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「孤立しない独立」とは何か

 2023年5月、原発の60年超運転が可能になる法改正が行われた。この法改正に「安全側への改変とは言えない」と主張し原子力規制委員会でただ一人反対したのが石渡明(いしわたり・あきら)元委員である。この石渡元委員と、法改正に賛成した田中知(たなか・さとる)元委員の二人が、2024年9月に10年の任期を終え、退任会見を行った。その様子を、以下のYoutubeチャンネルで見ることができる。

www.youtube.com
 石渡元委員の発言は以下の記事にまとめられている。
原発「60年超運転」に反対を貫いた思いを振り返る 原子力規制委員・石渡明氏が退任<記者会見詳報>:東京新聞デジタル

 彼は、原子力規制委員会の組織理念「何ものにもとらわれず、科学的・技術的な見地から、独立して意思決定を行う」を繰り返している。
 一方、田中元委員は、規制委の独立性の必要性に同意しつつも「孤立しない独立」が重要だと強調する。「孤立しない独立」というこの言葉は田中元委員が規制委の就任時から使っている彼の座右の銘のようなものらしい。
「孤立しない独立が大事」 規制委、田中知氏が初登庁 - 日本経済新聞
 何やら良さげなものに聞こえるこの言葉は果たしてどういう意味なのか。退任会見で田中はそれを以下のように説明している。

 やっぱり世の中どういうふうに動いているのかとか等々、原子力の状況がどうだってことを、いつも状況をよく勉強しながら、孤立しない独立ということをもうずっと10年間意識しながらやってきました。

 世の中の状況がわかっていなくて、独立的に仕事ができるわけではありません。やはり、どういう風に世の中が動いているのか、とか、原子力を取り巻く状況、世界の状況とか、学会では何をやっているか、そういうふうな情報をよく分かりながら、同時に規制委員として独立性を保つことが大事で、そういう意味で「孤立しない独立」ということです。

 勝手に状況がわからないままに独立性は保てませんから。世の中どう動いているか、何が問題になっているのか、わかる意味では、孤立しないというのが大事かと思います。

 たしかに、科学や技術は、「社会」や「状況」と無関係なものではない。1966年に日本で行った講演「知識人の擁護」で、サルトルは、いわゆる「象牙の塔」に閉じこもって*1核兵器のために核分裂を研究している「学者」が、社会と関わり核兵器使用反対の宣言に署名するとき、はじめて彼は本当の「知識人」になる、と言った*2
 しかし、田中が言う「孤立しない独立」とは、どうやらそういうことではないようだ。そもそも田中は、規制委員就任前に、原発メーカーや電力会社などでつくる原発推進の業界団体「日本原子力産業協会」の理事を努めていた。それだけではなく、彼が担当する東京大学の講座に東京電力が計約1億円を寄付していたこと*3、彼が、原子力事業者や関連の団体から760万円超の寄付や報酬を受け取っていたこと*4、さらには、(規制委就任の直前まで)核燃料サイクルを担う「日本原燃」や原発メーカーの「三菱FBRシステムズ」からも報酬を受け取っていたこと*5、などが、規制委就任直前の2014年6月から7月にかけて相次いで報じられた。
 原子力規制委員会の発足に当たり当時の民主党政権が定めた「ガイドライン」は、「直近3年間に同一の原子力事業者等から、個人として一定額以上の報酬等を受領していた者」は、規制委員に就任できない「欠格要件」に当たるとされており、田中の委員就任方針には大きな批判が起こった。しかし、例のごとく当時の菅官房長官は記者会見で「全く問題ない」と発言し、田中は9月に予定どおり規制委員に就任した。こうしてみると、田中の言う「世の中」とか「世界」とは、つまりはいわゆる「原子力村」のことで、「孤立しない」とは、どうやらそこと「ズブズブに癒着する」ことを意味するようでもある。
 退任会見で田中は「どういう風に世の中が動いているのか、原子力を取り巻く状況、世界の状況、学会では何をやっているか、という情報をよく分かりながら」などと、やたらと「状況」という言葉を繰り返している。しかし、「状況」というサルトル的言葉を使っているが、彼が言っているのは、要するに風を読んでそれに「同調」し、お仲間と馴れ合いその顔色を伺って世渡りするのが良い、という程度のことで、それはサルトル的アンガージュマンとは何の関係もない。実際、原発60年超延長を容認する制度を多数決で決定(石渡委員のみ反対)した2023年2月13日の原子力規制委員会の会合で、杉山智之(すぎやま・ともゆき)委員は、当時の国会で法案を審議できるようにするためのスケジュールをもとに議論してきたことについて「外から決められた締め切りを守らなければならないという感じで、せかされて議論してきた。われわれは独立した機関であり、じっくり議論すべきだった。他の省庁との関係はあるが、外のペースに巻き込まれてはいけない」と言っている。国会(与党)の都合に配慮した議論や採決など、どう考えても「何ものにもとらわれない科学的・技術的な見地からの独立した意思決定」とはいえないたろう。
原発老朽化対策の新制度 1人が反対 多数決で決定 原子力規制委|NHK原発特設サイト
 思想家の竹内芳郎は、日本社会の根底にある「集団同調主義」を「天皇教」と呼んで一貫して激しく批判し続けた。その最初の著作『サルトル哲学序説』(1956年)の中で、竹内は、日本社会とは「何事につけ馴れ合いが支配している」社会である、と言っている*6。そして彼は晩年には、「常に場の中から倫理を発想すること」と「常に場に働く力に屈服すること」とは、全く別のことであること、「状況の中の思想」と「状況追随主義の思想」とを取り違えるべきではないことを強調していた*7。竹内に言わせれば、「場の力」どころか「常に金の力に屈服すること」が基本ではないかとすら思える田中の「孤立しない独立」などは、「状況追随主義」の最たるものであろう。
 ところで「孤立しない独立」と少し似ているようでもある、「連帯を求めて孤立を恐れず」という言葉がある。これはかつて東大安田講堂の壁に書かれていたことで有名となった谷川雁の言葉だが、全共闘運動の一種のスローガンである。しかし、この二つの言葉は全く異なっている。田中の「孤立しない」は、要するに「世の中」の多数派との連帯(癒着)だが、全共闘運動の「連帯」は、誰でもいいから連帯しろ、ということでは決してないはずだ。サルトルは、上述の講演で、知識人は「もっとも恵まれない人々」の視点に立つべきだ、と強調している。ただし、それは「もっとも恵まれない人々」と一体化するということでは決してない。サルトルは、知識人が安易に「自分はもはやプチブルではない」と言ったり、プロレタリアを自称したりすることを戒めている。「連帯」は「同化」ではないのだ。彼はただ、「たえまない自己批判」によって、自己の思考の「プチブル的規制」を一歩一歩拒絶していくことができるだけなのである。その意味で、知識人は、民衆の行動の完全に内側に入り込むこともできなければ、完全に外側にとどまることもできない。知識人は「誰からも委任状を受けていない」とサルトルは繰り返し強調する。彼は、出身階級の外に出たとしても、恵まれない階級からも嫌疑をかけられ、裏切り者と映るほかはない。その意味で「孤独」な存在なのである。この孤独から脱出しようとする時、知識人は知識人でなくなってしまう、とサルトルは言う*8。全共闘のスローガンの「孤立を恐れず」とは、そのことでもあるはずだ。
 いずれにせよ、原発の60年超運転を可能にする法改正に規制委員会の中で孤立を恐れずただ一人反対した石渡明元委員こそ、本当の意味の「知識人」であると言えるだろう。

*1:サルトルが「象牙の塔」という表現を用いているわけではない。

*2:永野潤「サルトルの知識人論と日本社会」澤田直編『サルトル読本』法政大学出版局、2015年、144-145ページ

*3:時事通信2014年6月7日 http://jcpre.com/?p=5016

*4:ロイター2014年6月9日 2011年には東電の関連団体「東電記念財団」から50万円以上の報酬、原発メーカー・日立GEニュークリア・エナジーなどから研究費の奨学寄付として110万円を受け取っている。2004年度から10年度にかけては、青森県大間町で原発建設を進めている電源開発から計300万円、原発メーカーである日立GEニュークリア・エナジー(前身の日立製作所含む)から計300万円を受け取っている(2004年の東大の法人化以前については不明)。https://jp.reuters.com/article/idUSL3N0ON1L4/

*5:朝日7月5日朝刊 【寄付】 ・日立GEニュークリア・エナジー:2006〜11年度 計360万円 ・電源開発:2006年度 100万円 ・太平洋コンサルタント:2011年度 50万円 【報酬】 ・東電記念財団:2011年度 50万円 ・三菱FBRシステムズ:2007〜14年度 不明 ・日本原燃:2009〜2013年度 不明 https://www.huffingtonpost.jp/2014/07/04/satoru-tanaka_n_5559257.html

*6:永野潤「竹内芳郎とサルトル──裸形の倫理」池上聡一編『竹内芳郎 その思想と時代』閏月社、2023年、100ページ。

*7:同書、106ページ。

*8:永野潤「サルトルの知識人論と日本社会」澤田直編『サルトル読本』149ページ。




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