ツバメの旅立ち
公民館のロビーの屋根にツバメが巣を架けた。昭和の中頃の農村であれば普通の風景である。当時の我が家でもほぼ毎年ツバメさんがやってきた。ツバメは吉兆とされ、家の中に巣をつくるので、家族みたいなものである。

在宅時はもちろん昼間家にいなくても玄関の戸を20cm程ツバメの出入りのため開けていた。今は玄関の戸を開けて外出するなど、とても考えられないのだが、当時はどうせ盗まれるようなものもなくどの農家の家庭もそうだったような気がする。

我が家の猫にとってこの時期は狩りの訓練期間となる。低くして戸の間を出入りするツバメを玄関で待ち伏せして飛びかかる。ツバメも承知の上で、子供の糞を頭の上に落とし、ここまでおいでとばかり飛んでいく。ツバメは泥の水たまり(じゅったんぼ)で泥を咥え巣をつくる。今はじゅったんぼさえ無くなり、ツバメの子育てもほとんど見なくなった。
今のツバメは人になれておらず、神経質で人をみかけると巣に寄って来ない。なんとか子育てを支援せねばと巣が隠れるように大きな糞受けを付けた。その後ツバメは人を警戒しながらも子育てが終わり、子供たちは自分で飛べるようになった。ツルのように恩返しは無かったが、新しい世界に飛び立って行った。
なんだお前もか〜
去年のハチミツの収穫はゼロだった。毎年首を長くして待っているクマさん達にも届けられなかった。正確には4リットル以上捕れたと思うのだが、品質が悪く全部捨ててしまった。忙しくて収穫が10月過ぎになった事で味は良かったのだが蜜の色やスムシの進入などで、食べる気がしなかった。中には気温上昇のせいなのか巣が落ちていたりして、巣箱の構造や設置場所等ハチさんにもっとかまってやるべきだった。

ミツバチの逃亡はお約束みたいなもので、雨漏りなどの居住環境が悪化したり、何かの原因で巣の勢力が落ちたりしたら山へ帰って行く。逃げた後もしばらく蜜の回収に来るので、巣からの出入りが徐々に減っていき、いつの間にか居なくなってしまう。
ミツバチの出て行った後には、空っぽになった巣とそれを餌にしているスムシが隠れているだけだ。置き土産のハチミツが残っていることはほとんど無い。
巣箱の近くで作業していた時、今まで聞いたことが無いような大きなハチ音がした。たまに近くにあるHondaのサーキットから音が聞こえてくるが、今の時期何だろうと思っていたら、今年入居した巣箱から大量のミツバチが出てくる出てくるそして、竜巻みたいにぐるぐると回っている。円広志の歌ではないが、とんでとんで回って回って近くの大きな木にぶら下った。

なんと、今までの巣群の3倍くらいはある。この規模のハチのかたまりは初めて見た。思えば、ハチの逃亡前、巣の周りに結構なハチがへばりついていた。今暑いから外にいるのだろうと思っていたが、巣箱の中は満員御礼だったのかもしれない。
大きな蜂の塊はぶら下っている場所の木が高くて捕獲するすべは無い。このまま飛んでいくのを見送るしかなかった。出た後は一抹の寂しさが残るのだが、これだけのハチの量になると、スッキリ感も漂ってしまう。
害獣対策バージョンアップ
嫁が夕食の料理をしているとき「この機械の名前はなんだった?」と聞いてきた。「ハァー今更何ば言よッと」と思ったが、エート、エートあれ、自分も名前が出てこない。二人頭を掻きむしっても出てこない。しまいには機械に向かって「お名前は?」と聞いてみたが返事はなかった。いつもタイマー代わりに使っているアマゾンのアレクサで、使うときは頭に「アレクサ」を言わないと製品が動作しない。こんな状態だから少しずつ身体の老化を実感してしまうようになった。
昨年甘藷畑がサルとシカに荒らされた。まだ九州はクマは出ていないが、本来のイノシシだけでなく電気牧柵をコンプリート化し全害獣用に強化改造した。

昨年無農薬で美味しいカライモが捕れたので、今年も同じ程度の面積でつくるようにしたのだが、畝とマルチ張りが結構な労働となる。今まで自力で頑張っていたのだが、寄る年波には勝てず、今年は近くの農家さんからマルチ張り機を借りてきた。今まで半日以上かかっていた作業が、あれよあれよといううちに1時間かからず終わってしまった。さすが機械の力である。よく見ると、このトラクターは肥料、農薬、耕耘、畝作り、マルチ張りを一度にできてしまう。我々みたいに鍬、鎌持って畑に這いつくばるような者たちからすれば夢の機械である。

苗が伸びたところで、電気牧柵をとりつけた。普通支柱の高さは60cm位で2本の電線を張る。これではサルが飛び越えるらしいので、余っているハウス資材を加工し、1.8mの支柱を立てた。下から3段にビリビリの電線を張り、一番上にカラスが怖がる細い防鳥用の線を張った。この高さならシカさんでさえビリビリ線に触れるので、驚いて目が飛び出るだろう。さらに電源を強化した。今まで乾電池で動かしていたのだが、下草が伸びて電線に触れだすと、それを伝って地中にアースしてしまう。電源の消費も多くなるので、使えそうな古いバッテリーを満タン充電して収納箱の中に収めた。たまに電線の下草を刈ってやれば今年の害獣は完全に撃退できるだろう。
チェンソーを買う
薪を作る際チェンソーは必須アイテムで、ハクスバーナのエンジン式とマキタの100V電気式、ブラック&デッカーの小型充電式を持っているが、今一つ使い勝手が良くない。
ひな人形のCMで「人形は顔が命です」とあったが、チェンソーは「チェーンが命」で、よく研いでなければビービーと音がするだけで木材は切れずに、摩擦熱で煙すら出てくる。日頃チェーンの手入れと、エンジン式であれば、燃料が古くならないように、その都度燃料を抜いて保管が必要になる。始動が悪いときは、キャブレターの掃除したりと、とにかく使い勝手が悪い。さらに使いたいときエンジンがかからないと何度もスターターのひもを引っ張り、心臓の弱い僕は作業前にヘトヘトになってしまう。
なんとかチェーンの研ぎ方を会得し、エンジンのメンテをしなければと思っていた時、畑の傍らにあった「プラムの木」がちょっとした風の強い日に倒れてしまった。

この木はずいぶん前に「紫色の果肉のプラム」という事で植木市で買って自分が植えた木だ。実際実が生ってみると、果肉は色なしでほとんど食べることが無く、枯れ枝も目立ってきたのでいつか伐採しようと思っていたものだ。
労せず倒れてしまったので、ストーブの薪にはどうかと思うのだがとりあえず草刈り等に邪魔になるので細かく切ることにした。
エンジンチェンソーは久しぶりの出番で、例のごとく、紐が切れるほど引っ張ってもすぐにエンジンがストップする。このままの状態であれば木は乾燥し固くなるので、この際ある程度枝を落とすため充電式のハンディーチェンソーを買った。

ハンディタイプは5千円位からいろいろあるが、一応日本のメーカーとの事で、アマゾンで1万2千円位であった。さすがに小さい枝はアッという間に切れてしまう。さらにバーの長さが「安ーい」と宣伝している夢グループのものより長く8インチあるため直径20cm位の丸太はものの何秒もかからず切り落とせる。さすがにそれ以上になるとバーの長さが足りないので、この際手持ちのバッテリーが使えるマキタの35cmバーのバッテリーチェンソーを思い切って買ってみた。

18V×2個のツイン電源パワーは、エンジンに負けず劣らず本体の重み程度で面白いように切れていく。耐久性や信頼性には欠けるかもしれないが、これは買ってよかったと思える一品である。今までのように、50対1の燃料を作ったり保管したりと手間がいらず、取っ手のスイッチをそっと押すだけで使えてしまう。さらに電気自動車みたいに音が静かで振動が少ない。倒れていた木は1時間かからず、大きなサバの缶詰を見るような形に加工された。今回少し使っただけではあるが、抱いて寝たいほど気に入ってしまった。
だれも解決できないコメ問題
参議院選挙も投票間近で各党勝手なことを言ってる。投票したい政党がないから、自分たちでゼロから作ると結党したとある「参政党」が日本ファーストを掲げ、今回もっとも躍進が予想されてるようだ。今朝届いたチラシには政策の一つに食料自給率を100%にすると書いてあった。農家の平均年齢は、今67歳位で毎年後継者不足が叫ばれ一向に若返る様子はない。そんな状況で38%の食料自給率をどうやって100%に持っていくのだろう。れいわ新選組は、大金持ちから税金を取り、金持ちと貧乏人には10万円配ると言ってる。どうも各党の感覚が解らない。選挙に行く気がうせてしまう。
昨年からの米騒動も一時停止しているが、選挙が終わったら毎日のようにコメの価格報道が始まるだろう。コメについては、たまたま昔務めていた時関係したことがある。ずいぶん前の食管制度の廃止前に、政府買い入れ米の農家からの出荷であったり、大手工場や学校給食などの大口先小売り、農家への3年間で完結する米代金の清算などほぼ一連の流れに関わった。短い期間であったが、今回の騒動で、農家〜消費者までおおよそのコストは理解できる。農家は高く売らなければ採算がとれず、消費者は主食のコメを値上げ前の価格で安く買いたいし、安いコメがあっても政府が安く流通してくれない。
皆がそこそこ満足するには、様々な予測とシステム構築が必要になる。大局観を持つ頭の良い、藤井壮太七冠でも連れてこなければ、この先皆がニコニコと安定して国産の米は食べられないだろう。選挙後のコメ政策が気になってしまう。

我が家の庭にあるブルーベリーがいよいよ食べごろになってきた。ほぼ3分の1位は自分がたべてしまう。最近老眼が進んでいるので目の効果を期待したいが、たいして変わらいように思う。しかし珈琲店(Sakurayama Coffee Roaster)のマフィンに使ったりするので、近くの野鳥に食べられぬようにしっかり管理しなければならない。