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2025年の読書ふりかえり - 好きな作家と本とか

今年読んで印象的だった本について。おすすめ本とかベストブックの選出みたいなのがいつも難しくて、今回はざっくりふりかえるので個人的な好みの開陳、本好きの雑談みたいな感じで流し見ていただければと思います。

 

ハン・ガン

年明けに『少年が来る』を読んでひきこまれ、日本語で読める小説を少しずつ読んでいった。同じ作家の本を何冊か読んでいるとその人のテーマみたいなものがなんとなく見えてくるような気分になるのだけど、ハン・ガンの場合は人間のもつ暴力性と崇高さ、その両極端が『少年が来る』において一番真っ直ぐに貫いてくるようなかたちで書かれている小説だと思って(わたしにとっては)、だからこれを最初に読まなかったらまた別の印象を持っていたかもしれない。

少年が来る 新しい韓国の文学

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というのはじつは数年前に『すべての、白いものたちの』を読んで、きわめてうつくしい本だと思い、小さくはかない命に必死に手を伸ばすかのような印象深い一節も覚えてはいるものの、全体としては漠然としたイメージしか持たなかったのだった。わたし、いまだにやっぱり詩がよくわからないので、『詩のこころを読む』を読んだほうがいいかもしれない。

詩のこころを読む (岩波ジュニア新書)

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『別れを告げない』も、『少年が来る』をどんな思いでこの作家は書いたのだろうということを考えながら読むと、(物語そのものはフィクションではあるのだろうが、それでも)この作家の、苦悩から立ち上がろうとする人間の姿を書く繊細さと強靭さに圧倒される。『菜食主義者』は他の本を読んでいたり、現実のなかでつらい話を聞いたりしたときにも時折思い出す。「回復」がいかに容易ではないかを何度も思い知らされるような日々の中で、読まれるべくして読まれている作家なのだと思う。

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イーユン・リー

苦しみから起き上がる姿といえばイーユン・リーも今年読んで衝撃をうけた作家だった。『さすらう者たち』をだいぶ前に読んでいたのだが、ことし『水曜生まれの子』を読んで初めて著者の背景を知った、自死した息子と向き合うという行為を小説を書くという形で成している、二重の驚異的な達成に慄いたのだった。読み返したいし、もっと読みたいけど、読むのがこわい、でも読みたい作家。

水曜生まれの子

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リュドミラ・ウリツカヤ

ウリツカヤの小説では、なんで私がこんなめに?みたいなめに登場人物たちが遭わされているのだが、しかし不思議な明るさがあり、そこがかなり好きだった。先に挙げたハン・ガンが、つらくてたまらない現実を前に横臥せずにはいられない人々が必死に骨ばった手で地面に手をついて起きようとしているイメージだとすれば、ウリツカヤは泣いていたらふくよかな手が肩を抱き寄せてくれるイメージなのである。

ウリツカヤの作品のなかで最初に読む本をだれかにすすめるとしたら『ソーネチカ』が良い気がする。主人公のソーネチカは文学を深く愛し文学に耽溺する女性で、予想されるとおりソーネチカは辛い現実を文学に救われる。だがその姿はとりわけ感動的というわけでもなく、「いや、本に救われるって、たしかにこんなかんじだよな」と淡々と納得させられる雰囲気が漂っている……そういうところが本好きな人に読んでほしい理由だ。

 

アントニオ・タブッキ

幻想的な文章を書く代表的な作家というイメージだったので、『供述によるとペレイラは…』がリアリズムに近く明確に反・暴力をテーマにした勇気にまつわる小説で意外だった。しかしそうとわかる瞬間まではペレイラがただの平凡で小心で小太りの中年男性、健康のために食事を律することさえ容易ではないような小市民として描かれていて、そんなところも好きであった。

 

川上未映子

数年積読していた『夏物語』を、今年の夏ついに読んだのだが、噂にたがわず読んでからやっぱりぐるぐる考えることになった……。子どもを産むか産まないか産みたいのか産みたくないのか?みたいな話だというのは聞いていたので、妊娠する前に読むのもリアルな赤ちゃん育児中に読むのもこわくて(というのは、自分の選択が誤っていたのではないかとか、後悔や現実を嫌悪する感情が浮かぶのではないかと怯えていて)でも小説というのは確かに他者の心の中に入り込む装置だけれど、それでも他者は他者でしかないな、とも思えたので、その点で読んで本当によかったな。まあ、それは子どもがアカチャンじゃなくなってきて身体的なしんどさから距離を得られたから思えたことなのかもしれないが。

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女性作家のリアリズム寄りホラーが好き

デュ・モーリア『鳥』、『スケープゴート』、小山田浩子『工場』、グアダルーペ・ネッテル『赤い魚の夫婦』、カミラ・グルドーヴァ『人形のアルファベット』など。

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ホラーというジャンルで語られることもあるけど、わたしはホラー自体は別に好きじゃない…というか普通に怖いの苦手だしお化け屋敷とかも入れないしホラー映画は観れない。しかしこれらの小説は現実の不安をホラー的なイメージに託したものだと思っているし、そう感じられるから「これはわたしのための小説!」と感じてしまうんだろうな。

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デュ・モーリアの新訳、たぶん東京創元社さんが出してくれると思うけどまた数年待つと思うとつらい。でも来年は『レベッカ』ミュージカル再演があるので生きます……

 

翻訳家エッセイ 斎藤真理子、奈倉有里、茨木のり子

エッセイって個人的に小説よりも選ぶのがむずかしい。なんなら普通の人のブログの方が読んでて楽しかったりするし、好きな小説を書く人だからといってエッセイも好みとも限らない。海外の作家のエッセイは手に入りづらいし読んでみても難解だったり。

その点、翻訳家の方のエッセイは自然と海外文学や文化の紹介に寄っていくのが自分の関心に近くて楽しい、翻訳で触れている人の素の文章に触れられることや、どんな読書の履歴があってどんなふうに読んでいるのかみたいな種明かしがあるのも楽しい。斎藤真理子さんは「読むこと」への導きの力がひときわ光っている…翻訳も随筆もものすごい仕事量なので全然追い付けないんですが……

本の栞にぶら下がる

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奈倉有里さんの『夕暮れに夜明けの歌を』は文学の紹介だけでなく、留学中の個人的なエピソードからさえその文学愛と人類愛が伝わってくるようで、初めてエッセイで泣いてしまった本だった。

夕暮れに夜明けの歌を 文学を探しにロシアに行く

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茨木のり子『ハングルへの旅』は、Duolingoという語学アプリで遊び半分でハングルをやってるときに読んでめちゃくちゃ面白かった。日本語と韓国語ってこんなに面構えがちがうのにルーツを共有していて複雑な歴史的道行をともに辿ってきた言語ゆえの特殊な性質がもつ興味深さ。「関係」が韓国語ではグワンゲーで、日本語でも昔はクヮンケイだったところから古語の発音が推しはかれるのでは?みたいなことを思ったり。

ハングルへの旅 新装版

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なんとなく多和田葉子『言葉と歩く日記』にも似た、ある言葉をちがった角度から見たときにかえって物事の本質が見えてくるおもしろさがあると思う。

言葉と歩く日記 (岩波新書)

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おわりに

まとめて振り返ってみると今年も良い本に出会ったな…と思えて充実感がありますね。来年の目標は、今読みたいと思ってる本を全部読みたい。え?何当たり前のこと言ってるんだ?という感じなんですが、大体一年に90冊弱読めるとして、今積読してる本のうち今すぐにでも読みたい本と、まだ買ってない読みたい本を合わせると平気でそれ以上になってしまい、プラス新しく読みたくなった本などを合わせると多分この目標は達成できない。まあ、そのときの気分によって読みたい本を手に取れることこそが読書のいちばんの幸せなので、来年も幸せな読書ができればなと思います。

では皆さま、良いお年をお迎えください。

 

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