『風が吹くとき』1986年にイギリスで制作されたアニメーション映画。ジムは定年退職を迎え、イギリスの片田舎に妻のヒルダと一緒に越してきて平穏な暮らしを送っていた。子どものロンは家庭を持ち都会に暮らしている。いつもと変わらないある日、ラジオから戦争が勃発し、イギリスに核爆弾が落ちてくるとのニュースが流れてくる。ジムは図書館からもらってきた政府のパンフレットに従って、屋内シェルターを作った。その後、核爆弾が落ち瓦礫の中、二人は生き延びるが…。
泣きました。ええ、泣きましたとも。
名作だという話を聞きつけて、確か大学生の頃にも観た覚えがあるけれど、超フレッシュに泣きました。
日本人にも馴染みのあるスノーマンのイラストレーターが原作絵本を描いているので、あの淡い色合いのほのぼの世界のアニメーション。
イギリスの田舎の風景がよく似合う。主人公の老カップルのジムとヒルダも、目が点々で口元はいつもにっこりしていてふくよかなフォルムがピッタリ。
なんて可愛らしい世界。
そこに核爆弾が落ち、政府のおためごかしなマニュアルに忠実に従った屋内シェルターを作ったジムとヒルダは生き延びる。しかし…といったストーリー。
実際に映画に登場する人物は、ジムとヒルダの二人きり。
日本語吹き替えは、大島渚監督演出のもと、森繁久彌と加藤治子が演じる。
この名優二人の芝居に泣かされました。
ラジオドラマとして聴いたとしても立派に成立する。
昭和の時代によく聴いた声。
ウンチクだけは立派で講釈垂れのジム。
それをいいように聞き流し、家の中の実権を実は握っているヒルダ。
偉そうだけれど、ヒルダを思いやっているビルと、ビルに対して「はいはい」と返事しながらも丁寧な言葉遣いでビルを立てて信頼を寄せるヒルダは古き良きカップルなのだ。
この二人に今は亡き、昭和の懐かしき祖父と祖母を重ねた。
大学の時より泣けたのは、その後に逝ってしまった二人がより鮮明に思い起こされたからだ。
田舎に住む無辜な老父婦が、何もわからないまま戦争の犠牲になっていく姿が残酷すぎる。
あちらはあちらで何度みても残酷で目を背けたくなるが、今観ると以前よりももっと冷静に観れるかもしれない。
というのも、わたしは子どもがいないから。
同世代の子育てしてる人達からすると、清太と節子に我が子を重ねさらに深く刺さるかもしれないが、今のわたしはもしかしたら意地悪した親戚のオバさんに同情するところが増えるかもしれない。
自分も大変だしこんな時なんだから、子どもも少しは考えてもいいよね、と。
反戦映画は、登場人物たちをいかに身内として考えられるかによって感じ方が変わってくるようだ。
