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辛くないハッカ / 岸本ゆめの

 

 

荒いね 僕の繊細は

 なんか出ろ 新しいような古いの

 荒いが 僕の繊細は天才だな 馬鹿

 テキトーな本が並んでる

 

 

 

ぶっちゃけた話をすれば、初めはこの曲はピンと来ていなかったのだ。

その当時、対バンイベントに来ていた岸本ファンは「シカゴ」派か、「辛くないハッカ」派か、2つに分かれていた。いや、それはどちらも好きな上で、よりどちらが好きなのかという話なのだが、僕は圧倒的に「シカゴ」派だった。それはやはり、この楽曲が幾らか当たり障りのない感があったから…というよりかは「シカゴ」が余りにも僕の中で完璧すぎた、というのが大きい。別に嫌いじゃないし、落ちサビ以降の盛り上がりはかなり好き、ただし「シカゴ」には数段劣る、それが「辛くないハッカ」の初めの印象。

 

てか、初披露ここなんか。いやぁ、色々ターニングポイントすぎるんだよな、このライブ。

 

さて、そんなこの楽曲の見方が180度変わったのは、このショートである。というか、まんまここの歌詞である。

 

(なんで、YouTubeにないの!?)

 

“荒いね 僕の繊細は

 なんか出ろ 新しいような古いの

 荒いが 僕の繊細は天才だな 馬鹿

 テキトー本が並んでる”

 

 

…この歌詞である。

この歌詞の凄さ…と言うより、僕へのぶっ刺さり様である…

そのぶっ刺さり様をここから書く。

 

ハッキリ言って、この世にオリジナルをゼロから生み出せる人などメチャクチャ稀なのである。みんな、どこから学んだ何かを真似て、そこから膨らまして、或いは削って、自分だけの “ナニカ” を作り出すしかないのである。

 

でも、出来ないのである。

 

それでも諦めずに夢中に延々と作り続けて、ようやく “自分らしさ” が掴めた気になって、それに縋って創作し続けるのだ。

要はその “自分らしさ” を出そうとするこの営為、それ自体を作詞している、まずここのブルースが良い。どこにも逃げない姿勢、余りにも岸本さん。

それと同時に歌詞の前半、余りにもドラマチックなCメロまでは、“何者でもない自分” “何かの真似をして失敗し続ける自分” の例え延々と続いていく。それこそ、“辛くないハッカ” である。ハッカらしくないハッカ、それこそが一人間としての自認である。

 

 

 

 

でも!

 

そんな自分でも!

 

なにかを捻り出さなきゃいけねぇんだよ!!!

 

 

…というこの諦念とヤケクソである。

 

 

“荒いね 僕の繊細は

 なんか出ろ 新しいような古いの

 荒いが 僕の繊細は天才だな 馬鹿

 テキトーな本が並んでる”

 

 

この歌詞でいちばん好きなのは “なんか出ろ” である。“出るはずだ” でもなく、“出て欲しい” でもない、“なんか出ろ” である。余りにも粗暴だし、そもそも出すのは自分自身である。そんな自分に対して “なんか出ろ” である。この、“自分を100%は信じてないけど、信じるしかねぇ!” の心意気こそ岸本ゆめのさんである。

そして、その後の “新しいような古いの” である。要は、普遍的なオリジナリティーを指しているのだけれど、“ただでさえ産みの苦しみの真っ只中なのに、出るわけないだろ!” と思っている中で、これはあからさまに高望みである。しかし、それでも望むのである。なぜならばそれしか出来ないから。

さらに好きなのはその後の行。“荒いが 僕の繊細は天才だな 馬鹿” 。

まず、“荒いな” と “荒いが” の絶妙な語句変換の上手さ。順接の後に来る、逆接の跳ね具合が素晴らしい。そして、“繊細” と “天才” の韻の踏み方。この小気味良さ。そして、自分のことを “天才” と認めたすぐ後に “馬鹿” と言っちゃう感じ、余りにも岸本さんすぎる。この岸本さん味である。ただで自分を認めない、このめんどくささである。

そしてダメ押しのラストの “テキトーな本が並んでる” …ここは実際に自分の部屋を見回したそのままを書いたらしいのだけれど、個人的には今まで作ってきた作詞たちを見て “テキトーな本が並んでる” だと思ってたりもした。実際は飲み屋の偉そうなおっさん達に押し付けられた本だったらしいのだけれど、この歌詞の並びだと不思議な奥行きのある歌詞ぎ素晴らしいんだよな…

 

裏話をたくさん聞かせてくれた、60try部。

 

さて、岸本さんと創作でいえば、やはりかつてのギャグマシーン時代のこともやはり言わなければなるまい。というより、今の歌詞や創作の量産体制を見ていると、あの頃の、とにかく作る、そして試す、反響を見ながら手数を増やしてさらに探っていく、あのサイクルを思い出す。なんというか、昔から変わらない営みである。

個人的に、これと関連して好きな対談がある。

 

 

自作の写真集を持って行って鮮烈な印象を残して以来、明石家さんまさんに気に入られている岸本さんなのだけれども、今回の作詞の話に及んだ時の話である。岸本さんが「作詞をしていると時々ギャグめいたものが生まれてくる。そのギャグを今回持ってきた」と話した。

おそらくであるが、岸本さんからすれば毎度のギャグ披露の導入、或いは掴みとして話したに違いのだが、面白いのはさんまさんが何故かここに食いついたところである。というか、まんま賛同した(笑)「いや、わかるわ。作詞をしていると実際には詩としては使わないけども、ギャグに転用することもあるんや…」…とそんな語気だった気がする。いや、そこで共通点が生まれるのか?という面白さと、なんやかんやで師弟関係として相性いいんだよなぁと思う瞬間である。

そしてその後の、ギャグにおける “普遍的でありながらオリジナリティーのある言葉の見つけ方” の苦労話も好きなんだよなぁ…さんまさんのこういう “芸事論” みたいなところが岸本さんの回だとぽろっと出てくるのが好き…なんやかんやで求められ続けている人の嗅覚は違うな、と思う瞬間でもある。そしてそれに食らいついていくか岸本さんも好きだし、やっぱり滑る岸本さんも相変わらずで良かった…あと!岸本さんのギャグを気に入りすぎている村上ショージさんも好きです!!!

 

 

 

何よりも、一つ一つの縁を絶対に逃さないウーマン、岸本ゆめのの面目躍如も感じるんだよなぁ…一つ一つが今の充実感に繋がっている。

 

そんな、作詞における創作論が見える「辛くないハッカ」は今年の早い段階からライブのキラーチューンとして様々な場面で大活躍。「シカゴ」同様、【LuckyFes'25】の前には、“公式海賊版” として公開&配信リリースもされましたし!

 

 

個人的には、バンドバージョンもさることながら、弾き語りバージョンも好き。何度も擦っている、“荒いね” 以降の部分がより生々しく響くのが好きなんだよなぁ!

 

 

そして、【避難囂囂】での披露だな。【おいでませ四半世紀】では一曲目だった楽曲が、今ライブではラストを飾ってる、みたいな趣き込みですごくいい締めだったんだよなぁ…

 

 

最後の涙ぐみながらシャウト…絶叫しているところとか、メチャクチャ燃え上がったもんなぁ…!

 

最後に音源版について。

個人的には、ライブ版ではあまり感じなかったスペーシー感が新鮮だった…というより、BUMP OF CHICKEN感。あの音像って再現できるんや、みたいな。

 

 

それもあってか、同じ夜モチーフの「BE」や「真夜中の鍵」、「ずっと、星。」の流れが現在の「辛くないハッカ」まできた錯覚もあったんだよな。

ただ、これらと違うのは、ある種の迷いの吹っ切れが見えるところ。何かに憧れている自分から、今生きている自分へのシフトが垣間見える、これが圧倒的な違いとして見れる。

あと、個人的に好きなのはドラム。“使ったらなおすんだ” 以降の落ちサビパートのシンバル捌きが兎にも角にも好きすぎる。細かく乱れ打ちながら、徐々にリズムが整って行って、最後の “荒いが” で爆発する、あの感情の流れがシンバルのリズムに表されていて、毎回聴くたびにワクワクするんだよなぁ…!というか、ここだけのシンバル捌きだけで、曲になってる感じすらある(笑)これは音源版だからの妙。

 

…と、そんな岸本さんの現在の “創作論” が見えるのが嬉しい一曲。これからも軸になり続けるし、この創作に対する軸がこの早いタイミング出てたのも嬉しいんだよなぁ!

これからも、この歌詞を胸に携えて行きたい行きたい。

 

 

“荒いね 僕の繊細は

 なんか出ろ 新しいような古いの

 荒いが 僕の繊細は天才だな 馬鹿

 テキトーな本が並んでる”

 

 

 

P.S. 対バン相手のお兄さんにも気に入ってもらえていて、とても嬉しいのよ!!!

 

 

 




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