みなさん、こんにちは。
愛用のガラケーのバッテリーが弱くなったのか?朝フル充電しても夜になると10~20%まで減っちゃうんですよ。
その間、通話も何もしてないんですけどね。
考えてみたらこのガラケーって6年くらい使ってるんですよねぇ。
そういう意味ではホントによく頑張ってくれてますね。
なので、そろそろ買い替えをした方が良いのかも!ってことでauのhpをチェックしたんですが・・・、ナント!簡単ケータイとキッズケータイしかない!!!
コレはもう、スマホにしろってこと?

次の休みにはauショップに行ってみようと思うんですが、なんか嫌だなぁ・・・。
簡単ケータイにしようかな?・・・でも、なんでしょう?妙な敗北感というか認めてしまうことで後には戻れなくなりそうな不安がよぎるんですよ。
だって、そんな年じゃないんだし・・・。
実際には簡単ケータイでも充分事足りるんですけどね。
ムゥ・・・これから水曜の休みまで悩ましい日々が続きそうです。
あ、バッテリーだけ変えちゃうっていう手もありますね。
さて、イギリスの下院で安楽死を認める法案が可決しましたね。
フランスでも同様の動きを見せてるようですが、どちらも今後上院で審議され、修正されたり否決されたりする可能性はあるようですが、欧州ではそういう流れのようですね。
一応イギリスの場合、余命6か月未満と診断された成人患者が対象で、医師2名の他にも専門家パネルの承認がいるってことみたいです。
で、日本でコレをやると自殺ほう助や嘱託殺人の罪になるんですって。
この安楽死っていうテーマはとても難しくて、私のようなおサルのおつむでは容易にこうしたらいいんじゃないの?なんて言えないんですよ。
自分の命なのだから、それをどう終えるのかを決める権利はあるって考えもわかるし、6か月であろうが10年であろうが人は必ず死ぬわけだから、最期まで生きる方が良いって考えもあるし、他にもいろいろ考えてしまうと頭から煙が出ちゃうんですよ。

なので、雰囲気とか気分で軽々に答えを出すべきことではないと思ってますが、こうしたことを考えること自体とても良いことだと思っています。
国民の総意としての答えが出るのがいつになるのかわかりませんが、人の命はそれだけ時間を書けて考える価値があるものですからね。
なので、それを奪う者については厳しい処罰を与えるのも当然で、昨今の亡くなった被害者よりも生きている加害者の今後が大事!みたいな風潮には全く同意できないんですよ。
同じ命じゃないか!って言われても、先ほども書いたように命の重みを考えた時に、それを奪った者の命は同等に扱う必要がないと思うんですよ。
間違ってますかね?
まぁ、それらも含めて、真剣に考えるに値するテーマですよね。

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