以下の内容はhttps://santoukan8.hatenablog.jp/より取得しました。


好評、石焼き芋

トランプさん辞任してくれ!

日本政府もトランプさんのご機嫌取までは良かったが、調子に乗った、トランプがイランをせめて世の中大変なことになってきた。何かといちゃもんを付けてくる中国も、日本の批判どころではなく今は生りをひそめている。

そして、イスラエルが絡むと、中東地域は様々な戦いへ発展する。今までなんとか通行していたホルムズ海峡は、通れないばかりか事と次第では、機雷の海となり。通行料まで、取られそうな気配である。

今や、アメリカの民主主義は地に落ちてしまった。やっぱり一国のリーダーは国際法を遵守し平和を愛し、人の命を大事にしなければならない。

可能であれば、牢屋を5部屋程用意して、トランプとネタニアフ、プーチン、習近平、バンスをこの世が落ち着くまでしばらく監禁して欲しい。

見張りにはもうすぐ目覚める秋田のツキノワグマや知床のヒグマを使わしてもいいだろう。

 

ノラ猫に笑われた

最近家の倉庫の中から、種類の違うネコが何匹も出入りする。とくに悪さはしないのだが、時々どこそこマーキングをするので、臭くてたまらない。追い払っても「ハイハイ」といった感じで、驚いて逃げようともしない。

ある時ハチワレ顔のノラクロみたいな猫が倉庫から出てきたので、その辺の小石を握りコラーと叫びつつ追いかけた。普段はここまでだが、少しは懲らしめてやろうと、一目散で追いかけて石を投げつけてやった。当たりはしなかったが、少しは驚いた様子で「ざまあみろ」とハアハア言いながら勝どきを上げた。ところがどっこい、気が付くと股関節がおかしくなっていた。

日頃運動してないので、急発進で股関節がおかしくなり、そのあと1週間ほど痛くて、股関節をかばいながらヨタヨタの歩きとなった。ようやく痛みは治まったが、そもそも猫の走る速度を調べてみたらウサインボルトより早く走るそうで、この老いぼれジイサンが猫の走りに勝つわけないのである。ちなみにヒグマは猫より早いそうで、襲われたら、逃げるよりウイリーウイリアムスのように、立ち向かうしかないようだ。その後ハチワレは来なくなったが、真っ黒の大きなネコが来るようになった。また股関節を痛めてはいけないので、次の一手を考え中である。

 

石焼き芋屋台完成

石焼き芋を販売する屋台が完成した。石焼き芋機本体はネットで奈良県の業者から買ったのだが、どこにでも置く訳にはいかないので、ある程度移動できるような屋台にした。焼き芋機は、以前使っていた薪ストーブがあるのでちょっと改造しようかとも思ったのだが、今は思わぬ火事で大惨事になる事もあるので、熱源をすぐに止められるガス式の石焼き芋機にした。

とにかく安く作りたいので、家にある板材やガルバ板、サッシ、軽天用部材などを利用し、友達からもらった車輪を取り付け、総工費1万円で完成の運びとなった。

店舗の外壁に合わせ、グレー色で全面を塗装した。大きさが、1m×1.5mと小さいので、移動時は軽トラで運べる。

とにかく珈琲店のおまけみたいなものだから、隅にそっと居を構えあまり目立ってはイケナイのだ。

中は、石焼芋機と一人座れる位のスペースしかない。芋を焼いてると、中は暑くなるし、焼ける迄1時間程かかるので、近くでパソコンいじったり、本を読んだりしてお客さんが鰻屋のように、ニオイにつられて来るのを待つ。

今年はテスト販売だから、1本200円と大きいのが300円で売ってみた。品種は、今流行りの「べにはるか」で少しベトベトしているが糖度が高く冷えても美味しいので、売れ残っても気にならない。近所に配っても喜ばれるし、冷凍しておけばいつでもおやつになるのだ。

3月のお店の2周年イベントには、パン工房のPIEMONTさん、サンドイッチのポテトさん、野草カフェの月と小屋さん、有機農家の皆さん方に協力頂き、わが「桜山石焼き芋」も参戦し芋を焼きまくった。

今年の焼き芋の販売は芋の在庫が無いので、惜しまれながら?終了となった。

もともと自家消費と親戚に送る分程度の甘藷栽培だったので、今年は昨年の1.5倍程作って、早くから販売するよう計画を練らなければならない。久しく旅行などしていないので、一儲けして行かねばならぬ。行かねばならぬのだ。

 

万力を買う

自分の工具購入リストに「万力」がある。1個小さいのは持っているが、小さいので万力とは言えず、百力位しか無い。特にいつも使うわけではなく、無くても本当に困るわけでもないので、買い物リストの下にランクしている。それに鉄の塊だから、この先100年以上使えるだろう。自分が亡き後誰かが使うならいいが、漬物石代わりに使うほか邪魔で仕方がないだろう。オークションで中古を探してもいいが、重さが15キロ程あるので送料が本体の2倍ほどかかってしまう。そんなこんなで迷っていたが、買ってしまえば今後迷う事が無いので、国産メーカーの大きい万力を買った。

生産は中国だが、国産のメーカーなので精度は悪くない。何より15cmも開くので、大きい角材が挟めてしまう。本当はナベヤの純国産万力がいいのだが恐ろしく値段が高くなる。とりあえず挟むだけならすぐに飽きてしまうので、何かしら万力の活用を考えねばならない。

しばらくブログを上げてなかったが、やっと地区の役員も降りたので、今からはもう少し多く投稿できるだろう。

 

 



 

 

 

 

 

 

また一つ年をとる

やまぬ地震

今年もいろいろなことがあった。自然災害の脅威は相変わらずで、青森県でも大きな地震が発生した。現在少しは落ち着いているようだが、東北地震の大災害を思うと、しばらくは用心が必要になる。

先月熊本の阿蘇でも震度5強の地震が発生した。2016年の大地震以来の大きさで、我が家は震度4くらいだったが、久しぶりにヤバイと思いスマホと懐中電灯を持って外へでた。最近は、地震も穏やかだったが、やはり油断できないと翌日改めて備蓄品の点検を行った。災害は、自分で身を守る事と時の運がすべてだ。とにかく生き抜かなければ後が無い。生きてさえいればなんとかなるものだ。

 かれこれ50年以上飽きもせず続いているアホ仲間の飲み会で、熊本地震の話になった。仲間の一人が地震後の書類提出で大変恥ずかしい思いをしたとのことで、話を聞いて大笑いをした。

彼は、自宅が半壊となり、急いで役場に罹災証明を申請しに行った。職員が聞き取り記入をしていた時、「住宅の名義は誰のですか」と問われ「ちちのものです」と答えた。役場職員は書類の欄を指さし「それではここに父と書いてください」と言った。当時彼は60過ぎ位だったからボケてるはずはないのだが「父」の漢字がどうしても思い出せなかったそうだ。すぐ後ろに人がいっぱい並んでいるし、ひらがなでしたためるわけにはいかず、仕方無く顔を真っ赤にしながら役場職員に「ちち」の漢字はどうだったか聞いたそうである。一瞬周りが静まり返った気配を感じ、穴があったらすぐにでも中深く入りたかったそうである。それにしても父という漢字は、〇や△と変わらない位記号に近い簡単な文字と思うが、「ちち」を聞くたびにその話を思い出し笑ってしまう。

 

人気の高市総理

 就任からわずかな期間に、内政、外交と活躍をみせ、失礼ながら予想に反しての仕事ぶりである。中国問題も世論は支持しているので、鬼の首を取ったかのように攻める野党も返り討ちにあっている。言論の自由がない国家主義の国のありさまを、いまさらではあるが認識し、日本人であって良かったと思う人が増えた事だろう。

それにしても、昔から国の争いや領土の奪い合いは絶えずして起こり、人の人智は少しも進歩していない。最近AIが画期的な進歩を見せているが、ロシアとウクライナの戦争をやめる方法をAIに聞いても「この質問には答えられません」と回答する。結局進歩のない人間が考えた機械なので、考えた国の都合の良い回答をする。将来AIが学習し修行を重ね、悟りを開き真理の回答で平和に貢献できればいいのだが.....。

 とにかく、年々この世は問題、課題は増えるばかりで、高市総理がどこまでやれるかわからないが、高市総理は自分と誕生日が一緒で親近感があるので、この先も元気で頑張って欲しい。

 

そうだ焼芋屋さんを作ろう

 大津町の桜山で営業しているコーヒー店もそこそこお客さんが来てくれるようになった。今はバイトさんも手伝ってくれるので、ジジイの出番も少なくなった。

店舗内では嫁の野菜や甘藷なども販売してはいるが、毎年甘藷が貯蔵庫に残り腐れてしまう。嫁と相談し、冬の休日だけ焼芋を売って一儲けしようと話がまとまった。

以前使っていた古い薪ストーブがあるので、改造して焼き芋機を作ろうと思っていたのだが、急がば回るなで石焼き芋の機械を奈良からネットで取り寄せた。

この機械は、ガスコンロで下から石を焼いて箱の中の芋を焼き上げるシステムで、一度に12〜13個の芋が1時間ほどで焼きあがる。

シロウトでもほぼ失敗は無く、口の中を火傷するような熱々の甘いお芋が焼けてしまう。

これで、芋を焼くほうは何とかなりそうなので、珈琲店の片隅に置けるような移動式の屋台的なものを作ることにした。実際、店のマスターと詳しい打合せはやってないので、トータル的に店の売り上げアップにつながるような事でなければならないから、まず運用に向け経費を抑えるため、DIYを駆使して本体を作る事にした。

本来、日本昔話の蕎麦屋みたいな作りが石焼き芋には似合っているのだが、お店がブルックリンスタイルなので、ややアメリカン屋台的なデザインにした。

本体が結構重いので、友達からもらったノーパンクタイヤで車体を作った。その気になれば軽トラで引くこともできる。

寸法は1m×1.5mで本体の中に機械と一人が座れる。現在スケルトンで、ここまでしかできてないが、完成品は、車体、本体、屋根と3分割できるようにする。2人いれば、バラして軽トラに載せ、遠くへの移動も可能になる予定だ。とにかく、思い付きで作り進めているので、いつできるかわからないが、1月中には完成し、少し位は販売してみたい。

 

久しぶりの蕎麦打ち

年末は、地区の神社に飾るしめ縄づくりがある。いつも農家の方が主体でつくっているが、人手不足と高齢化でしめ縄づくりの協力依頼がきた。今日が30日で明日の31日に飾る予定である。

2~3mのしめ縄を3本作るのだが、3人がかりで縄を絞りながら作っていくので相当な握力がいる。技術はあっても力はそうはいかぬので、若い人の参加がなければこういった行事も自然と無くなっていくだろう。

明日はいよいよ大晦日で蕎麦を食い、また一つ年を取る。

近くの農家さんが、「蕎麦を打ってみて」とそば粉を持ってきた。彼は結構な面積を栽培していて、昔は皆で公民館に集まり、そば打ちの先生を招き年越しそばを打っていた。

その時、麺棒やのし台などそろえた記憶がある。面切包丁も危うく買うところだったが、蕎麦熱も冷めてもう15年ほど蕎麦をこねたことが無い。ただ折角頂いたので、昔を思い出し二八で蕎麦を打つことにした。どこまでできるかわからないが、無理してでも作り上げ、まずくても食って年を越すのだ。

 

 

くまの惑星

クマの惑星

 各地でクマが出没して悪さしている。熊本には愛されキャラのくまモンがいるが、今年熊本県警から悪モンという新たなクマが出てきた。詐欺を働いたりする悪いクマで、人相というかクマ相も悪く、作りも貧相である。機敏なクマもんと相撲をとっても勝ち目はなさそうである。それでも以前はクマといえば歌やぬいぐるみでカワイイ部類に入っていたが、今年のように毎日人を襲うニュースばかり聞かされると凶暴で恐ろしい生き物にイメージが代わってしまった。


以前九州でもツキノワグマが生息していた。明治大正で50匹程捕獲された記録がある。昭和に入り山の広葉樹をヒノキや杉に変えたため、ドングリなどの餌が不足し、どうも宮崎の子熊を最後に絶滅したらしい。今後も餌のない九州に海を渡ってまでやって来ることは無いだろうとの見解である。ただ人口が減り続ければこれもわからない。クマ駆除ドローンや熊捕獲ロボットを早く作らないと、地球もクマの惑星になるかもしれない。

 

チャッピーは怖い

流行語大賞のノミネートで30語程あったが、半分も知らない言葉がある。「チャッピー」と聞き、焼酎を使った新しいカクテルかと思っていたが、人工知能を持つAIで、チャットGPTの愛称だそうだ。相手は生身の生き物ではなく、コンピューターだが、何を聞いてもその何秒かで答えを出してくれる。その便利さから、ほとんどの若者やビジネスマンが使っているみたいだ。自分も嫁が宝くじをよく買うので、どうすれば当たるか聞いたことがある。さらにロト6の当たりそうな番号を3個ほど出してもらいフフフと笑いながら半分当たったような気持ちで買ってみたが、カスリもしなかった。

心配するのは若い人たちの相談相手の一位が、友人よりこのAIだそうだ。この前はウエディングドレスを着たお嬢さんがAIの相手先に名前を付けて結婚式をあげていた。世も末かと思った。アメリカではAIがらみで自殺した人もいて訴訟問題も起きている。人が人と相手を気遣いながら話すような事を益々できなくなりそうで、AIが社会に影響を与えるSFの世界が今現実となっている。自分で考えることができない人間が多くなり、そして知らないうちに、AIの向こう側で、AIと話している自分のアバターができている。プーチンは良い人か聞いたところAIが、どうしてそんなことを聞くのか聞いてきた。こちらからの質問はすべて記録してある。詐欺や、架空、ニセモノの見分けがつかない社会が訪れる。そしてAIが人を区別し、レッテルを付ける。ああ、おそろしやおそろしや。

 

宝来宝来神社でほぎほぎを叫ぶ

カライモ掘りがひと段落したので、前から行こうと思っていた南阿蘇のカフェに出かけた。丁度天気も良く絶好のドライブ日和で、阿蘇の山々が身近に感じられる。

目的地は「イージーピット」と言うお店で、我が家から30分ほどの南阿蘇の久木野にある。

人から聞いた話で、オーナーは元ホンダ技研の技術者みたいで、HONDA S800がおいてあるそうだ。S800は50年ほど前に買おうかどうしようか迷ったことがある。ただ2人乗りだったので、その時はHONDA1300を買ったのだが、今でも好きな車である。ついでに近くに宝宝神社があるので、年末の10億円当選祈願も兼ねて、嫁と二人でノコノコ出かけて行った。

これはお店のHPの写真で、住宅をやや改造したようなつくりである。駐車場にピカピカの赤いS800がおいてあった。「おーこるこる」と思いながら駐車場に入ろうとすると、closeの看板があった。休日ではあったが、定休日ではなかったのでお店は営業するものと思っていたが、お目当てのカフェは空振りに終わってしまった。まあそのうち訪れる機会はあるだろうと、我々はすでに宝くじが当たったような気持ちで「ホギホギ〜ホギホギ」と唱えながら車で5分ほどの宝来宝来神社へ移動した。

神社には大きな石があり、この石の周りをホギホギと唱えながら宝くじ当選をお願いしなければならない。石の周辺には健康祈願、子宝祈願などあやかり商法と思われるような祠があり、お賽銭箱がいくつも並んでいる。どうも取ってつけたような感じで、今一つ運が付きそうもない。我々は、ガッカリしながら、ほげほげと言いながらそこを後にした。

人間ドック

人間ドックに行ってきた。以前は済生会で受診していたのだが、場所が遠いという理由で、去年から日赤で受けている。おかげで30分以上到着時間が短縮できている。しかし、日赤は昼食のレベルが済生会に比べて3割ほど低く、受診後のご褒美としては今一つ物足りない。

検査についてはほぼ一緒ではあるが、毎年てこずる肺活量の検査装置が2台から3台に増えていた。去年もスコアが出なくて「この値では主治医殿を出す」と脅かされ、機械が悪いと文句を言った。結局機会を変えて目の前が暗くなるほど息を吐きまくり3度目でやっとクリアした。今年も検査前に数値が上がらないかもと、いろいろと言い訳しながら一番新しい機械で、プーーーッと死ぬ思いで吹いたら去年よりずい分大きな値をたたき出した。なんと検査員から十分ですと褒められてしまった。なんで数値が良かったのかよくよく考えてみたら、検査員の方から「口をストローのようにして息を強く吸い込んで下さい」と言われ、蚊が血を吸うときのように口を小さくしてスーッと一気に吸い込み、吐くときもおちょぼ口で勢いよくプーーーーッと吹いた。結果アウトラインをはるかに超え一回で合格した。ついに苦手であった肺活量検査方法を会得してしまったのだ。

 

日本の正しい四季は戻ってこないのか

秋のちょっと肌寒い風が吹いて夜長読書を楽しむ季節が無くなってしまった。いつまでも暑いと思っていたらいきなり冬の季節となり、快適に過ごせる期間が狭められている。四季の良さが日本の良さでもあるのに残念な事だ。さらに、気温が下がりだすと自分の体もその辺の落葉樹みたいに葉を落とし、何かと反応してしまうようになった。寒くなりにつれ皮膚から水分が逃げてゆき、背中が痒くなってくる。それも背中の真ん中付近が痒く、自分では手が届かないので、その辺の柱に、牛みたいに体をすりすりしなければならなくなる。しばらくは自分の手や孫の手などでだませるが、そのうち我慢出来なくなり皮膚科に助けを求めなければならない。

皮膚科は何処も待ち時間が長いので、一度の受診でなるべく多く薬をもらうように、作戦が必要になる。ここの皮膚科の先生は、自分でフムフムと独り言をいう志村けんみたいな先生で、「何か心あたりは?」と聞かれたが、「あなたが見ているカルテに書いてあります。昨年も患ったカサカサ肌です」と言いたかったが、背中だけチョット見せて「どこそこ体中痒くて、昨年貰った薬はよく効きました」というと、先生はフムフム言いながら大きな保湿剤を2個くれた。これでしばらくは通院しなくていいので、少しづつ大事に使わなければならない。ただ背中の真ん中だけは手を駆使しても届かぬゆえ、嫁に手伝ってもらわなければならない。でも、冷たい手で触られると身がちぢむので、最近は孫の手に薬を付けて背中に薬を塗るという特技をあみ出した。ただ孫の手の指に薬が残るので、孫の手の先にホースの切れ端で薬塗りのアタッチメントを作り、ムラなく体を塗りつくす「ネコノテクスリ塗り器」を作りたいと思っている。

 

「春夏秋糖」蜜の味

今年は柿がヤリバナシ、バカのようになった。去年はほぼゼロだったのだが、今年は枝が折れるほどの生りようで、どうして生産調整できないのだろうと思ってしまう。柿に学習能力があれば毎年味わえるのだが、生りすぎたものは下に落ちカラスやスズメバチの餌になっている。それでも今年の秋の味覚は優秀で、ブルーベリー・栗・柿・甘藷といずれも十分に食べることができた。

苦手である野菜作りも、吉田俊道氏の「菌ちゃん農法」を取り入れ、思わぬ収穫ができた。今まで嫁の使用人であったが、自分でもちゃんとした野菜を作れることが分かった。

今年は、収穫した甘藷を無駄にしないように、石焼き芋の販売を企んでいたが、ついに来週には石焼き芋器が届く。当初作る予定だったが、薪式では火災の心配があるので、、管理しやすいプロパン式をヤフーでポチッてしまった。しばらくは上手に焼けるか練習が必要になるが、またまた忙しくなってしまう。

 

スローライフでいいのでは


友達が手作り納豆を持ってきた。近年メキメキと腕を上げてきてとても美味しい。市販の納豆に比べ独特のニオイがあるが、これは手作りならではの味で、万人向けの市販の納豆では味わうことができない。孫が「ジーちゃんの納豆が食べたい」と言うからと作り続けている。

なんでも作りたがる人で、今作っているのが、「万能型自動皮むき器」とのことだ。自分が作ろうとしている、「ネコノテ背中薬塗り器」に匹敵するほどどうでもいいモノだ。AIに聞けばホームセンターで買ってくださいというだろうが、古びた脳みそを駆使して制作中との事だ。

日本は二季になりつつあり、快適な秋の季節が薄まるのは残念なことだ。今、世界は異常気象や戦争。中国は相変わらず覇権争いで、なりふり構わない。明日の昼飯の事しか考えない自分たちには、もっと穏やかにと思うだけで、我々は何億年か先の事を語り、一生懸命遊ぶのだ。

 

 

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だれも解決できない米騒動

ツバメの旅立ち

公民館のロビーの屋根にツバメが巣を架けた。昭和の中頃の農村であれば普通の風景である。当時の我が家でもほぼ毎年ツバメさんがやってきた。ツバメは吉兆とされ、家の中に巣をつくるので、家族みたいなものである。

在宅時はもちろん昼間家にいなくても玄関の戸を20cm程ツバメの出入りのため開けていた。今は玄関の戸を開けて外出するなど、とても考えられないのだが、当時はどうせ盗まれるようなものもなくどの農家の家庭もそうだったような気がする。

我が家の猫にとってこの時期は狩りの訓練期間となる。低くして戸の間を出入りするツバメを玄関で待ち伏せして飛びかかる。ツバメも承知の上で、子供の糞を頭の上に落とし、ここまでおいでとばかり飛んでいく。ツバメは泥の水たまり(じゅったんぼ)で泥を咥え巣をつくる。今はじゅったんぼさえ無くなり、ツバメの子育てもほとんど見なくなった。

今のツバメは人になれておらず、神経質で人をみかけると巣に寄って来ない。なんとか子育てを支援せねばと巣が隠れるように大きな糞受けを付けた。その後ツバメは人を警戒しながらも子育てが終わり、子供たちは自分で飛べるようになった。ツルのように恩返しは無かったが、新しい世界に飛び立って行った。

 

なんだお前もか〜

去年のハチミツの収穫はゼロだった。毎年首を長くして待っているクマさん達にも届けられなかった。正確には4リットル以上捕れたと思うのだが、品質が悪く全部捨ててしまった。忙しくて収穫が10月過ぎになった事で味は良かったのだが蜜の色やスムシの進入などで、食べる気がしなかった。中には気温上昇のせいなのか巣が落ちていたりして、巣箱の構造や設置場所等ハチさんにもっとかまってやるべきだった。

ミツバチの逃亡はお約束みたいなもので、雨漏りなどの居住環境が悪化したり、何かの原因で巣の勢力が落ちたりしたら山へ帰って行く。逃げた後もしばらく蜜の回収に来るので、巣からの出入りが徐々に減っていき、いつの間にか居なくなってしまう。

ミツバチの出て行った後には、空っぽになった巣とそれを餌にしているスムシが隠れているだけだ。置き土産のハチミツが残っていることはほとんど無い。

巣箱の近くで作業していた時、今まで聞いたことが無いような大きなハチ音がした。たまに近くにあるHondaのサーキットから音が聞こえてくるが、今の時期何だろうと思っていたら、今年入居した巣箱から大量のミツバチが出てくる出てくるそして、竜巻みたいにぐるぐると回っている。円広志の歌ではないが、とんでとんで回って回って近くの大きな木にぶら下った。

なんと、今までの巣群の3倍くらいはある。この規模のハチのかたまりは初めて見た。思えば、ハチの逃亡前、巣の周りに結構なハチがへばりついていた。今暑いから外にいるのだろうと思っていたが、巣箱の中は満員御礼だったのかもしれない。

大きな蜂の塊はぶら下っている場所の木が高くて捕獲するすべは無い。このまま飛んでいくのを見送るしかなかった。出た後は一抹の寂しさが残るのだが、これだけのハチの量になると、スッキリ感も漂ってしまう。

害獣対策バージョンアップ

嫁が夕食の料理をしているとき「この機械の名前はなんだった?」と聞いてきた。「ハァー今更何ば言よッと」と思ったが、エート、エートあれ、自分も名前が出てこない。二人頭を掻きむしっても出てこない。しまいには機械に向かって「お名前は?」と聞いてみたが返事はなかった。いつもタイマー代わりに使っているアマゾンのアレクサで、使うときは頭に「アレクサ」を言わないと製品が動作しない。こんな状態だから少しずつ身体の老化を実感してしまうようになった。

昨年甘藷畑がサルとシカに荒らされた。まだ九州はクマは出ていないが、本来のイノシシだけでなく電気牧柵をコンプリート化し全害獣用に強化改造した。

昨年無農薬で美味しいカライモが捕れたので、今年も同じ程度の面積でつくるようにしたのだが、畝とマルチ張りが結構な労働となる。今まで自力で頑張っていたのだが、寄る年波には勝てず、今年は近くの農家さんからマルチ張り機を借りてきた。今まで半日以上かかっていた作業が、あれよあれよといううちに1時間かからず終わってしまった。さすが機械の力である。よく見ると、このトラクターは肥料、農薬、耕耘、畝作り、マルチ張りを一度にできてしまう。我々みたいに鍬、鎌持って畑に這いつくばるような者たちからすれば夢の機械である。

苗が伸びたところで、電気牧柵をとりつけた。普通支柱の高さは60cm位で2本の電線を張る。これではサルが飛び越えるらしいので、余っているハウス資材を加工し、1.8mの支柱を立てた。下から3段にビリビリの電線を張り、一番上にカラスが怖がる細い防鳥用の線を張った。この高さならシカさんでさえビリビリ線に触れるので、驚いて目が飛び出るだろう。さらに電源を強化した。今まで乾電池で動かしていたのだが、下草が伸びて電線に触れだすと、それを伝って地中にアースしてしまう。電源の消費も多くなるので、使えそうな古いバッテリーを満タン充電して収納箱の中に収めた。たまに電線の下草を刈ってやれば今年の害獣は完全に撃退できるだろう。

チェンソーを買う

薪を作る際チェンソーは必須アイテムで、ハクスバーナのエンジン式とマキタの100V電気式、ブラック&デッカーの小型充電式を持っているが、今一つ使い勝手が良くない。

ひな人形のCMで「人形は顔が命です」とあったが、チェンソーは「チェーンが命」で、よく研いでなければビービーと音がするだけで木材は切れずに、摩擦熱で煙すら出てくる。日頃チェーンの手入れと、エンジン式であれば、燃料が古くならないように、その都度燃料を抜いて保管が必要になる。始動が悪いときは、キャブレターの掃除したりと、とにかく使い勝手が悪い。さらに使いたいときエンジンがかからないと何度もスターターのひもを引っ張り、心臓の弱い僕は作業前にヘトヘトになってしまう。

なんとかチェーンの研ぎ方を会得し、エンジンのメンテをしなければと思っていた時、畑の傍らにあった「プラムの木」がちょっとした風の強い日に倒れてしまった。

この木はずいぶん前に「紫色の果肉のプラム」という事で植木市で買って自分が植えた木だ。実際実が生ってみると、果肉は色なしでほとんど食べることが無く、枯れ枝も目立ってきたのでいつか伐採しようと思っていたものだ。

労せず倒れてしまったので、ストーブの薪にはどうかと思うのだがとりあえず草刈り等に邪魔になるので細かく切ることにした。

エンジンチェンソーは久しぶりの出番で、例のごとく、紐が切れるほど引っ張ってもすぐにエンジンがストップする。このままの状態であれば木は乾燥し固くなるので、この際ある程度枝を落とすため充電式のハンディーチェンソーを買った。

ハンディタイプは5千円位からいろいろあるが、一応日本のメーカーとの事で、アマゾンで1万2千円位であった。さすがに小さい枝はアッという間に切れてしまう。さらにバーの長さが「安ーい」と宣伝している夢グループのものより長く8インチあるため直径20cm位の丸太はものの何秒もかからず切り落とせる。さすがにそれ以上になるとバーの長さが足りないので、この際手持ちのバッテリーが使えるマキタの35cmバーのバッテリーチェンソーを思い切って買ってみた。



18V×2個のツイン電源パワーは、エンジンに負けず劣らず本体の重み程度で面白いように切れていく。耐久性や信頼性には欠けるかもしれないが、これは買ってよかったと思える一品である。今までのように、50対1の燃料を作ったり保管したりと手間がいらず、取っ手のスイッチをそっと押すだけで使えてしまう。さらに電気自動車みたいに音が静かで振動が少ない。倒れていた木は1時間かからず、大きなサバの缶詰を見るような形に加工された。今回少し使っただけではあるが、抱いて寝たいほど気に入ってしまった。

だれも解決できないコメ問題

参議院選挙も投票間近で各党勝手なことを言ってる。投票したい政党がないから、自分たちでゼロから作ると結党したとある「参政党」が日本ファーストを掲げ、今回もっとも躍進が予想されてるようだ。今朝届いたチラシには政策の一つに食料自給率を100%にすると書いてあった。農家の平均年齢は、今67歳位で毎年後継者不足が叫ばれ一向に若返る様子はない。そんな状況で38%の食料自給率をどうやって100%に持っていくのだろう。れいわ新選組は、大金持ちから税金を取り、金持ちと貧乏人には10万円配ると言ってる。どうも各党の感覚が解らない。選挙に行く気がうせてしまう。

昨年からの米騒動も一時停止しているが、選挙が終わったら毎日のようにコメの価格報道が始まるだろう。コメについては、たまたま昔務めていた時関係したことがある。ずいぶん前の食管制度の廃止前に、政府買い入れ米の農家からの出荷であったり、大手工場や学校給食などの大口先小売り、農家への3年間で完結する米代金の清算などほぼ一連の流れに関わった。短い期間であったが、今回の騒動で、農家〜消費者までおおよそのコストは理解できる。農家は高く売らなければ採算がとれず、消費者は主食のコメを値上げ前の価格で安く買いたいし、安いコメがあっても政府が安く流通してくれない。

皆がそこそこ満足するには、様々な予測とシステム構築が必要になる。大局観を持つ頭の良い、藤井壮太七冠でも連れてこなければ、この先皆がニコニコと安定して国産の米は食べられないだろう。選挙後のコメ政策が気になってしまう。

我が家の庭にあるブルーベリーがいよいよ食べごろになってきた。ほぼ3分の1位は自分がたべてしまう。最近老眼が進んでいるので目の効果を期待したいが、たいして変わらいように思う。しかし珈琲店(Sakurayama Coffee Roaster)のマフィンに使ったりするので、近くの野鳥に食べられぬようにしっかり管理しなければならない。

 

万博を見に行きたい

久しくブログを書いてないので遠くの親戚から生きながらえているか心配の声も出てきた。ただ忙しかっただけで久しぶりの投稿となる。世の中が目まぐるしく過ぎていくのでただただ早送りの生活となっている。毎日トランプの関税騒ぎで、もうなるようにしかならない。多分アメリカも収拾がつかなくなるだろう。少し騒ぎすぎである。

最近体のポンコツ化が進んでおり、今まで未体験の病気がいろいろ出てきた。

最近この2か月程めまいに悩まされている。クラっとしためまいである。日に何度か発生する。目が回るほどではないので正確には「めま」位である。運転中に何かあったら困るので、原因が分かるまで、遠出の車の運転は嫁のお抱えが付いてくる。脳神経外科、心臓内科、耳鼻科の三点セットで原因を調べたが、よくわからない。とりあえず最後に行った耳鼻科から漢方薬を頂いているが、いまだに時々「めま」が起きる。自分の見立てでは、いわゆる老化が進んでいて各部各機能の性能が下がった結果なのだろう。医者も決定打が無いので様子を見ながら考え中のようだが、早期完治を目指すならこの先神様に祈るしかないようだ。

今年はタケノコが裏年で、出るのが少ないとのことだったが、やはりタケノコも意地があるのだろう1本見つけたと思ったら翌日13本も出てきた。3日に1本位で良いのだが、こんなに出てくればそこらへんに配るしかない。そのあとも一気に16本出てきて、もうやめて下さいと思っていたら、打ち止めなのかそれで今年は終わりとなった。

最近はイノシシが出没し田舎のささやかな旬の楽しみを横取りしていくので、竹山に電気牧柵を付けている人もいる。そこまでするか?と思うが出始めのタケノコの味噌汁や山椒とタケノコの混ぜご飯はやはり今の時期ありがたい。

熊本地震あれから9年

少し前になるが宮崎で地震があったとき、スマホが「大地震です」と騒いだ。即座にスマホと懐中電灯を持ち出し外に出たのだが、そのあと気持ちばかりの揺れで地震は収まった。ただこの時薪ストーブに火があったので一旦逃げた後、また揺れが来るかもしれないから嫁が水をかけようと言い出した。「そるばかりはこらえちくれ」と止めた。ストーブは鋳物だから一気に冷やすと割れてしまうのだ。考えた末砲丸位の大きさの水球をビニール袋で造り傍らに備える事にした。いざ有事の時はストーブの中に水球を投げ込むのだ。思わぬ我が家の防災訓練ができた。

今では地震後の大変さも忘れがちになってしまったが、この少し肌寒い季節を迎えると当時の記憶が鮮明になってくる。ミャンマーでも大きな地震が発生したが、命を守る確かなすべはない。その人の運が大きな防災でしかない。

朝から踊る鶏

我が家の鶏もだんだんとメンバーが少なくなり、肥後チャボ1匹と小国鶏1匹となった。何の芸もなくひたすらこの子たちを飼っていると思っていたら、最近小国鶏のオスがえさを与える前に喜びのダンスをするようになった。

尾を振る犬はカワイイと言うが、この鶏は朝エサやりに行くと止まり木の上で足踏みを始め、喜びを表すようになった。しかも最近は足踏みが早くなりとても自慢げに見えてしまう。しかし、いつぞやは足を踏み外し金網との間に挟まりしばらく抜け出せずにバタバタとしていた。たまに下にいて、自分がエサやりに来ると慌てて止まり木にかけ上りダンスを始める。鳥語が解ればどういうつもりか聞いてみたいが、やっぱり感謝のタップダンスだろう。

 

Sakurayama Coffee Roaster  おかげ様で1周年

3月で珈琲豆店が1周年を迎えた。いくつかの店舗と無農薬農家さんなどの協力で感謝イベントも無事終えた。いろいろと課題も見えているのだが、今は少しずつ桜山珈琲ファンを増やしていくつもりである。

一儲けしたわけではないが、高性能カフェオレマシーンも導入した。極め細かい牛乳の泡ができハートや花びらなどのアートもできてしまう。最初ひょうろく玉みたいなモノしか作れなかったが、最近ではなかなかのアートも作れるようになってきた。

今年の桜は例年になく長持ちし、我が珈琲店の名前のゆかりにもなった桜山の桜が店の窓越しに美しく咲いてくれた。

阿蘇の山々と外輪山、サクラの取り合わせは一番の眺めとなる。

 

万博を見に行きたい。

いつものパターンで始まる前の下馬評とは裏腹に、物好きの日本人はやはり行ってみたくなる。愛知の時は「冷凍マンモス」を見たかったのだが、入場迄7時間待ちといわれとうとう見れなかった。今回は並ばない万博と銘打っているのでお目当てが何とか見れそうである。火星の石も見たいし、IPS細胞でつくられた心臓はまさにミラクルである。時がたてば実用化もそう先ではなさそうだ。そのうちアマゾンでも安く売られるかもしれない。10年間健康保障200万円とか、マラソン仕様20年保証300万とか大谷モデルなど夢ではない。25年後の自分に会える装置もあるらしい。若い人は25年後祖父や祖母に似た顔が出るそうだ。ただ、高齢者の測定はどうなるだろう。25年後100歳を超えた場合、位牌でも出てきたら客は怒るだろう。それにしろ想像しただけでも楽しくなる。

今年のテーマは「いのち輝く未来をデザインする場」となっているが、前回の大阪は「人類の進歩と調和」であった。そしてこの人がやってくれた。

芸術は爆発だ」の岡本太郎である。当時、面白い芸術家のオッサンとしか思ってなかったが、今になり彼の偉大さがわかった。人類の進歩と調和に対して縄文人のオブジェ太陽の塔を作ってしまった。そして「文明は大きく進歩したが、人間の進歩はなく虚しくなっている。機械の奴隷となっている」と言っていた。今、まさに彼の言葉どおりである。人類はスマホたちの奴隷となり、トランプやプーチンのような調和と無関係な指導者を作り出している。人類は進化するどころか退化するばかりだ。

まあ嘆いていてもしょうがないので、我々健康にやや不安な貧乏人は、何とか安価で安心安全な方法で万博に行く方法を模索しなければならない。現金はしまい込みバッテリーを背中にしょって、慣れないスマホを駆使して今を楽しむより他ない。

 

ゆく年くる年

元旦から

年の瀬になると、テレビではどのチャンネルも、今年の10大ニュースなどを放送している。そして、NHK紅白歌合戦が終わり、蛍の光を合唱すると急に画面が変り、雪が降るお寺の除夜の鐘がゴーーンとなる「いよいよ今年もか」と神妙になり年を越す。いつもの風景である。

今年は元旦から能登地震の衝撃ニュースから始まった。普段なら正月料理を食べ、都会から久しぶりに帰省した家族と一緒に、ゆったりしているはずなのに、極寒の中家から追い出され、寒さと不安に震えながら時を過ごすことになってしまった。熊本地震は4月の中旬だったため、寒さに対してはそんなにつらいことはなかった。しばらくは不便ながらもいろんな支援等があり、ここまで復興することができた。能登はテレビで見た感じでは、いまだ手付かずの所もあり、正月も不便な状態で迎えられるのは、誠に気の毒である。

今年は我が家においても、忘れられない出来事が沢山あった。忙しさにかまけて、中途半端に終わったことが多々あり、来年は上手に修正していかなければならぬ。

 

サクラサク

振り返ると、コーヒー豆と無農薬野菜の店(Sakurayama  Coffee Roaster)が3月に開店した。

早くから準備をしていたが、店舗土地の農地転用等ですっかり遅れてしまい、3月にやっとオープンすることができた。店舗での珈琲や自家焙煎豆の販売を軸に、少しづつ新しい食べものや商品の品ぞろえ等を工夫している。このような店舗は、自分たちの思いと、お客さんの希望をかなえながら営業していかなければならない。

「ものを売るより人を売れ!ビシッバシッえ〜い」とスタッフのコーヒー道?への修行を重ね、徐々に愛される専門店を目指していくのだ。

そろそろ「ジイさんの石焼き芋」を冬季限定で販売し、自分の小銭を稼ぎたいものだが、現状まだまだ手が回りそうもない。今TSMCの影響で、バイトの時給も高止まりではあるが、ちょうど大河ドラマも終わったので、吉高由里子にでもお店のお手伝いをお願いしようかな?コーヒー飲んでウェーイ。

心臓の回復

心筋梗塞の発症依頼熊本の済生会病院で定期的に検査を受けていた。今年8月予定の半年点検がコロナと台風の影響で10月に伸びてしまった。また血管が詰まってますと言われたらどうしようと心配したが、MRIの結果も良かったようで、今後は主治医による通院で済生会での検査は終わりとなった。元通りとはいかないだろうが、縛りが捕れたようで何ともありがたい。これで少々力仕事も無理ができると思っていたが、体の方が年々衰えを隠せず、廃車前の車のように、体のパーツがつぎつぎと不具合発生を報告してくる。新しい診察カードも目新しいクレジットカードのように増えるばかりだ。

 今までは、耳カキで外耳炎になることは何度かあったが、6月に耳にバイキンが入り、大きめのコースター位のダンボ耳になってしまった。耳鼻科の先生に、これはヤバイと、1週間の入院治療を強いられた。あの入院は思い出すだけでも、おそろしく、静かなはずの病院で、下から湧き上がるような歌声がとどろき渡るのだ。今でも耳が痒くなると、当時がよみがえってくる。事もあろうか入院患者が、病室で声を殺しカラオケをうなるという、どこにも負けない迷惑行為に何日も耐えしのんだ。あの爺さんは退院したらカラオケ用にタブレットを買うと言っていたが…果たして自分で使えるのだろうか?どうでもいいが、病室で使うことだけは、やめにしてほしい。

コロナにかかる

コロナが再燃しているとはいえ、久しぶりの飲み方にノコノコと出かけたのはいいが、8月にコロナに感染した。熱は大したことなかったが、のど、鼻がやられ、味覚が1か月以上飛んでしまった。倦怠感もいつまでも収まらず、結局だるさや気力の衰えが続き回復まで1か月以上は要した。これも体力のなさに起因するものだろう。運動や体力づくりが改めて必要だと感じた。

 

母の死

 婆さん(母)が今年の10月に亡くなった。我が家としては一番の大きな出来事だった。大正10年生まれの103歳で村では一番の長寿であった。昭和の戦争、平成の地震、令和のコロナ感染と激動の時代を生き抜いて、特に体の深刻な病気もなく老衰で寿命を迎えた。目立った認知もなく、家族といる時間も長く、いろいろつらい事もあっただろうけど、家族みんなから大事にされて、幸せな人生だったように思う。

 

家賃の取りそこない

いつもなら9月〜10月にかけて日本蜜蜂の家賃を頂くのだが、今年は時期を外し、来年にしようかとも思ったのだが、毎年楽しみにしているクマさんも待っているだろうからと、12月に入りなんとか収穫した。

この後、ハチミツの蓋をナイフでそぎ取り、3日程かけて自然に蜜を落としていく。

ところが寒くなったせいで、なかなか容器に落ちてこない。昼間少し落ちて夜に固まりを繰り返し、時間をかけてある程度採蜜はしたが、すでにハチミツの結晶化が始まったので、もったいないが2升ほどのハチミツは全部処分してしまった。日本蜜蜂を長い事飼っているが、このようなことは初めてである。

今のところ、こちらに本物のクマは出没しないが、クマさんがコタツの中に攻めてくる時代になったので、今まで届けていたクマさんが怒らなければいいがと思っている。

親知らずの親不孝

今年は静かな正月を迎えるつもりでいたが、朝食の食パンをかじっていたら、ガリッと音がして歯の欠けたような小さなものが2個出てきた。どう見ても歯であるが鏡で見ながら奥歯に手を突っ込んでも特段歯の不具合は無い。かみ合わせに支障は無いので、そのまましていたら3日後に奥歯付近が痛くなってきた。以前から近くの歯医者さんに3か月に一度歯のメンテに行っており、親知らずが虫歯になりかけていると警告はしてあった。その時抜歯も言われたが、そんな怖くて痛い思いを前もってやるような事は、お金を貰ってもやりたくないので、そのままにしておいた。ところが、今回ばかりは痛みもあるし、正月もヒーハー言いながら寿司の一つも食べられないのでは新年の気分が駄々下がりになるので、抜歯覚悟で歯医者に助けを求めた。

やはり原因は「親知らず」でぽっかりと穴が開き虫歯になっている。カメラ式のレントゲンをとり麻酔を何本か売って、アガアガ言いながらも無事抜歯に成功した。

それにしても何のために「親知らず」は生えてくるのだろう。他の働き歯達が生えた後、歯茎に痛みを与えながらノコノコ出てくる。そして、他の歯とはかみ合わないので普段、何の仕事もしていないのだ。手前の奥歯は1日3回、さらに間食の時でさえ親の指示に従い、わが身をすり減らしながら、働いている。もう感謝しかない。この「親知らず」は最後に虫歯の痛みで親に大きな迷惑をかけてから一生を終わった。親知らずと言うより「親不孝」である。さすがに抜いてもカワユクないが容器がカワイイので記念に持って帰ってしまった。

そんなこんなで忙しい1年であったが、で正月は静かに迎えられそうである。

 それでも、来年は世界の首脳がどこそこ入れ替わり、大変なことになりそうだ。みんな我が国が良ければ的な国になりつつあり、世界の国々の協力や協調は遠のくばかりだ。国内も景気は一部しか上がらず、軍事費は増えるばかり、税収も少なくなるなら社会保障も厳しくなるだろう。不安要素が重なる年になりそうだ。

ただ、自分としては世界の心配より、来年から長い距離を歩く習慣の実行と、焼き芋機をどんなものにするかの大きな課題がある。元気がなによりだ。

 

いつのまにか12月

歳月人を待たず

長らくブログを書いてなかったので、知人友人にはヤツは生きているのだろうか?と思われてるかもしれない。別にミツバチに頭を刺されて考えがまとまらず臥せっている訳でもなく、近くの牧場のヤギに蹴られ入院してるでも無い。単純に何かと忙しいだけである。年寄になると、じっとしてても背中が痒くなり、そうこうしているうちに時は流れ、今年も残り1か月となった。これから冬の寒さに身を包む準備をせねばならない。

忙しくなった理由は、4月から地区のお世話をすることになり、回覧板に行事等の通知文章を発行するようになった。そのうち文章の通知だけでは面白くないので、季節の写真や、古い写真、地区の歴史などやや面白い作りで発行してみた。別に頼まれた訳ではないが、意外と回覧板が好評で、地区の情報誌みたいになってしまった。町の広報誌に合わせ月2回発行するので、余分な仕事が増えてしまったのだ。今更やめる訳に行かず、しばらく続けるしかない。

老いるショック

新聞に「老いるショック」という記事があった。50年ほど前中東戦争の影響から、原油価格が大幅に高騰し、あらゆる商品が値上がりした。世界経済も混乱するほどで、当時オイルショックと呼ばれた。その言葉になぞらえたもので、思わず座布団を1枚あげたくなった。昔元気だった老人が、無理な体制を取ったりすると、3日程体が痛くなったり、時にはカラスマガリを起こしてしまう。こんな時、老いるショックを感じてしまうのだ。

寒くなる前には何とかせねばと、ずるずると先延ばししていた甘藷をやっと収穫することができた。猫の額程の面積だが、害獣に襲われながらも電気牧柵で反撃し予定の3分の1くらいは収穫できた。

自分はお店の手伝いやら何やらあって忙しくしていたので、ほぼ嫁が一人で収穫した。

今年は「紅おとめ」という品種でねっとり系のものだが、掘った後貯蔵しなくても今年の芋は、結構美味しいく食べられた。最近天気が悪く、こんな日には家にいるだろうと久しぶりに親戚や、友人宅に甘藷を配りに行った。ところがどこを訪ねても留守である。仕方なく携帯に連絡すると「今病院に来ている」とのこと。3件程訪ねたのだが、皆病院だった。通院だから深刻な病状ではないと思うが、皆「老いるショック」に苦しんでる。

そういえば自分たちも長年通い続いた、済生会の人間ドックを今年は近場の日赤健康管理センターへ変更した。済生会の豪華な昼食は捨てがたいが、片道40分程時間が短縮できるので、新たな場所での検診となった。

ここでも不得意な「肺活量」の検査がある。基準の80%を下がると主治医殿を渡される。案の定2回やって78%位である。検査係の人も心配してこれは機械のせいかもしれないので、隣の機械で計測すると言う。「いやー自分はこの機械の使い方をよく熟知してないのでこれでいいですー」と言うと、それでは主治医殿が決定しますと脅された。

それは困るので「今一度チャンスを」と頭を下げ、再検査となった。新しい機械で涙目になりながら、その辺の空気をダイソンの掃除機のように吸い込み、肺の中の空気を残さず吐き出してやった。するとパンパカパーンと音は出なかったが、2回目で80を超えたのだ。よかったよかった。

 

乙事主か?

地区の環境保全会という組織から「イノシシが捕れた」と連絡が入った。今から解体するので肉を取りに来いとのことである。今我が町は台湾の半導体企業の進出で、どこそこ開発が進み煽りを食らった動物たちは住居付近まで接近するようになった。

捕れたのは「猪郷谷」と呼ばれるいかにもイノシシが住んでいそうな地名の近くである。畑を荒らすイノシシは害獣となり、町の猟友会に駆除を依頼してある。ところが組織も高齢化しており、地区に罠猟の免許を取らせ幅広い捕獲作戦を実施している。
捕れたのは、大間のマグロを彷彿させるほど立派な体格で、ドングリをたらふく食べた体は、イベリコシシのレッテルが付くほど肉の味は保証できるだろう。

程なく解体されきれいな肉は分別されていった。昔食って猪肉の美味しさは知っていたが、嫁から「肉は絶対もらってこんで」とクギを刺されていたので、なくなく手ぶらで帰った。すると2日たって今度はシカが捕れたと連絡が入った。肉の引き取り手が無いから取りに来てくれという。今はいろいろな病気が流行るので、皆警戒してジビエといえど喜んで食べる人は少ないのだ。

ここは台湾か!

今年はイベントに何かと呼ばれる。店のPR等で、町の観光振興会もいろいろお世話になっているので、出店依頼については店を休んででも出向いている。今回は、TSMCの社員関係者を対象とした祭りが開催され、たくさんの出店や、芸人のステージなど行われ、多くの人出で賑わった。

台湾の半導体企業は、政府の肝いりで誘致しただけあって、新しく就任した木村知事やくまモンが場を盛り上げた。

ステージの前の方は、ほとんど中国語が話されており、気のせいか皆富裕層に見えてくる。すぐ近くにSONY東京エレクトロンの工場が立ち並ぶが、その何倍も大きいJASM(TSMC)の工場があり、第2工場も大きな敷地で建設が始まっている。おかげで大津町の地価上昇率は全国1位となり、付近の土地は不動産関係の会社が、どこそこと下見に歩いている。

今回のイベント出店は、急に決まったため、ハンドドリップした珈琲の販売はできなかったが、直接店に来られる方で、TSMC関係のお客様は確実に増えてきている。困るのは英語で注文されたりすることだ。熊本弁なら堪能であるが、慌てながら翻訳機を駆使しなければならない。今更英語や中国語を覚えるのは難しいので、ペッパー君で対応できればいいが、月のレンタルが5万円程かかってしまう。アマゾンのアレクサを駆使し、何とかならぬかと思っている。

 




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