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ミュージカル「ウェイトレス」@梅田芸術劇場メインホール

サラ・バレリスが以前から好きで、パイの形のCDも持っていたので楽しみにしていました。わたしは20代のころ眠れなかった夜を何度彼女の歌に救われたかわからない。あのロングトーンを高畑充希の透明感のある声で、日本語で聴けて幸せ。

 

She Used to Be Mine

She Used to Be Mine

  • Sara Bareilles
  • ポップ
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 

愉快なリズムと叙情性を軽快に行き来する音楽に包まれて、「まあ人生って常に正しくあれることだけじゃないよなあ」って自然に思える作品だった。

身も蓋もない言い方をすると「妊婦が産婦人科医と不倫する」という一見トンデモな題材なんだけど、実際に観てみると主人公のジェナを簡単に断罪はできない。自分だったらそうはならん、という展開だけど別に感情移入できなくて困る、みたいなことにもならず、出てくる人たちとこのレストランをずっとふんわり好きでいる。悪い人がだれもいない、みたいなことでもなく。ジェナやその周りの人たちのチャーミングさ、レストランにいる人々の人間関係のバランス、人生の苦痛を笑い飛ばしにかかるユーモアの塩梅、などなど絶妙なバランスなんですよね。「そのパイにそんな材料を!?」と驚くような食材の組み合わせなのに、出来上がったものを食べてみたら何故か不思議に美味しい…となるレシピみたいな。

 

ポマター(不倫相手の医者)はさ…最初のうち行動の節々がなんとなく納得できなくて、あんたは実はおいしいパイ食べたいだけちゃうんか?ってジェナのことほんまに思いやってるんだかなんなんだか謎なんだけど、あの場面で「20分ただ抱きしめてくれる」っていうのと、あと森崎ウィンの歌声があまりにも素敵で、ジェナとのデュエットが美しくて。冷静に考えて、これがもし友達の話聞いてるだけなら「なんやその男は!絶対あかんやろ!いかり」ってなると思うんですよ。だけどなんかポマター医師(森崎ウィン)の歌を聴いてその真摯な眼差しをみていると、この人はこの人なりに真剣にジェナが好きだし、思いやり深くて優しい人ではあるんだよね…と思わされてしまう。最終的には、彼ってジェナの人生にとって絶対悪なわけではなかったよね、という気持ちになる。別に結婚とかずっと一緒に人生を歩むとかでなくても、ひととき道が交わることが必要だった相手っているものだから。

一方ジェナの夫アール(水田航生)は弁解の余地なくモラハラ夫で、ふたりの家の中のシーンは常に暗く、セットも閉鎖的で胸が苦しくなるような圧迫感。なのにジェナが振り切れないのも、じれったいけど「うん…なんかこういう関係の人たちいるよな…」とも思う。アールはたぶん肉親や友人や同僚などの愛に恵まれてこなかった人。ジェナのことを大切なのも、彼にとってはある意味真実。ジェナが辛かったときにそばにいて支えてくれた過去も嘘ではない。だけど、ふたりの関係が日常になったいま、これ以上どうやって大切にすればいいのか分からなかったんだろうなって。

ジェナは自分を支えるためにパイ作りという芯があるけど、アールみたいな人はどうやったら自分の人生を自分で立て直していけるのかな。わたしに手を伸ばしなさいと言ってくれる年寄りも、わたしの幸せはわたしが決めると言い切っている、ロールモデルみたいな友人もいない人は。(1幕後半でアールが「お前はずっと俺と一緒だ…」ってジェナを抱きしめるとこ、なんかめっちゃスリルミーを感じた。むしろアールにとっては自分に全てを捧げて破滅してくれることこそ、愛の証明なのかもしれない……)

 

ジェナが子どもを産んだことでアールとの離婚を決意できたのは、直接的には、赤ちゃんがひとりの人間として目の前に実在してるのを経験したことですよね。ここにひとつの人生があるんだ!ってひとりの人間の顔と身体があるのをみて、ようやく初めて分かったこと。10ヶ月妊娠しつづけて腹の中に生命を宿してても、やっぱりいざ生まれるまでは、本当にここに人がいるんかね? 本当に生まれてくるんかね? とちょっとふわふわしてるみたいな感覚があっても、一度生命のかたまりを目の前に、この手に感じてしまったら、腹をくくるしかない。

それに加えて、この話でジェナが離婚を決意できたもうひとつの理由には、女友達の選択、というか人生を目の前で見てたことも大きかったんじゃないかなと思った。夫の介護しながら職場で不倫してストレス発散するベッキー(LiLiCo)の、自分への力強い肯定。ずーっと何年も彼氏いなくてウダウダしてたのに、運命の人と出会ったとわかったらそこから1ミリの疑念もなくチャンス掴みにいったドーン(ソニン)。ジェナがアールとの離婚も、ポマターとの別れも、決意できたのはベッキーとドーンに影響受けたのもやはりあったんじゃないかなあって。覚悟して自分の人生を選択するということ。特にベッキーのソロ曲、力強い自己肯定感がガツンときてめちゃくちゃよかった。愛情とか、自立の決意とか、きれいごとのようだけど、きれいごとだけで家族って成り立ってない。だけどやるんだ、と思いながらみんな生活をやってるんだよね。

 

ジェナみたいに夫がモラハラ野郎であるみたいなことでなくても、子どもを産むことで自分の人生がなにか後戻りできないものになってしまうのではないかみたいなことは皆考えると思う。ジェナが「わたしがこの子に何をあげられるだろう?(何もない)」って悩むところは泣いてしまった。

ジェナが自分自身をかえりみた時、ママが教えてくれたパイづくりが自分の人生で自分でいるために一番大切なことだった。親が子どもに何をしてあげられるか、その価値を決めるのは親じゃなくて子自身なんだな、と思う。良くも悪くも。なにが子どものためになるかは本人の未来にしか答えがない。それはわたしも強くそう思うけど、でもそうわかっていても、親はそれを考えずにはいられない。

ジェナのママが影みたいに、ジェナのパイ作りの場面に時々姿を現す演出が好きだった。ジェナのママがジェナにあげたのはパイづくりの技術だけではなくて、ベッキーやドーン、それにジョーみたいな周りの人が親身になってくれる、なりたいと思ってくれるジェナの人柄も、結果的に親からの贈り物のひとつになっていたんじゃないかなあ。

そして最後には、ジョー(山西惇)に泣かされる……。コンテストで優勝するよりも、何年も何年も店で日常の中でジェナのパイを食べ続けた人が認めてくれる、手を差し伸べてくれる、っていう方が本当は賞金よりもずっと価値があるんだよね。いつも意地悪言ってるわがままじじいに見えてたジョーが、実は娘を信じるみたいにジェマを思いやっていて、ひねくれてるようで彼女の作るパイを細やかに褒めてくれてることがわかるシーンが大好き。年寄りに手を伸ばせの曲も好き。不器用なジョーらしさが伝わってきて。

ラストシーン、まぎれもなく晴れやかなハッピーなエンディングなのに、ジョーがいないことが悲しくて、泣いてしまった。




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