2017年の初参加時に温かな応援と田沢湖の美と空気に魅了され、2018年はハンガーノックに苦しみ怪我以外で唯一歩いた思い入れのある大会です。新たな記憶を求めて2024年もエントリーしていたのですが、豪雨によるコースの一部崩落により中止。待ちに待った7年ぶりの参加となりました。
コースは言うまでもなくきつく(穏やかな表現をすると走り応えがあり)、マニアの間でも名高いものです。相当体調を整えた上で前半自重する展開にしないと大変な目に遭うことでしょう(身を以て語れます)。しかし苦しいだけではなく、後半の田沢湖周回に入った時の田沢湖ブルーの美しさには、誰しも心を奪われます。自分の調子にかかわらず、必ず“ここに来てよかった。今この瞬間を大事にしよう”と思えます。




本来は8時半スタートの予定でしたが、大曲駅から始発でも間に合わない我々(だけではないとは思いますが)のために開始時間を9時にずらして下さった心意気も大変ありがたかったです。ここまで来て何もできずに帰るのは悲し過ぎますので。幸い、気温も上がらなかったことに加えて吹いて来る風も気持ちよく、走るには絶好のコンディションだったと思います。私設エイドこそないものの、5km以降は概ね2.5kmごとに給水所とスポンジエイドがあって水も飲めますし、バナナやパンもあるので心強いです。




走りは、シューズを雑に履いたのが災いして終始足の甲が痛過ぎて(久々に腫れて日常生活に支障が出ました)、恵まれた気象条件を活かすこともできずに無理のないスピードで走っただけで終わりました。3時間26分台と2018年の3時間13分台よりも大幅に遅かったのですが、ハンガーノックにはならず、終盤の長い坂と連続するうねりにも歩かなかった点はよかったです。不完全燃焼だっただけに、また来たくなりましたね。(144bpm, 194spm, 1.04m, 5.3%, 5.9cm, 48.0%:52.0%, 249ms, ズームフライ6茶グレー)




今回はスピードが出せず体力的には余裕があった分、応援して下さる皆様の声はよりしっかり感じ取ることができました。エイドの運営や誘導、渋滞にもかかわらず車内から応援して下さる声、沿道のおじいちゃんおばあちゃんやお囃子など、大会の魅力の一番大きなところは、ここにあるのだと改めて実感しました。ふるまいのおにぎりと豚汁も格別のおいしさです。








観光も、後泊ができなかったものの、前日は秋田市内で赤れんが郷土館やねぶり流し館、千秋公園などを巡ったり、前泊した大曲で花火伝統文化継承記念館も見学できました。オープンカツに納豆汁、きりたんぽ、そしてババヘラアイスもいただき、秋田をしかと感じられる旅になりました。








とにかく遠いです。そしてコースもとてつもなくきついです。それでもまた来たくなるのは、田沢湖の尊いほどの美しさだけでなく、地域の皆様の田沢湖と田沢湖マラソンを深く愛する気持ちがダイレクトに伝わってくることが大きいです。私はこういう大会が大好きですし、開催して下さる皆様が“やってよかった”と感じ、深さも笑顔も日本一の大会として、少しでも長く続いてほしいと願っています。




田沢湖の皆様、長きに渡り深い愛情で伝統の大会を支えていただきありがとうございます!どうしても惹かれてしまいますので、また走りに行きたいと思います!
秋田100kmも素晴らし過ぎたので、来年は出たいところです。走る度に秋田が好きになっていきます。
公認フルでおそらく日本一きついのは榛名湖マラソンです。田沢湖は二番目でしょうか。思い出深いのでまた出たいですね。
マラソンがあったからこそ、知ることのできた地域の魅力があります。長井マラソンも大好きです。
続きのページには、コースの写真だけでなく、難易度の高い移動や一泊二日の観光情報等々、思いつく限り書いています。
コメント、スター、↓のバナークリック、SNSなど何でもよいので読者の存在をお知らせいただけますと、私が観音様に唆されてダーマの神殿でジョブチェンジします。
次回予告は“岩木山と林檎の里へ”です。9年ぶりに斜陽館にも行く予定です。
前日
伊丹から秋田へ
5時20分には起床し、納豆、ヨーグルト、レタスにチーズといった普通の朝食を取りました。荷物は夜のうちに完全に準備しておいたのでそのまま出るのみです。6:48梅田発の阪急には乗れたので、保安検査も余裕で間に合いました。

伊丹7:50発→秋田09:05着のJALで飛び立ちます。往復セイバーで27,640円、まずまずです。移動中読書は、フッサールの『デカルト的省察』を少々でした。数年前に買ったものの挫折を繰り返して放置していたのですが、フッサール現象学の入門書はこれということですので、気になって再挑戦しています。しかしやっぱり何を言っているかさっぱり分からない部分も多く、どこまで読むかは……。デカルトも多くの前提を置いた上で方法序説を著しているので、その前提を取っ払って(現象学的にはエポケー)



秋田空港からは9:20発のバスです。交通系ICカードが使えて便利です。秋田駅西口ではなく、一つ手前の北都銀行前で降車し、傘を差しながら観光開始です。


秋田市内観光
秋田市立赤れんが郷土館、勝平得之記念館
昭和44年3月まで秋田銀行の店舗として使われていた建物で、外観は1階が白磁器タイル、2階が赤煉瓦、正面の円筒状構造はイギリス・ルネサンス様式、入口はイタリア・ルネサンス様式、銅板ぶきの越屋根は北欧式ということで、豪華な顔ぶれですが、いずれも見事に調和しているように感じました。弘前や岩手、尾道などもそうですが、明治・大正期の地方銀行の建物は素晴らしいですね。今だとゼネコンがどこも同じような建物を建てているように思いますが、古いものはこだわりが違います。

内装もバロック式で、貴賓室では寄木細工の床やあえて基本的な造りにしてある暖炉なども見られます。会議室は「鍛金」の人間国宝関谷四郎記念室となっており、「接合せ」(銀や銅など異なる金属を接合させる)の技法や道具の解説、作品が展示されています。神経を要し気の遠くなるような作業から生まれる作品は、正に世界に一つしか存在しないものでした。







勝平得之(かつひらとくし)記念館では、日本を代表する版画家の真髄に触れることができます。木版画の絵・彫り・摺りを全て独学で習得し、秋田の風景や風俗を描いています。色摺り版画は五月の鮮やかな緑から秋の千秋公園、雪の静かな重さまで、引き込まれるものでした(写真が残っていないので、撮影はできなかったはずです)。
企画展では勝平得之が収集した美人画が展示されていました。旅先で予想外にアンニュイな竹久夢二作品に出会い、金沢の湯涌夢二館を思い出します。江戸末期の歌川豊国(三代)は完全な浮世絵ですが、山川秀峰は昭和に入り、特に目元が現代のものに近づいているように思いました。



ねぶり流し館(秋田市民俗芸能伝承館)、旧金子家住宅
「ねぶり流し」は、元々提灯を高くかざして歩くもので、眠気と悪霊を取り払う眠り流しとして生まれたもののようですが、江戸時代後半には「眠り流し灯籠」として長い竹竿に灯籠を沢山つけて練り回る「竿燈」行事となったとのことです。

竿燈は三階まで伸びているのですが、写真ではその長さは伝わりません。ミニ竿燈も置いてあったので手に取ると、それなりに重さがありました。すごいと感心したのは、子供がこのミニ竿燈を額に乗せてバランスを取っていたことで、子供ならではの運動神経と秋田の文化の根付き具合を目撃する場面でした。小学校でこういう遊びをするものなのかもしれません。



竿燈だけでなく郷土の民俗行事や芸能についての展示もあり、梵天、土崎神明社の曳山行事、秋田万歳などについても学ぶことができます。太鼓も叩けるのですが、ちょっと恥ずかしいので控えめに鳴らしただけでした。友達とリズムよく響かせていた方が羨ましく思えました。


旧金子家住宅は、江戸時代後期から昭和50年まで、質屋・古着商、呉服・太物などの卸を営んでいた明家の伝統的建造物です。足袋などが売られていましたが、大坂まで商品の仕入れに出かけるには徒歩で3か月(往復?)もかかったとのことです。



幕末から残っている土蔵に続く土間、火事に備え屋根の上に置かれた天水甕など、当時の暮らしがよくわかるもので、歴史を感じられます。秋田市立赤れんが郷土館もそうですが、職員さんはとても親切な方で、落ち着いて見学できました。

千秋公園・久保田城跡
久保田城は佐竹氏が築いた平山場ですが、石垣も天守もないという渋いものです。天守が初めから造られなかったのは、国替えによる財政事情や幕府への軍役奉仕、徳川幕府への遠慮などが原因であると考えられており、戦国の世ではないのでそういうものかなと逆に感心します。20万石あっても控えめなのですね。



千秋花火の準備のため14時以降は二の丸に入れないとのことでしたが、それまでに通れました。雨で大丈夫かなと心配しましたが、その後無事に開催されたようでよかったです。

最後の藩主佐竹義堯公の銅像ににもまたお会いできました。そういえば太平洋戦争時には解体撤去されて台座だけになっていたところを、戦後に復元されたのでした。千秋公園は木々も多く噴水もきれいですので、歩いていて癒されます。




久保田城御隅櫓は、市制百周年を記念して復元された建物で、史料にある二階造りを基本とし、展望室も加えたものとのことです。靴を脱がずに入れるので、濡れた靴下で板敷きや畳を汚してしまうのでは、といった心配は無用でした。秋田の歴史の解説パネルもコンパクトながらまとまったものがあり、阿仁の金銀高山や久保田城の模型が印象に残っています。


雨で遠くまでは見えなかったものの、日本海の方には男鹿半島もどっしりと構えており、短い時間でも上っておいてよかったです。

パン活・スイーツ活
- 亀の町ベーカリーさん
秋田駅ではなく北都銀行前でバスを降りた大きな理由がこのお店の存在でした。お洒落な店内においしそうなパンがずらりと並んでいます。



いもチーズカンパーニュが温かくてとにかくおいしかったです。いぶりがっこチーズフランスもどこを食べてもポリポリしますし、クリームチーズともよく合います。イチジクとクルミはカットされたものを選び、翌朝用にと思ったものの、我慢できずに半分食べてしまいました。記念にポイントカードも作ったので、また来たいと思います。



- ボナペティパン工房 ボーヌさん
ねぶり会館のすぐ傍という最高の立地です。こちらも人気店で、雨にもかかわらず次々とお客さんが来店されていました。パンは勿論のことお総菜もおいしそうなものばかりです。むかしのコロッケ(鶏ひき肉入り)とクリームコロネ(チョコの香りからしてそそる)をおいしくいただきました。むっちゃ分厚いカツサンドも惹かれましたが、一個でお腹いっぱいになってしまいそうなので、グッと我慢しました。





- おっぺる青木堂さん
大正11年に和菓子屋として創業して以来、100年以上の歴史を持つお店です。おやきあんパンは安定感のある味もさることながらボリュームが抜群です。黒糖蒸しパンは甘くなく、食べ易い味でした。お店が一世紀以上地域に愛されている理由もよくわかります。



秋田13:45発→大曲14:34着の田沢湖線で移動です。この区間は交通系ICカードが使えませんので、紙の切符を買うようにしましょう。




大曲観光
雨で少々肌寒いくらいで、足元も快適ではなかったのですが、折角明るい時間に来たので色々回らない手はありません。知らない街を歩くのは、いつだってそれだけで新鮮で楽しいものです。






花火伝統文化継承資料館(はなびアム)
大曲といえば花火の街ですので、是非見学しておきたい場所です。花火の製作工程の解説や大曲花火大会の歴史について学べるだけでなく、10号玉を持ち上げてみたり(約8kg)もできます。20号玉や、30号玉まであってその大きさに驚くと共に、ほんの一時で消えていく芸術作品に全てを捧げる情熱を感じられます。シアターの映像では、冷戦末期にベルリンの花火大会に招待された大曲の花火職人さんが「空には壁がない」ということを仰ったという場面があり、深くて重い言葉だと思いました。






ブルーノ・タウトが絶賛した丸子川の景観を見下ろしながら、花火大会の会場はあの辺りで、夜空が想像できないくらいの色彩と音で輝くのか、と思い浮かべていました。


別館の方はほとんど時間がなかったのですが、袋物の解説が面白かったです。“電線に引っ掛かる、追いかけて行って事故につながるなどの問題が相次ぎ、今や製造されていない”といった哀愁漂う記述でしたが、かつては大らかな時代があったことを語る史料とも言えましょう。


丸徳商店さん
「元祖芋きんつば」を掲げる八百屋さん。魅力的過ぎて引き寄せられます。お惣菜も種類が豊富で、近くにあるとかなり活用したくなるお店でした。


注目の芋きんつばは、温かく程よい柔らかさ、そして絶妙な甘さでとてもおいしかったです。“芋きんつばを一つ”と言ったところ、お店のおじさんが“一個か!?”と驚いたのが面白かったです。身体が大きいので沢山買うかと見せかけてご期待を裏切り、すみません。


夕食
富樫食堂さんは見つからなかった(この日はおそらくお休み)ため、宿の一階にある和台所花さんにしました。やはりご当地メニューを食べたいため、大曲のソウルフードといわれるオープンカツと納豆汁を選びました。

オープンカツはカツ自体のサイズがすごいだけでなく、カレー、チキンライスとサラダも乗ったボリューム満点のワンプレートで、大変私好みでした。納豆汁は温泉卵とおこげいりの大曲版にしました。すりつぶした納豆の香りは強めで、苦手な人はいると思いますが、私は好物ですのでおいしくいただきました。
お店の方にも田沢湖マラソンの応援をしていただき、エネルギー満タンで頑張りますと笑顔でお礼を言いました。


7年ぶりのグランマート白金店さんでゆで卵と牛乳、ヨーグルトを買って終了です。



お宿
2018年と同じグリーンホテル大曲さんにしました。Booking.comで5,500円、格安です。予約は4/2に済ませていました。部屋には必要なものが全て揃っていることに加え、大浴場と豪華なマッサージチェアまであり、ウェルカムコーヒーや夕食割引券券までついてくるという厚遇ぶり。エレベーターも待ち時間が短く、忙しい朝も困ることなし。全体として非常に満足しています。


レース当日
レース前
5時20分起床です。窓を少し開けて寝たのですが、とても涼しくて快適でした。朝も気温が低くて一安心です。雨も上がってくれました。

朝食はいちじくクルミとゆで卵、牛乳です。時間があったのでシャワーも軽く浴び、装備も整えてから出発です。

大曲06:22発→田沢湖07:21着の田沢湖線で移動します。秋田からだと始発でもこの便には乗れないので、田沢湖エリアで宿が取れなかった場合の公共交通機関はこの始発しかありません(盛岡始発という選択肢はありますが)。田沢湖マラソンのランナーで混んでいましたが、大曲からなら座れました。途中角館で20分程停車するので、大曲07:02発→田沢湖07:41着の便の方が効率はよいです(ただしシャトルバスが定刻通りでも8:30のスタートには超ギリギリです)。ひたすら目を閉じて回復に努めました。


田沢湖駅からは7:30発のシャトルバスに乗車する予定でしたが、輸送計画が甘かったのか私を含めてそれなりの人数が乗れず、後の便を待つことになりました。結局乗れたのは7:57だったので、30分かかるという話からするとスタートに間に合わなさそうです。しかしどういうわけか、特にいらつくこともなく、“地方大会だからそういうもんだよな”と呑気に構えていました。

バスはコース前半の一部を通るので、ここで記憶を喚起しておきます。“そういえばここもこんな景色だったな”ということもどんどん蘇ってきます。
8:13には駐車場に到着し、目の前の手荷物預かり所に預けるか迷いましたが、やはり終了後にこの坂の上まで着替えを取りに来るのは辛いと判断し、会場最寄りの預かり所へ。予想されたことですが長蛇の列でしたね(そりゃそうだ)。この時点で間に合わないことは確定なのですが、ありがたいことに“フルマラソンのスタート時刻を30分遅らせ、9時とします”というアナウンスが流れており、救済されました。地方の名大会の柔軟な運営に感謝です。


まずは久しぶりの田沢湖の姿を確認し、青と緑の混ざった形容しがたい色に、“もう一度来ることができてよかった”と実感します。


個人的に気になる高齢ボート達も探しましたが、総じてきれいになっていました。権利関係も大丈夫そうです。

少し時間があったので湖畔のパン屋Lazuliさんへ。終了後に売り切れていたら切ないので、後で食べるようにと買ったのですが、焼き立てであまりにおいしそうだったので先に食べることにしました。朝食にチーズを食べていなかったため、丁度よかったです。



遅い時間になると荷物預けの列も短くなっていたため、割とスムーズに与っていただくことができました。紙の札は走っている間にふやけて溶けるだろうと思いましたが、打つ手もないので腰のポケットに入れて存在を忘れました。極小サイズのビニール袋でも持って来ればよかったですね。
スタート前給水も充実しており、早速バナナとレモンをいただきました。こういう所が伝統の大会らしさを感じさせます。水はマイカップでいただき、一つだけですが紙コップの使用削減に貢献しました。

陸連登録の部は一番前で、こんなに速く走るつもりもないのに、と思いながらも整列します。30分遅らせていただいただけあって時間に余裕があり、ゆったりと動的ストレッチもできました。


【ちょっと真面目な話】
練習
わっかないの直後は道マラより明らかに足裏の痛みが軽くて希望を感じるも、その後数日は停滞。翌週土日は世界陸上のマラソンを見ていたため出発が遅くなり、キロ6近くで長く走るくらいで練習としては今一つでした。
平日になってふと、フォームと足裏の筋肉の連携を改善できるのではと思い立ったため、火水と夜に裸足で走ってみました。家からは若干遠いものの、人工芝のトラック(1周300m)がありますので。ここなら落ちているものを踏んで怪我をすることも、動物の諸々で汚れることもありません。
キロ9分より遅いペースで始め、段々と慣れてきてキロ7分少しくらいまで上がって終了。距離は4kmと5kmでしたが、ピッチは勝手に190弱くらいになりますし、シューズを履いて走っている時にも“裸足だったらこんな接地はしないだろう”という感覚が今後にも活きそうな気がします。気が向いたらドリル的に、月に数回くらいやってもいい気がしました。ただ、二部練は夜遅くなるのが難点です。
日曜:わっかない平和マラソン:3時間26分台
月曜:観光スロージョグ(9.1km, 5.5km)
火曜:オフ
水曜:有酸素ジョグ42分(Zone1, 6.9km, ボメロ18)
木曜:有酸素ジョグ66分(Zone2, 12.4km, エアロ20)
金曜:有酸素ジョグ61分(Zone2, 11.3km, ハイパースピード4)
土曜:有酸素ジョグ82分(Zone2, 15km, ボメロ18)、スロージョグ35分
日曜:有酸素ジョグ120分(Zone1, 20km, ズームフライ5、休みあり)、スロージョグ30分
月曜:有酸素ジョグ21.1km(Zone1,タクミセン9)
火曜:有酸素ジョグ42分(Zone2,3 8km, ハイパースピード4)、裸足スロージョグ34分(4km)
水曜:ペース走6km(24:45, ズームフライ6)、裸足スロージョグ5km(41:04)
木曜:有酸素ジョグ55分(Zone1,2, 9.8km, ハイパースピード4)
金曜:有酸素ジョグ61分(Zone2, 11.3km, エアロ20R)
土曜:オフ
シューズ
マジックスピード3さんはかなりの高齢ですし、新しい方がよいだろうとズームフライ6茶グレーにしました。先に書いておきますが、このシューズはあまり合っていないのかもしれません。終始足先と足裏が痛く、分厚いのに何故?と思いながら走りました。終了後も血管が見えなくなる程度に腫れていましたし。


でも奥熊野いだ天100kも向津具ダブルフルもズームフライ6でしたし、ふくい桜も問題ありませんでした。最近のペース走でも古いズームフライ6で痛みなく走れています。気づかないうちにダメージが蓄積していたのかもしれませんが……。
装備
7年前と同じアンダーアーマーノースリーブにTIGORAキャップ白です。ミズノマルチポケットパンツとザムストソックスのストロングスタイルは、前回より攻めています(2018年頃はタイツを履いていたはず)。ニューハレ踵二重も定番ですが、今回は一本縦のラインを入れるのを忘れたため、効果はもう一つだったかもしれません。

持ち物
7年前のハンガーノックの怖さがありますので、スタート前にアミノ酸を飲み、ジェルフラスクも2つ、メダリストを溶かしたものと、アミノ酸とマグオンを溶かしたものです。回復用のアミノバイタル粉とアミノプロテインも忘れません。スマホは水も被るでしょうからジップロックに入れました。
レース
序盤~前半
- 序盤(早くも上りと下りのオンパレード)
上り坂の途中からスタートし、駐車場を過ぎてから一気に下ります。中間点過ぎでは上りと化すこのエリアもしっかりと覚えておきます。坂を下ると黄金色の稲穂と沢山の方の応援がランナーを迎えてくれます。この空気に惹かれてランナーは全国から集まるのです。


ゲートをくぐって田沢湖エリアから送り出され、左折します。ここは後で19km地点と重なることを認識しました。この先は下りも挟みつつ、うねりながら徐々に上っていく感じです。


4kmを過ぎた辺りで明らかな上りになり、高低図通りだと理解します。ここはそれなりに長いので、無理のないペースで行けばよいと思います。序盤で飛ばすと必ず後半・終盤で手痛い目に遭うのが田沢湖マラソンです。


それなりに上った頃にようやく右折し、グッと下ります。そして5kmを過ぎて初めての給水。応援してくれるお子さんもいます。こちらで水をしっかりいただき、冷えていることに感謝します。給水の後は短いながらも急な上りですので、そのつもりでいないとむせるかもしれません。

このエイドだけゴミ箱がないという仕様は7年前と変わっておらず、ランナーはやむなく道路脇に捨てていました(私は当然次のエイドまで持って走りましたが)。せめて囲いくらいは設けてもいい気がしますが、長年このスタイルですので、これはこれで最適解なのでしょう。その後のエイドではゴミ箱は十分に用意されており、ランナーもしっかり捨てていたので、もしかすると最初に罪悪感を植え付けることでピリッと引き締める効果を狙ったのかもしれません。自然の中を走るので、全体にマナーはよかったと思います(唾吐きおじさんはいっぱいいましたが)。
エイド後の坂を上った後はかなり長い下りになりますので、ここで休めばよいと思います。20kmで戻って来ることを確認しながら左折する辺りで7kmです。この交差点も応援が多くて元気が出ます。7kmで34分辺りだったはずです。



- 前半(田沢湖駅でも温存を)
ここからは田沢湖駅に向けてひたすら南進します。順風ということもあり、とても楽に走れます。折り返してくる場所でもありますので、応援の方とも再会することを期待しながら走っていきます。マラソンのせいで渋滞になっているにもかかわらず、かなりの数の車からエールもいただけて嬉しかったです。


楽しみにしていた見通しのいい田んぼを見ながら、過去二回走った時のことを思い出していました。2017年は台風接近による強風で全然進まず、2018年は調子に乗って走っていたなと。今日は足裏の痛みが和らいでいる感じもなくかなり暗い気持ちになりかけましたが、できることをやるしかないので、裸足の場合の接地をイメージしながら淡々とジョグしていました。集団に抜かれましたが、そこまで遅くはなかったので気にしないことにします。

10kmのエイドでもバナナをいただき、牧草ロールの応援も見届けながら進んでいきます。おそらくこの辺りがコース内の最低点だと思います。田沢湖駅前の上りもきついことは復習済みですので、ここは淡々と上りました。足裏が絶不調でも他の部位は問題なく、体力も使っていませんので、上りは相対的には速かったです。


蜂蜜屋さんの広告を見て、高架を潜ってもう少し行くとまた応援の方が増えます。横断幕まで用意していただき、ランナーからはしっかりと見えています。この上りが落ち着くのはせいぜい2、3分くらいだと思います。


一旦迂回する形で駅前に戻ってきます。過去の大会では既にかなり疲れていたはずで、この景色は覚えていませんでした。“こんなにはっきりと見えたのか”と思いながら、応援の多さとエイドの給水にも力をいただきます。

13kmを過ぎてから、ツルハドラッグの所で左折して跨線橋へ。ここは朝のバスから確認していました。手前でおじいちゃんおばあちゃんが応援して下さっており、おそらくお互いに元気を分け合えたかと思います。跨線橋はちょっと上りますが、下っている時の正面の山もきれいでした。



中盤
- 中盤①(田沢湖まではまだ至らず)
そのまま田沢湖に直行するわけではなく、一度右折して生保内(おぼない)地区に入ります。立派な中学校と木陰が新鮮な気持ちにさせてくれます。時折日差しも出ましたので、キャップの前後を替えながら、首又は目を守るようにします。

生保内地区も応援の方が多く、おそらく地域の校章(?)であろう帽子を被った方が誘導や応援、エイドの運営に力を貸して下さっていました。こういう所もよく見えるようになると、マラソン自体の幸福感が一気に増します。

高低図的には15km辺りでも高度が下がっており、確かに長い下りもありました。この交差点を左折する辺りからは、うねりながら上っていく展開になっていたはずです。休める下りは貴重ですので、活用していきたいところです。

17.5kmのスポンジエイドの手前には、お囃子で応援して下さる方々が。遠くからでも笛と太鼓の音が聞こえて来ますので、楽しみに走れます。スポンジエイドといいながら給水もありますので、2.5km置きのサポートはかなり心強いです。

なかなか田沢湖に辿り着きませんが、20km看板で左折して橋を渡ると、帰って来たという実感が湧きます。この橋からの玉川の流れはとても気持ちのよいものでした。



20km給水所でもハンガーノック対策としてあんぱんをいただきました。コップ一つの水で柔らかくするにはゴミ箱まで距離が取れなかったため、しばらくかけて少しずつ食べました。甘さが力を与えてくれます。21kmで1時間42分27秒程。大分遅いですが、仕方ありません。


- 中盤②(田沢湖ブルーに迎えられ)
中間点を過ぎると田沢湖へのキツくて長い上りが始まります。ここは長いので心してかかった方がよいでしょう。加賀温泉郷マラソンのラスト程ではないにせよ、油断していると結構力を使ってしまいます。前回の教訓を踏まえて、頑張らずに上りましたが、坂の上の方では腕振りもいくらか用いました。


駐車場まで来てしまえば下りになりますので、応援の声と目の前に見えてきた田沢湖の姿を楽しみに走れます。スタート地点を通過し、お店の様子を見ながら進むと、いよいよ神秘の湖が。

田沢湖は、スタート前とはまた違う色と輝きで、ランナーを待っていてくれました。2017年に強く胸を打たれ、2018年も続けて来るまでに魅了されたあの姿と感情も一気にリンクします。この瞬間が迎えられるのは、マラソンランナーだからこそです。それも一度だけでは知ることがなく、二度目でも足りず、三度目だからこその感情です。風も湖の方から吹いてきて、身体を冷ましてくれます。残り距離も半分を切り、最後までよろしくという思いを抱きます。

ここから先はひたすら湖畔沿いを駆ける時間です。暑い印象がありましたが、記憶よりも木陰が多く、今日の気温であればかなり快適に走れました。しばらくは大きな上りもないため、時々右手から流れ落ちて来る川の力強い音や涼しげなしぶきであったり、日常とは異なり騒音から解放された空間であったりに癒されながら走ります。勿論、左手からはずっと田沢湖が見守っていてくれます。


御座石神社へ向かう遊覧船ものんびりと進みます。“ここも辰子姫伝説縁の地なのか”と考えたり、三度目ともなると楽しみ方もわきまえています。それにしても永遠の若さを望んだ娘に水を飲むように告げて龍にしてしまった観音様はよいことをしたのでしょうか。田沢湖の主となりキャリアとしては類を見ない程の昇進を遂げたので、本人も家族も喜んでいるというのであればよいのですが、母親は悲しんだとありますので、やはり転職コンサルとしてはいかがなものだったという疑念は残るところです。



なお、途中、急にトイレに行きたくなり、5時台以来間が空いている不安もあったので、25km手前の仮設トイレを利用しました。フル130本目にして初の試みです。ロスは大体50秒くらいだったと思います。実はもう少し行った先、27km手前くらい(御座石神社の近く)に常設のトイレがありましたので、そちらの方が使い易かっただろうと少し悔やみました。28kmで2時間17分台でした。


後半~終盤
- 後半(たつこ像を見逃すな!(見逃しました))
景色が大きく変わることもないので、淡々と進むのみです。ここで力を使うと終盤大変なことになるので、この期に及んでまだまだ温存です。といいますか、足裏が痛くて全然スピードが出ません。怪我の経験も豊富ですので、それはそれとして今この時を楽しむことに集中します。次にこうして走れるのは早くて一年後ですから、今しかできないことをやるべきです。

写真は人が写らないように撮ることが多いのですが、実際は割と周囲にランナーさんもいました。基本的に木陰が多くて気持ちいいのですが、左手もシャッターチャンスかと思ってもたついているうちに見えなくなることも多く、あまり写真は撮れませんでした。光の向きと時間が変わると、また別の湖のようで不思議な感覚になります。

たつこ像は10kmのスタート地点ですし、表示も度々出ているので見つけられるかと思ったのですが、予習不足で僅差で逃してしまいました。漢槎宮の少し手前だったんですね。もしかしたら幟の向こうにいたのかもしれません。こちらのエイド付近は車が少々多かったですが、しっかりと給水して先を見据えることができました。


35km過ぎの坂が有名ですが、地味に33km辺りでも上ります。本当に大したことはないので、心の準備をせよということなのでしょう。35kmの大きな看板も見えてきました。2時間50分47秒くらいです。



- 終盤(苦しい坂でも最後は笑顔に)
株式会社チクテックさんの牧草応援メッセージを見ながら進み、エイドに至ります。例の坂で歩いた2018年の過ちを繰り返すわけにはいきませんので、ここはコースアウトしてしっかりドリンクとバナナをいただきました。今日はそこまで暑くないからか、放水も湖側へと向けられ、そのしぶきで涼むという感じでした。


クニマス未来館の先から、いよいよ正念場の坂が始まります。国鱒もたつこ姫伝説に由来するのだと、帰宅後に調べて漸く知りました。次は諸々分かった上で、より楽しめると思います。

高低図的にはおよそ48m程上るようですが、36km地点の表示までがかなり急で、その先少しなだらかになりつつもまだ上りが続きます。今日は歩かないことだけを念頭にペースも落としました。クニマス未来館の写真から36km地点までは2分台ですので、耐えている時間はそこまで長くはないのです。腕振りも使って、スロージョグでもいいからというつもりで上り切りました。完全に下りに転じるまでは上り始めから5分以上かかっています。



下りも足裏が痛くて話になりませんでしたが、とにかく木々の間を抜けて残り5kmになれば、大分ゴールが近いと希望を持てます。しかしここから5kmが意外と辛く、上り返しもあったりします。7年前はふらふらになり、この先も何度も歩きました。今日は走り通すことだけはできると確信しましたので、タイムや怪我がどうであろうと、淡々と進みます。


止めの上りということでは、40km手前の緩やかな坂もなかなかの存在感で、ラストスパートを断念させるには十分な説得力があります。今日は痛みが強くて上げられる気も一切しませんし、やめた方がいいと理解したのでそのまま進みます。それでも最後の給水を取り、応援の声も熱を帯び、会場の気配も近づいて来ると、ランナーには力がみなぎってきます。これは何回走ってもそうなのです。


2017年は怪我からの復活の足掛かりとなったこと、2018年はグロッキー状態で辛過ぎたこと、それらを思い出すと共に、やはりここでこうして走らせていただけることは幸せなことだと噛み締めます。残り1kmだけでもペースを上げ、最後まで笑顔で声援にお応えします。今や会場は土ではなく舗装されていましたが、ゲートに向けて駆け下りる感覚はやはりあの日の記憶を強く呼び覚ますものでした。美しく深い田沢湖も、ここでしか出会えない笑顔も、上手くいく時も辛い時も全て詰まった田沢湖マラソン。他にはない、日本に一つだけの大会です。



アフター
会場
まずはドリンクを飲み干し、水もマイカップでおかわりしつつアミノバイタルとアミノプロテインを摂取します。混む前に荷物を受け取ろうと手荷物預かり所に行くも長蛇の列(再び)。そもそもの荷物預かり所の配置には大いに改善の余地があると思いますし、捌き方も多分もう少し工夫できそうでしたが、言うても25分くらいで受け取れたので文句をいうレベルではありません。極寒の中数万人を待たせる大規模大会もあるらしいですから。足裏が痛くて一刻も早くシューズを脱ぎたかったのですが、受け取る時は“よくぞ見つけて下さった”と感謝の念が溢れ、笑顔でお礼を言うことができました。

木陰に座り込んでプロテイン、プロテインバー2本、ゆで卵と持っているものは全て食べ尽くしました。田沢湖マラソンの後は何故かお腹が空きます。立ち上がるのも痛くバランスも取れないことから苦戦しましたが、何とか着替えて忘れ物もなく、会場に向かいます。
ズームフライ6は、ナイキクラッシャーの餌食になるかと心配しましたが、見た目はきれいなままで終われました。意識の中では時折裸足のつもりで接地に気を付けたのがうまくいったのかもしれません。しかしオーバーラッピングで強く縛ったことは大失敗だったようで、左足の甲外側はかなりの痛みと腫れに見舞われました(右はともかく左は火曜昼時点でまだ血管と筋が見えないくらい腫れています)。長いランニング人生を思うと貴重なデータが取れたということにします。



参加賞Tシャツやプログラムは当日引換可能ですので、こちらで完走証、完走タオルと共に受け取ります。過去大会Tシャツも2016年のものまで販売しており、自分が持っていないものは欲しくもありましたが、流石にこれ以上増やすのはちょっとと思ったため見送りました。
ランナーサービスはおにぎりと豚汁で、おいしいお米と牛蒡の香りもよくて大変おいしかったです。この接待所の空気といい、やはりこういう地方大会は大好きだと思う瞬間です。



秋田らしいものも是非と思ったので味噌たんぽも。こちらもおこげ含めておいしく、やっぱり秋田に来てよかったという喜びが詰まっています。


最後にもう一度田沢湖の姿を目に焼きつけます。次も必ずあると信じ、この美しさと風を覚えておきたいと思いました。それでも次に来た時にはそれを上回る感激がもたらされることでしょう。


朝とはラインナップの変わったLazuliさんでクロワッサンサンド(チョコクリームがおいしい)も買い、締めに秋田の至宝、ババヘラアイスもいただきました。このパラソルとこのお花のデザインが最高です。味もさっぱりしていて、これを食べてこそ秋田です。スタート地点の少し下とバス駐車場の二か所に出店しておられましたので、是非とも帰る前に食べ、思い出にババヘラの花を添えるのがお勧めです。



坂を上って駐車場へ移動し、14:25くらいのバスに乗りました。田沢湖駅では券売機が一つしか動いておらずここでも列に並びましたが、こういうことも見越して余裕のある移動を心掛けると吉でしょう。まだ時間はあったので、駅前のみずうみさんでお土産を買いました。


駅二階の森と遺跡の展示室を急いで見学し、15:11発のこまち(空いていれば指定席に座れるちょっと安い券。2,820円)で田沢湖駅を後にしました。駅にフカインダーのパネルがなかったのはちょっと寂しかったですが、目の血走った龍は堂々としたものでした。




秋田駅から大阪へ
秋田駅のトピコでは能登復興応援フェアが開催されていたので、醤油と能登復興どら焼きを買いました。こんな遠くで石川のフェアに遭遇するとは、すごい確率です。どうか皆様も人生のどこかで石川に遊びに来て、復興を感じて下さい。


みんなのやさい畑では、野菜だけではなく手頃なお菓子も並んでいましたので、いくつか買ってみました。ごまもちは思い切りよく胡麻でコーティングされており、味もおいしかったです。やはり餅はよいですね。しかし歯の間に黒き実が残るリスクがありますので、食べるタイミングは選ぶかもしれません。


秋田駅16:50発→秋田空港17:30着のバスで移動し、秋田空港18:20発→伊丹19:50着のJALで帰りました。何とか歩けはしましたし、これが稚内だと終電に乗れず帰宅できなかったことを考えればラッキーな話です。早く寝た方がよいと判断し、ヨーグルトと納豆、ナッツを食べ、洗濯は下洗いまでで打ち切り、スーパーにも行きませんでした。改善できたこととこれからやることを探し、希望も見出して就寝です。やっぱり行ってよかったです。


最後に
三度目の参加となった田沢湖マラソン、間が空いた分一層強くその魅力を実感できる時間となりました。訪れる度に記憶も想像も超える田沢湖の美しさに、その地域を愛する皆様の応援と思いがあってこそ、遠くからでもまた参加したいと思うのです。
マラソン大会の運営は本当に大変で、山間部で少ない人数での運営となれば尚更ご負担は大きいことと思います。それを乗り越えて開催して下さるのですから、感謝してもし切れませんし、大変さを上回る喜びが地域の方にこそあってほしいと願います。ランナーはおまけです。
“深さも笑顔も日本一”という言葉は、田沢湖の皆様にこそ相応しいです。今大会も素敵な時間を作り上げていただき、本当にありがとうございました。
ここまでご覧いただきありがとうございます。