軽三味線の演奏の時間に入れ、寂寥感も漂う調べから疾走感溢れる激しい曲まで、幅広く、奥行きも深い津軽三味線の世界にもう一度触れられました。やはりわからないながらも、とにかく直に本物を体感するに越したことはありません。



館内の展示は撮影禁止でしたが、津軽三味線の始祖二太坊の話を知ると、病で光を失ったにもかかわらず気迫のこもった演奏を続ける姿は、さぞすさまじいものだっただろうと想像できます。津軽三味線の製作過程も普段考えたこともなかったので、面白かったです。願わくは初心者向けに体験できる津軽三味線が置いてあったらより楽しかったかもしれません。一切弾けませんけど。

- 産直メロス
斜陽館の目の前にあるお店で、地場野菜からお土産まで何でも揃っています。団体さんのバスはここに止まり、斜陽館を勢いよく見学してからこちらに流れ込んで沢山お土産を買うまでが順路になっています。






こちらではKoneruさんの塩豆バターパン(豆の甘さと塩バターがうまし)、リンゴラズベリークレープ(予想よりリンゴたっぷりで嬉しい)、津軽銘菓の甘露梅(求肥と餡を紫蘇の葉でくるんだもので、正に地元のおいしさ)と、つてっちークリアファイルを買いました。




- 芦野公園
斜陽館から1km強ですので歩きました。太宰治がよくここで遊んだということです。津軽三味線発祥の地の碑、吉幾三の津軽平野の歌碑、太宰治の銅像もあります。太宰治記念碑には、「撰ばれてあることの恍惚と不安と二つわれにあり」というヴェルレーヌの言葉が刻まれています。




公園内は木々も多く、湖もきれいですから、どんな景色が続いているのか気になります。折角なので散策がてら川倉賽の河原地蔵まで行ってみることにしました。誰もいなかったので、貴重品以外の荷物はその辺の陰に置いておきました。



遊歩道を適当に進んで舗装路に出て左折し、トータル2km程で到着。イタコの霊媒で有名な地でしたが、地蔵堂が閉まっていたことと周囲が明るかったことからそれ程怖くは感じませんでした。夕方だったらまた違った感想を抱いたことと思います。


最後は結構急ぎましたが、迷うリスクのない北側の道路を進み、13:30頃には太宰治像の前まで戻って来ることができました。急いで汗を拭きシャツを着替えて芦野公園駅へと向かいます。




切符を駅の横の喫茶店で売っているのが面白かったです。『津軽』でも娘さんと美少年の切符の一幕がある場所ですね。もっと大声で芦野公園と叫んでもよいのです。




芦野公園13:49発→津軽五所川原14:21着の便で移動です。走れメロス号だったので、途中から女性添乗員さんの解説付きでより楽しめました。今年の鈴虫の動向、岩木山撮影スポット、香取慎吾さんがラッピングした車両など、津軽鉄道に乗る楽しさが増すもので、とてもよかったです。




津軽五所川原14:33発→弘前15:22着に乗る前に、コインロッカーから荷物を取り出します。12分あれば余裕です。津軽鉄道の駅ではよさげなグッズが沢山売られていましたが、ついつい買ってしまっても使わないかもと、グッと我慢しました。


弘前アゲイン
- 虹のマート
駅の近くにある市場で、鮮魚や野菜、お惣菜も揃っていて、地元の方にも愛されている場所です。バスターミナルの前なので、帰りはここからバスに乗ってもよさそうです。



パン・ド・マルシェさんではチーズカップとマスカルポーネチョコを購入。チーズとマヨネーズの相性もよかったですし、マスカルポーネをたっぷりと使ったパンも久しぶりだったので喜んでいただきました。記念に市場のシール台紙もいただきましたが、150枚貯めるには足繁く通う必要があります。





おかずやハマダさんでは納豆はんぺんといがめんち、アップルパイをいただきました。納豆はんぺんは、はんぺんの中にひきわり納豆を入れて揚げたもので、初めて食べましたがとても気に入りました。いがめんちは厚さもあって葱が効いていたのでおいしかったです。アップルパイもシナモンなしのりんごストレートで、非常によいお味でした。




折角なのでシーナシーナのくまざわ書店さんで青森ゆかりの作家の本を買い、駅のしかない煎餅さんでお土産を購入して弘前を後にしました。弘前駅16:51発→青森空港17:45着で移動です。




空港ではリンゴ酢を買えてよかったです。近場で手に入るリンゴ酢は種類が限られるので、青森では是非欲しいと思っていました。甘栄堂さんの青じそうんぺいで、旅を締め括りました。


JAL青森空港18:40発→伊丹20:25着(16,290円とリッチですが、決断が遅いとこうなることもあります)で帰りました。りんごの爽やかな香りと共に無事に帰宅し、日常に戻ります。
最後に
弘前・西目屋の皆様のお陰で、“9年前に見たこの津軽の地をもう一度見届けたい、あの日の応援も確かめたい”という願いも叶えていただくことができました。元々持っていた大会のよさは一切損なわれることがなく、今も温かな笑顔と気持ちのよい風、りんごの香りがそのままここにあります。
“専門科目は、人が仮に愛と呼ぶものだ”と綴った太宰が育ったこの地で、自分もまた新たな喜びと感情に触れることができました。太宰がたけとの再会を果たした時ほど間が空いたわけではありませんが、きっと、いくらか共通するものがあったと思います。それは、うまく言葉にはできず、仮に与えた名前で呼ぶしかないものなのでしょう。そして、本当に会いたい人には何らかの形でまた会えることを望みます。
今も変わらず素敵な大会を開催していただいた津軽の皆様に、重ねてお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。
ここまでご覧いただきありがとうございます。