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2025年7月に読んだ本とか

最近のようす

辛いものを食べまくっていたら久しぶりに痔になり、くるしんでおります。こうも暑いと辛いものが食べたくなるけど、みなさん刺激物の取りすぎには気をつけましょうね。

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写真は新潮文庫買ったらもらえたしおり

 

小説

『割れたグラス』アラン・マバンク(桑原光平 訳)
割れたグラス (アフリカ文学の愉楽 1回配本)

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みるからに「奇書」のオーラがすごくて読み通せるか不安だったのだが帯に書いてある「何枚ものオムツを穿いた《パンパース男》」の文字が気になりすぎて手に取らずにいられなかった。予想外に面白くて、本を閉じてる間ははやく続きを読みたかったし最後の数ページは「まだ終わらないよね?」と続きのページがあるのを確認しては安心してた。内容というかストーリーはめっちゃしょうもない下ネタだらけのコメディ(特に前半)を古今東西の名作文学の引用まきちらしながら独特の表現で書き記している、その表現のおかしみにも笑ってしまうし、しょうもない下ネタについてはほとんどあーあー、とあきれつつも「フランスの地図」がでてきた下りは流石に吹き出してしまった、読んだ人はわかると思うが

舞台はアフリカ、コンゴ共和国の飲み屋で現実の自分ならば無事にたどり着くことなどきっと叶わないどころか行けたとしても無事生き延びられるか不安とさえ感じられる濃い人々ばかりの場所なのだけど、《割れたグラス》とよばれる作家のノートを覗き見してる間はそんなことも忘れてしまう、母親も妻も親戚もみな失って孤独になった作家が最後に書くことさえ手放して、最後の一言すら書き出しの伏線を回収したかのような「名言」になっていることすらどこか切ない、だけどなんとこの終わり方で続編があるらしくて是非読みたい……いつ刊行されるのだろうか、それにしても訳者あとがきによると東京にはこういった遠い国のおもしろい文学の情報交換が日々行われているバーがあるらしくそれもまたわたしにとってはアフリカの飲み屋と同じくらいに異世界だ

 

『人形のアルファベット』カミラ・グルドーヴァ(上田麻由子 訳)
人形のアルファベット

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短編集。最近帯に「シャーリイ・ジャクスン賞受賞」と書かれてたら買ってしまう。『ワクシー』はめちゃめちゃ不快だけど面白いという相反する読み心地。女性がとにかく消費されるように作られた社会、ディストピア的な世界観、グロテスクだけどどこか滑稽、語り手の「わたし」の赤ん坊ワクシーの父ポールの行動は真っ直ぐなようにも欺瞞にも見える。

グロテスクな描写も多くて、読んでて肌の下がぞわぞわかゆくなってくるような感覚もあるのだけど、それらは確かに生活を放置しつづけていればこうなる、と想像ができてしまうリアリティも隣り合わせ。美しさとグロテスクの境界なんて社会が恣意的に引いた線にすぎないのでは? と思えてくるあたりは小川洋子作品も思い出す。家に部屋が空いていれば何故か当然のように他人と同居を強いられる社会システムが敷かれている(『ワクシー』、『エドワード』、『死者を甘やかすなかれ』)らしきディストピアちっくなところ、『蛾の館』でデンマーク語を学びディネセンに傾倒しているクラシック音楽好きの女の子がなんとなくそれらの「美しい」趣味を高位に置いて、夫のサブカル趣味を見下しているらしいのも、そういった線引きを問い直しているように思える。

とはいえ『蛾の館』では結局、男による男の芸術というのがいくら聞こえのいい建前を語ったとて、おぞましい欲望の恥ずかしげもない表出になりえてしまうことを抉り出してもいるのだけど。最近の女性ホラー小説の流れをくんでいてフェミニズム小説的にも読める作品も多い。

『蜘蛛の手記』はなんとなく江戸川乱歩っぽかったな〜男が異形の欲望ゆえに身を滅ぼしてしまう感じ。これは足がないのではなく足がありすぎる男の話だが…。というわけで虫が苦手な方にはちょっとおすすめできませんが、ゾワゾワしたい夜がある方には是非どうぞ。

 

『口の中の小鳥たち』サマンタ・シュウェブリン(松本健二 訳)

『救出の距離』が結構ハマったので気になっていたサマンタ・シュウェブリンの短編集。わりと短めのお話が多くてサクサク読め、独特の読後感がクセになる。『人形のアルファベット』もそうなのだが、シャーリイ・ジャクスン賞の作家ってふとした瞬間に出会う他人の中の邪悪な一面をホラー的な手法で書いてる小説が多い。そしてわたしはそういう小説が好きなんですね~。ふつうに生きてるだけで突然他人の無邪気なエゴに触れて冷んやりしたものが走る感覚。悪気なく他人を搾取していい思いをしたり、困っている人を朗らかに無視したりetc…。この本は別に倫理的な意味でそういった邪悪さの告発をするという雰囲気はなくて、「なんかこういうことあってめっちゃやば」みたいな軽さで読めるのが粋でもあり怖さの所以でもある。表紙一枚めくったところのゆるシュールなイラストが可愛い。

 

『鳥』ダフネ・デュ・モーリア(務台夏子 訳)
鳥―デュ・モーリア傑作集 (創元推理文庫) (創元推理文庫 M テ 6-1)

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デュ・モーリア作品の中ではレベッカの次に有名なのに何故か読むのを後回しにしていた……。どう見ても傑作揃いの短編集なので早く読めばよかったです。どれもテイストが違うのにしっかりと胸をザワザワさせる感覚がありその多彩さにおどろく。古い小説だからこそ気を衒いすぎた展開が無く、サスペンスは楽しみながらもオチは正統派に落ち着くのも安心感ある。

表題作の『鳥』に顕著なのだけど、戦時中の暮らしの体験の記憶を色濃く残した人間は、日常的に不安を戦中の記憶と結びつけてしまう。社会集団として戦争の記憶を失いつつある今となっては、その心理を追体験できるのがもはや貴重だと思った。戦争を経験した人間が書く不安な心理は、どうしたって戦争の記憶と密接に関係する。『鳥』は次またいつ起こるとも知れない戦争で、再び自分たちの隣人が死に絶え、住む場所が滅ぼされない保証はないのだという不安のメタファーに思えた。

 

エッセイ

『大阪』岸政彦 柴崎友香
大阪 (河出文庫 き 16-1)

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他の地方だとどうか知らんが大阪で本屋に行くと絶対平積みしてある『大阪』。わたしは柴崎友香さんの小説を読むと絶対感想が関西弁になってしまうのですが、それくらい本文中に明記されてなくても大阪の風景を小説に書きこんでいる作風の方。もう東京に移られて長いというのは本当にびっくり。だけどこうしてエッセイの形で読んでいると「大阪」とひとくちに言っても書かれようとしているのは個別の体験であり、そこにしかないある視点からみた、そこにしかない瞬間のことである。「大阪人あるある」でもなければ世代論でもない、ひとくくりにできないからこそ尊いと思えるひとつひとつの人生の瞬間のことだった。

わたしの今住んでる街の近くには個人でやってる小さいお店が多くて、最近は維新に限らずいろんな政党のポスターが壁に貼ってあるのを見かける。そんな中でも少しずつ、わたしが引っ越してくる前からずっと人気のある小さい店が徐々に立ち退きで無くなったり移転したりしていって、街のかたちが変わっていこうとしてるのを感じる。もう大きいビルもマンションも公園もきれいな街並みももうそんなにいらん、いや個人的にはその方が居心地はいいのはたしかだけど、どこもかしこもそうなって欲しいわけでもない、みたいな相反するもやもやした気持ちがあり、それってこの最後の章で岸さんが書かれてた「トニーのこと」みたいに、大きい組織ではどこにも居場所が無いような人が小さくやり直せる場所が、街のどこかにはあるべきよなあ、と思うからかもしれない。

まあでもどうなんやろな〜、そのあたりの感覚もやっぱり人によってばらつきがある気がするんよな〜。子どものころからどういう場所に馴染んできたかっていう話で。柴崎さんはショッピングモールを「お金を使う人にしか居場所がない」と書いてたけど、実際子供のときから親の買い物の間ショッピングモールの本屋でいくらでも馴染んで過ごしてたわたしからすれば必ずしもそうでもない、むしろ誰でもない多数の中の1人として埋没できる場所だから楽にしていられるみたいな感覚もあるしな。

と、他の本のラインナップとは裏腹に、現実の土地の生活と接続したことを考えさせられる本であった。

 

舞台

韓国ミュージカルon screen「エリザベート」

見に行った翌日くらいに感想書きました。観た後の数日間、脳内が音楽と物語で支配されてぐるぐる考えてしまう感じも含めてあ~エリザってこういう感じだったねって思いだして楽しかったな~。

sanasanagi.hatenablog.jp

 

ダンスオブヴァンパイア@梅田芸術劇場メインホール

これはただただ黒マントを翻してる城田優の見たさのあまりに行った。そうわたしは城田トートの亡霊…。しかし伯爵はトートみもあったけどどちらかといえばローラっぽい方向性を感じた。この人の孤独の表現を観るといつもわたし個人が考える孤独とは違う色を感じるのが面白いな~と思う。感覚的な話で恐縮ですが。

作品としては初見だったのだけど、ダンスがすごく楽しくて大満足でした!!! タイトルどおりすぎる感想。ゴシックなドレスとメイクで身を包んだ老若男女が踊りまくってるのがテンションあんなに上がるとは。そういえば、エリザベートの『我ら息絶えし者ども』の感じとか、ミュージカル「マリー・アントワネット」の冒頭フェルセンの回想の中で貴族たちが舞踏会しながら薄暗い中でコーラスが入るシーンとかが大好きなんですよね。アンサンブルさんたちの歌・ダンス・舞台回しも含めた演技等のバランスの取れたスキルの高さもこの規模感のミュージカルの魅力だよな~と改めて思わされた。

 




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