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ドラマ「クジャクのダンス、誰が見た?」第4話(今までの記事についてのお詫びあり)

お詫び

 もうすべて直しましたが、えー、私、これまでドラマ「クジャクのダンス、誰が見た?」について3本の記事をアップロードしてきましたが、そのすべてにおいて、主人公の名前、「心麦(こむぎ)」を、「小麦」と表記していました……。原作漫画のファンであるとか自称しつつ、ドラマが原作通りかどうかとかに細かいことを偉そうにいろいろ書いていたくせに、なんと、主人公の名前も把握してなかったのか、と自分でも呆れます。その他にも、最初、赤沢正役の俳優の名前を赤沢守(正の息子)役の俳優にしていたりという間違いもしていたのですが、これはすぐ気がついてしれっと訂正していました。しかし、肝心の主人公の名前の間違いは、何十回も書いているのに、一昨日ぐらいまで、まったく気がついていませんでした。波佐見(はさみ)の漢字とかは確認したのですが……いや言い訳にはなりませんね。
ドラマ『クジャクのダンス、誰が見た?』第1話 - 猿虎日記
ドラマ『クジャクのダンス、誰が見た?』第2話 - 猿虎日記
クジャクのダンス、誰が見た?第3話 - 猿虎日記

ありさと心麦

 さて、第4話ですが、毎回同じですが、やはりほとんど原作通りでした。エピソードの登場する順番の入れ替えはかなりある、これもいつもと同じです。原作にないシーンとしては、阿南が運転する車に謎の男が乗ってきて、2人が会話をするシーン、これは原作にはありません。しかし、今回は原作にないシーンはここぐらいだったように思います(ところで、私は単行本既刊および、掲載誌「kiss」の1月25日発売の最新号に掲載されている最新話まで、すべて読んでおりますが、ドラマが終了するまでこのブログではネタバレはしないつもりであります)。
 細かいこととしては、原作のありさは、めがねの印象が強いのですが、ドラマのありさは、子ども時代はめがねなのに、大学生になったらメガネではなくなっています。今回ありさは、心麦と2人で大学のカフェで話をするシーンで登場します。原作では休学届を出しに来た心麦とありさが偶然会ったような描かれ方ですが、ドラマでは、ありさが心麦を「話がある」と呼び出したことになっています。そこは違いますが、ここでの会話で、ありさが、裁判所で生前のムギパパ(心麦の父春生)に会ったことを心麦に打ち明ける、というところは同じです。ありさによると、そのときありさは、子ども時代の心麦とのエピソードをムギパパに話しました。そのエピソードとは、ドラマでは以下のようなものです。小学校の時、心麦は同級生のエミのスカーフを切り刻んだ犯人と疑われてしまうのですが、実は当時ありさは、スカーフを切ったのがエミちゃんの自作自演であることを知っていたのに、エミちゃんグループの報復を恐れてありさをかばうことができなかった、というものです。それを聞いたムギパパは「全部話してくれてありがとう」「心麦は本当にいい友達を持った」とありさに言ったといいます。このことを話した上で、ありさは心麦に、当時のことを謝罪します。それに対して心麦はありさを抱きしめます。「なんで?」というありさに心麦は、「嬉しかったから」「それにちゃんとクジャクがダンスしてたってことが分かったから」と言います。
 さて、原作(単行本第3巻)ではこのシーン、少し違っています。ありさがムギパパに子どものころのスカーフの事件について話すところはドラマと同じなのですが、原作でありさがムギパパに話す内容には続きがありました。当時のありさは、仕返しを恐れて何もできなかったことに悩み、そのことでしばらく学校に行けなくなります。そのとき、心麦はありさの自宅にプリントを届けに行くのですが、ありさはそこで、自作自演を知っていたのにかばえなかったことを心麦に打ち明け、謝罪します。それを聞いた小学生の心麦は、嬉しそうに笑みを浮かべます。ありさは「…笑うとこじゃなくない?」と言うのですが、心麦は「だって嬉しかったの、これでクジャクのダンス見たのは私だけじゃないんだて思えたから」と答えるのです。つまり、原作の心麦は、ドラマとは違って、小学校の時に、すでにありさが真犯人を知っていたことを知っていたのです。また、大人になったありさから話を聞いたムギパパ(春生)の反応も少しちがっています。原作のありさは、話し終えたあと、ムギパパに「だから助けられていたのは私の方で」と言います。それに対してムギパパは、ありさにこう言います。

それはどうかな。心麦も助けられていたと思います。あの子は自分のためだと力がイマイチ発揮できない子だからね…ありさちゃんにプリント届ける役があったから学校に行けてたのかもしれない。ありさちゃん、これからも心麦をよろしくね…

 また、この話を大学のカフェで心麦にしたあとのありさのせりふも違っています。「にしても、私が涙ながらに謝った時のあの笑顔…こいつタダ者じゃねーなって思ったわぁ」それを聞いて心麦も苦笑いするのでした。
 というわけで、ドラマでは、心麦とありさの大学のカフェでの会話を感動的なものにするために構成を変える必要があったのかもしれないのですが、原作での、真相を知った小学生の心麦の(「不敵な」と言ってもいいかもしれない)笑顔と、ムギパパの「あの子は自分のためだと力がイマイチ発揮できない子だからね」というセリフは、なかなか良かったと思うので、省略されたのはちょっと残念ではありました。
 とにかく、以前も書きましたが、原作の心麦は「行動力はあるけど落ち着きがなく喜怒哀楽が激しいが、タダ者ではない」という感じのキャラクターなのですが、ドラマの心麦は、わりあいと常識的な、普通に行動力があって落ち着いた女性、という感じに描かれています。




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