4月は3冊。『半生の絆』と『週末カミング』はおもしろくてほぼ一気読み。逆に『別れを告げない』は時間がかかったけど、この本はゆっくり読めてよかったです。
読んだ本
『別れを告げない』ハン・ガン
済州島四・三事件という史実の国家による虐殺事件を扱った小説とのことで、構えて読みはじめる。たしかに読む者にも覚悟を強いる小説だったけれど、なによりも語る者がどれだけの思いをもって凄惨な暴力の歴史に向き合っているのかということを思い知らされる。
この小説は、史実を扱った小説と聞いて何となく想像するような、物語の入り口が出来事と直接結びついているものではない。最初は語り手のキョンハ(『少年が来る』を書いた後のハン・ガン氏自身を投影していると思われる)が遠回りしているように感じられるほどだ。けれどキョンハが、大怪我を負った友人と共に暮らす鳥を救うために、済州島の大雪の中を通り抜けていくプロセスこそ、この事件に向き合うために必要なことだったのだと、読み進めるうちにわかってくる。
四・三事件についての語りは小説という形を取ってはいない。それは小説の枠組みのなかにあるドキュメンタリーだ。歴史的背景について詳細は本文や斎藤真理子さんの訳者解説に詳しいのだが、国家権力により無実の民間人が数多く殺害された事実が歴史の中で明るみに出てからまだ日が浅く、未だ分断されたままの朝鮮半島で、これらの罪を直視しない向きもあるのだとか。奪われた命のあまりの膨大さには言葉を失うほどで、そのなかには共産主義のような思想はおろか言葉さえままならない赤子や子どもも含まれていたという。大きなものに押しつぶされてきた、命と、死そのものの記憶。
けれどこの文章は事件そのものの凄惨さのみならず、ひとつの命が失われるということがどういうことなのかという繊細な記憶を私たちに思い出させる。体内に流れる血を少なくして飛ぼうとする鳥のように、自らの精神と人生を削ってでも、遺骨を拾い、娘に語りつごうとするインソンの「母さん」のような人がいる。その遺志を継いで、どんなに雪風が強く吹きすさんでいても、どんなに火が小さかったとしても、その火を燃やし続ける努力をやめない人がいる。何がそうさせるのか、と考えるとき、酷い暴力のはびこるこの世界への希望を、捨てなくてすむ理由を見つけられる気がする。
『週末カミング』柴崎友香
何も起こらないようで何も起こってないわけでは決してない、この柴崎友香作品の感じが好きすぎる。この短編集のなかでは『海沿いの道』は一番「何か」が起こってる話しではあったが。
最初の「るみなちゃん」の家族が現れたときの数行の会話からだけで違和感を覚えさせるのもすごいし、その時点では方便かなと思ってた「運転やばいんですよ、あの人たち」という一言が、最後まで読んだらまあ確かに間違ってない、だけどあえて正確な説明からずらしたとこにあったんやな、と思わせられるのもめっちゃ面白い。「謝ることを思いつかない人たち」から離れることを選んだ「わたし」が、昨日のライブで聴いた音楽が自分の中にだけあるものだと思いながら何回も自分のなかでだけ聴いてるのとか、美しいものを美しいって思えるのはなんでなんやろと考えてるとか、そういうのを大事にしてるんだと思えるのもうれしいんですよね。ひとつまえの『なみゅぎまの日』で「働いて、生きていくって、どんな感じ?」って思ってた高3の「わたし」とおんなじ子なんかな?
ひとの感情を写真に撮って瞬間的に閉じこめたような、刹那的な思いや感情を結晶化したものとして小説がある、というこの感じがわたしは好きだ。そんなん絶対うそやん、と思うけどでも絶対ないとは言い切られへんなー、そこに居合わせたんすごすぎるやん、みたいな瞬間を創造するのがうますぎる。小説って「人間あるある」なとこあるけど、「人間あるある」に「風景あるある」をミックスしているのもおもしろい。「人間の目に映る風景あるある」か。
『半生の絆』張愛玲
戦前の中国の古都の暮らしと情とが閉じ込められているよう。簡潔な文体でテンポよく話しが進み、情景描写も最低限に抑えられているのに、読後心に残るのはやはり3人の男女ひとつのように戯れていた若い日々。壊れてしまったからこそ美しく感じるものだけれど。
どこの国でも恋愛と結婚、ひいては生きるための手段としてのお金が結びついてしまっていることでさまざまな問題が引き起こされるものだなあと思う。そのあたり、なんとなく『ミドルマーチ』を思い出した。女性が自活する手段がまだ一般的でなかった時代、自分で真面目に働いて家族を支えようと志し、自分自身が絶望的なまでに傷つけられても希望を失わずに強く生きる女性に惹きつけられる。
こまやかな心理描写や人間観察眼が素晴らしく「人間あるある」がめちゃくちゃおもしろい小説だっただけに、物語の大きなうねりみたいなものを感じられなかったのは惜しい気がしたかも。最終章まできてちょっと拍子抜けというか、読んでいて「このあとどうなるんだろう」と思っていられる間が一番おもしろかった。物語が日中戦争の時代をまるまる包括しているにもかかわらず、戦禍についてはさらっと触れられているにとどまっていたのも意外だった。
ただ、そういう読者の感想も予想の上、と思われる濱田麻矢先生の訳者解説が用意されていて、著者の経歴とこの物語の生まれた背景を知って一応納得。ドラマ化もされていたらしく、恋愛を中心とした人間関係やヒロイン曼楨のドラマティックな経験といい、たしかに連ドラっぽい話ではあるのだけど、ただドラマだったらそうは終わらないだろうという苦味と滑稽みを感じさせるエンディングではある。
個人的に気になるキャラだったのはなんといっても曼楨の実の姉の曼潞。長姉として父不在の家族を養う義務感を背負い、身体を売るしか稼ぐ手段がなかっただけなのに、周囲の偏見から落ちぶれた女と後ろ指さされ、ついには人を恨み人に憎まれながら死んでいった姉。彼女の人生には妹のようにほんのひとときでも真心から誰かと通じ合う瞬間があったのか? 心から幸せと感じられる瞬間があったのか? もちろん彼女のしたことがそれで許されるとも思わないが(特になんの罪もない継子がいじめられているのは見るに耐えない)、自分自身も我慢しながら生きてきたという人なら、とても他人事とは思えないのではないだろうか。映画化するなら曼楨と二役に…と作者が言ったというところからも思い入れの深さがうかがえる。芝居として観るなら確かに曼潞みたいな人を追う方が見応えがありそう。
舞台
ミュージカル「イリュージョニスト」
完成度が高い舞台だったのにNOT FOR MEでなんでや!?となったので別途書きました。


